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最愛の敵編 加賀7話



津軽
兵吾くんもモテるし、遺伝だよね
よく似てるなって。厳しいところも、冷たいところも

私たちが闇金疑惑で追っている新エネルギー党の党首、江戸川謙造。
加賀さんが捜査しているウェン重工から、多額の金銭を授受していたその人は···

ーーー加賀さんの、父親だった。



【加賀マンション】

(きっと加賀さんは、最初から知ってた)
(それでいて、私に何も言わなかった)

サトコ
「···」

途中から天候が崩れ、傘のない私の上に容赦なく冷たい雨が降り注ぐ。
息苦しい気がするのは、身体が冷えてきたせいばかりではない。

加賀
···おい

傘をさして帰ってきた加賀さんが、私に気付いて傘を傾けた。
濡れネズミのようになった私の姿に、呆れたように眉根を寄せた。

加賀
連絡くらい···

サトコ
「聞きました···」

加賀
あ?

サトコ
「聞きました、津軽さんに」

加賀
······

加賀さんは瞬時に、何の話をしているのか察したらしい。
それでも眉ひとつ動かさず、顔色も変わらなかった。

加賀
言う必要もねぇ

(···そんなふうに割り切れるの?)

サトコ
「私がずっと、加賀さんのお父さんのそばにいたとしても、ですか?」
「私は···加賀さんの、お父さんの闇金疑惑を調べてたんですよ?」

加賀
それが、テメェに与えられた仕事だ

サトコ
「私のパソコンを見たとき···確信したんですよね?」
「何を追ってるのか、誰の秘書としてどこに潜入捜査してるのか」
「この状況じゃ、別班の任務もロクに把握できないから」

加賀
······

加賀さんは、何も言わない。
それが工程の意味を持っていると、嫌でもわかる。

(人には言いたくないことだってある···)
(もし何かをひとりで抱えてるなら、いつか話してくれるって)
(それでいいと思ってた。でもやっぱり)

サトコ
「私は加賀さんの口から、知りたかったです」

加賀
それを聞いて、テメェは変わらず任務を続けられんのか

言い募る私に、加賀さんが突き放すように吐き捨てた。

サトコ
「そんなのっ···」

加賀
江戸川に、余計な感情を持たねぇ自信があんのか
お人好しのテメェが、身内以上に非情になれんのか?

サトコ
「···!」

加賀
あいつが俺の父親だったらなんだ?情状酌量でもしてやんのか?
テメェは余計な事なんざ考えずに、任務を全うすることだけ考えろ

<選択してください>

加賀さんは平気なの?

サトコ
「加賀さんは···平気なんですか?ウェン重工とつながってたのは、お父さんですよね?」
「それを知っても···」

加賀
関係ねぇ

ぴしゃりと、加賀さんが言い切る。

恋人として知りたかった

サトコ
「私は加賀さんの恋人として、お父さんのことを知りたかったんです」
「ご両親のことを聞いても、はぐらかされるばっかりで···」

加賀
親父はいねぇ。少なくとも、俺はそのつもりだ
テメェがあいつをどう見ようと勝手だが、俺には関係ねぇことだ

もちろんまっとうします

サトコ
「もちろんまっとうします···してみせます」
「江戸川謙造の秘書として···核融合実験炉の稼働試験に立ち会うことになってます」

加賀
らしいな

サトコ
「仕事に私情を挟むつもりは、私もありません。それを···証明します」

(加賀さんはきっと、今回私が津軽さんに教えてもらってお父さんのことを知る機会がなければ)
(一生···話してくれないままだったかもしれない)

こんなに一緒にいるのに···

(少しずつでも、加賀さんに近付けてると思ってたけど)
(······まだ、全然遠い)

加賀
俺が全部話せば、それで満足か

表情から気持ちを読み取ったのか、加賀さんが静かに告げる。

加賀
テメェがいつも言う “信用” ってのは、その程度の薄っぺらいもんか
だったら、俺は御免だ。その程度のくだらねぇ信用なんざ、必要ねぇ

サトコ
「···っ」

答えられずに立ち尽くす私に、加賀さんが傘を差しだす。

加賀
話は終わった。さっさと帰れ

サトコ
「加賀さん···!」

傘を私に押し付けて、加賀さんがマンションのエントランスに消えていく。
暫く傘を持ったまま、その場に立ち尽くしていた···


【駅】

加賀さんに渡された傘をさして、とぼとぼと駅前を歩く。

(様子が変だと思うことは、何度かあった)

津軽
マルタイが、この大福をえらく気に入ったんだよ

加賀
······

あのあとすぐ加賀さんは席を立ち、結局大福には手を付けないままだった。

(それに···あの夜だ。加賀さんが私のパソコンを使ったのは)
( “マルタイ” が誰を指すのか、調べるために)
(私が自分の父親を捜査対象として追っているのを見て、加賀さんはどういう気持ちで···)

それに加賀さんが追っているウェン重工の件も、どこかで必ずウェン重工に行きつくはずだ。

(自分の父親を逮捕するって···加賀さんは、どう考えてるんだろう)
(何とも思わない?絶縁状態の父親だから、父親とも思ってない···?)

想像できないことばかりで、考えがあちこちに飛んでしまう。

(そういうの全部、一緒に背負いたいのに)

ようやくつかまえたタクシーに乗り込もうとした時、後ろから軽く押された。

サトコ
「え···」

津軽
失礼

サトコ
「津軽さん···」

返事をする前にさらに押されて、津軽さんと共にタクシーの後部座席に乗り込んだ。

【タクシー】

私たちのマンションの住所を運転手に告げると、津軽さんがシートに身を沈めた。

サトコ
「どうして···」

津軽
風邪ひくよ

タオルを頭に乗せられて、不意打ちの優しさに胸が詰まる。

(頭の中···ぐちゃぐちゃだ)
(加賀さんにとって私って···)

そう考えた時、自分のことばかり考えていることに気付く。

(···私がこうだから、加賀さんに話してあげられなかったのかもしれない)
(守られてばかりで、待ってばかりで···)

サトコ
「津軽さん···私···」

津軽
何も言わなくていいから

サトコ
「······」

涙をぐっと堪え、それからタクシーがマンションの前に着くまで、私も津軽さんも無言だった。


【マンション】

いつの間にか津軽さんがタクシー代を払ってくれたようで、そのままタクシーを降りた。

サトコ
「あの、半分···」

お財布を出そうとする私を止めて、津軽さんが手を振ってエントランスに入っていく。

津軽
お金より、明日ちゃんと仕事に来ること
おやすみ、ウサちゃん

(ウサちゃん···?)

バッグから出しかけたお財布を持ったまま、津軽さんを見送るしかなかった。

【自室】

(目、真っ赤···)
(津軽さんが『ウサちゃん』って言ったの、これのせいか···)

お風呂に入って少し落ち着くと、改めてさっきのことを思い出す。

(私はいつだって、自分のことでいっぱいいっぱいで)
(新しく配属された津軽班で、津軽さんと百瀬さんについて行くのに必死で)

加賀
お人好しのテメェが、身内以上に非情になれんのか?

(···加賀さんは、お父さんが監視対象だと知って平気でいられる人じゃない)
(何も考えずに、実の父親を逮捕しようとしてるわけじゃない···)

『身内以上に非情になれるのか』というのは、つまりそういうことだ。
父親と絶縁状態の加賀さんですら、もしかしたら江戸川先生に心を傾けてしまうかもしれない。

(それなのに···いつも甘いことばっかり言ってる私に、それ以上の対応ができる?)
(加賀さんはきっと私に今回の事件に専念させるために、何も言わなかったんだ)

加賀さんが私に話せないのは、当たり前だ。
私は未熟で、 “今” に精一杯で···そうしなければ、事件を解決できない。

石神
昔から変わらず、お前の長所は正面突破だろう
なのに、何を余計な事を考えてる?

サトコ
「···このままじゃ、ダメなんだ」

気持ちを言葉にすると、ようやく自分が何をすればいいのかが見えてきた気がした。

(私が怖がらずにもう一歩加賀さんに近付けたら···そうしたら)

加賀さんだって、ひとりで悩まなくて済んだかもしれない。

(電話···加賀さんに···)

スマホを取り出して、発信画面に進もうとする指を止めた。

(いや···今は、ダメだ)

まずは、自分の決心を行動で示さなければならない。
これからも加賀さんと共にありたいという気持ちを、結果を出して見せる必要があった。


【研究所】

江戸川先生の秘書として立ち会うことになってた、実証炉稼働実験当日。
その当日、先生の隣に立ちながらも、ちらつくのは加賀さんの顔だった。

(結局、加賀さんの言う通りだ···平常心でいられるとはお世辞にも言えない)

私以外の津軽班は、この現場のどこかに潜入しているはずだ。
確か加賀さんは、研究所の関係者として現場の指揮系統グループに潜り込んでいると聞いた。

江戸川謙造
「今日の実験は、事前に何度も繰り返されて失敗するはずのないものだ」
「君は、帰りの車の手配だけを考えていればいい」

サトコ
「わかりました」

とはいうものの、もちろんそういうわけにはいかない。

(ウェン重工が今日、なんらかの動きをするとすれば···狙われるのは間違いなく、江戸川謙造)
(向こうは私の存在なんてお構いなしに、何か仕掛けてくる可能性が高い)

場合によっては先生を守りつつ、ウェン重工の人間と対峙しなければならない。
闇金事件の証言者として、先生の身柄を向こうに渡すわけにはいかないからだ。

(大丈夫···この現場には、津軽さんと百瀬さんがいる)
(それに···加賀さんも)

加賀班も、この現場に散らばっているはずだ。
今まさに公開実験が始まろうとした時、激しい爆音が轟いた。

江戸川謙造
「!」

サトコ
「先生!こちらへ!」

江戸川謙造
「何が起きてる?」

作業員1
「隣接する研究所で、爆破事故が起きたそうです!」

作業員2
「まずいぞ···!状況はどうなってる!?」

辺りは騒然とし始め、続いて小規模の爆発音が立て続けに聞こえてきた。

江戸川謙造
「妙だな。実験自体は問題なかったはずだ」

サトコ
「隣接する研究所と言ってましたね」
「こことは違うものを扱ってるところかもしれません」
「とにかく、先生は安全な場所に」

(まさか、ウェン重工の仕業?)
(だとしたら間違いなく、次に狙われるのは···)

加賀
専門の奴らに、原因を調査させろ。俺たちはそれ以外の連中の避難指示だ

部下
『わかりました!』

サトコ
「!」

イヤモニから、加賀さんが冷静に指示を出している声が聞こえる。

(さすが加賀さん、こういうときでも絶対に慌てない···)
(私も、自分の仕事をまっとうしなきゃ!)

<選択してください>

江戸川を避難させる

(今は、江戸川先生の秘書···公安刑事として動き出すのは、ウェン重工の動きを見てからだ)

サトコ
「先生、とにかく外の車に戻りましょう」

江戸川謙造
「関係者はどうしてる?」

サトコ
「だいぶ混乱してるみたいです。このままでは指示は仰げません」

犯人を追う

(爆発事故を起こしたのは、間違いなくウェン重工の人間だ···だったら、犯人を追わないと)
(いつ江戸川先生が狙われるかわからないし、これ以上爆発が起きたら大変だ)

江戸川
「すぐ、事務所に連絡を取れ」

サトコ
「あ···は、はい」

私が考えを巡らせている間に、江戸川先生はあっという間に結論を出したようだった。

加賀を手伝う

(加賀さんを手伝いたい···!だけど私は今、津軽班の一員だ)
(その私の仕事は···江戸川先生の秘書に扮して、ウェン重工の動きを探ること)

サトコ
「先生、まずは外へ避難しましょう」

江戸川謙造
「そうだな。そのほうがよさそうだ」

作業員
「ああ、よかった!江戸川センセイ、無事だった」
「秘書のヒトも一緒に、安全な場所に案内します」

駆けつけたのは、現場の作業員らしき人だった。

サトコ
「先生···」

江戸川謙造
「ここは彼らのホームだ。言う通りにしよう」

(確かに、現場の指示には従った方がいいけど)
(でも、一介の作業員が、江戸川謙造を避難させるなんて···?)

どこか違和感を覚えながらも、先生とともに作業員のあとについていくしかなかった。

to be continued



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