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オレの帰る家(ばしょ) 東雲3話



【離れ】
結局、ろくに眠れないまま朝が訪れた。

サトコ
「ふわぁ···」

(ダメだ···眠い···)
(あんなメモ···気付かなきゃ良かった···)

身体を起こしたままぼんやりしていると、ベッドの山がもぞもぞと動いた。

東雲
ん···
······

サトコ
「あ···おはようございます···」

東雲
んー···

(あ、目をこすってる···)
(なんだか子供みた···)
(えっ?)

サトコ
「教官?どうしましたか?」

東雲
んー···

サトコ
「教官?」

東雲
ねみゅ···

サトコ
「えっ?」

東雲
ねみゅい···

(ま、まさかの舌足らず!?)
(なにこれ、何かの罠?それとも本当に···)

サトコ
「って、ダメです、教官!二度寝禁止です!」

東雲
んー···
無理···

(困ったな、どうやって起こそう···)

<選択してください>

A:揺さぶる

(よし、ここは揺さぶって···)

サトコ
「教官~、起きてくださーい」
「このままだと、顔洗えませんよ~。トイレにも行けないですよ~」

東雲
んー···

サトコ
「歯、磨けませんよ~。着替えもできないですよ~」

東雲
んー···

サトコ
「髪の毛のブローの時間もなくなりますよ~」

東雲
ダメ···それ···

(···そこは反応するんだ)
(さすがというかなんというか···)

B:キスする

(よーし、ここは思い切って···)

サトコ
「教官、起きてください」
「起きないとキスしますよ?」

東雲
んー···

サトコ
「キスですよ···キッス···」

東雲
して···

(えっ···)

東雲
して···きっしゅ···

(きっしゅ!?)
(ていうか、まさかのOK!?)

東雲
すぅ···すぅ···

サトコ
「ああっ、寝ちゃダメです!起きてくださいってば!」

C:馬乗りになる

(よし、ここは思い切って馬乗りに···)

サトコ
「教官~、起きてくださーい」

東雲
ん···

サトコ
「教官~、東雲教官~、起きて···」
「ぎゃっ!」

いきなり手をひかれて、腕の中に囲い込まれた。

サトコ
「ちょ···教官···っ」

東雲
んー···

サトコ
「教官、起きて···」
「ひゃっ···」

(な···なんでそんなとこ吸い上げて···っ)

東雲
こーひー···

サトコ
「えっ、なんですか?」

東雲
ほし···コーヒー···

【キッチン】

サトコ
「はぁぁ···」

(びっくりした···なんだろう、あの甘えっこモード···)
(でも前にもあったよね。あの時は熱のせいだと思ってたけど···)

サトコ
「···もしかして寝起き限定?」

そう言えば、教官の寝起きをあまり見たことがない。
前にお泊りしていたときも、たいてい教官の方が早く起きていた気がする。

(にしても、ほんと可愛すぎ···)

東雲
なにニヤけてんの

サトコ
「ぎゃっ!」
「お、起きてたんですか!?」

東雲
当然。もう時間だし
キミは?何してんの

サトコ
「何ってコーヒーを···」

東雲
ああ···オレの分も淹れといて

サトコ
「えっ···」

東雲
ふわぁぁ···

(···覚えてないのかな。自分でリクエストしたこと)

サトコ
「ま、いっか」

(ちょっと濃いめにして、お砂糖もたっぷり入れて···)

サトコ
「教官、コーヒー···」

(あれ、いない···まだ洗面所かな)
(ん···?)

ふと、目に付いたのは昨日のメモ用紙だ。
寝不足の原因となった、めぐみ先生からの連絡事項。

(「大事な話」って何だろう···)
(やっぱり告白?)
(だ···だとしても、教官にはいちおう私という「カノジョ」が···)

東雲
···なにその百面相

サトコ
「あっ···え、ええと···」
「コーヒーどうぞ!」

東雲
ありがと
ふわぁ···

(教官も寝不足なのかな?)
(···ううん、そんなことないよね。昨日はさっさと寝ちゃってたし)
(眠れなかったのは私だけで···)

東雲
また寝不足?

サトコ
「えっ···」

東雲
目、赤い。昨日より
眠れなかった?

サトコ
「あ、その···ええと···」

<選択してください>

A:気のせいですよ

サトコ
「気のせいですよ」
「私、昨日はぐっすり眠りました!」

東雲
あっそう
だったら今から筋トレ10セット···

サトコ
「寝不足です!めちゃくちゃ寝不足です!」

東雲
理由は?

サトコ
「···あのメモです」

B:めぐみ先生って···

サトコ
「めぐみ先生って、その···」
「美人ですよね···」

東雲
そうだね

(うっ···)

東雲
優しそうだし、笑顔も悪くないし
子供たちにも人気だし

(うう···っ)

東雲
そう言えば、母さんが選んだお見合い候補のひとり···

サトコ
「ええっ!?」

東雲
···だったかどうかは知らないけど

(くっ···まさかのフェイント···)
(こっちはもう瀕死状態なんですけど···!)

東雲
···それだけ?キミが知りたいのは

サトコ
「···いえ」
「できれば、あのメモについても教えてほしいです···」

C:実は前世がウサギで···

サトコ
「実は前世がウサギで···」

東雲
え、『スッポン』じゃなくて?
それか『カッパ』···

サトコ
「それは、ただのあだ名です!」

東雲
知ってる
付き合っただけじゃん、キミのくだらない嘘に

(うっ···)

東雲
で、赤い目の原因は?

サトコ
「···あのメモです」

私は、半ばやけくそ気味にテーブルの上のメモ用紙を指差した。

東雲
ああ、これ···

サトコ
「···行くんですか?」

東雲
当然。『大事な話』って言ってるし

(そっか···行くんだ···)
(やっぱり行っちゃうんだ···)

東雲
···信じられない?

サトコ
「え···」

東雲
たとえば、これが『愛の告白』とかだったりして
オレが心変わりするとでも?

サトコ
「そ、そんなことないです!」

(だって信じてるもん!)
(教官が好きなのは私だって···!)


【庭】

(だから、ここは教官のことを信じて···)

男の子A
「歩せんせー!」
「せんせーはケッコンするなら誰がいい?」
「オレはめぐみせんせー!」

男の子B
「オレもオレもー!」

めぐみ
「ふふ···ありがとう」

サトコ
「······」

(信じて···)

女の子D
「先生、見てー!めぐみ先生と歩先生の絵、描いたのよー」

めぐみ
「まあ、ありがとう」
「見てください、歩先生」

東雲
ああ···上手ですね

サトコ
「·········」

(信じて···)

めぐみ
「あの···歩先生···」

東雲
ああ···もう12時でしたね

女の子A
「先生、どこに行くの?」

めぐみ
「ごめんね、内緒なの」

女の子A
「歩先生とめぐみ先生、どこに行ったのかな」

女の子B
「ミユ、知ってるよ」
「ああいうの『みっかい』って言うんだよ!」

女の子A
「『みっかい』って何?」

女の子B
「ええとね、男の子と女の子が、こっそり会って···」
「ちょっとえっちなことを···」

(あああっ!)

サトコ
「無理-っ!」
「気になるものは気になるんだってばーっ!」

男の子A
「な、なんだよ、かっぱ星人」

男の子B
「オレたち、まだ戦闘中···」

サトコ
「ごめん!かっぱ星人は、きゅうりを食べる時間だから!」

私は園長先生に断りを入れると、急いで裏庭へと駆け出した。


【裏庭】

サトコ
「はぁ···はぁ···」

(ここだよね、裏庭って···)
(まずは気配を消して···尾行対象を確認···)

めぐみ
「すみません、歩先生···お時間をいただいてしまって」

東雲
いえ···

(···いた!)

鼓動を落ち着かせながら、声のする方をそっと覗き見る。

東雲
それで、大事な話というのは···

めぐみ
「そのことなんですけど···」

(きた···!)
(ついに魔の告白タイムが···!)

めぐみ
「さ、メメちゃん」
「歩先生に言いたいことがあるんだよね?」

(···メメちゃん?)

女の子C
「あの···あのね···歩先生···」
「メメとね···結婚してください···」

(そっちー!?)

危うく叫びそうになって、むぐぐと口元を押さえる。
そのまま息を呑んで見守っていると···

東雲
ありがとう、メメちゃん

教官は、メメちゃんと目線を合わせるようにしゃがみこんだ。

東雲
でも、ごめんね
先生、大事な人がいるんだ

(大事な人···)

女の子C
「じゃあ、メメとは結婚できないの?」

東雲
うん、できない

女の子C
「どうしても?」

東雲
どうしても···ごめんね

(教官···)

それから少し言葉を交わして、めぐみ先生とメメちゃんは去っていった。
その様子を見送って、私はその場にしゃがみ込んでしまった。

(それに教官、私のこと···)

東雲
出てくれば?サトコ先生

(ひ···っ)

東雲
そこ。隠れてるの、分かってるから

冷ややかな声が耳に届いて、私は恐る恐る顔を出した。

サトコ
「えっと、あの···」

東雲
30点
覗き見するなら気配くらい消せば?

サトコ
「す、すみません!最初はそうしていたんですけど···」
「予想外の展開に、つい気が緩んだっていうか···」

東雲
······

サトコ
「あと、その···すみません···」
「結局、様子を見に来ちゃって···」

東雲
本当にね

教官は深々とため息をつくと、呆れたように私を見た。

東雲
キミは何?

サトコ
「えっ···」

東雲
キミはオレの何?

サトコ
「ええと···教え子で、補佐官で···」
「大事な、人?」

東雲
なんでそこ疑問形なの

サトコ
「···っ」
「『大事な人』です!」

東雲
そうだね
だったらもう少し自信を持てば?
キミほど面白い子、そういないんだし

(うっ···「面白い」って···)
(でも、それで選んでもらえるなら、それはそれで···)

東雲
ま、いっか
たまにはこういうのも
いつも······てるし···

(え···)

サトコ
「ま···待ってください!」
「今の、もう1回!」

東雲
無理

サトコ
「でも、聞こえなかったですし!」

東雲
あっそう。残念だったね

サトコ
「そんなこと言わないで···」
「教官ーっ!東雲教官ってばーっ!」


【保育園】

夕方···
お泊まり会も無事に終わり、園児たちのお迎えの時間がやってきた。

(なんか、あっという間の2日間だったな)
(最初は「教官の結婚相手探しを阻止!」なんて思ってたけど)
(いろいろ振り回され過ぎて、すっかり忘れちゃってたし···)

男の子A
「めぐみ先生、バイバーイ」

男の子B
「またなー」

めぐみ
「はーい、さようなら」

(さすが、めぐみ先生···ほんと人気者だよね···)

男の子A
「かっぱ星人、またな」

(えっ···)

男の子B
「今度はオレのパンチで倒してやるからなー!」

サトコ
「ま、負けるもんか!ガオーッ!」

めぐみ
「サトコ先生、人気者ですね」

サトコ
「えっ、そんなことは···」

めぐみ
「ありますよー。みんなすっかり懐いてましたし」
「よろしかったら、またお手伝いに来てくださいね」

サトコ
「はい、是非!」

園長
「サトコ先生、2日間ありがとうございました」

サトコ
「こちらこそ、楽しく過ごさせてもらいました」
「あとは片付けだけですよね」

園長
「いえ、今日はもうゆっくり休んでいいわ」

サトコ
「でも···」

めぐみ
「大丈夫ですよー。片付けはすぐ終わりますから」
「歩先生なんて、もう離れに戻っちゃってますよ」

(ええっ!?)

(教官ってば、いつの間に···)
(先に戻るなら、ひとこと声を掛けてくれればよかったのに)

サトコ
「ただいま戻りましたー」

(あれ、なんか美味しそうな匂いが···)
(まさか···!)

【離れ】

東雲
ああ、おかえり

サトコ
「!!」
「な、なんで料理をしてるんですか!?」

東雲
え、食べないの?夕飯

サトコ
「食べます!食べますけど···っ」

(そうじゃなくて···)

東雲
風呂の用意と洗濯···
それと朝のコーヒーを淹れたのがキミ
だから夕飯はオレ
つまり、ただの役割分担

(教官···)

東雲
ま、手伝いたいなら手伝わせてあげても···

サトコ
「手伝います!手伝わせてください!」

東雲
あっそう
じゃ、手を洗って来れば?

サトコ
「はい!」

急いで手洗いを済ませ、エプロンをつけて戻ってくる。
その頃には、教官は炒めたものを皿に移し替えていた。

サトコ
「それ、バターライスですよね」
「何を作るんですか?」

東雲
オムライス

サトコ
「ええっ、難しくないですか?」

東雲
昔ながらの、ご飯を包み込むタイプのはね
でも、半熟卵を乗せるタイプのはそうでもない

サトコ
「はぁ···」

(あれはあれで大変な気が···)
(特に半熟具合が難しいっていうか···)

東雲
ところで作れる?
デミグラスソース

サトコ
「えっと、たぶん···」

東雲
じゃあ、よろしく
材料は鍋の中に入れておいたから

フタを開けると、かすかに赤ワインの香りがした。

(結構本格的···)
(教官、何気に料理が得意なのかな)
(ホワイトデーには飴細工のバラを作ってくれたし···)

それとなく隣を窺いながら、ガスコンロに火を点ける。
教官はフライパンを洗い終えると、今度はスクランブルエッグを作り始めた。

(うわ···動作が早い!)
(やっぱり作り慣れてるっぽい···)

東雲
そっち、大丈夫?

サトコ
「あ、はい!」

(そうだ、そろそろ味見しないと)

サトコ
「···うーん」

東雲
どうなの?

サトコ
「ちょっと酸味が足りないような···」

(でも、教官の好みはこれくらいなのかな···)

首を傾げながら、もう一度味見してみた。

サトコ
「うーん···」

東雲
やっぱり酸味?

サトコ
「たぶん···」
「味見してみます?」

東雲
そうだね···
こっち向いて

(こっち···?)

顔を向けたとたん、柔らかく唇を食まれた。
驚いて身体を引きかけると、さらに追いかけるようにキスが深くなる。

(え···なんで···)
(味見···は···)

こくん、と喉が鳴ったところで、ようやく長い味見が終わった。
唇がジンとしびれて、熱を持ってるみたいで···
なんだか自分の身体の一部じゃないみたいだ。

東雲
甘すぎ
ケチャップ追加して

サトコ
「は···はい···」

(じゃなくて!)

サトコ
「も···もう1回!」
「もう1回、ぜひ味見を···」

東雲
え、無理

サトコ
「そう言わずに!」
「アンコール!アンコール!」

東雲
···バカ

そんな私が作ったデミグラスソースはともかく···

オムライスは、想像以上の出来栄えだった。

サトコ
「教官、これ···」
「ふわっ···とろっ···ふわっ···」

東雲
···擬音禁止。意味わかんないし

サトコ
「でも、タマゴが!」
「ふわっ···とろっ···で、もう1回ふわっ···」

東雲
あーハイハイハイ···

さらに一緒に後片付けをして、先にお風呂もいただいて···


【寝室】

サトコ
「ふわぁ···」

(やば···眠い···)
(でも、寝る前にジャンケンしなくちゃ)

今ここで眠ったら、今日の寝床もソファで確定だ。
分かっているのに、まぶたが重くて仕方がない。

(教官···まだまだお風呂に入ってるよね···)
(じゃあ、ちょっとだけ···)

サトコ
「ちょっと···だけ···」

······ここから先は、多分夢のなかの話。

???
「起きて」

(ん···?)

東雲
起きて。風邪ひくよ

(あ···教官···)

東雲
なに?そんなに眠いの?

(ん···眠い···です···)

東雲
···バカ。おいで
ベッドに運ぶから···ほら、掴まって···

(でも、ジャンケン···)

東雲
いいから、ほら···

ふわっと身体が浮き上がる。
それがひどく心地よくて、私の心まで浮き立ってしまいそうだ。

(あ···今なら妄想できるかも···)

教官との、甘い結婚生活。
そんなの、まだまだずーっと先のことだって分かってるけど···

(今日みたいに、一緒にお料理や後片付けをして···)
(たまに、こんなふうにベッドに運んでもらったりもして···)

東雲
おやすみ

ちゅ、とまぶたに落ちてきたのは羽根のような優しいキス。
それをきっかけに、夢のなかの映像がゆっくりとフェイドアウトしていく。

(おやすみ···なさい···)

どうか教官も、今日はいい夢を···

Happy End



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