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恋敵編&卒業編 カレ目線 後藤3話



「消えない雨音」

後藤
いつまで降り続くんだ。この雨は···

暗く重い空からは、延々と雨が降り続いている。
俺は傘も持たずに、ひとり立ち竦んでいた。

(俺は···ここで何をしていたんだ?)

わかるのは、全身が雨に濡れて重い事だけだ。

???
「誠二」

(この声は···)

背後から声を掛けられ、振り返ると···

夏月
「誠二」

後藤
夏月···

雨の中、夏月が笑って、こちらを見ている。

後藤
お前···無事だったのか!?

夏月
「何言ってるの?これからじゃない。囮捜査に行くのは」

後藤
これからって···
駄目だ!絶対に行くな!

(行ったら、お前は···)

夏月
「大丈夫、大丈夫。誠二が守ってくれるんでしょ?」

後藤
俺は···っ!

(お前を守る力なんか···)

背を向けようとした夏月に手を伸ばすと、その姿が消えた。

後藤
夏月···?

彼女の姿を探して周囲を見回すと、遠くに救急車とパトカーのランプが見えた。
そちらに行こうとすると、沈痛な面持ちの一柳と周さんが現れる。

一柳昴
「······」

颯馬
······

後藤
夏月は···

二人は黙って首を振る。

後藤
何を言ってるんですか!さっき、夏月と話したんですよ!?
大丈夫だと言って···

一柳昴
「いい加減、現実を見ろ」

颯馬
夏月は···もういない

後藤


【後藤マンション】

後藤
···っ!

飛び起きるようにして、目を覚ました。
全身から汗が吹き出し、鼓動が爆発しそうなほど早くなっている。

後藤
また、この夢か···

雨が窓を叩く音が聞こえる。
過激派団体エル・シャオラの婦人会にサトコが潜入することが決まってから、
この夢を何度となく見る。

(サトコ···)

サトコ
「ん···」

飛び起きた俺を気にする様子もなく、サトコは俺の隣で健やかに眠っていた。

(単独での潜入捜査を許可したのは、早計だったか···いや、しかしあの状況では···)

目を閉じて、先日の石神班の会議を思い返す。


【会議室】

石神
潜入捜査の訓練、経験も豊富な氷川なら適任だ

後藤
反対です

石神
なぜだ?

後藤
卒業が近いとはいえ、氷川はまだ訓練生です!
いくらなんでも、ひとりでの潜入捜査は危険だ

(婦人会といっても過激派団体の関連組織に変わりはない)
(身の安全は保障できないだろう)

けれど、石神さんが顔を向けたのは俺にではなく、サトコだった。

石神
···氷川、お前はどう思う?

その視線を追うように、俺もサトコを見る。

サトコ
「わ、私は···」

後藤
······

石神
後藤、教官として考えろ。お前は氷川に潜入捜査が不可能だと思うか?

後藤
それは···

そう尋ねられれば、答えはひとつしかない。

(先日の訓練の成果を見れば、十分に対応できるはずだ)

感情でサトコを捜査に行かせたくないと思っていても、それくらいの判断はできた。
そして眼鏡越しの石神さんは、俺に嘘をつくことを許さない。

後藤
···不可能だとは思いません

石神
決まりだな

後藤
······

ここで異議を唱えれば、刑事として教官として失格なのはわかっている。
この時の俺にできることは、
潜入するサトコを遠隔サポートするという案を出すことだけだった。

【後藤マンション】

(たとえ俺が処分されても、止めるべきだったか···)

もともと、今回の捜査には参加させないつもりだった。
それがサトコの熱意に負け、サトコならできるかと思い···
やはり危険だから止めたい···と、考えは堂々巡りだ。

(ここで冷静な判断が下せないなど、すでに俺は刑事として失格なのかもな···)

後藤
······

思えば、先日の岡田の事件でもサトコを危険にさらした。
一歩間違えれば、取り返しがつかなかった。

(サトコが公安学校に入ったばかりの頃の囮捜査も)
(とてもひとりで任せられるものではなかった)
(卒業間近とはいえ、訓練生···)
(そんな彼女をひとりで現場に置くこと自体、間違っているんじゃないか?)

考えれば考えるほど、サトコを刑事としての仕事から遠ざけたくなるのが自分でもわかる。

後藤
俺は···

刑事としての彼女を好きになったはずだ。
それなのに、今の俺は彼女が刑事でいれることを恐れている。

(いったい、どうしたいんだ···)

両手で顔を覆い、深いため息をつく。
雨音が止むことはなく、俺の心をざわめかせ続ける。

サトコ
「後藤···さん···」

後藤
サトコ?

サトコ
「ん···」

(寝言か···)

俺を探すように手をさまよわせるサトコの手を強く握ってやる。

サトコ
「······」

にやっと顔を緩ませて安心した顔で眠るサトコに募るのは愛おしさばかりだ。

(潜入捜査が決まった時も、アンタは笑顔を見せていたな···)

サトコ
『私なら大丈夫です!後藤教官と一緒に、いろいろ経験させてもらいましたから!』

サトコの笑顔に、夏月を思い出す。
あの日、夏月も大丈夫だと笑って捜査に出ていった。

(俺は夏月を信頼していた···相棒として)

サトコが俺の背中を追っているのは知っている。
だが、今の俺にはそんな価値があるのか···それすらも怪しい。

(アンタが大丈夫だと言うたびに、帰ってこなかった夏月を思い出すんだ)

後藤
······

(事件に直面した時···俺もそうだが、自分のことになると皆、一様に大丈夫だと言いがちだ)
(それが刑事としてのプライドという事も、よくわかっている)

自分で自分を信じられなければ、誰も守れない。

(···いや、サトコの『大丈夫』は···少し違うな)
(俺を心配させないための優しさだ)

たとえ不安でも怖くても···俺の前では『大丈夫』だと笑って見せるのだろう。
それが彼女の強さであることも知っている。

サトコ
「ん···」

寝返りを打ったサトコが俺の腰に抱きつくように体勢を変えてきた。
その腕に思い出すのは、岡田を逮捕したあとに抱き留めたサトコ。

(今度は、あの時のように近くで守ってやれない)
(俺が取るべき道は···)

目を閉じても、一向に眠気は訪れない。
だが、今は眠る気にはなれなかった。

(また、あの夢を見るくらいなら···眠りたくなどない)

時間が巻戻るのを感じる。
夏月を失った後、眠ることを恐れていた時間。

後藤
いつまで降るんだ···

耳を手で覆っても、雨音が聞こえる。
幻聴だとわかっても、それが消えることはない。

(サトコだけは···絶対に失えない···)

今、できることは彼女の温もりを抱き締めていることだけ。
温かい身体を抱き締めているのに、俺の手足はいつまでも雨に濡れたように冷たいままだった。

to be continued



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