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ふたりの卒業編 後藤購入特典



【個別教官室】

休日の夜の学校は静かだ。
俺は溜まった報告書を片付けるために、ひとり教官室に残っていた。

(警察官連続襲撃事件···上への報告も終わり、一段落したが···)

これまで全く触れていなかった報告書の束が残っている。

後藤
まずは、これを片付けるか。他にも仕事は山積みだからな···
今夜中に片付けば御の字だろう

幸い、まだ夜になったばかりだ。
夕食代わりのファイバーインゼリーを咥えながらパソコンに向かう。

(このフィーバーインゼリー···味がイマイチなんだよな)
(ドリンク剤と栄養補助食品の両方を兼ねていて、フィーバーな新食品なんて書いてあるが···)

その真偽のほどは怪しい。

(まあ、何でもいいか。とりあえず空腹で気が散らなければ···)

作業を進めていると、ガチャッと教官室のドアが開く音が聞こえた。

颯馬
休日出勤お疲れさま

後藤
周さん···お疲れさまです。どうしたんですか?

颯馬
ちょっと忘れ物を···ね。後藤は報告書作り?

後藤
ええ。ここ最近ずっと捜査に出ていたせいで、事務関係が滞っていたもので

颯馬
透のこと言えないな

後藤
それは言わないでくださいよ。今回は特別です

颯馬
じゃ、これ差し入れにあげるよ

周さんが俺のデスクにブラックの缶コーヒーを置く。

後藤
コーヒーが飲みたいと思ってたんで、助かります

(サトコがいないと、コーヒーも淹れなくなるなんてダメだな)
(サトコが卒業したら、サトコのコーヒーを飲む機会も減るのか···)

そう思うと、やはり寂しいものがある。

颯馬
その山になってるカロリーブロック···そんな生活だと死ぬよ?

周さんが俺のデスクに積んであるカロリーブロックを指さす。

後藤
大丈夫ですよ。今日はバランスを考えてフィーバーインゼリーにしてますから

颯馬
それでバランスを考えてるって···

周さんが呆れたようにため息をつく。

颯馬
早く結婚しなよ。結婚

後藤
先輩方を差し置いてできませんよ

颯馬
そんなもの、相手がいる人からどんどん追い越しなさい

俺の肩を軽く叩き、周さんが教官室を出ていく。

(結婚···か)

これまでは全く縁のない話だと思ってたけれど、今はそうでもない。

(サトコが卒業してから···と思っていたことも、いろいろある)
(春からは、そうしたことも変わっていくのか)

意識はしていたけれど、ずっと遠くのことだと思っていた。
けれど意外に早く月日は流れる。

後藤
これで報告書の作成は終わり···次は新入生名簿の作成だ

クジ引きの結果、回ってきた仕事だ。

(そういえば、二年前もこうやってアイツの名簿を入力したな)

女子の訓練生は二人だけだったので、よく覚えている。

(あの時は体力が追い付かずに、すぐに諦めてしまうんじゃないかと思ったが···)

サトコも佐々木も無事に卒業を決めた。
そして、サトコが紆余曲折の末に自分の恋人になるなど、当時は想像すらできなかった。

(誰かを大切にすることも、守ることもできないと思っていたからな···)

息をつき、目を閉じる。
脳裏に浮かんでくるのは、この数年の様々な出来事。

(夏月···)

正直、事件解決の報告に行けて、ほっとした。
やっとここ数日になって、夏月といた日々を思い出せるようになった気がする。

(こうして過去と向かい合えるようになったのも、サトコのおかげだ)
(サトコがいなかったら···今頃、俺はここにいなかったかもしれない)

サトコと出逢わなかったら日々を想像すると、真っ暗で目眩がする。

後藤
俺がアイツにしてやれること···探していかないとな

目を開けて自分の手を見つめる。
誰も守れない、ちっぽけな手だと思っていた。

(けど、今は違う。俺の手はサトコのためにある手だ)

ぎゅっと手を握った時、バンッと勢いよくドアが開く音が響いた。

(この勢いの良さは···サトコか?)

そう一瞬、期待したものの。

掃除のおばちゃん
「後藤さん、大変大変!すぐに来て!」

後藤
···どうしたんですか?

飛び込んできたのは、掃除のおばちゃんだった。


【寮監室 キッチン】

掃除のおばちゃん
「寮の水道が出なくなっちゃったのよ」

後藤
あー···これは···

おばちゃんに言われ、シンクの下をのぞいてみる。

掃除のおばちゃん
「直るかしら?」

後藤
バルブの破損でしょうね。業者を呼びますよ

掃除のおばちゃん
「そうしてもらえると助かるわ~。水が出なくちゃ、どうしようもないもの」

携帯を取り出し、修理業者に電話を掛けると······

サトコ
『はい?』

後藤
!?

(サトコ!?)

サトコ
『もしもし?後藤さん?』

後藤
···悪い。間違えた

俺は慌てて通話終了のボタンを押す。

(無意識にサトコにかけてた···これもクセ···なのか?)

掃除のおばちゃん
「今日はやってないの?」

後藤
いえ、ちょっと待ってください

気を取り直して修理業者に電話をすると、明日には交換に来てくれるという話になった。

後藤
明日には直ります

掃除のおばちゃん
「あら、よかった。それじゃ、あとは明日にするわ。ありがと~」

去っていくおばちゃんを見送り、俺は寮のキッチンを見る。

(この食生活だと死ぬ···か。サトコのためにも、簡単に死ぬわけにはいかない)

周さんの言葉を思い出し、何か作ってみようか考える。
すると、意外に腹が減っているようだ。

(フィーバーインゼリーだけじゃ足りないか)
(といっても、俺が作れるものは···)

考え、頭に浮かんでくるのは玉子焼きもどきの卵の塊。

(アレを料理と言うのは、あまりに無理があり過ぎる···そもそも、俺が食いたくない)
(水が出ないんじゃカップ麺も作れないしな···)

棚を物色すると、寮監室に置いていた予備のカロリーブロックの箱を見つけた。

後藤
フルーツ味か···

(フィーバーインゼリーのデザートだと思えば···この食べ方は間違ってないよな?)

フルーツ味のカロリーブロックの箱を開けようとすると。
コンコン、と寮監室のドアがノックされた。

後藤
どうぞ

サトコ
「失礼します」

後藤
サトコ!?

寮監室に入ってきたのはサトコだった。

(夢じゃないよな···?)

後藤
どうして、アンタがここに···

サトコ
「資料室にいたら、後藤さんから電話がかかってきたので···」
「何だか慌てた様子だったから、何かあったんじゃないかと思ったんです」

後藤
ここにいるって、よくわかったな

サトコ
「ちょうど帰るところだった掃除のおばちゃんから聞いたんです」
「後藤さんが寮監室の水道を見てくれたって」

後藤
そういうことだったのか···

サトコ
「···って、後藤さん、また夕飯カロリーブロックですか?」

俺の手にあるカロリーブロックをサトコが見つける。

後藤
いや、これは···

サトコ
「何か軽く作りますよ。私も夕飯、これからなんです」

キッチンに立ったサトコが蛇口をひねる。

サトコ
「あれ?水が···」

後藤
だから、ここの水道が壊れて···

事情を説明しようとした、その時だった。

サトコ
「わっ!」

後藤
!?

突如、堰を切ったように水道から大量の水が溢れだす。

サトコ
「ど、どうしましょう!」

後藤
元栓を閉めろ!手で塞いでも水は飛び散るだけだ!

サトコ
「そ、そうなんですけど!」

必死に蛇口を抑えるサトコに、俺は下にある元栓を閉めた。

サトコ
「止まった···」

後藤
やれやれ···水浸しだな

サトコ
「す、すみません!後藤さんが、びしょ濡れに···!今、タオル持ってきます!」

後藤
滑るなよ

サトコ
「え?わっ···っと!だ、大丈夫です!」

早速滑りかけながら、サトコは寮監室のバスルームに向かう。

(びしょ濡れなのは、アンタも同じだろ)
(さっきのサトコ···どうしよう、どうしようって顔してたな)

後藤
···ぷっ

アヒルのような足取りでバスルームに向かったサトコを思い出し、思わず笑いが洩れる。

(公安刑事になっても···サトコはサトコのままなんだろうな)

彼女はきっと変わらない。
それは俺にある種の安心感を与えてくれていた。

サトコ
「早く拭かないと···後藤さん、何で笑ってるんですか?」

後藤
いや、何でもない

サトコ
「本当にすみませんでした。こんなことになるとは思わなくて···」

後藤
言うのが遅れた俺が悪い。次はアンタだな

サトコが持って来てくれたタオルを手に取り、サトコの髪を拭う。
すると、かすかに体が震えていることに気が付いた。

後藤
寒いのか?

サトコ
「あ、ちょっと···でも、大丈夫です!」

(もうすぐ春とはいえ、夜は冷えるからな)

サトコの唇の色もあまりよくないように見える。

後藤
······

タオルを頭からかけたまま、その冷たい唇に親指をのせると、サトコがハッと顔を上げた。

サトコ
「後藤さん···?」

後藤
冷たいな

サトコ
「そ、そうですか?」

触れてみると、その感触の良さになかなか指が離せなくなる。

サトコ
「ご、後藤さん···っ」

後藤
···あっためないと風邪をひくな

サトコ
「え?」

(俺は意外に、欲望に弱い···)

そんなことを自覚しながらも、サトコを離すことはできなくて。
俺はその手を引いて寮監室の寝室へと足を向けた。


【寝室】

サトコ
「後藤さ···っ」

服を脱ごうとしたが、濡れているせいかシャツが肌にまとわりつく。

(面倒だ···)

ここでいちいち服を脱ぐ余裕もない。

(ったく、俺は···)

後藤
あっためた方がいいって言ったろ?

思考と行動が一致しない。
かすかな理性が止めに入るが、
サトコの冷たくも熱を伝える肌に触れると、それも意味がなかった。

サトコ
「んっ···」

後藤
こうするのが手っ取り早い

サトコ
「でも···っ」

サトコの戸惑いの声まで飲みこむように、その唇を塞ぐ。
彼女の額に張り付く濡れ髪が扇情的で、いつもより性急なキスになるのがわかる。

(これも二年で変わったことのひとつか···)

これまで熱心に女を求めた記憶もなかった。
どちらかといえば他人と触れ合うことは面倒だと感じていたが······

(俺がここまでサトコを求めるようになるなんて···)

サトコ
「後藤、さ···」

キスの合間に洩れる掠れた声も。
俺のシャツをぎゅっと握る手も全てが愛おしい。

(俺の方が先に···余裕がなくなりそうだ)

サトコ
「あ、あの、ご飯は···」

後藤
アンタを食うから、もういい

サトコ
「な、何てこと言うんですか···!」

顔を真っ赤にしたサトコが口をパクパクさせる。

(確かに、何言ってんだって感じだな)
(けど···)

赤い顔で腕から抜け出そうとするサトコを見ていると、
らしくないことも、もう少し言いたくなる。

後藤
照れてるだけか、本気で嫌がってるのか教えてくれ

サトコ
「!」

態勢を入れ替え、サトコを押し倒すと彼女の顔はますます赤くなった。

(どこまで赤くなるんだ?)

濡れ髪を払い、こめかみから頬へと唇を滑らせる。

後藤
言ってくれなければ、わからない

サトコ
「そ、そんなの···っ」

軽く耳たぶを噛みながらそう告げると、恥ずかしさからかサトコの身体が小さく震えた。

後藤
ん?

サトコ
「嫌···じゃない、ではない、のない···」

後藤
どっちだ?

(こういうところも可愛い···)

サトコが愛おしすぎて、自分の思考が麻痺している気がする。

サトコ
「···は、恥ずかしいって方です···」

そんなに恥ずかしいのか、サトコがその両手で顔を覆った。

後藤
「顔、見せてくれ」

サトコ
「だって···」

後藤
ダメなのか?

サトコ
「だ、だから、恥ずかしいって···」

顔を覆うサトコの指先の1本1本に口づけを落とす。
唇が触れると、かすかに浮く手をゆっくりと離した。

サトコ
「今日の後藤さん···何か、いつもと違います···」

半分涙目になっているサトコと目が合い、次はその目元に触れた。

後藤
アンタとここにいられるのも、あと少しだと思ってな

サトコ
「え?」

後藤
そう思うと、簡単に離せないんだ

(言い訳にもならない、言い訳だな···)

そう思いながらも、制服姿のサトコを見下ろすと煽られる自分を感じる。

(そういう趣味はないよな···?)

自問自答したところで、答える声はないけれど。

後藤
まだ、寒いか?

サトコ
「もう···寒く、ないです···」

後藤
なら、よかった

濡れた冷たさなんて、とっくに感じなくなっていた。

後藤
もうすぐ俺はアンタの教官じゃなくなる
だから···

ひと足先に、教官の顔でなくなっていいか······
問う声は結局口づけに消え、学校内にも関わらず。
俺はひとりの男として、サトコを抱き締めた。

Happy End



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