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カレKiss×加賀 3話


【アジト】

水戸
『俺たちの同士だっていうのなら、証拠を見せろよ』

水戸くんにそう言われて連れていかれたのは、薄暗い部屋だった。
この間の飲み会で見た顔がそろっていて、一斉に私を振り返る。

男性
「水戸?その人は···」

水戸
「覚えてるか?この前の集会に来た萌木さん」
「同士だっていうから、連れてきたんだ」

みんなに笑顔で私を紹介しながらも、水戸くんが小声でささやく。

水戸
「少しでも怪しい動きをしたら、どうなるかわかってるな」

サトコ
「もちろん」
「それに私、これを水戸くんに見てもらおうと思ってたから、ちょうどよかった」

みんなの前で、この間徹夜で仕上げた図面を広げる。
それはこっそりフェイクの部分を忍ばせてある、簡易爆弾の設計書だった。

水戸
「これは···」

サトコ
「これをいくつか作って、日本の象徴を言われるような場所に仕掛ける」

設計書自体は、公安学校時代に習ったものを少し変えただけだった。
潜入捜査で相手を信用させるために、こういう方法があるというのも学んだ。

(この通りに作っても、爆発はしない···)
(でも設計書自体は本格的だから、信用させるには十分のはず)

男性
「すごい···ここまで用意してきた人は初めてだ」

女性
「力強い人材が入ってくれたんじゃない?ね、水戸」

水戸
「······」

図面をじっと見つめていた水戸くんが、ようやく口を開いた。

水戸
「···悪くない考えだと思う」

(よし···!)

女性
「でもよかった、本物の人が来てくれて」

サトコ
「本物?」

男性
「たまーに取材とか言って、うちに潜入してくる記者がいたりするんだよな」

女性
「ま、さすがに爆弾の設計図までは持ってくるわけないから、あなたは信用できるけどね」

(記者か···)

すると、黙っていた水戸くんがようやく口を開く。

水戸
「ところで、さっきの返事をまだ聞いてなかったけど」

サトコ
「え?」

水戸
「何が目的で、こんなことを?」

サトコ
「だから、一家離散して···」

水戸
「行動力の割には、具体性の薄い理由だね」

サトコ
「水戸くんはさ」
「知らない男に足の指を舐められたこと、ある?」

水戸
「······」
「···ごめん。わかった、これに関してはもう何も聞かない」

頭がいい彼は此方の事情まで想像以上にいろいろと察してくれたのか、話を早々に切り上げてくれた。

(津軽さんとのあの会話があったからこその結果、なんだけど)
(素直にお礼を言いたくない···!)

盛り上がる “同士” たちの輪には加わらず、水戸くんと私は話を続けていた。


その日も、水戸くんに家まで送ると言われたのを断って帰ってきた。

(あんまり断り続けるのも、逆に怪しまれるよね···)
(でも家がバレるのは避けたいし、今度津軽さんに相談してみようかな)

津軽
そのまま、前を向いて答えて

信号待ちのため交差点に立っていると、後ろから声が聞こえてきた。

(津軽さん···!なんてタイミングのいい···!)
(でもどうして···今日は定期連絡の日じゃないのに)

津軽
調子はどう?

サトコ
「今日、アジトを突き止めました。フェイク付きの簡易爆弾で引率するつもりです」

津軽
マルタイの仕分けは?

サトコ
「今日の会話でほぼ確定しました。後で連絡します」

津軽
了解
彼らは犯罪者予備軍だからね。そのくらいの方法でちょうどいい

サトコ
「犯罪者予備軍···」

そう言われると、少し考えてしまう。

(私が爆弾を使った方法を提案しなければ、そこまでするような人たちじゃないかもしれない)
(確かに思想は危険だし、今後何をするかわからないけど)

ポケットに何か入れられた感触があったので、顔は動かさず視線だけで確認した。

(どこかの、鍵···?)

津軽
君の家、今日からそこね

サトコ
「それ、今日相談しようと思ってたんです」

津軽
ならちょうどよかった。大学から帰るときは、いったんこの部屋にもどること

ポケットに手を入れて、鍵を確認する。
どうやらこれを渡してくれるために、わざわざ接触してきたらしい。

サトコ
「ありがとうございます。助かりました」

津軽
どういたしまして
その3点セットもウサちゃんに似合ってて、かわいいね

サトコ
「!」

信号が青になり、周りの人が歩き出す。
振り返った時にはもう、津軽さんの姿はなかった。

【大学】

津軽さんが部屋を用意してくれた翌日、大学で水戸くんに会った。
家まで送るという申し出を、今日は断らずに受け入れる。

水戸
「なんだかんだ言って、萌木さんと一緒に帰るのは初めてだね」

サトコ
「そうだね。今まで誘ってくれたのにごめんね」

水戸
「いや、よかったよ。ゆっくり話したいと思ってたから」
「でもさ、なんで俺たちと一緒にやろうと思ったの?」

サトコ
「それは···やっぱり、同士がいたほうが心強いから」

あらかじめ用意しておいた答えを引き出しながら、平静を保ちつつ答える。
でも向こうから歩いてくる人を見た瞬間、目を奪われそうになった。

加賀
······

(な、なんで加賀さんがこんなところに!?)
(いや、落ち着け···ここで会ったからって、動揺することじゃない)

今、私は “萌木芽衣” だ。自分にそう言い聞かせる。
加賀さんとすれ違ったそのとき、ほんの一瞬、加賀さんの雰囲気が和らいだ気がした。

(この前のキスも、応援してくれてるみたいに思えた···よし、頑張ろう!)
(加賀さん、私、必ずやり遂げてみせますから)

水戸くんは、私の様子には全く気付いていない。

水戸
「同志が増えれば、それだけ危険も増えるけどね」

サトコ
「でも、ひとりでやるには限界があるし」

水戸
「うん。その点は良し悪しかな」

その後、津軽さんが用意してくれた部屋まで送ってもらい、水戸くんと別れた。


【アジト】

“計画” を実行する日まで、あと1ヶ月と迫った。
もっと怪しまれるかと思っていたけど、私の引率作戦はことのほか順調に進んでいた。

男性
「萌木さんが入ってくれて本当によかったよ」

女性
「志が大きい人といると、やっぱ士気が変わってくるよね」

男性
「この爆弾が国を変える大きな一歩になるといいんだけどな」

女性
「いいんだけどな、じゃなくて、一歩にするの!ね、芽衣」

サトコ
「うん···」

(この人たちはみんな、私を心から信用してる)
(爆弾を作って、日本の象徴である建築物を破壊して···)

それが正義だと、本気で思っている。
そして彼らが過激な行動を起こすように誘導しているのは、私だ。

(いくら信用してもらうためだったとはいえ···本当にこれでいいの?)
(いや、揺れてる暇なんてない。感情を動かされちゃダメだ)

やり遂げてみせると、心の中で加賀さんに誓ったばかりだ。

(でも···)

津軽
『彼らは犯罪者予備軍だからね。そのくらいの方法でちょうどいい』

津軽さんの言葉が、重くのしかかるのだった···


【自室】

大学から戻り、仮住まいのマンションへと帰ってきた。
ちょうどそのタイミングで、加賀さんから着信が入る。

サトコ
「加賀さん!なんであそこにいたんですか?」

加賀
それをテメェに言うと思うのか?

サトコ
「ってことは、捜査なんですね」

加賀
···誘導尋問とは、舐めた真似するじゃねぇか

サトコ
「あっ、そんなつもりは···」

少しの間雑談した後、電話の向こうで加賀さんがふっと笑った気がした。

加賀
やっぱり似合わねぇな

サトコ
「え?」

加賀
あの格好だ

サトコ
「うっ···それは自分でも薄々わかってるんですけど」

(でも津軽さんはご満悦なんだよね···やっぱり、ああいうのが好みなのかな)
(···津軽さん、か)

サトコ
「···加賀さん」

加賀
なんだ

サトコ
「もし···もしも、の話···なんですけど···」
「自分のせいで、やらなくてもいい犯罪に手を染めさせるとしたら」
「加賀さんだったら···」

加賀
······

それ以上言葉を続けられず、沈黙が落ちる。

加賀
それで事件を未然に防げるなら、問題ねぇ

サトコ
「そう、なんですけど···」

あえて、今回の捜査だとは口にしない。
でも加賀さんのことだから、きっと気づいているだろう。

サトコ
「私は···任意同行に持ち込みたいんです」
「確かに、今後どういう行動を取るかわからない人たちだけど···」

でもわざわざ爆弾で誘導して不必要な罪を犯させ、逮捕する必要はない。

(もちろん、爆弾は爆発しない。だけどそれが本物だと信じて作った時点で、立派な犯罪だ)
(あの人たちの危険思想も、この耳で何度も聞いた。疑いようもない)

それでもまだ、彼らは表向き、何もしていない。
実行犯として逮捕するのではなく、今なら任意同行で済ませられる。

サトコ
「誘導したのは、私です。たとえそれが仕事であっても、彼らには関係ない」
「あの人たちは、この件に関しては悪くない···だから」

加賀
甘ぇな

私の言葉を遮り、加賀さんがそう切り捨てた。

加賀
テメェの判断は、事件を未然に防ぐもんじゃねぇ
面倒ごとを先延ばしして、自分の手を汚すのを避けてるだけだ

サトコ
「それは···」

加賀
···くだらねぇ時間だったな

舌打ちとともに、加賀さんの電話が切れる。
加賀さんが『甘い』と言うのも、よくわかっていた。

(本来なら、他の班の人に仕事の相談をするなんて、しちゃいけないことだ···)
(恋人だから、なんて理由にはならない···加賀さんにはいつも、『敵だ』って言われてるんだから)

それを承知の上で加賀さんに相談したのに、心の暗雲は晴れない。
爆弾で引率することは、やらなくてもいい犯罪の後押しをしているようだった。
本当にこれでいいのか、これが一番正しい選択なのか、わからなくなってくる。

(これが···公安刑事の仕事)
(事件を未然に防ぐためには、綺麗ごとだけじゃ済まされない)

必死にそう、自分に言い聞かせるしかなかった。


【大学】

計画の決行日まで、あと一週間。
水戸くんに呼び出され、“飲み会サークル” のメンバーが集まった。

男性
「水戸、急にどうしたんだよ」

女性
「今日は早く帰って、最終的な仕上げをしないと」

水戸
「わかってるよ。だからこそ集まってもらったんだ」
「例の “決行日” ···明日に繰り上げようと思う」

(えっ!?)

サトコ
「どういうこと?どうして急に」

女性
「芽衣の言う通りよ、説明してくれる?」

水戸
「アレの作業も順調に進んでるし、明日でも問題ない」
「やるなら、早いほうがいいだろ」

男性
「確かにな···萌木さんの設計書のおかげで、準備はばっちりだし」

アレ、とは爆弾のことだ。
確かにもうほとんど出来上がっていて、あとは仕掛ける場所の相談を残すくらいだった。

(予定よりも早く仕上がっちゃったから、正直ハラハラしてた···)
(もしどこかで爆弾の威力を試す、なんて言われたら、フェイクなのがバレるし)

でもさすがに、この予定変更は想定外だ。
みんな納得したらしく、意気揚々とキャンパスへ散っていく。

サトコ
「じゃあ、私もこれで···」

(私も早く津軽さんに連絡を取らないと)
(慌てたら怪しまれるし、とにかく落ち着いて···)

水戸
「···萌木さん」

呼びかけられ、振り返る前に後ろからハンカチで口元を覆われた。

(しまっ···)

急激に、気が遠のいていく。
水戸くんの名前を呼ぶことすらできないまま、意識を手放した。

to be continued



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