カテゴリー

最愛の敵編 加賀 Good End


【加賀マンション】

一緒に加賀さんの部屋に帰ると、促されてソファに座る。
スーツを脱ぎ捨てた加賀さんが、体を投げ出すようにして私の隣に腰を下ろした。

加賀
···だいたいわかってるだろうが、うちは親父とは絶縁状態だ
もう何年も、連絡は取ってねぇ

サトコ
「はい···美優紀さんから聞きました」
「お父さんは、昔からすごく厳しかったって」

加賀
あいつ自身も言っていたが、ほかの人間をテメェの思い通りにしようとするやつだ
嫌気がさして、家を出て···何年か前に、離婚したってお袋から連絡があった

サトコ
「そうだったんですか···」

加賀
昔からあいつが、綺麗ごとだけで政治をやってんじゃねぇことは知ってた
いつか必ず、この手でしょっぴいてやる···そう思って、今までやってきた

でも江戸川謙造は確かに、日本のことを考えていた。
ただ、そのやり方が間違っていたのだろう。

(加賀さんの正義感は、お父さん譲りのもので)
(···でもお父さんの “正義” は、加賀さんには許容できなかった···)

加賀
···終わりゃさっぱりするもんだと思ってたがな、全部
もう何年もあいつを追いかけて、やっと手錠かけられたってのに

サトコ
「加賀さん···」

『さっぱりしている』とは程遠い表情で、加賀さんが煙草を取りだす。
でもいつまでも火をつけず、しばらく煙草に視線を落としていた。

(···やっぱり加賀さんは、実の父親を逮捕して何も思わないような人じゃない)
(きっと、言葉にしないだけで···たくさん葛藤してきたんだ。きっと、今も···)

何も言わず、そっと加賀さんの手に自分の手を重ねる。
驚いた様子も見せず、加賀さんがこちらを見た。

加賀
···なんのつもりだ

サトコ
「私···」

(言いたいことは、たくさんある···話したいことも)
(でも、今は···)

サトコ
「話してくれて、嬉しいです」

加賀
······

サトコ
「お父さんがあんなことになったのに、嬉しいなんて···すみません」
「だけど、加賀さんの口から聞きたいと思ってたから」

加賀
たいして面白い話でもねぇだろ

呆れたように、やっと加賀さんが笑ってくれた。

サトコ
「面白い面白くないじゃないんです。加賀さんのことは、何でも知りたいです」
「だから···素直に、そう思って···」

加賀
···くだらねぇ

私の本心を聞いて、加賀さんの苦笑が濃くなる。

(くだらなくない···こうして少しずつでも)
(心を開いてくれるのがどれほど嬉しいか)

そんなこと、きっと加賀さんは知らないだろう。

加賀
···寝るか

サトコ
「え?」

加賀
テメェは、絶対安静だろ

サトコ
「絶対、じゃないですけど···」

でも確かに今日はいろんなことがあって、今すぐにでもベッドで横になりたいくらいだ。
怪我のためにも、おとなしく寝たほうがいいかもしれない。

サトコ
「···泊って行っていいんですか?」

加賀
その状態で帰せるか

立ち上がった加賀さんについて、寝室へ向かった。


【寝室】

加賀さんの家に置きっぱなしにしてある部屋着に着替えて、一緒にベッドに潜り込む。
腕枕してくれながら、空いているほうの手で加賀さんが私の肩にそっと触れた。

サトコ
「加賀さん···?」

加賀
···もう二度と、傷つけさせねぇつもりだった

サトコ
「あ···」

以前、犯人を追い詰めたところで撃たれ、
倒れた私を置いて加賀さんが犯人確保に走ったことがある。
あのときも加賀さんはこんなふうに、つらそうな顔をしていた。

サトコ
「名誉の勲章です」

加賀
······

サトコ
「なんでちょっと微妙な顔してるんですか」

加賀
痕が残るだろ

サトコ
「別に、顔じゃないですから」
「それに普段はこんなところ、誰にも見せないし」

(顔に痕が残るなら、ちょっとショックだけど···肩なら別にどうってことない)

加賀
テメェは、女として色々足りねぇな

サトコ
「うっ···気にしてるところを···」

加賀
だが···俺の相棒にしちゃ、まずまずだ

暗闇に、加賀さんの優しい声が響く。
その言葉は、何よりも嬉しいご褒美だった。

サトコ
「加賀さん、寝るんじゃないんですか」

加賀
寝なきゃなんねぇのはテメェだろうが

サトコ
「加賀さんだって疲れましたよね?」

加賀
別に、たいしたことしてねぇ

サトコ
「私たちを助けるために、来てくれたじゃないですか」
「でもひどいですよ···私たちばっかり守って、加賀さんはなんの防御もしないなんて」

加賀
どのみち、あの融合炉が暴走したら全員無事じゃ済まなかった
あんなもん、気休め程度だ

(それでも、自分よりも私とお父さんを優先した)
(江戸川先生は···もしかして、嬉しかったのかもしれない)

小声で話す私の額に、加賀さんの唇が触れる。
至近距離で見つめ合うと、自然と唇が重なった。

サトコ
「···加賀さん」

加賀
なんだ

サトコ
「好き···です」

加賀
今更か

サトコ
「何度でも言いたいんです···」
「好きです···ずっと、何があっても、これからも」

加賀
···当然だ

サトコ
「私は、加賀さんのものです···」

私の肩を労わるように、加賀さんが何度も優しいキスをくれる。
身じろぎするたびに傷がかすかに疼いたけど、それも加賀さんの口づけがそれを癒してくれた。

(加賀さんは、自分が傷つくよりも自分が怪我するほうがつらい、って思ってくれる人だ)
(私も同じ···加賀さんが怪我をするくらいなら、自分でよかったって思ってる)

怪我をしていないほうの腕を動かして、加賀さんの背中に回す。
どこまでも甘く胸が震えるようなキスに、身を任せた。


【公安課ルーム】

夜通し腰が抜けるようなキスを浴びたせいか、翌日は体に力が入らなかった。

(いや、寝不足のせいが大きい気もするけど···)
(ちょっと幸せ···なんて思うのは、不謹慎かもしれないけど)

加賀さんとは時間をずらして、公安課ルームに出勤する。

サトコ
「おはようございます」

百瀬
「おい」

邪魔、という声が聞こえたのと同時に、ちょうど部屋から出てきた百瀬さんにぶつかった。
腰に力が入らず、そのまま床に膝をぺたりとついてしまう。

百瀬
「···」

サトコ
「あ···す、すみません。大丈夫です···!」

さすがに崩れ落ちることは予想していなかったのか、
百瀬さんが戸惑った様子で一瞬、手を差し出そうとする。
けれどその手を取る前に、後ろから来た誰かに、肩を痛めていないほうの腕を引っ張られた。

加賀
何やってんだ

サトコ
「か、加賀警視···!」

私を立ち上がらせると、加賀さんが一瞬屈んで、耳元に唇を寄せる。

加賀
あの程度のキスでか

サトコ
「······!」

加賀
次は容赦しねぇ。鍛えとけ

さっさと私の腕を離し、加賀さんが自分のデスクに歩いていく。

(ずっと無視されてたのに···やっと話してくれた)
(ようやく···接触禁止が解けた!)

思わず、バシッと百瀬さんの腕を叩く。

百瀬
「何すんだよ」

サトコ
「へへへへへへ」

百瀬
「気持ち悪ぃ···」

サトコ
「百瀬さん、今日も仕事頑張りましょう!」

百瀬
「うるせぇ···」
「だいたいオマエ、怪我人だろ」

サトコ
「あ、そうでした。でも書類仕事ならなんでもやりますよ」

やる気を出しながら、私も自分のデスクへ向かう。
奥からやってきた銀室長が、ちらりと私を見た。

サトコ
「銀室長、おはようございます」


「······」

ふん、と小さく鼻を鳴らし、銀室長が公安課ルームを出ていく。

(うーん、相変わらず銀室長には嫌われてる···)
(最初から “女” だって時点で、目の敵にされてた気がするし···)

加賀
······

津軽
「······」

私と銀室長のやりとりを、加賀さんと津軽さんだけが無言で眺めていた。


【焼肉店】

数日後の週末、難波室長と銀室長抜きの打ち上げが開かれた。

サトコ
「こういう場に難波室長がいないのって、なんか変な感じですね」

黒澤
本当は難波さんも誘いたかったんですけどね~忙しそうだったんで、遠慮したんです

颯馬
『最近飲み会がねぇな』と言っていたところだったのに、残念ですね

サトコ
「颯馬教官、難波室長の真似、うまいですね···」

黒澤
銀さんも!と思って誘ってみたんですが、光の速さで断られちゃいました

サトコ
「黒澤さんは勇者ですか···私もこの前、大福をコンマ1秒で断られました···」

津軽
まあ、今日は合同捜査の打ち上げってことだし、室長たちは抜きでもいいんじゃない?

運ばれてくるお肉を必死に焼きながら、隣に座っている加賀さんをこっそり眺める。

(お肉を焼く係かもしれないけど、来てよかった···!加賀さんの隣をゲットできるなんて)
(さっきから会話らしい会話は全くないけど、でも)

加賀

サトコ
「えっ?」

加賀さんが、私の前にそっとおしぼりを置いてくれた。

サトコ
「···あっ、ありっ、ありがとうございます!!」

加賀
喚くな

サトコ
「すみません!」

(このくらいの会話ですら、嬉しい···)
(今日は、内緒でお皿に野菜を入れるのはやめておこう)

反対側には、石神教官が座っている。
以前なら両班長に挟まれて生きた心地がしなかったけど、今はむしろ安心できた。

石神
今回はうまくいったものの、基本的に合同捜査などありえないからな

津軽
まあまあ、そこら辺は臨機応変でいいんじゃないの
あの犬猿の仲だった兵吾くんと秀樹くんが同じ職場にいる時点で、奇跡なんだし

加賀
おい誰だ、人の皿に野菜入れやがったのは

サトコ
「わ、私じゃないですよ」

東雲
透じゃないですか?

黒澤
歩さん、こっそり入れてたでしょ!なんでオレのせいにするんですか!

颯馬
ん?この肉、柔らかくて美味しいですね

後藤
どれですか?

百瀬
「美味ぇ···」

真面目に話す石神教官と津軽さんを放って、全員が勝手な話に興じる。
でも石神教官も津軽さんも慣れているのか、まったく動じる気配がない。

石神
そういえば、新エネルギー党は解散したらしいな

津軽
だね。まあ、党首が逮捕されたんだから解散は免れなかっただろうけど
あの政党に関しては、まだ叩けば埃が出てきそうなんだよな

サトコ
「余罪があるってことですか?」

津軽
江戸川謙造だけじゃなくてね。野党全体で
政党絡みで闇金をもらってたんだから、秘書や他の政治家たちが知らないわけないし

黒澤
結局、新エネルギーの話も頓挫したんでしたっけ

颯馬
あれが立ち消えになるのは、もったいない気もしますが···仕方ないですね

みんなの話を、加賀さんは黙ってお肉を食べながら聞いている。
でも決して、口を挟むことはなかった。

(なんか···とりあえず、話を変えたいな)

サトコ
「あ、そうだ!石神教官、あのときはありがとうございました」

石神
あのとき?

サトコ
「私と江戸川先生が囲まれてるとき、犯人の銃を撃ち落としてくれましたよね?」
「あれで相手が怯んでくれたので···本当にありがとうございました」

石神
···何を言っている。あれは···

津軽
ウサちゃ~ん、注いで~

石神教官の言葉を、津軽さんが遮る。
グラスが空になっていることに気づいて、慌てて瓶ビールを持ってきた。

サトコ
「あっ、はい!どうぞ!」

津軽
ありがと。ごめんね~話の邪魔して

私がグラスにビールを注ぐ間、なんとなく石神教官と津軽さんの間に妙な空気が流れた。

石神
···意味がわからない

津軽
いつものことでしょ?

石神
ビールくらい、自分で注いだらどうだ

津軽
手酌と女の子に注いでもらうのとじゃ、全然美味しさが違うし

サトコ
「津軽さん···その発言、ちょっとオジサンくさいですよ」

黒澤
あーあ、サトコさん、言っちゃいけないこと言っちゃった!
さすがにオレでも、警視に『おっさん』とは言えないですよ~。ですよね、後藤さん!

サトコ
「お、おっさんなんて言ってないですよ···!ですよね、後藤教官!?」

後藤
また呼び方が戻ってる

サトコ
「え?あ!」

石神
もういい···お前は今後も好きに呼べ

サトコ
「すみません···」
「津軽さんがオジサンっぽいって話だったのに飛び火した···」

津軽
いいじゃん、ひとつ屋根の下に住んでるよしみだよ

ダン!

と、隣で加賀さんがテーブルにジョッキを置く。

サトコ
「!!!???」

加賀
······

サトコ
「いや、あのっ···」

(隣から、禍々しいオーラを感じる···!)
(悪魔···鬼畜···!?私の恋人は公安刑事じゃなくて、魔王だった···!)

黒澤
ちょっとちょっと、どういうことですか?ひとつ屋根の下って!

サトコ
「ち、違うんです!たまたま!たまたま同じマンションだっただけで···」
「津軽さん!誤解を招く言い方しないでください!」

颯馬
同じマンション、ですか···ロマンスが生まれる可能性、大いにありますね

サトコ
「颯馬教官!?」

加賀
······

(ダメだ···!これはもう完全お怒りコースだ···!)
(っていうかそもそも、最近色々ありすぎて、同じマンションだってこと話すの忘れてた···!)

加賀さんの無言の怒りは、打ち上げが終わっても収まることはなかった···


焼肉屋を出た後は、居酒屋を何軒かハシゴして···

(そろそろお開きかな···お腹いっぱいだし、今日はよく食べよく飲んだ···)

津軽
ウサちゃん、もう帰る?

サトコ
「あ、そうですね···皆さんが帰るなら」

津軽
じゃあ、送るから。って言ってもマンションの中まで一緒だけど

加賀
······

(あああ···津軽さん、知らないとはいえ加賀さんを煽らないでほしい···!)

津軽さんの言うようにマンションまで同じ方向だし、断るのもおかしい。
うなずこうとした私の後ろから、ドスのきいた低い声が聞こえてきた。

加賀
クズ、行くぞ

サトコ
「えっ?」

加賀
付き合え

サトコ
「あ···はい!」

(他の人は帰るみたいだけど···次の店?コンビニ?)

津軽
連れてっちゃうの?独占禁止じゃない?

加賀
テメェは呼んでねぇ

サトコ
「えっと···みなさん、お疲れ様した!失礼します!」

津軽さんや教官たちに頭を下げると、加賀さんを追いかけた。


結局加賀さんは、次の店にもコンビニにも行かなかった。

加賀
なんであんな胡散臭ぇ奴につかまってんだ

サトコ
「胡散臭いって、津軽さんのことですか?」

(確かに、何考えてるかわからないようなところはあるかも···)
(でも仕事もできるし、尊敬できる人ではあるよね)
(それに、優しいし···)

サトコ
「あ!あの、同じマンションっていうのはですね···本当に偶然で!」

加賀
知ってる

サトコ
「お、怒ってないですか···?」

加賀
んなくだらねぇことで、いちいちムカついてられるか
さっさと引っ越せ

サトコ
「引っ越し!?」

(やっぱり怒ってる···!)

サトコ
「引っ越したばかりなので、さすがにすぐには」

加賀
バカが。冗談だ

サトコ
「冗談···」

歩きながら体を少し傾けて、加賀さんの顔を覗き見る。
津軽さんから私を引き離すように声をかけてくれたのが嬉しくて、思わず顔が緩んでしまった。

加賀
今すぐそのツラやめろ

サトコ
「無理です」

笑いながら、歩く度に触れる手の甲をそっと加賀さんの手の甲にぶるける。
サインはきちんと伝わったようで、加賀さんからひったくるように手をつないでくれた。

サトコ
「···へへ」

加賀
気色悪ぃ

サトコ
「知ってます」

加賀
救いようがねぇな

加賀さんの隣を歩きながら、まだまだ追いつけそうにないその人を見上げた。

(胸を張って、加賀さんのパートナーだとは···まだ言えない)
(だけど、昔より、少しずつ近づけてる···と、思う)

いつか、加賀さんが認めるしかないくらいの刑事になろう。
目標は、どこまでも大きいほうがいい。

(私のスタートは、ここからだ)
(いつだって、目指すものの先には必ず加賀さんがいる)

決意を込めて、加賀さんの手を握り締める。
こちらを見て呆れたように笑いながら、加賀さんも握り返してくれた。

加賀
さっさと酔い醒ませよ

サトコ
「頑張ります」

加賀
頑張るんじゃねぇ。家に着くまでに醒ませって言ってんだ

サトコ
「命令···」

そのとき、ひんやりと気持ちのいい風が頬を撫でた。
温かい手のぬくもりと、冷たい風···
両方を感じながら、加賀さんが停めたタクシーに乗り込んだ。

Good End



シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする