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恋の行方編 黒澤Good End

【黒和堂病院】

黒澤さんは、虚ろな目で私を見つめ返した。

黒澤
なにを言ってるんですか
どうして帰る必要があるんです?

サトコ
「どうしてって···」

黒澤
まだ終わっていない
まだ証拠が見つかっていないんです

薄く笑って、黒澤さんは再び棚に手を伸ばした。

黒澤
探さないと···
オレが、見つけ出さないと···

サトコ
「······」

黒澤
やっと暴けるんです···あいつの過去を···
ここで引っ張ることができれば、過去のこともきっと······

(黒澤さん···)

できれば、見て見ぬふりをしたかった。
このまま、気が済むまで黒澤さんの好きにしてほしかった。

(だって、きっと···)
(黒澤さんは、このために公安刑事になって···)

でも、できない。
見知らぬふりをしてはいけない。

(たとえ、疎まれても···)
(どんな言葉をぶつけられたとしても···)

ぐっ···と拳を握り締めた。
そして力一杯、黒澤さんの背中を睨みつけた。

サトコ
「院長は、今回の事件とは関係ありません」
「不審死事件についても、おそらくシロです」

黒澤
······

サトコ
「11年前のことは、どうかわかりませんけど」
「今回の事件を理由に、引っ張ることはできません」

黒澤
······

サトコ
「信じられないなら、後藤教官たちの捜査資料を見てください!」
「そうすれば、無関係だってことがわかって···」

黒澤
資料ならとっくに見ました

サトコ
「だったら···!」

黒澤
でも、まだ見逃していることがあるかもしれないでしょう

(······え)

黒澤
なにかあるかもしれない
きっと、なにかあるはずなんだ···

(黒澤さん···)

黒澤
こうやって徹底して探せば···まだどこかに···
あいつの···悪事を暴けるような何かが、きっと···

サトコ
「そうやって、えん罪を作り出すつもりですか」

黒澤

サトコ
「探しても探しても見つからない『罪状』を···」
「いつまで、そうやって探し続けるつもりですか!」

黒澤
······

サトコ
「本当は、わかっていますよね?」
「どんなに探しても見つかりっこないって」

黒澤
······

サトコ
「だって、本当に疑う理由があるなら···」
「石神教官にちゃんとそう伝えているはずですよね?」

黒澤
······

サトコ
「それなのに、そうやって無断で調べているってことは···」
「つまり、黒澤さんだって本当は···」

黒澤
黙っていてくださいよ、部外者は!

怒りに満ちた視線が、容赦なく私を貫いた。

黒澤
アナタには関係ない
アナタなんかに、オレの何がわかるんです!?

サトコ
「わかりませんよ、部外者ですから!」

(そうだ···わかってる、そんなこと···)

自分が、黒澤さんにとって取るに足らない存在だということ。
簡単にやり捨てられるような、その程度の間柄に過ぎないってこと。

(それでも···)

サトコ
「それでも私は警察官です」
「黒澤さんが間違っていることくらいはわかります」

黒澤
······

サトコ
「帰りましょう、黒澤さん」
「今回は諦めましょう」

黒澤
······

サトコ
「どうしても過去のことを調べたいなら、他の手立てを探して···」

???
「『過去のこと』とは、正和のことか?」

サトコ
「···っ」

(誰!?)

???
「お前がずっとここに閉じこもっているのは···」

黒澤正則
「11年前のことを知りたいからか?」

(院長···!)

黒澤
···そうだと言ったら?

黒澤正則
「······」

黒澤
どうして父を殺したのか、知りたいって言ったら?

黒澤正則
「殺してなどいない」

黒澤
最後に父を診たのは、あんただ
あんたが適切な処置をしていれば、父は助かっていたはずだ!

院長は、わずかに目を細めた。

黒澤正則
「その話は誰から聞いた?」

黒澤
誰だっていいでしょう。あんたには関係ない

黒澤正則
「······」

黒澤
とにかくオレは知っている
父は、あんたに殺された

黒澤正則
「·········殺してなどいない」

黒澤
あんたには、父を殺す理由があった

黒澤正則
「そんなものはない」

黒澤
あったんだよ!
だから、急患として運ばれてきた父に適切な処置を施さなかった!

黒澤正則
「そうではない!」

院長が、初めて声を荒らげた。

黒澤正則
「施さなかったのではない···施せなかったのだ!」

(······え?)

黒澤正則
「11年前のあの日···」



【11年前】

黒澤正則
「近隣で大きな事故があって、うちはすでに緊急搬送されてきた患者でいっぱいだった」
「だが···」

医師
『先生、受け入れ要請が来ていますが···』

黒澤正則
『無理だ、断ってくれ!』

医師
『それが、その···』

黒澤正則
「十数分後、お前の父親が運ばれてきた」
「『どうしても』と、うちの病院を指定してきたからだ」

黒澤正則
『正和!お前···その傷···』

黒澤正和
『悪い、あとで説明する』
『応急処置···してるし···後回しでいいから···』

黒澤正則
「正和は腹部を刺されていた」
「だが、意識もしっかりしていたし、刺創も致命傷ではなかった」
「なにより、お前の父親より重篤な患者が他にもいた」
「だから、私は最低限の処置だけを施して、後回しにした」

黒澤正則
「容体が急変したのは、その20分後だ」

黒澤正則
『正和!?どうした、正和』

黒澤正和
『······』

黒澤正則
『どういうことだ、これは!』

医師
『それが、検査中に急に頭痛を訴えて···』



【黒和堂病院】

黒澤正則
「原因は、刺された傷ではなかった」
「頭蓋内出血···あいつは刺された際に頭部を強く打っていたのだ」

黒澤
······

黒澤正則
「気付くのが遅れたのは、所地を後回しにしていたせいもあるだろう」
「それについては、お前の責めをいくらでも受けよう」
「だが、医師として間違った判断だったとは思っていない」
「ましてや、警察の世話になるようなことは一切していない」

黒澤
······

黒澤正則
「それでも納得しないのなら、好きなだけ調べればいい」
「とにかく、私には弟を···」
「お前の父親を殺す理由など、ひとつもない」

黒澤
······


【電車】

病院を出た後、黒澤さんはひとことも言葉を発しなかった。
ただ、ぼんやりと私の後をついてきた。

【学校】

そして···

サトコ
「失礼します」
「黒澤さんを連れてきました」

石神教官は、チラリと私の背後に目をやった。

石神
気は済んだか?

黒澤
······

石神教官は、机の引き出しを開けた。
中から出てきたのは、大きな茶封筒だった。

石神
室長からの許可が出た。見ていいぞ
お前の父親が遺した手帳だ

黒澤

石神
もっとも、お前のことだ
とっくに内容は把握済みだろうが

黒澤
······

石神
氷川

サトコ
「は、はいっ」

石神
俺は資料室にいる
黒澤が読み終わったら、その手帳を持ってこい

サトコ
「わかりました」

石神教官が出て行った後も、黒澤さんは身じろぎひとつしなかった。
まるで、感情をどこかに置き忘れてしまったかのようだ。

サトコ
「あの···見ないんですか?」
「お父さんの手帳だそうですけど···」

黒澤
必要ありません。内容ならすでに知っています
捜査資料としてDBにあがっていますし

サトコ
「······」

黒澤
ちなみに、書いてあるのは父の潜入捜査の記録です
興味があるならどうぞ

サトコ
「······失礼します」

ソファに腰を下ろして、茶封筒の中身を取り出す。
古びた布製の手帳の、最初の記録には13年前の日付が記されてあった。

(これ、公安部に復帰してからの手帳なんだ)

サトコ
「あの···ここにある『J』というのは···」

黒澤
潜入先のことです
それ以外のイニシャルは、おそらく人物名
手帳の途中から出てくる『B』が義父のことです

(院長の···)
(あった···ここからだ)

手帳の後半は、主に「B」のことで埋められていた。
たしかに、黒澤さんのお父さんは院長のことを調べていたようだ。

(でも、ほとんどの疑惑は解消されているような···)
(ここも···この疑惑部分のメモ書きも、訂正が入って···)

サトコ
「えっ」

(これ···!!)

サトコ
「見てください、黒澤さん!」
「手帳の、最後のページの···」
「これ、たぶん被疑者候補のリストですけど!」

黒澤
······

サトコ
「ここ!『B』の文字が二重線で消されています!」
「これって、院長は被疑者候補から外したってことじゃ···」

黒澤
知っています

(え···)

黒澤
知っていますよ
言ったでしょう?手帳の内容は把握済みだって

(そうだけど···じゃあ···)

サトコ
「それでも疑っていたんですか?院長のことを」

黒澤
······

サトコ
「お父さんが、被疑者候補から外したのを知っていて···」
「それでも、まだ院長のことを···」

黒澤
疑っていましたよ
だって、父は義父のそばで死にましたから

サトコ
「······」

黒澤
ずっと思っていましたよ···父は間違えたのだと···
被疑者として、義父を疑い続けるべきだったと···
オレは···ずっとそう思って···
それなのに······
なんだったんでしょうね、オレの8年間って

(え···)

黒澤
父の三回忌の時から義父を疑って···
『警察官になる』って決めて、バカみたいに猛勉強して···
ガラにもなく公安刑事にまでなっちゃって、その結果がコレって···
なんだったんでしょうね、この8年間は
無駄にもほどがありすぎるでしょう

その声には、皮肉にも自嘲も含まれていた。
けれども、何より強く感じたのは「やりきれなさ」だった。

(黒澤さん···)

わかっていた。
私では、彼のやりきれなさを拭えないことを。
わかっていて、それでも···

(そうじゃない···そうじゃなくて···)

サトコ
「無駄じゃないです」

黒澤
······

サトコ
「私は、黒澤さんのこと···3ヶ月分しか知らないですけど···」
「その3カ月の間に、助けられた人がいて···」
「名古屋に逃げた森沼さんとか···今回のサユミちゃんとか···」
「それに私だって···」
「何度も、黒澤さんに助けられて···」

(そうだ···)

黒澤さんがいなかったら、きっと今、私はここにいない。
公安学校の隅っこで、必死にもがくことすらできなかったはずなのだ。

サトコ
「こんなの、どうでもいいことかもしれないですけど···」
「黒澤さんに感謝している人、ちゃんといます」
「今ここに、間違いなくいるんです」

(だから、どうか···)

サトコ
「嘆かないで」
「無駄なんて言わないで」

黒澤
······

サトコ
「この8年間を、どうか否定しないでください」

黒澤
·········

ふ、と肩が揺れたように見えた。
しばらくの間、沈黙が続いて···
すべてを吐き出すかのような、長いため息が聞こえてきた。

黒澤
バカですね、サトコさんは
人がいいというか、おめでたいというか···
正直に言いますけど
オレ···アナタのこと、苦手でした

サトコ
「······」

黒澤
でも、今···
アナタがここにいてくれて······
······

不思議な気持ちだった。
初めて、黒澤さんが「ただの同じ年の人」に思えた。

サトコ
「ハンカチ、貸しましょうか?」

黒澤
いえ···今借りたら、きっと鼻をかんじゃいます

サトコ
「いいですよ、かんでも」
「きれいに洗って、柔軟剤仕上げにして返してくれたら」

黒澤
それ···かなりハードル高いじゃないですか
透、泣いちゃう

おどけて笑う黒澤さんの声は、少し鼻にかかっていた。


数日後···

サトコ
「うーん···うーーん···」

後藤
···どうした

サトコ
「あ、おつかれさまです」
「休んでいた間のノートを見せてもらってるんですけど···」
「いまいちわからない部分が多くて···」

後藤
だったら黒澤に教わればいいだろう

(えっ)

サトコ
「ど、どうしてそこで黒澤さんが···」

後藤
どうしても何も···
前から、あいつにいろいろ教わっていただろう
あいつが入院していたときとか

サトコ
「そ、そういえばそうでしたね」

(びっくりした···)
(てっきり、後藤教官に私の気持ちがバレたのかと···)

サトコ
「!!」

(な、なに「私の気持ち」って)
(黒澤さんのことは、もう何とも思ってないってば!)
(今はただの「ライバル」で、それ以上でもそれ以下でもなくて···)

後藤
どうした、赤くなって

サトコ
「なってません!いつも通りです!」

後藤
そうか?それにしては頬が···

サトコ
「そ、それより!」
「ひとつ、質問してもいいですか」

後藤
ああ、勉強のことか?

サトコ
「いえ、先日の『特別考査』のことです」
「私への課題は『黒澤さんを探して連れてこい』でしたけど」
「後藤教官は知っていましたよね?」
「あのとき、黒澤さんがどこにいたのか」

(それに、たぶん石神教官も)

知っていたうえで、あの課題を出したはずだ。
自分たちは知らないふりをして。

後藤
···どうしてそう思う?

サトコ
「黒澤さんの行方を捜しているとき、東雲教官が言ってたんです」
「黒澤さんの実家には後藤教官が連絡済みだ、って」

後藤
······

サトコ
「だったら、知っていてもおかしくないですよね」
「黒澤さんが、黒和堂病院にいたこと」

後藤
······

(あ、笑った···)
(やっぱりそうなんだ···)
(だとしたら···)

サトコ
「どうして私だったんですか?」

後藤
······

サトコ
「私より、後藤教官が行ったほうが確実っていうか···」
「私だけじゃ、黒澤さんを連れ戻せなかった気がするんです」

後藤
だが、戻って来ただろう

サトコ
「それは、途中で院長が現れたからです」
「院長が過去のことを話してくれたから、黒澤さんが真実を受け入れる気になっただけで···」

後藤
俺はそうは思わないな

(え···)

後藤
院長が現れなくても、お前は黒澤を説得し続けたはずだ
あいつの主張に引きずられることなく『院長は無実だ』と

サトコ
「それは···」
「事前に、後藤教官たちの捜査資料を見ていたからで···」

後藤
それでも迷うヤツは迷う
特に『一度疑ってしまった相手』に対しては

サトコ
「······」

後藤
一度芽生えた『疑い』は、そう簡単に消えることはない
たとえ、どんなに堅い証拠があがっても
他人に『無実だ』と告げられたとしても···
たいていの人間は、なかなかそれを受け入れられない
その結果、小さなキッカケで再び相手を疑ってしまう
場合によっては、無理やり疑いの芽を探そうとすらしてしまう
今回の黒澤がまさにそうだろう

(あ···)

後藤
普段は他人をよく見ているアイツですら···
長年、自分が抱いていた『疑い』だけは捨てきれなかった
俺と周さんの捜査資料を見ても、院長の無実を受け入れられなかった

サトコ
「······」

後藤
だが、お前は違う
潜入捜査前に実施した『特別訓練』の時···
何日も疑い続けた相手を、最後は『シロだ』と言い切った

サトコ
「!! あれは···」
「あのときは、本当にターゲットに不審点がなかったからで···」

後藤
そうだとしても、普通はなかなか認められないものだ
特に『クロのほうが自分に都合がいい』場合はな

サトコ
「!」

(そうだ···あの訓練の時···)

私だけが、いつまでも成果を挙げられなかった。
他の訓練生たちに、どんどん差をつけられていた。

(そのせいで、すごく焦っていて···)
(一度は、怪しくない行動を「怪しい」と思い込みそうになって···)

後藤
だが、お前は惑わされなかった
『疑い』を『間違いだった』と認めることができた
だから、石神さんはお前を黒澤の元に行かせたんだ
お前なら、あいつを説得できると判断したから

微笑む後藤教官を、私は茫然と見つめた。

(知らなかった···そんな風に評価してくれていたなんて)
(しかも、あの石神教官に······)

サトコ
「!」

(電話···石神教官から?)

サトコ
「すみません。ちょっと失礼します」
「はい、氷川です」

石神
今、どこにいる?

サトコ
「資料室ですが···」

石神
すぐに教官室に来い
先日の特別考査の結果を伝える

サトコ
「!!」



(いよいよだ···)
(これで進退が決まるんだ)

公安学校に残れるのか。
それとも長野に戻ることになるのか。

(当初の条件は「全科目10位以内」だったよね)
(でも、中間考査を受けられなくて、代わりに受けたのが特別考査で···)

深呼吸をしてから、ドアをノックする。

サトコ
「氷川です」

石神
入れ

サトコ
「失礼します···」

(あれ、教官服じゃない?)

石神
悪いが、すぐに出かけなければいけない
よって用件だけを伝える

サトコ
「·····はい」

石神
まず、先日の考査についてだが···
レポートを確認した。及第点だ
ひとまず、首席卒業の見込み『有り』とみなす

サトコ
「···っ、ありがとうございます!」

(やった···公安学校に残れる!)

石神
それと、これを

石神教官が机に置いたのは、1枚のプリント用紙だった。

石神
今月の俺のスケジュールだ
現状、決まっているものだけを記してある

(え···)

石神
追加分は、随時伝える
管理の仕方は、君の好きにすればいい
俺からは以上だ。何か質問は?

サトコ
「い、いえ···」

石神
では外出する
戻りは23時過ぎなので、待つ必要はない
急ぎの案件はメールでするように

(え、ええと···)
(これって、つまり······)

急いで廊下に飛び出すと、石神教官の背中に頭を下げた。

サトコ
「ありがとうございます!」
「補佐官として精一杯がんばります!」

石神教官からは、何の返事もなかった。
それでも、今は胸がいっぱいだった。

(やった···やっとスタートラインに立てたんだ···)

高ぶる気持ちのまま、スマホを取り出した。
真っ先に浮かんだのは「彼」の顔だった。

(伝えたい···聞いてほしい···)

これまで、何度も自分の気持ちを否定してきた。
でも、もう認めてもいいのかもしれない。

(私の、この想いはきっと···)

ガラス戸に緊張した顔が映っている。
ひとつ息を吐き出して、私はコーヒーショップのドアをくぐった。

店員
「いらっしゃいませ。おひとりですか?」

サトコ
「いえ、待ち合わせで···」

???
「サトコさん」

振り向くと、彼が手を振っていた。
久しぶりに目にした、屈託のない笑顔で。

Good End

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