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エピローグ 黒澤1話

黒澤
好きです。サトコさんのことが
好きです
アナタが望むなら、憎まれても恨まれてもいいって思えるほどに

こうして晴れて黒澤さんと付き合うことになった私···

···のはずなんだけど。

黒澤
かんぱーい!

参加者
「「かんぱーい!!」」

黒澤
それじゃ、まずはコチラから自己紹介を
幹事の黒澤でーす
食べ物の注文、ビールのおかわり
『彼とふたりきりになりたーい』···
なんでも引き受けますんで、ぜひ声をかけてくださいね!

OL1
「黒澤さん、エラーイ!」

OL2
「幹事さん、がんばってー!」

黒澤
はーい、お任せくださーい

(ええと···これ、合コンだよね?)
(どこをどう見ても、間違いなく『合&コン』だよね?)

黒澤
それじゃ、次

広末そら
「広末そらでーす」
「『そらっち』『そらぴょん』、好きに呼んでね」

OL3
「そらっちー!」

OL4
「そらぴょーん!」

(落ち着け···落ち着こう···こういうの、前にもあったよね)
(たしか、ええと···)

広末そら
「ハーイ、ありがと!じゃ、次!」

東雲
東雲です。今日は透のお目付け役として来ました

OL1
「髪の毛サラサラー!」

OL2
「よっ、天使の輪!」

(···思い出した、「看護師合コン」だ)
(あのときは、捜査の一環として東雲教官の代わりに参加したはず)

サトコ
「!」

(そっか···これ、何かの捜査なんだ)
(そのための合コンなんだ!)

東雲
じゃあ、次。オレの先輩

東雲教官に笑顔で肩を叩かれて、私はすっくと立ち上がった。

サトコ
「か···加賀兵吾、31歳」

OLたち
「······」

サトコ
「じ···ジロジロ見るな。クソが」



東雲
アハハハハッ
やば···お腹よじれる···

サトコ
「······」

東雲
すごいね、キミ。変装の才能あるんじゃない?
『加賀兵吾、31歳』
『ジロジロ見るな、クソが』···
やば···ほんと、やば···

(そこまで笑わなくても···)
(そりゃ、本物の加賀教官とはえらい違いだったけど···)

広末そら
「ごめんね。本当はうちの海司が参加するはずだったんだけど···」
「あいつ、直前で鼻血が止まらなくなっちゃってさ」

東雲
興奮しすぎで?

広末そら
「いや、ストレスで」
「あいつ、ほんと女の子が苦手でさー」

黒澤
お待たせしましたー
今から二次会に行こうって話になってるんですけど

広末そら
「行く行く!どこの店?」

黒澤
この先の焼鳥屋です
歩さんはどうしますか?

東雲
ムリ
あり得ないんだけど。髪に匂いが付くの

黒澤
いいじゃないですか、それくらい
ね、行きましょうよ!歩さん狙いの女の子、いるみたいですし···

(私はどうしよう。胸に巻いたさらし···そろそろキツいんだよね)
(でも、捜査の一環なら協力したいし···)

黒澤
サトコさんは帰りますよね?

(えっ)

黒澤
もう遅い時間ですし

サトコ
「いえ、私は···」

OL1
「そらっちー、ちょっとー」

広末そら
「はいはーい」

(あ、広末さんが離れた!)
(だったら···)

サトコ
「私も参加します」

黒澤
えっ···

サトコ
「だって、これ···捜査の一環ですよね?」
「いつかの『看護師合コン』みたいな」

黒澤
あー···

黒澤さんは、なぜか自分の胸元をギュッと掴んだ。

黒澤
ええと···まぁ、その···
捜査というか、なんというか···

東雲
なにそれ。初耳

(···うん?)

東雲
透、今どの案件にも関わってないんじゃなかった?
そのせいで、明日も朝から研修だって、さっき···

黒澤
あーあーあー!
サトコさん、今日は帰りましょう!
タクシー代、オレが出しますんで

サトコ
「えっ、あの···」

黒澤
タクシー!タクシー!
さ、止まりましたよ。乗って乗って

サトコ
「ちょ···あの···っ」

黒澤
はい、交通費
それじゃ、運転手さん。よろしくお願いしまーす!



【タクシー】

(···なにこれ、強制退場?)
(ていうか、捜査の一環じゃなかったの?)

サトコ
「そういえば···」

(今日の合コンに参加するキッカケって···)

黒澤
ええっ、秋月巡査部長、来られないんですか?

東雲
しょうがないじゃん。鼻血が止まらないって言うんだから

黒澤
そんなぁ··困りますよ
歩さん、誰か紹介してくださいよー

東雲
無理。急すぎ

黒澤
オレだって、もうあてがないですよー
もとはと言えば、加賀さんの代打が秋月巡査部長だったのに···

東雲
あ···
サトコちゃん、こっち来て

黒澤
!?

東雲
キミ、たしか男装できるんだったよね?

黒澤
あの!サトコさんはちょっと···

東雲
ね、オレたち今晩「異業種交流会」に参加するんだけど
キミ、加賀さんの代打やってみない?

(···たしかに、一言も「捜査の一環」なんて言ってない)
(しかも、黒澤さん···めちゃくちゃ焦ってた···)

サトコ
「ってことは···」

(本当にただの合コン?)
(私と付き合って、まだ1ヶ月なのに?)
(デートもろくにできていないのに?)
(しかも、告白してくれた時···)

ーー『今は信じなくていいです』
ーー『時間をかけて、信じさせてみせますから』

(なのに合コン?私にナイショで?)
(これって、さすがに···)

ブルッ···

(LIDE···黒澤さんからだ!)

急いでメッセージを表示させる。
現れたのは、たくさんのハートの絵文字。
そして···

ーー『愛してマース』

サトコ
「······」

(そっか···愛してくれてるんだ···)
(そんなの···)
(誰が信じられるかーっ!!!)

すぐさまアプリを終了して、スマホの電源を落とした。
さらに、スマホを鞄の奥底にしまい込んだ。

(知らない···もう黒澤さんのことなんてどうだっていい)
(いつか合コンで、ヘンな女の子にハニトラされて···)
(石神教官にお説教されればいいんだ!!)

【学校 カフェテラス】

翌日···

鳴子
「は?付き合ったばかりで合コン?」
「ダメじゃん!とんだクソ野郎じゃん、そいつ!」

サトコ
「だよね?やっぱりおかしいよね?」

千葉
「いや、でもさ···」
「ええと···氷川の同期のイトコの友達の彼氏···だっけ?」
「その人にも何か事情があったのかもしれないし···」

鳴子
「事情ってなに?」
「女がいるくせに、合コンに出るってどういうこと?」

千葉
「それは、まぁ···男同士だといろいろと···」

しどろもどろになった千葉さんをひと睨みして、鳴子は私に向き直った。

鳴子
「別れた方がいいよ、そんな男」

サトコ
「!」

鳴子
「付き合ってまだ1ヶ月でしょ。さっさと切ったほうがいい」
「その男、絶っっっ対、信用できないって!」

(別れる···黒澤さんと?)

サトコ
「え、あの···そこまでは···」
「合コンの件はアレだけど、いいところもいっぱいある人だし···」

鳴子
「いいところって、どこ」

サトコ
「それは、その···落ち込んでいるときに励ましてくれたり···」
「意外と真面目なところもあったりして···」

千葉
「あれ、氷川、その人と知り合いなの?」

(しまった!)

サトコ
「聞いただけ!イトコの同期の友達から···」

千葉
「『同期のイトコの友達』じゃなくて?」

サトコ
「そ、そそ、それ!その友達から聞いて···」

???
「おい、そこのクズ」

(この声は···)

加賀
どういうことだ、この動画は

(動画?)
(それ、昨日の···!!)

鳴子
「···なんですか、これ」

千葉
「居酒屋···ってことは飲み会?」

加賀
歩が昨日送ってきた
とんだクソ動画だ

(ああっ、再生しないで···っ)

ーー『か···加賀兵吾、31歳』
ーー『じ···ジロジロ見るな。クソが』

鳴子
「ええっ!?」

千葉
「これってまさか···」

サトコ
「あーあーあー!」
「すみません、用事を思い出しました!失礼します!」

鳴子
「ちょっと!サトコ···」

【個別教官室】

サトコ
「はぁ···」

(参ったな。まさか動画を撮られていたなんて)
(東雲教官ってば、いつの間に···)

石神
氷川、昨日頼んでいた資料はどうなった?

サトコ
「揃えています。こちらです」

石神
···ずいぶん分厚いな

サトコ
「あ、その···今回は補足の資料も必要かと思って」
「クリアファイルで分けていますんで、必要なかったら···」

石神
いや、助かる

(そうなんだ···)
(よかった、ひととおり揃えておいて···)

石神
ところで、昨日は異業種交流会だったそうだな

(ぎゃっ!)

石神
参加者は、お前と黒澤と東雲と、警護課の広末···

サトコ
「す、すすすみません!」
「でも、業務には支障がないように···」

石神
出席者の中に、五角商事の関係者はいなかったか?

(五角商事?)
(それって、あの大手商社の?)

サトコ
「いえ、いなかったはずですが···」

石神
···そうか

石神教官は、それ以上は何も言わずに資料に目を通し始めた。
けれども、私の頭の中は疑問符でいっぱいだ。

(どうして、五角商事の名前が出てきたんだろう)
(ただの思い付きのはずはないよね。となると···)

サトコ
「ええと、昨日の参加者の勤務先は···」

記憶を頼りに、彼女たちの勤務先を調べてみる。
1人目、2人目と進み、3人目の勤務先にアクセスしたところで···

サトコ
「あ···」

(五角商事の子会社···これだ!)
(たしか4人目の彼女も、同じ勤務先だったよね)

サトコ
「出席者のうち、2人が『五角商事』の子会社勤務···」

(どういうこと?)
(やっぱり、昨日の合コンは捜査の一環だったってこと?)

けれども、東雲教官はそれを否定した。
それに···

(本当に捜査の一環なら、石神教官に報告がいっているはず)
(つまり、昨日のアレは仕事じゃない)
(でも「何かある」としたら?)

ひとつだけ、思い当たることがある。

(黒澤さんの、お父さんのこと···)
(まだ、いくつか謎が残っていたはずだよね)


【寮 自室】

(黒和堂病院の院長の話によると···)

黒澤さんのお父さんの死因は「頭蓋内出血」
けれども、病院に運ばれてきたのはお腹を刺されたからだ。

(そっちの犯人については、まだ謎のまま)
(そのこと、黒澤さんはどう思っているんだろう)

これまで、黒澤さんはひとりでお父さんの死の真相を突き止めようとしてきた。
そんな彼が、この件を無視するとは思えない。

(となると、昨日の合コンはやっぱり···)

サトコ
「うん?」

ふいに響いたノック音が、私の思考を遮った。
時刻を確認すると、消灯40分前。

(誰だろう、こんな時間に···)
(って、鳴子しかいないか)

サトコ
「なに、鳴子···」

(えっ···)

黒澤
サトコさん···

目が合うなり、黒澤さんはガバッと土下座をした。

黒澤
すみません!
昨日はほんっっっとにすみませんでした!!

サトコ
「ちょっ···黒澤さ···」

黒澤
今度から合コンに行くときは、事前に連絡します!
いえ!当分合コンは控えます!
ですから···

サトコ
「ま、待ってください!ここ、寮で···」

(えっ、足音?)

サトコ
「とりあえず中に入ってください!誰かに見つかるとマズいんで」

黒澤
ですが···

サトコ
「いいから!」

サトコ
「はぁぁ···」

(危なかった。こんなの誰かに見られたらどうなっていたか)

しっかり内鍵をかけて、私は黒澤さんに向き直った。

サトコ
「どうしたんですか、いきなり」
「訪ねてくるなら、せめて連絡くらいくれても···」

黒澤
しましたよ!
でも、LIDE···いつまで経っても未読だったから···

(未読?)

サトコ
「あっ」

慌てて鞄からスマホを取り出して、電源を入れる。
パスワードを解除して、アイコンをタップして···

(なにこれ、メッセージ20件!?)

黒澤
あの···もしかして···

サトコ
「すみません。ずっと電源切ったままでした」

黒澤
······

(あ、倒れた···)

サトコ
「あの···」

黒澤
すみません···力が抜けただけです···
オレからメッセージが届いてるの···
わかってて、未読スルーしてるのかなって思ってたから···

サトコ
「違います。電源を落としていただけです」
「でも···」

私は、あえて黒澤さんのそばにしゃがみこんだ。

サトコ
「怒っていたのは本当です」
「こっそり合コンに行こうとしていたの、やっぱり面白くないです」

黒澤
······

サトコ
「もちろん、仕事のためなら構わないです」
「わざわざ報告してほしいとも思いません」
「でも、ただの合コンは、いい気がしません」
「私が納得できるのは『ただの』じゃないときだけです」

(たとえば「お父さんのことを調べるため」とか···)

最後の言葉を口にしなかったのは、まだ確信が持てなかったからだ。
あるいは、黒澤さん自身から聞きたかったのかもしれない。
昨日の合コンの、本当の目的を。
黒澤さんは、しばらくの間、口をつぐんでいた。
それから、どこか不安そうに、私の指先をキュッと掴んできた。

黒澤
ごめんなさい。不愉快な思いをさせてしまって
これから、業務以外の合コンは控えますね

(······ああ······)

胸の奥が、わずかに軋んだ。

(そっか···話してくれないんだ···)
(昨日の合コンの、本当の理由を)

黒澤
それじゃ、オレ帰りますね

サトコ
「えっ」

黒澤
消灯時間まで、あと少しでしょう?
いつまでもここにいるのも、おじゃまでしょうし···

サトコ
「いえ!あとは眠るだけですから!」
「それより、お茶くらい飲んでいってください」
「せっかく来てくれたんですし」

黒澤
ですが···

サトコ
「お詫びです!お詫びも兼ねてです!」
「黒澤さんのこと、たしかに怒ってはいましたけど···」
「心配かけちゃったことも事実ですから」

黒澤
サトコさん···

サトコ
「そこのソファに座っていてください」
「飲み物は、紅茶と緑茶、どっちがいいですか?」

黒澤
······じゃあ紅茶で

サトコ
「了解です」

黒澤さんに背を向けて、キッチンに立つ。
やかんに火をかけながら、こっそりため息を飲み込んだ。

(何をやっているんだろう、私)
(一番聞きたかったことを話してもらえなくて···)
(そのくせ、帰ろうとしたところを、無理に引き止めたりして···)

サトコ
「ふわ···」

(やば···あくび···)
(ていうか、まずかったかな。この時間にカフェイン入りの飲み物って···)

サトコ
「あの、黒澤さ···」

(え···)

黒澤
すぅ···すぅ···

(···眠ってる)
(そういえば、今日は朝から研修だって聞いたような···)

そばに近づいても、目を覚まさない。
それだけ疲れていたのだろう。

(なのに、こうして会いに来てくれた)
(LIDEが未読なのを、気にかけてくれて···)

軋んだ心が、少し修復された気がした。

(そうだよ···嬉しかったよ、本当は)
(だって、好きだもん。黒澤さんのこと···)

黒澤
ん···

小さな声を漏らして、黒澤さんは自分の胸元を掴んだ。
一瞬、目を覚ましたのかと思ったけど、寝息は変わらないままだ。

(そういえば、昨日も胸元を···)
(ううん、昨日だけじゃない。前にもこんな仕草を見た気がする···)

それがいつなのか思い出せないまま、黒澤さんの髪をそっと撫でた。
胸にわだかまる不安には、あえて気付かないふりをして。

to be continued

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