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恋敵編&卒業編 カレ目線 後藤4話



「 “必ず” の約束」

【教官室】

潜入捜査の日は雨だった。
サトコを婦人会の会場まで送り、サポートをしていると石神さんから呼び出しが入る。

(会場付近には捜査員を配置し、今回の安全は確認されてはいるが···)

後藤
戻りました

石神
ああ。お前は氷川からの報告を待て

後藤
報告を待てとは···呼び出しの用件は何なんですか?

石神
今言っただろう。お前の仕事は、ここで報告を待つことだ

後藤
どういう意味ですか

(俺はここで待つために、サトコを会場に置いてきたのか?)

石神さんを見る目も険しいものになる。

石神
氷川が正式に公安刑事になれば、お前の部下になる可能性もある
部下を信じて待つことも、上司の仕事だ

後藤
······

(俺の考えていることなど、すべてお見通しということか···)

石神
以前にも聞いたが、もう一度聞く
お前は氷川に飯嶋夏月を重ね合せていないか?

(傍から見れば、そう見えても不思議はない)

だが、その答えはひとつだ。

後藤
俺は夏月のことがあろうがなかろうが···今回の件に関しては同じ意見を言っていると思います

サトコの身を案じれば、夏月を亡くした時のことを思い出す。
けれど、サトコを夏月の代わりだと思ったこともなければ、重ね合せたこともなかった。

後藤
···失うのが怖いと思うのは、おかしなことですか

一度失ったから、その怖さを知っている。
けれど経験していなくとも、サトコを失うことは怖いはずだ。

石神
いや···

メガネを軽く押し上げた石神さんが小さくため息を吐いた。

石神
お前が人間らしくなったのは喜ばしいことだがな···
少しは氷川の立場も考えろ

後藤
氷川の立場···?

石神
公安刑事を目指し、この二年訓練に励み···やっと卒業が見えてきた身だ
ここで培った力を発揮したいと、思っている時期じゃないのか?

後藤
それはそうかもしれませんが···

石神
それが氷川の立場という事だ

サトコの身の安全には代えられないーーそう言おうとしたが、石神さんの言葉に遮られる。

石神
氷川が結果を出したいと思っているのは、他の誰でもない
専属教官のお前に認められたいからだろう
それなのに、お前が氷川を信じなくて、どうする

後藤
······

石神
失うことを恐れるのは当たり前の感情だ
だが、恐れるあまりに動けなくなるのは···違うだろう

耳に痛い厳しい言葉だが、石神さんの言うことは正論だ。

(こうして言ってくれるのも、石神さんの優しさなんだろう···)

夏月を失い、動けなくなっていた頃。
俺に居場所をあたえてくれたのは、石神さんだった。

(この人には、いつになっても敵わない)

後藤
氷川は···俺の背中を追いかけたいと···その隣に立つことが目標だと言っています
俺は···その期待に応え得る刑事でいられるでしょうか

石神
それは、これからのお前次第じゃないのか?
少なくとも俺には···お前も少しは進歩しているように見えるがな

伏せていた視線を上げると、石神さんを目が合う。
それは俺が公安に配属されてから、ずっと見てきた厳しい目だった。

石神
過程はどうあれ、今、お前は氷川を現場に残して、ここにいられる
失うことが怖いんだろう?それなのに、なぜ、氷川の傍を離れられた?

後藤
それは···

潜入捜査前は、あれほどサトコの身を案じていたのに、今は思ったよりも落ち着いていられる。
その理由はーー

(あの時のサトコが···)

雨の中、捜査に送り出すときのことが脳裏に蘇る。


サトコ
「必ず情報を掴んで、無事に帰ってきます!」

強い声だった。
それは未来を約束す言葉。

後藤
サトコ···

(俺の気持ちをアンタは知ってるんだな)
(ここ数日、ろくに眠れずにいることも···眠るのが怖いことも)

全てを知って、それでもサトコは『帰ってくる』と言う。

(サトコが持っているのは “優しさ” だけじゃない)
(彼女は自分の言葉の重さを知っていて··· “覚悟” を持っている)

その瞳を見つめていると、サトコの想いが流れ込んでくるようだった。
頭で考えるより先に、心が彼女を信じている。

(サトコは必ず帰ってくる···)
(俺はサトコを信じて、やるべきことをやるだけだ)

後藤
俺がついてる。何も心配せずに行って来い

サトコ
「はい!」

サトコが力強く頷き、俺は会場のそばまでサトコを送る。
傘を持たせようとすると、彼女は首を振った。

サトコ
「私はすぐそこですから、傘は後藤さんが持っていてください」

後藤
俺は大丈夫だ

サトコ
「後藤さんが大丈夫でも、私が後藤さんに濡れてほしくないんです」
「私のために、この傘を持って行ってください」

後藤
サトコ···

サトコ
「風邪なんか引けないんですから。卒業まで、忙しいですよ」

後藤
ああ···そうだな

サトコがしっかりと俺の手に傘を握らせる。
サトコは未来を見ている。

(そうだ···俺の時間は動き出したんだ。サトコと一緒に)


【教官室】

後藤
俺が現場を離れられたのは···氷川を信じられたからです
必ず、戻ってくると

俺の答えに、石神さんの表情がかすかに緩むのがわかった。

石神
お前は杖になれ

後藤
杖?

石神
ひとりで歩けないときは支えてやればいい。いずれは氷川も杖がいらなくなるだろう
一人前になるとは、そういうことだ

後藤
···はい

(今はオレの方がサトコに支えられているかもしれない)

杖は二本あれば、互いに支え合うこともできる。
どちらか一方ではなく、二人で支え合うことが出来たら···それが “相棒” と呼べるのかもしれない。


【個別教官室】

サトコ
「失礼します」

後藤
サトコ!

サトコの顔を見た途端、身体が動いていた。
抱き締めて、その存在を確かめる。

(無事に帰ってきた···大丈夫だと言う、言葉どおりに···)

抱き締める手はもう冷たくはない。
彼女の温もりが伝わり、確かに温かい。

サトコ
「ご、後藤さん!?」

後藤
無事でよかった

サトコ
「会場を出るまで、ちゃんと確認したじゃないですか」

後藤
それでも顔を見るまでは安心できない

(サトコだ)

存在を確かめるように唇を重ねる。

後藤
···おかえり

サトコ
「ただいま帰りました···」

今、見えているのはサトコだけ。
彼女となら、未来を歩める···そう確信していると。

颯馬
後藤、入るよ

一柳昴
「···お前ら、何やってんだ?」

サトコ
「!」

ドアが開くと同時に、周さんと一柳が入ってくる。

(このタイミングで···)

後藤
ノックぐらいしろ!

一柳昴
「ノックされなきゃ困るようなことしてんじゃねーよ」

颯馬
サトコさんが潜入捜査から無事に帰って来たんです。まあ、大目に見ましょう

(···周さんの言う通り、大目に見てくれ)

すぐにサトコを離せなくとも、今だけは見逃してもらうしかなかった。

to be continued



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