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恋の行方編 黒澤9話

【病室】

窓から、月明かりが差し込んでいる。
廊下からは、ほとんど物音が聞こえてこない。
さすが、消灯時間中の小児病棟だ。

サトコ
「どうして、門村さんがここに?」

門村吉明
「や···やだ、決まってるじゃないの!」
「仕事よぉ!回収し忘れたリネンがあったの!」

(嘘だ。こんな時間にあり得ない)

そもそも、門村さんは私に襲い掛かろうとした。
あのときの殺気は、間違いなく本物だ。

(ということは、門村さんも平名織江の仲間!?)
(でも、こんな雰囲気···今までに一度も···)

門村吉明
「そういうアナタこそ、ここで何してるのよ」

サトコ
「···っ、私は···」

できれば、ひとまず撤退したい。
でも、門村さんが平名織江の仲間だったとしたら?

(絶対、サユミちゃんの命を狙うはず)
(だとしたら、まずはここから門村さんを追い払わないと)
(そのためには···)

真っ先に目についたのは「ナースコール」だ。
けれども、ここからでは距離がありすぎる。

門村吉明
「···長野さん?どうして答えないの?」

(どうしよう···どうすれば···)

門村吉明
「長野さん?」

(働け···働け、私の頭!)
(なんとしてもナースコールに近づかないと···)

そのときだった。
視線の端に、満月が映ったのは。

(そういえば、あの日···)
(あの夜も、きれいな満月で······)

(黒澤さんがこっちを見ていて···)

サトコ
「!」

(そうだ、黒澤さんだ)
(黒澤さんのマネをすれば···)

サトコ
「う···うう···っ」

門村吉明
「!?」

サトコ
「き、聞いてくれますか···門村さん···」
「今、私がここにいる理由を···」

(思い出せ···あの時の黒澤さんを···)
(私をあっさりだました、あのやり方を!)

門村吉明
「ど、どうしたのよ、いきなり···」
「いいわよ、聞くわよ!アタシでよければいくらでも!」

サトコ
「あ···ありがとうございます···」

(ここで、まだ顔をあげないで···)
(もっとうつむいて···声もかすれ気味で···)

サトコ
「じ、実は私···み、道ならぬ恋をしていて···」

門村吉明
「道ならぬって···まさか···」

サトコ
「さ···サユミちゃんの···お父さんのこと······」
「好きになってしまって···」

門村吉明
「まあ···!」

サトコ
「わかってます!こんなの絶対許されないって」
「でも、どうしてもっ···この気持ち、止められなくてっ!」

大げさに体をよじりながら、ナースコールまでの距離を詰める。
あと数歩移動すれば、たぶん手が届くはずだ。

門村吉明
「じゃあ、それでここに?」

サトコ
「はい···どうしても······」
「私の想い、サユミちゃんのお父さんに伝えたくて···」

門村吉明
「長野さん···」

サトコ
「だから、どうか···見逃してください···」
「こんな情けない私を···どうか···どうか······」

(あと3歩···2歩···)
(今だ!!)

門村吉明
「!?」

ナースコールに飛びついて、呼び出しボタンに手をかけた。
けれども、門村の反応も速かった。

門村吉明
「は···っ!」

サトコ
「くっ···」

手刀が、ナースコールに直撃した!
さらに、門村は私の右手を容赦なく捻り上げてきた。

サトコ
「痛っ···痛たたたた···」

門村吉明
「静かになさい」
「じゃないと、ガキの命はないわよ」

サトコ
「···っ」

(やっぱり、この人···サユミちゃんの命を···)

門村吉明
「油断してたわ」
「あんな三文芝居に騙されるところだったなんて」

サトコ
「······」

門村吉明
「で、アンタは何者?警察関係者?」
「公安にしては、だいぶ鈍くさかったけど」

(よ、余計なお世話···っ)

門村吉明
「まぁ、いいわ。とりあえず大人しくなってもらいましょ」
「クスリと刃物、どっちがご希望?」

(ムリ!どっちもイヤ!!)

門村吉明
「ちょ···暴れないで!」
「くっ···こうなったら···」

門村が、刃物を持った手を大きく振りかざした···
次の瞬間!

???
「ナーイス・アシスト!!」

(え···っ)

???
「待ってましたよー。決定的瞬間!」

黒澤
しかも顔までバッチリ☆

(なっ···黒澤さ···)

門村吉明
「ちょ···アンタ何者···」
「ぐは···っ」

黒澤
ハーイ、顎に一発入りましたー
続きましては、関節技~

門村吉明
「痛たっ···痛だだだだっ···」

(どうして黒澤さんがここに···?)

後藤
大丈夫か、氷川!

颯馬
すみません、遅くなりまして

(教官たちまで!?)

後藤
黒澤!遊んでないで、さっさと身柄を拘束しろ

黒澤
了解でーす

サトコ
「後藤教官、そっちに倒れている人が!」

後藤
なに!?

颯馬
私が見ましょう
···ひとまず、脈はあるようですね

黒澤
サトコさん、兄を呼んできてください
今日は、夜勤のはずなので···

ごそ、と物音がした。
振り向くと、サユミちゃんが目をこすりながら辺りを見回していた。

(しまった、起こしちゃった)

サトコ
「サユミちゃん、あのね!これは···」

サユミ
「······さ···」

(えっ)

サユミ
「おと···さ······」
「おとーさぁぁんっ」

悲鳴のような鳴き声が響き渡った。
それが、歌声以外で初めて聞いたサユミちゃんの声だった。

倒れていた男性···サユミちゃんのお父さんは、すぐに処置室へと運ばれた。
私は、しばらくの間、サユミちゃんに付き添っていたものの···

黒澤
···あれ、女の子はどうしたんですか?

サトコ
「それが、いきなり加賀教官が現れて、連れて行ってしまって···」

黒澤
加賀さんが?

サトコ
「大丈夫でしょうか?加賀教官が、子供の相手って」
「サユミちゃん、怖がってるんじゃ···」

黒澤
あーそのあたりは、まぁ···
なんとかなるんじゃないですか?
もしかしたら、すごい子供好きかもしれないですし

サトコ
「加賀教官がですか?」
「······ぜんぜん想像できないんですけど」

黒澤
ハハッ、そうかもしれませんね
ところで、彼女···サユミちゃんでしたっけ?
今までずっと喋れなかったそうですね

サトコ
「はい。ただ、歌うことはできていましたけど」

黒澤
歌?どういうことですか?

私は、これまでの経緯を黒澤さんに説明した。

黒澤
なるほど···そういうことなら···
案外、彼女は『喋れないふり』をしていたのかもしれませんね

サトコ
「『ふり』って···どうしてそんなことを···」

黒澤
そうですね、例えばですが···
喋れない方が、彼女にとって都合がよかったとか?
門村に命を狙われるだけの理由が、彼女にはあったんでしょうし

(そんな···)

サトコ
「それって、やっぱり例の宗教団体絡みの···」

黒澤
そのあたりのことは追々わかりますよ
石神さんか周介さんが、取り調べに当たるでしょうし

サトコ
「···そうですよね」

(取り調べの結果···必ず教えてもらおう)
(捜査に関わったものとして、ちゃんと知りたいから)

黒澤
それじゃ、オレはこれで

サトコ
「待ってください!」

立ち去ろうとした黒澤さんを、私は慌てて呼び止めた。

サトコ
「あの!今日は···」
「助けてくれてありがとうございました」

黒澤
······

サトコ
「あのとき、黒澤さんが来てくれなかったら···」
「今頃、ここにいなかったかもしれません」

黒澤
······

サトコ
「だから、その···っ」
「すごく感謝して······」

黒澤
いいんですか?そんなこと言って

(···え?)

黒澤
この間まで、オレに対してめちゃくちゃ怒ってたじゃないですか
本当は、今もムカついてるんじゃないんですか?

(そんなこと···)

サトコ
「正直、悔しい思いはあります」
「でも、それは黒澤さんにではなく、自分の未熟さに対してです」

黒澤
······

サトコ
「黒澤さんにだけは、絶対に負けたくなかったから」

黒澤
······ハハッ

黒澤さんは、肩を震わせた。

黒澤
まいったなぁ···オレ、ライバル視されていたんですか?
サトコさんって、ずいぶん目標が低いんですね

<選択してください>

そんなことはない

サトコ
「そんなことはないです」
「私にとっては十分高い目標です」

黒澤
またまたー

サトコ
「黒澤さんがすごい人だってこと、私はよく知っています」

黒澤
······

サトコ
「この2週間だけじゃない···」
「その前から、ずっとそう思ってきました」

黒澤
···まいったな
買いかぶりですよ、そんなの
前にも言ったでしょう、オレはふつーの人間だって

低くて結構

サトコ
「低くて結構」
「むしろ、最初の目標は低い方がいいんです」
「そのほうが、着実に一歩ずつ進めますので!」

黒澤
なるほど···じゃあ、そうやって一歩ずつ進んだとして···
最終的なライバルは、成田さんあたりですかね

サトコ
「えっ」

黒澤
いいですねー、成田さん!ラスボス感があって
あ···でも、難波さんのほうがラスボスって感じなのかな

サトコ
「い、いえ···そのふたりは、さすがにちょっと···」

黒澤
そうですか?まぁ、どちらにしても···
やっぱり、サトコさんの目標は低すぎますよ
前にも言ったでしょう、オレはフツーの人間だって

私が決めたことじゃない

サトコ
「べつに、私がそう決めたわけじゃありません」
「石神教官に言われただけです」
「黒澤さんのこと、ライバル視しろって」

黒澤
へぇ···石神さんが···
おいしいプリンでも食べてご機嫌だったのかな

(···ご機嫌?)
(別にそんなことはなかったような···)

黒澤
···まぁ、それはともかく
前にも言ったでしょう、オレはフツーの人間だって

サトコ
「······」

黒澤
だから、あっという間だと思いますよ
サトコさんが、オレを超えちゃうのは

サトコ
「そんなことは···」

黒澤
それにオレ、長居するつもりないですし

(えっ···)

サトコ
「今の、どういう···」

後藤
黒澤、ちょっといいか?

黒澤
ハーイ!

(ま、待って···)

黒澤
さっそく特別賞与のハナシですか?

後藤
バカなことを言うな。それよりこれから···

(···行っちゃった)
(なんだったんだろう、さっきの「長居するつもりはない」って)
(まさか、公安に?)

サトコ
「···そんなはず、ないよね」

後日、門村の取り調べが行われた。
本人は、宗教団体との関連性を否定。
サユミちゃんのことも「殺害」するつもりはなく、
あくまで「誘拐」が目的だったと言い張っているらしい。

【教場】

鳴子
「つまり『身代金目当て』で誘拐を目論んでたってこと?」

サトコ
「本人の主張はね」
「リネンの回収ボックスを使って、さらうつもりだったって」

千葉
「そのボックスは、実際にあったのか?」

サトコ
「うん、病室の外に用意されてた」
「私が駆けつけたとき、足をぶつけたから覚えてるんだ」

千葉
「なるほどな···」

鳴子
「で、女の子が狙われた理由は?」

サトコ
「それが、どうも施設でマズイものを見たっぽくて···」

入院前、サユミちゃんは母親と一緒に宗教団体の施設で暮らしていた。
そこで、どうやら「見てはいけないもの」を見てしまったらしい。

鳴子
「それって、殺人現場とか?」

サトコ
「そのあたりは、まだハッキリしてないんだ」
「でも、彼女が喋れなくなったのと同じ時期に」
「施設で亡くなった人がいるらしくて···」
「それについてもこれから捜査するみたい」

鳴子
「サトコと黒澤さんのコンビが?」

サトコ
「えっ」

鳴子
「だって、今回のお手柄ってサトコと黒澤さんでしょ?」
「よっ、名コンビ!」

<選択してください>

そんなことないよ

サトコ
「そんなことないよ」
「黒澤さんはともかく、私は何もしてないし···」

鳴子
「でも、ずーっとふたりで潜入捜査してたわけじゃん」
「それこそ、愛が芽生えそうなくらい一緒に···」

サトコ
「芽生えてないから!」
「何もないから!黒澤さんとは!」

鳴子
「えー」

そうかな

サトコ
「そうかな」

鳴子
「そうだって!学校内でも評判だよ」
「よっ、公安課の新星コンビ」

サトコ
「そんなーアハハ···」

(じゃなくて!)

鳴子と千葉ほどじゃない

サトコ
「鳴子と千葉さんほどじゃないよ」

千葉
「えっ、そ、そんなことは···」
「俺たち、氷川が思ってるほど一緒にいないし」
「どちらかといえば、氷川の方が···」

鳴子
「そうそう。サトコと黒澤さんには誰も勝てないって!」

千葉
「いや、そういう意味じゃ···」

鳴子
「よっ、公安の新星!名コンビ!」

サトコ
「だから違うってば···もう···」

サトコ
「とにかく!」
「黒澤さんとはともかく、私が捜査することはありません」
「今回だって、私はほぼ情報集めしかしていなかったし」

千葉
「ああ···看護師の?」

鳴子
「そういえば、その看護師はどうなったの?ええと、ヒラタ···?」

サトコ
「平名織江」
「彼女、実はいなくなったんだよね」

鳴子・千葉
「ええっ!?」

サトコ
「門村が捕まった翌日から、行方が分からなくなって···」

(結局、半年前の不審死事件はグレーなまま終わるのかな)
(院長の「診断書偽造」の件も含めて···)

男子訓練生A
「おーい!試験の結果が発表になったぞー」

(試験?)

鳴子
「はぁぁ···憂鬱すぎ···」

千葉
「いきなりの日程繰り上げだったもんな」

サトコ
「あの···試験って···」

鳴子
「前期の中間考査だよ。予定より2週間早まったんだよね」

(その考査って、たしか···)

石神
···3ヶ月だ
3ヶ月後の試験で、全科目で10位以内に入れ
できなければ「首席卒業」は不可能として、この件を上に報告する

(どうしよう···試験終わっちゃったんですけど)
(この場合、追試?)
(でも、この1ヶ月、ほとんど講義に出てなくて···)

後藤
氷川はいるか?

サトコ
「はい」

後藤
石神さんが呼んでいる。ちょっと来てくれ

サトコ
「!!!」

(まさか、進退のこと!?)



【個別教官室】

後藤
後藤さん。氷川を連れてきました

石神
入れ

(どうしよう···さすがに追試は受けさせてくれるよね)
(でも、日程がいつになるか···それまでに勉強が追いつくか···)

石神
そこに座れ

サトコ
「は、はい···」

(···あれ、写真?)

石神
今回の潜入捜査で、君は主に平名織江のことを調べていたな

サトコ
「はい」

石神
では、この写真のなかに平名と親しかった者はいるか?

(親しかった人···平名織江と···)
(あっ!)

サトコ
「この男性、平名織江と屋上で会ってました!」

石神
頻繁にか?

サトコ
「いえ、私が見たのは一度だけです」
「でも、すごく親し気な雰囲気でしたし···」
「看護師さんたちは、ふたりが会っているのを『密会』って呼んでました」

石神
なるほど···『密会』か

後藤
···では、これでほぼ決まりですね

石神
ああ

サトコ
「あの···『決まり』って···」

後藤
黒和堂病院における不審死事件···
そして、今回の誘拐未遂事件に関わっている『第三の人物』だ
我々は、お前がさっき示したこの···
『看護部長』ではないか、と踏んでいる

(え···)

後藤
平名も門村も、この看護部長が黒和堂病院に招いている
他にも不審な点がいろいろと···

サトコ
「ま、待ってください!」
「不審死事件については、『院長』が関わってるというか···」
「院長の指示で、『診断書を偽装した』って噂があったんですが···」

後藤
そのうわさを流したのは、平名と門村だ
看護師たちの証言で、そのことが明らかになっている

サトコ
「でも···っ」

(その噂とはべつに、黒澤さんは院長のことを疑って···)

石神
納得がいかないなら、自分で捜査資料を確認してみろ
ここにある。目を通せ

サトコ
「······失礼します」
「······」
「·········」

(これ···は······)

結局、私は自分の考えを改めざるを得なかった。
捜査資料から導き出される「疑わしい人物」は、どう考えても看護部長だ。
むしろ、院長は限りなくシロに近い。

石神
···納得したか?

サトコ
「はい」

(じゃあ、どうして黒澤さんは院長を疑っていたんだろう)

彼は、かなり早い段階から院長を疑っているふしがあった。
それこそ、私が「看護師の噂」を伝える前からだ。

(てっきり、私が知らない証拠をつかんでいるんだと思っていたけど···)
(もし、そうじゃなかったとしたら?)
(例えば、最初から「院長犯人説」を前提に捜査していたってことは···)

石神
話は変わるが
先日、中間考査が行われた

(うっ···)

石神
だが、お前を含め、訓練生5名が考査を受けられなかった
よって今回は特別考査を実施する

(特別考査?)

石神
お前の課題はこれだ

石神教官は、1枚の写真をテーブルの上に置いた。

サトコ
「??」
「あの···これって、黒澤さんの写真ですよね?」

石神
そうだ
一昨日から無断欠勤している

(え···)

石神
こいつを、今から24時間以内に探し出せ
そして、ここに連れてこい

【廊下】

(どういうこと?「無断欠勤」って···)

サトコ
「まさか失踪したとか?」

(この間の「長居するつもりはない」って、そういうこと?)
(だとしても、まずは「退職願」を出すんじゃ···)

サトコ
「と、とりあえず連絡···」

けれども、電話は留守番電話に切り替わってしまう。
LIDEのメッセージも、未読のままだ。

(となると···)

サトコ
「失礼します!」
「すみません、黒澤さんのご自宅を教えてください!」

東雲
え、無理。個人情報だし

サトコ
「お願いします!急ぎなんです!」
「どうしても今すぐ黒澤さんの行方を知りたいんです!」

東雲
でも、あいつ、失踪中じゃん
だったら自宅に行くのは無駄足だと思うけど
家にいるなら失踪扱いされないんだし

(うっ、たしかに···)

サトコ
「じゃあ、ご実家も···」

東雲
すでに連絡済み。後藤さんが昨日電話してた

(そんな···じゃあ、どこを探せば···)

真壁憲太
「失礼します」

(え···)

真壁憲太
「あ、氷川さん!先日はどうも···」

サトコ
「真壁さん!黒澤さんに会いませんでしたか!?」

東雲
やめとけば?知るわけない···

真壁憲太
「黒澤さんなら、この間会いましたよ」

サトコ・東雲
「「えっ!?」」

真壁憲太
「というか見かけただけですけど···一昨日だったかな···」

サトコ
「一昨日のいつですか!?」

真壁憲太
「ええと···昼頃だったと思います」
「怖い顔して歩いていたから、『尾行中かな』って思って声をかけなかったんですよね」

サトコ
「それって場所は···」

真壁憲太
「T駅のすぐそばですよ」

東雲
T駅って、たしか···

サトコ
「最寄駅です。黒和堂病院の」

【電車】

(本当は、ずっと心のどこかで引っかかっていた···)
(あの日の、黒澤さんの言葉···)
(あのあと、黒澤さんは「嘘だ」って言ってたけど···)
(もし、嘘じゃなかったとしたら?)
(8年間、ずっと院長を取り調べる機会を狙っていたとしたら?)

今回の事件に、院長は関与していない···
その事実を、受け入れられるのだろうか?


【黒和堂病院】

すでに夕方近いこともあって、受付周辺にはあまり人がいない。
迷った末に、私はカウンターにいた女性に声をかけた。

サトコ
「すみません、黒澤先生はいらっしゃいますか?」

女性職員
「どのようなご用件でしょうか」

サトコ
「急ぎの用事なんです。氷川···じゃなくて···」
「『長野が来た』と伝えていただければ···」

???
「···長野さん?」

(えっ?)

黒澤幸成
「やっぱりそうだ。先日はお世話になりました」

サトコ
「いえ、こちらこそ」
「ところで、黒澤さんのことなんですが···」

黒澤幸成
「よかった。こちらから連絡を取ろうと思っていたんです」
「あいつ、一昨日から倉庫に閉じこもったまま出てこなくて···」
「ろくに食事も摂らないし、寝ているか怪しいから心配で···」

(「あたり」だ···黒澤さんはやっぱりここにいた···)

サトコ
「案内していただけますか?」

黒澤幸成
「ええ、もちろんです」

サトコ
「あの···以前言ってましたよね」
「『僕が透の立場だったら警察官を目指すかもしれない』って」

黒澤幸成
「えっ···ああ、あれは、その···」

サトコ
「それって、黒澤さんのお父さんが警察官だったからですか?」
「それに、その···殉職したから···とか···」

幸成さんは、半ば諦めたように「ええ」と小さくうなずいた。

黒澤幸成
「叔父が亡くなった時のことは、よく覚えています」
「すごく、おかしなことが多かったというか···」
「亡くなる数年前、僕は『叔父が警察官を辞めた』って聞いたんです」

サトコ
「えっ」

黒澤幸成
「けど、あとから『警察を辞めていなかった』って知って···」
「しかも、業務中に亡くなったって···」

(黒澤さんの話が本当なら、最後は「公安部配属」だったはずだ)
(けど、幸成さんは「警察を辞めた」と思っていた···つまり···)
(表向きは「辞めた」ことにして、密かに「院長」を調べていた···とか?)

黒澤幸成
「透も、そのことが引っかかっていたみたいで···」
「何年も何年も、ずっと気にしていたみたいで···」

サトコ
「······」

黒澤幸成
「父親の死に『謎』があれば、僕だって調べたいと思うかもしれない」
「そのために、警察官になろうとするかもしれない」

サトコ
「······」

黒澤幸成
「実際、透は必死に勉強していました」
「それまで『勉強しなくても問題ない』って遊んでばかりいたのに」
「人が変わったように、マジメに勉強し始めて···」

幸成さんは、苦し気にため息をついた。

黒澤幸成
「結局、あいつは目的を果たせたんでしょうか」

サトコ
「それ···は···」

まだ果たせていない。
でも、きっと今、果たすつもりでいる。

(それなのに、それは···)



【倉庫】

(やっぱり、果たせないんだ)

幸成さんには外で待ってもらって、私ひとりで中に入る。
薄暗い室内の一角にだけ、小さな灯りがともっていた。

サトコ
「···黒澤さん」

声をかけると、座り込んでいた黒澤さんがゆっくりと振り返った。
明らかに疲れ切っているその顔に、胸がギュッと痛くなった。

黒澤
ああ···誰かと思えば······
どうしたんですか···今日は

サトコ
「あなたを、迎えに来ました」

黒澤
······

サトコ
「一緒に帰りましょう、黒澤さん」

to be continued

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