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カレが妬くと大変なことになりまs(略 加賀1話


【公安課ルーム】

それは休日の前の、金曜日。
加賀さんと津軽さんは、朝見たきり公安課ルームに戻ってきていない。

(捜査会議が重なるって言ってたっけ)
(もうすぐお昼だけど、まだ終わりそうにないな···)

百瀬
「···チッ」

すぐ後ろで、百瀬さんの不穏な舌打ちが聞こえる。

(でも別に私に怒ってるわけじゃないな、これは···)

サトコ
「つまり、触らぬ神に祟りなし···」

百瀬
「あ?」

サトコ
「いえ···」

(なんか私の周りって、横暴な人が多い···)
(いや、我慢我慢···だって今日は)

思い出すのは、昨夜の加賀さんとのLIDEのやり取り。
今日は一緒にレストランで食事したあと、加賀さんの部屋にお邪魔する予定だった。

(『泊まっていいんですか?』って聞いたら、『わざわざ聞くようなことじゃねけだろ』って)
(わざわざ聞かなくても泊まっていいくらいの関係になれた···ってこと、だよね)

サトコ
「ふ、ふふふ···ふふ、ふ···」

百瀬
「気持ちわりぃ」

ガッと、後ろから思い切り椅子を蹴られた。

サトコ
「いたっ」
「ちょ、痛い!何するんですか!」

百瀬
「気持ち悪ぃ。気持ち悪ぃ」

サトコ
「心にぐさぐさ来る!」
「朝から津軽さんがいなくて構ってもらえないからって、私に当たらないでください!」

百瀬
「は?ちげーよ」

サトコ
「もう!津軽さんに言われた書類、終わったんですか!?」

百瀬
「ああ」

サトコ
「えっ、ええっ?あれだけの量を?」
「い、意外···」

百瀬
「オマエ···」

津軽
あー···あー···

切ない声を上げて、ふらりと津軽さんが公安課ルームに戻ってくる。
その後ろに、珍しくぐったりした表情の加賀さんが続いた。

津軽
ねぇ、聞いて···?始業時間から今までずっと会議···そしてお小言···

サトコ
「お小言?」

津軽
ホシを上げるのが遅いとか、捜査が滞ってるとか
あとは···単独行動が多いとか

加賀
······

サトコ
「ああ···」

津軽さんの視線を追いかけなくても、誰のことを言ってるのかすぐにわかる。

(加賀さん、相変わらず “加賀班” じゃなくて、加賀さん個人で動いてるもんね···)
(でも絶対、東雲教官が協力してると思うけど)

サトコ
「津軽さん、実際は単独じゃなくて、たぶんちゃんと味方が···」

ガッ

サトコ
「ぎゃっ!痛い!」

加賀
···余計なこと喋るんじゃねぇ

いつの間にか背後に立った加賀さんが、思い切り私の椅子を蹴る。
その強さと言ったら、さっきの百瀬さんの比ではない。

(これが恋人に対する所業だというから恐ろしい···)
(それにしても、加賀さんこれだけ疲れてるってことは相当面倒な会議だったんだろうな)

現場での疲れは全く見せない加賀さんだけど、会議と書類仕事は顕著に表情に出る。
自分のデスクに戻ろうとした加賀さんが、私の横を通り過ぎる瞬間、低くささやいた。

加賀
仕事終わったら、さっさと飯行くぞ

サトコ
「······!」

うなずくと周りに気付かれるかもしれないので、何事もなかったように振る舞う。

(でもいくら必死に我慢しても、口元が緩む···!)

加賀
仕事終わったら、さっさと飯行くぞ

脳内で加賀さんの声が再生されると、勝手にやる気が出てきた。

サトコ
「···よし!頑張ろう!」

百瀬
「うざい」

サトコ
「痛い!」

百瀬
「オマエが張り切ってると目障りなんだよ」

サトコ
「そんな絡み方、あります···!?」
「津軽さんが戻ってきたんだから、構ってもらえばいいじゃないですか!」

百瀬
「仕事の邪魔だろ」

サトコ
「あ、邪魔だって自覚はあったんですね」

百瀬
「······」

サトコ
「ちょっ、無言で蹴るのやめてください!」


「手が空いてる者は?」

その声に、一瞬で公安課ルームの雰囲気が変わる。
さすがの百瀬さんも、私の椅子を蹴るのを止めた。

津軽
どうしたんですか?


「書類処理ができる者は」

津軽
うーん、みんな今、手が···
···あ

何を思ったか、津軽さんは私たちのほうを見て満面の笑みを浮かべた。

(嫌な予感···)

津軽
じゃあ、うちの班で引き受けますよ


「終わったら私のデスクに置いておけ」

津軽
わかりました
さて、と···ウサちゃん、これ頑張ろっか

サトコ
「はい!?」

百瀬
「オレじゃなかった···」

サトコ
「仕事振られなくてがっかりするなんて···百瀬さん、もしかしてマゾですか?」

百瀬
「···津軽さんに仕事任せられたからって調子乗んなよ」

津軽
はいはい。モモには別の仕事があるから

百瀬
「!」

(すごい···津軽さんの一言で、百瀬さんの顔に生気が···)

サトコ
「あっ、百瀬さん、ずるい!逃げないでくださいよ!」

百瀬
「呼ばれたのはオマエだろ。オレじゃない」

津軽
さっき張り切ってたよね。『頑張ろう!』って
ってことで、コレよろしく

サトコ
「そ、そんな···」

(余計なこと口走るんじゃなかった···!これを全部終わらせるとなると、何時までかかるか)
(今日は、久しぶりに加賀さんとデートだったのに···!)

サトコ
「···いや!やればできる!」

津軽
いいね~、嫌いじゃないよ、そういう無謀な精神論

サトコ
「無謀だとわかってて、私にやらせるんですか···?」

津軽
悪いけど俺、これからまた会議だから
なんなら代わりにウサちゃんが会議出てくれる?

サトコ
「書類処理、頑張ります···」

がっくりと肩を落とし、津軽さんを見送る。
一服して戻ってきた加賀さんも、ため息まじりに公安課ルームを出て行った。

(大変だな···津軽さんは加賀さんよりも、上層部とはうまくやれそうだけど)
(それでもあんなに苦労するなら、もし私や百瀬さんが班長になったら···)

サトコ
「···百瀬さん、頑張ってくださいね」

百瀬
「あ?」

サトコ
「私は多分どうにかやれると思いますけど、百瀬さんはちょっと···」
「なんていうか、社会性が···」

百瀬
「······」

ガッ!

サトコ
「ぎゃっ!」

最後に私の椅子を思いっきり一蹴りして、百瀬さんは自分のデスクに戻っていった。

(···百瀬さんは、加賀班のほうが合うんじゃないだろうか)

サトコ
「さて···とにかくこれを定時までに終わらせないと!」

腕まくりをしてやる気を注入すると、書類処理に取り掛かった。

ようやく書類処理が終わったころ、加賀さんと津軽さんが公安課ルームに戻ってきた。

サトコ
「お疲れ様です。今日はほんとに、一日中会議でしたね」

加賀
くだらねぇ···時間の無駄だった

サトコ
「丸一日全部無駄ですか···」

加賀
あんなクソ野郎どもの話聞いてるくらいなら、現場出て証拠探ったほうがマシだ

津軽
かもね。まあ、大きな声では言えないけど
ところでウサちゃん、アレ終わった?

サトコ
「はい···なんとか···」
「済んだ書類は、銀室長のデスクに置いておきました」

津軽
お疲れ様。それじゃ、ご飯でも行こうか

サトコ
「え?」

津軽
あ、よかったら兵吾くんもどう?

加賀
······

(······えっ!?)


【居酒屋】

(···なぜ)
(おかしい···私は今日、全力で仕事を終わらせて加賀さんとレストランに···)

行くはずだったのが、なぜか今、両脇を加賀さんと津軽さんに挟まれている。

サトコ
「あの···津軽さん」

津軽
ん~?

サトコ
「いえ、その···なんで突然、誘ってくださったのかなって」

津軽
さっき無茶振りしちゃったからね~。せめてご飯でも奢らせてよ
兵吾くんもいつもウサちゃんをコキ使ってるし、ねえ?たまにはいいよね?

加賀
······

(ご機嫌斜めだ···ただでさえこういうお付き合いの飲み会って好きじゃないのに、加賀さん···)
(公安学校時代によく飲みに行ってたのは、難波室長が中心だったからで···)

津軽さんが適当に頼んだ料理を、加賀さんはさっきから無言で食べている。
その沈黙が怖すぎて、話を振ることができない。

津軽
そういえばウサちゃんって、接待得意そうだよね

サトコ
「えっ、そ、そうですか?」

津軽
だって、この兵吾くんと秀樹くんの間に挟まれて仕事してたんでしょ?
うまくバランス取れない子は、結構大変じゃない?

サトコ
「そうですね···確かに、下手するとすべて自分にブーメランで返ってきますけど」
「でも、それも含めていい勉強だったというか」

加賀
······

(うう···加賀さんの心の中の舌打ちが聞こえる···)
(でも今回は、私のミスじゃないですよ···!)

こうなったら、津軽さんを酔わせてお先に失礼するしかない。

そう思ってどんどんお酒を注いだけど、津軽さんはまったく酔う気配がなかった。

津軽
ねえ、そんなに俺に飲ませてどうするつもり?

サトコ
「い、いえ···!空になったコップを見ると条件反射で注いでしまって!」
「っていうか、津軽さん···もしかしてお酒めちゃくちゃ強いですか?」

津軽
そう?普通じゃない?
ていうかビールなんて、どれだけ飲んでもたいして酔わないでしょ

(普通ではない···!ジョッキで何杯飲んだの!?)
(その他にも、日本酒とか酎ハイも飲んでる···これだけちゃんぽんしておきながら!?)

サトコ
「前に百瀬さんと3人で飲んだ時も、強いなって思ってましたけど···」

津軽
逆に言うと、いくら飲んでも酔わないから面白くないんだよね。効率も悪いし
酒ってやっぱり、適度に酔ってこそでしょ?ねえ兵吾くん

加賀
知るか

津軽
あれ?兵吾くん、今日は飲まないの?

加賀さんがお酒を飲んでいないことに津軽さんが気づいたとき、店員が料理を持ってきてくれた。

店員
「だし巻き卵です~」

津軽
あー、はいはい。俺です
悪いんだけど、そこの七味取ってくれる?

サトコ
「はい、どうぞ」

私から七味を受け取ると、津軽さんはそれを出し巻き卵の上にドバーッとかけた。

サトコ
「!?」
「あれ···?卵の色って、赤でしたっけ···?」
「ちょっと、私が知ってる卵の色と違うというか」

津軽
卵焼きに七味かけない派?

サトコ
「かけ···ない···ですね···」

加賀
···味音痴は相変わらずだな

津軽
兵吾くんもひとつどう?はい、あーん

加賀
寄るな

真っ赤に染まっただし巻き卵を、津軽さんは美味しそうに頬張っている。
加賀さんはそれを、うんざりしたように眺めていた。

加賀
お前の味覚は異常だ

津軽
野菜をまったく食べない兵吾くんに言われたくないし

サトコ
「確かに」

加賀
······

サトコ
「す、すみません。なんでもないです」

津軽
···ああ、そうか
ウサちゃんは兵吾くんのお気に入りだから、偏食のことも知ってるわけか

どこか含みがあるような言い方に、ぎくりとなる。
津軽さん相手では無駄かもしれないけど、ひとまず平静を装った。

サトコ
「黒澤さん主催の飲み会では、だいたい野菜を食べてなかったので」

津軽
透くんね~。うちのモモとは正反対だよなあ
ウサちゃんの学校時代って、どんな感じだったの?

サトコ
「どんな感じ、とは···」

“公安” の名前は伏せたけど、間違いなく公安学校の話だろう。
何を尋ねられているのかわからず言葉に詰まる私に、津軽さんがいつもの読めない笑みを浮かべる。

津軽
だって知りたいじゃない?自分のとこのかわいー子のことなら

サトコ
「はあ···」
「······!?」

手にぬくもりを感じて、思わず二度見する。
津軽さんの手が、私の手に重ねられていた。

サトコ
「つ、津軽さん··!やっぱり酔ってませんか!?」

津軽
まさか。あの程度じゃ酔わないよ
ねえ、ウサちゃんのこと、もっと教えてくれるよね?

サトコ
「······!」

津軽
それに···ウサちゃんは知りたくない?俺のこと

サトコ
「···ハハハ!」

顔が近づくのを感じて、思わず手を引っ込め必死に笑って誤魔化した。

サトコ
「い、色仕掛けの任務のご指導、ありがとうございます!」
「でも、間に合って···」

津軽
ないだろ

サトコ
「···だ、大丈夫です!学校で習いましたから!」

加賀
······

津軽
学校、ね···

背後から感じるのは、恐ろしいほどの怒りのオーラと冷たい視線だ。
加賀さんのほうを見ている津軽さんは、間違いなくそれに気づいているだろう。

(なのに、なんでこんな···!?か、からかわれてる?)
(津軽さんって普段からこんな感じだから、酔ってるのかシラフなのかわからない···!)

津軽
まあそれは別として、君はよくやってるよ
男ばっかりの職場なんて、大変だよね

サトコ
「あ、ありがとうございます···でも、学校でもそうだったので」

津軽
モモともうまくやってるし、俺としては助かってるよ

やたらと褒められて、妙に居心地が悪い。
テーブルに突っ伏して私を見上げながら、津軽さんが口元を緩めた。

津軽
君が来てくれて嬉しいな
なんていうか···俺の、ペットみたいで

サトコ
「ペッ···」

加賀
······

枝豆を食べていた加賀さんの手が、ぴたりと止まる。

(ヒイィ···)

その瞬間、放たれる怒りのオーラが一層強くなったのを感じた···

to be continued



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