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最愛の敵編 加賀1話



【公安課】

知らずの内に加賀さんを視線で追っていたらしく、わずかに目が合った。

加賀
······

サトコ
「······」

(ご機嫌ナナメだ···)
(数々の理不尽な仕打ちを受けてきた今だからこそ、よくわかる···)

でも、ご機嫌ナナメになっている理由まではわからない。
尋ねようかと思った直後、加賀さんの手が伸びてきて思い切り髪をぐしゃぐしゃっと乱された。

サトコ
「!?」

加賀
チッ···クズが

(今日はまだ何もしていない···!何もしていないのに、クズって言われた···!)
(でもこの理不尽な仕打ち、やっぱり加賀さんらしい···)

石神
はあ···

サトコ
「え?」

東雲
兵吾さん、隠さなくなってきましたね

後藤
前から、それほど隠してなかっただろう

颯馬
気付いていないのは本人ばかり···かもしれませんね

黒澤
今も昔もなんて、サトコさん、成長してませんね~

サトコ
「え!?それ、私の話ですか!?」

(髪をぐちゃぐちゃにされた挙句、成長してないって言われる私って···)
(でも卒業してから加賀さんとの関係が教官たちにバレたから、なんかちょっと変な感じ···)

もちろん教官たちも私も、他の人たちには気付かれないように細心の注意を払っている。
それでも学校で2年間共に過ごしてきたせいか、教官たちの表情だけで伝わるものがあった。

(特に、黒澤さんのあのニヤニヤが···って、あれ?)

サトコ
「おかしい···黒澤さんとは学校ではほとんど一緒にいなかったのに」
「っていうか黒澤さんは、教官ですらない···」

黒澤
なんですか?この黒澤透の噂ですか?

サトコ
「いえ、全然違います」

黒澤
つれないな~。サトコさん、2年前はちょっとからかっただけですぐ慌てたのに
それにしても大変ですね。しょっぱなから銀室長に目を付けられるなんて

サトコ
「うっ···思い出させないでください···」

東雲
相変わらず、トラブルを引き寄せる天才だよね

サトコ
「ま、まだトラブルは起きてませんよ」

石神
これから起きそうだな

後藤
間違いないですね

サトコ
「ひどい···」

颯馬
···おや

颯馬教官が、何かに気付いたように壁の方へと視線を向ける。
そこには、鋭い目で私を睨みつけている男性がいた。

???
「······」

(な、なんであんなにこっち見てるの···?)
(新人のくせに教官···もとい、警視たちと話してるなんて、目障りだったとか···?)

津軽
「ああ、あれは百瀬尊(ももせたける)。俺の班だから、仲良くしてやって」

サトコ
「え···」

津軽
「モモ、こっちおいで。自己紹介」

百瀬
「······」

百瀬さんは明らかに私ではなく津軽さんに頭を下げた後、部屋を出ていった。

津軽
「ごめんね。ちょっと難しい子なんだよな」
「まあ、後日改めて自己紹介の時間をとるから」

サトコ
「は、はい···」

(班が違うなら手柄のために敵対してても仕方ないけど)
(同じ班の人にすら、初日から睨まれるなんて···)

班同士どころか、班内でもいがみ合いがあることが窺える。

(銀室長はあんな感じだし···早くも、難波室長の下にいた頃の教官たちとの日々が懐かしい···)

難波室長は普段はのらりくらりしていても、いざというときはしっかり私たちをまとめてくれた。
それに加賀さんと石神教官はよく衝突していたけど、
いざというときのコンビネーションはぴったりだった。

(いがみ合いなんて “大福” VS “プリン” くらいだし···)
(でもこれからは、これが日常になるんだから)
(しっかり気を引き締めて、みなさんについて行こう!)


【焼肉】

サトコ
「加賀さん、お肉ばかりじゃなくて野菜も焼いてください!」

加賀
食わねぇもん焼いてどうする
だいたい、テメェ···何調子に乗って野菜盛り合わせなんざ頼んでやがる

サトコ
「わ、私が食べたいんです、野菜」
「あわよくば、加賀さんにも食べてもらおうと」

加賀
その口に生のピーマンねじ込むぞ

サトコ
「苦そう···」

目の前には、網の上で美味しそうに焼けるお肉たち。
初日の仕事を終えた後、加賀さんからLIDEで呼び出され、落ち合って焼肉にやって来た。

サトコ
「ふふ···なんだか、思い出しますね」

加賀
何がだ

サトコ
「加賀さんが受賞パーティで10万円もらって」
「私にお肉をおごってくれたじゃないですか」
「あんな大事なお金を私のために使ってくれたのが、すごく嬉しかったです」

加賀
アテはできたのか?

サトコ
「アテ?」

加賀
上司に無茶ぶりをされた時のために、いつでも使える店作っとけって言っただろ

サトコ
「あ···」

(でも、駆け出しの公安刑事の私が、アテなんて持ってるはずない···)

サトコ
「仕事以外にも、色々と頑張らなきゃいけないことが多いですね」

加賀
焼けたぞ。食え

サトコ
「ありがとうございます」

(っていうか加賀さん、さっきから絶妙な焼き加減のお肉をお皿に入れてくれる···)
(けど、加賀さんはちゃんと食べれてるのかな)

<選択してください>

A:私ばっかりすみません

サトコ
「なんだか、私ばっかりすみません」

加賀
いいからさっさと食え
これまでとは比べものにならねぇくらいハードだからな

(それって、お肉食べて体力付けておけってこと?)
(加賀さん、私の身体の心配してくれてるんだ、嬉しいな···)

加賀
ハードすぎて勝手に痩せたら、ただじゃおかねぇ
テメェの柔らかさは絶対死守しろよ

サトコ
「そっちの心配ですか···」

B:加賀にも焼いてあげる

サトコ
「お礼に、私も焼きますね」

加賀
テメェのは焼き加減がなってねぇ
焼きすぎだったり、焼き足りなかったり、肉をナメてんのか

サトコ
「お肉の焼き方も、そんな厳しく判定されるんですか···!?」

C:野菜もどうぞ

サトコ
「はい、どうぞ。玉ねぎとカボチャがいい具合に焼けましたよ」

加賀
···沈みてぇのか?

サトコ
「どこに···!?」

(さりげなく野菜をお皿に入れれば食べてくれるかもしれない作戦、失敗···)

サトコ
「それにしても···初日から洗礼を浴びた気分です」

加賀
もう弱音か

サトコ
「そんなんじゃないんですけど···銀室長とか、読めなさすぎて」
「津軽警視は優しそうですし、何とかやっていけそうな気もしますけど···」

加賀
······

サトコ
「百瀬さんに至っては、もう会話すら不可能な感じで」
「今度顔合わせがあるって言われたんですけど、津軽警視ってどういう···」

ガッ!と思い切り足を踏まれた。

サトコ
「!!!???」

加賀
うるせぇ

サトコ
「す、すみません···」
「え!?私、うるさくしてました!?」

加賀
肉の焼き音が聞こえねぇ

(それはもう、喋るなってことでは···)

加賀
あいつは、俺とプリン野郎と同じ歳だ

サトコ
「ふんふん······」

加賀
おい、そっちのヒレ取れ

サトコ
「······えっ?それだけですか?」

加賀
誰に聞いても、その程度の情報しか今のテメェには落ちてこねぇだろうな

腑に落ちないながらも、ヒレ肉の乗ったお皿を手渡した。

(やっぱり、私が新人だから···)
(それとも···何かほかの理由があるのかな)

サトコ
「私、今まで皆さんが協力して事件を解決してるんだと思ってました」

そう言うと、加賀さんに軽く鼻で笑われた。

加賀
相変わらずめでたい頭だな
難波さんの時は今ほどギスギスしてねぇってことだ。個々で勝手やるヤツが多かった

サトコ
「やっぱり上が変わると、チームの雰囲気も変わるんですね···」

(でも予想はしてたけど、想像と現実は全然違うな)

サトコ
「あっ!いま美味しいの食べました···!」

加賀
カイミノだろ

口の中でとろけるお肉につい頬が緩む。
そんな私をちらりと一瞬見た加賀さんの眦が、少しだけ柔らかくなった。

(···幸せだなぁ)

お酒が入っているのもあるのか、加賀さんの雰囲気がいつもよりとっつきやすい。

加賀
美味いか

サトコ
「あ···は、はい!加賀さんのお肉の焼き加減が素晴らしすぎて」

(加賀さんがこんなに優しいこともめったにないし、初日頑張ったご褒美かも···)

きっとこれからはめまぐるしい怒濤の日々の連続だ。
それでも、加賀さんが傍にいてくれるならきっと大丈夫。
最高のパートナーを目指してーー······

加賀
先に言っとくが、今後、仕事中は一切話しかけるんじゃねぇぞ

サトコ
「······えっ?」

加賀
今日は配属初日だから特別だが···
用がねぇ限り接触禁止だ。覚えとけ

(そん···な···)

幸せなお肉の味が一転して、砂合を噛むような悲しいものに変わる。
持っていた箸が手から滑り落ち、乾いた音を立てた···


【警察庁】

加賀さんと焼肉に行った、翌日。

加賀
······

サトコ
「あ···加賀警視、おはようござ···」

加賀
······

廊下ですれ違った加賀さんに挨拶したものの、まるで私など見えていないかのような態度だ。

(華麗なるスルー···)
(加賀さんに限って、冗談なんてないとは思ってたけど···あの言葉、本気だったんだ···)

加賀
今後、仕事中は一切話しかけるんじゃねぇぞ
用がねぇ限り接触禁止だ。覚えとけ

サトコ
「な、なぜ···!?そんなご無体な···!」

加賀
お前がボロを出さねぇはずがねぇ
あの人に目を付けられんのは、ごめんだからな

サトコ
「死なばもろともって言うじゃないですか···」

加賀
テメェと心中するつもりはねぇ
ただでさえ難波さんがいねぇのに、仕事がやりにくくなんのはご免だ

(そ、そんな···!)

(うう···確かに、すぐ顔に出る癖がまだ直ってないから、ボロは出るかもしれない···)
(公安刑事としてはポーカーフェイスが望ましいし、この癖、早く直さないと···)

津軽
「サトコちゃん、おはよ」

サトコ
「あっ、津軽さん、おはようございま···」
「···え!?」

津軽
「え?」

(今···ナチュラルに『サトコちゃん』って言った!?)
(でもこの人、加賀さんと同じ警視だよね···!?そんな立場の人が、まさかそんな···)

津軽
「どうしたの、サトコちゃん」

サトコ
「空耳じゃなかった···」
「あ···お、おはようございます、津軽警視。今日から、改めてよろしくお願いします」

津軽
「警視、なんて面倒だし他人行儀だから、普通に『さん』呼びでいいよ」
「新人でしかも女の子なんて、いろいろ大変だね。これから、よろしく」

サトコ
「······!」

笑顔を向けられて、その眩しさに思わず目を細めた。

(爽やか···!ダメだ、今の私には直視できない···!)
(ああ、加賀さんの帝王のような悪魔のような、あの暗黒の笑みが恋しい···)

サトコ
「···って、いやいや!私いま、相当おかしかった···!」

津軽
「君がおかしいことは、初日でよくわかったけど」

サトコ
「初日は、だいぶ大人しくしてたつもりなんですが···」

(というか···加賀さんのあの人を殺すような笑みが恋しいって、もう末期だ···)
(公安学校での2年間で、私の中の ”普通” の感覚は相当麻痺している···)

津軽
「紹介が遅くなったけど、改めて班員で自己紹介しておこうか」
「そろそろ、モモも来てるだろうし」

サトコ
「あ···はい」

昨日も思ったけど、 “モモ” とは、やっぱり百瀬さんのことらしい。

(津軽さんたちが追ってる事件が一段落するまでは、ずっと書類整理とかの雑用だったけど)
(自己紹介させてもらえるってことは、やっと津軽班の一員になれる···!)

そう勢い込んだ私を、待っていたのは···


【公安課】

津軽
「じゃあ、改めて自己紹介しようか」

公安課ルームには、私と津軽さん、そして百瀬さん。
でも百瀬さんはさっきから私を睨みつけたまま、まったく口を開かない。

(こ、怖い···私、もしかしなくても嫌われてる···?)
(何かしちゃったっけ···!?)

津軽
「ほら、モモ。自己紹介して」

百瀬
「······」

津軽
「モモ?お名前は?」

百瀬
「······百瀬尊」

(···し、しゃべった!)

津軽
「よくできました。ちゃんと名乗っただけでも上出来上出来」

サトコ
「えっ、そんなにハードル低いんですか···?」

津軽
「基本、俺以外とは喋らないからね」
「こちら、新人の氷川サトコちゃん」

サトコ
「よ、よろしくお願いします···」

百瀬
「······」

私の存在を無視しているような百瀬さんに、それ以上の言葉が出てこない。

<選択してください>

A:津軽に助けを乞う

サトコ
「津軽さん!百瀬さんがまったく私を認識してくれません!」

津軽
「大丈夫、モモが今まで初対面で存在を認めた人間なんていないから」

サトコ
「ええ···!?」

(私、初日に睨まれましたけど···!?)

B:百瀬の視界に入る

サトコ
「···氷川サトコです!よろしくお願いします!」

ずいっと、百瀬さんの視界に入るように前へ出る。

津軽
「おお、ぐいぐい行くな」

百瀬
「······」

まるで汚いものでも見るような目で、百瀬さんが私からさらに目を逸らした。

(傷つく···!)

C:加賀を探す

(加賀さん···!この人たち、癖が強すぎます···!)

目線だけ動かして必死に加賀さんを探したけど、近くにはいないようだった。

津軽
「ん?誰を探してるの?」

サトコ
「······!だ、誰も···」

津軽
「さて、それじゃ今回の案件を改めて説明しようか」
「俺たちが追うのは “新エネルギー党” が受け取ったというタレこみがあった、闇金」
「あれだけ大きな陣営に闇金が流れてるとしたら、その用途も普通じゃない」

サトコ
「新エネルギー党···」

津軽
「わかりやすい名前だよね」

新エネルギー党とは、国会議員の江戸川謙造が率いる政党のことだ。
江戸川謙造は次期総理大臣候補との呼び名も高いほど、力ある代議士だ。

津軽
「闇金の証拠を掴み、確実に引っ張ること」
「特に、党首の江戸川謙造はあらゆる手で逃れるはずだ」
「『逃がす』なんて結果はない」

津軽さんの言葉が鋭くなり、心なしか百瀬さんの背筋も伸びている気がする。

津軽
「モモには今まで通り、裏取りを続けてもらうよ」
「俺はすでに、江戸川事務所へ秘書として潜入してる」
「サトコちゃんにも、俺の紹介で入った新人議員秘書に扮して潜入してもらうから」

サトコ
「分かりました」

話が一段落したあと、背後に百瀬さんの気配を感じで、恐る恐る挙手する。

サトコ
「···あの···」

津軽
「はい、サトコちゃん」

サトコ
「さっきから百瀬さんがなぜかすごく、私の匂いを嗅いでくるんですけど···」
「私···あの、臭いですか···?」

百瀬
「······」

(否定してほしい···!)

振り返る前に、百瀬さんはさっさと、私の背後から離れた。

津軽
「それ、いつものことだから気にしないで」

サトコ
「いつものこと···!?」

津軽
「おっと、LIDEだ。ちょっとごめんね」

津軽さんが取り出したスマホの画面が、チラリと見える。
でもその文言が視界に入った時、思わず二度見した。

サトコ
「···『今からあなたのために死にます』!?」

津軽
「いつの時代も、情熱的な女の子って多いよね」

さっとLIDEの画面を切り替えたけど、他のメッセージも電話も、
どうやら全部女性からのようだ。

(潜入捜査の関係···だよね!?まさか本当に女癖が悪いとか···)
(いや、プライベートのことは口出しできないけど)

百瀬
「······」

(この人は相変わらずすごい目つきで睨んでくるし···)
(このチーム、何···!?不安すぎる···!)

to be continued



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