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このドキドキはキミにだけ発動します 東雲2話

【河原】

男の子
「おとうさーん!おかあさーん!」

助けを求めているのは、幼い男の子だった。
たぶん、川で水遊びをしていて、流されてしまったのだろう。
なんとか岩にしがみついているものの、いつ流されてもおかしくない状況だ。

東雲
誰か、119に連絡して!
それと、ロープと空いてるペットボトルを···

(まだ溺れているわけじゃない)
(今なら···流されてしまう前なら······)

東雲
ちょっ、キミ···っ

着ていたTシャツを脱ぎ捨てて、私は川に飛び込んだ!

(···っ、速···っ)
(この川、急に流れが変わるんだ···)

それでも、男の子のもとまで泳ぐのは難しくない。
問題は、どうやって助けるかだ。

(前から近づいたらダメだ)
(後ろに回り込んで···いきなり抱きつかれないように注意して···)

サトコ
「手、離して!」

男の子
「え···」

サトコ
「大丈夫、助けに来たから···」
「そのまま···ゆっくり手を離して···」

男の子を回収した後は、ただひたすら岸に向かって泳いだ。
途中で流れが遅くなったことも、今回は幸いした。

(岸···あとどれくらいだろう···)

津軽
百瀬、そっちまわれ!
先に男の子を引き上げるぞ!

(···あ、よかった)
(たぶん、あとちょっと頑張れば、大丈夫なはず···)

津軽
せーの···っ

抱えていた重みが、ようやくなくなった。
助かった、と思うと同時に、全身の力が一気に抜けた。

(あ、ダメ···沈む······)

???
「バカ!」

(え···)

(あれ、空···?)
(ってことは、私···)

東雲
なんなの!?
バカなの、キミ!?

(あ、教官···)

東雲
あり得ない!
素人のくせに、飛び込んで助けに行くとか
ほんっと、考えられない!

後藤
おい、歩···

東雲
バカなの?知らないの?
それ、一番やっちゃいけないことだって!

後藤
歩、落ち着け···

東雲
落ち着いてますよ、オレは!
彼女がやったことが、間違ってるってわかるくらいには···

颯馬
歩、説教はあとにしなさい
ご両親が見えてます

東雲
···っ

教官と入れ違うように、見知らぬ男性と女性が現れた。

父親
「申し訳ありません、ありがとうございます!」

母親
「息子を助けてくださってありがとうございます!」

サトコ
「いえ···」

(ってことは、あの子、無事なんだ···)
(よかった···)

鳴子
「サトコ、タオル持ってきたよ!」

千葉
「大丈夫か?」
「水を飲んだとか、どこか痛めたりとかは···」

サトコ
「平気···大丈夫···」

津軽
おつかれさま。大変だったね

サトコ
「津軽さん···」

津軽
ああ、いいよ。起き上がらなくて
しばらくは、ここで休んでいるように

サトコ
「いえ、私は···」

津軽
班長命令。落ち着くまでここで休んでいること
いいね?

サトコ
「···わかりました」

鳴子
「身体、拭いて」
「千葉くん、あたたかい飲み物持ってきて」

千葉
「あ、ああ」

鳴子
「それにしても、びっくりしたよ」
「119番に電話してる間に、サトコ川に飛び込むんだもん」

サトコ
「ごめん···心配かけて···」

鳴子
「ほんとだよ。もう···」
「でも、ふたりとも無事でよかった」
「さすが『長野のかっぱ』じゃん!」

(鳴子···)

なんだか胸がぎゅうっとなった。
慌てて、肩にかけたままだったタオルを頭から被った。

鳴子
「サトコ?どうかした?」

サトコ
「···ううん」

(泣くな、こんなことで)

それでも視界が潤んでしまうのは、教官のことが頭から離れないせいだ。

(すごい剣幕だった···)
(あんなに怒られたの、訓練生の時以来だ)

教官の言っていることは、間違っていない。
水難事故で、素人が泳いで助けに行くのは「最後の手段」なのだ。

(わかってる、わかってるけど···)
(もうちょっとだけ···違う言葉が欲しかったな···)



黒澤
それじゃ、無事到着ってことで
今日はお疲れさまでしたー!
BBQは『家に帰るまでがBBQ』ってことで
皆さん、気を付けて帰ってくださいねー

(···終わっちゃった)
(なんだか、あっという間だったな)

ちらりと、加賀班に目を向ける。
教官は加賀教官と話し込んでいて、こっちを見る気配はまるでない。

(今日は、お泊りはナシ···かな)
(教官とは、あれから一言も話してないし···)

津軽
サトコちゃん、このあと予定ある?

サトコ
「えっ、いえ···」

津軽
だったらモモと3人でご飯に行かない?
サトコちゃん、今日頑張ってたからご馳走するよ?

(津軽さんたちとご飯、か)
(それもいいな。家に帰ってから、ご飯作る元気もないし···)

黒澤
歩さーん!このあと飲みに行きません?

東雲
無理
ブラックタイガー食べたいから

(······え?)

黒澤
わかりました!じゃあ、海鮮系の居酒屋ってことで···

東雲
うるさい

黒澤
えっ、ちょ···
歩さーん!」まだ話の途中···

(今の、もしかして······!)

サトコ
「すみません、用事を思い出しました!」
「今日はこれで失礼します!」

(勘違いかもしれない···間違ってるかもしれない···)
(でも、きっと···)

サトコ
「はぁ···はぁ···」

(教官は···)
(······いた!)

サトコ
「あの···っ」

東雲
······

サトコ
「あのっ、私···」

東雲
謝らないから
子供を助けたとき、キミに言ったこと

サトコ
「···っ」

東雲
水難事故で素人にできるのは、救急要請と陸からの救助活動
泳いで助けに行くなんて、絶対にやってはいけないことだ

サトコ
「······」

東雲
だから謝らない
オレは間違ったことは言っていない

(そうだけど···)
(そうかもしれないけど···!)

東雲
···それで?
キミの言い分は?

(え···)

東雲
聞くよ
あるだろうし。キミにも言いたいことが

(言いたいこと···私の···?)

東雲
一方的だったし。あのときは
だから聞くよ
言いたいこと。キミの

冷ややかなようで、揺れている声。
それで、ようやく気が付いた。
どうして、教官が待ってくれていたのか。

サトコ
「教官に言われたこと、確かに間違っていません」

東雲
······

サトコ
「ただ、私は···」
「あのとき、子どもがまだ『溺れていない』から、助けに行きました」
「岩から流されていなければ、何とかなるかもって」

東雲
······

サトコ
「だから、ちょっと···」
「あんなふうに怒られたの、しんどかったです」

東雲
「······」

サトコ
「心配してくれたんだってこと、わかってます」
「それでも、ちょっと···いろいろと······」

東雲
······

サトコ
「少しだけ、違う言葉が欲しかったっていうか···」

東雲
······うん

軽く、手を引かれた。
次の瞬間、私は教官の腕の中に収まっていた。

東雲
「わかった」
次からは気を付ける

(教官······)
(って、ここ駅前!)

サトコ
「教官、人目が···」

東雲
『教官』じゃない

サトコ
「そうですけど、それより人目···っ」

東雲
······

サトコ
「······歩さん?」

プライベートでの呼び名に変えてみる。
しばらく沈黙が続いたあと···

東雲
···べつに
支えてるだけじゃん、キミがフラふいたから

サトコ
「!!」
「だったら、もっとフラつきます!」

東雲
は?
······痛っ

(歩さん、歩さん、歩さん···っ)

東雲
バカ!力入れすぎ!
離れろ!

サトコ
「イヤです!まだフラついています!」

東雲
うざ!キモ!
離れろ、スッポン!!

【東雲マンション】

サトコ
「はー、なんだか落ち着きますねー」
「ようやく『帰ってきた』って感じで」

東雲
落ち着かれても困るんだけど
ここ、オレの家だし

(うっ···)

サトコ
「い、いいじゃないですか」
「それだけ、この部屋に馴染んだってことで···」

東雲
······

サトコ
「え、ええと···」
「じゃあ、ご要望のエビフライでも作って···」

ブルッ···

(あ、LIDE···)
(津軽さんから?)

ーー『今日はお疲れさま』
ーー『エビフライ、焦がさないように気を付けて☆』

サトコ
「!?」

(こ、これは、ええと···)

東雲
······

(私、エビフライのこと、言ったっけ?)
(···言ってないよね?)
(たしか「用事を思い出した」としか···)

東雲
誰から?

サトコ
「い、いえ、その···」
「あっ!」

東雲
······

サトコ
「ちょっ···返してください!私のスマホ···」

東雲
津軽さんって何者?

(え?)

東雲
······

サトコ
「え、ええと···」
「班長···でしょうか」

東雲
······そう

歩さんは何か言いたげな顔をしつつも、あっさりスマホを返してくれた。

東雲
料理より洗濯をしたら?
濡れた水着、一晩放置しておくのもなんだし

(······まぁ、たしかに)

サトコ
「じゃあ、洗濯機借りますね」
「あ、歩さんのもください。一緒に洗っちゃいますんで」

東雲
わかった。洗面所に持っていく

(何だったんだろう、さっきの質問···)



(津軽さんは「上司」で「班長」···)
(それ以上の答えなんて、ないんだけど···)

サトコ
「ていうか···」

(歩さんの方がよく知ってるはずだよね?)
(私より先に、知り合っているはずだし)

サトコ
「······ま、いっか」

(早く洗濯機を回しちゃおう)
(洗剤と···ユーカリのオイルを用意して···)
(私のバスタオルを水着···)

サトコ
「あ···」

(そういえば、水着の感想、聞いてなかったな)

買ったばかりの、真新しい水着。
お気に入りのデザインだったけど、今は湿って重たいだけだ。

サトコ
「···好みじゃなかったのかな」

東雲
そうでもないけど

(うわっ!)

東雲
悪くないんじゃない?
キミらしい『浮かれた水着』で

(ちょっ···)

サトコ
「なんですか、『浮かれた水着』って!」

東雲
だってそうじゃん
この布面積の少なさとか

サトコ
「これくらい普通です!」
「大学生の子たちは、もっと布面積が少なかったじゃないですか」

東雲
そうだっけ?

サトコ
「そうでした!」
「オフショルだーで、肩をめちゃくちゃ出してるのとか!」
「脇腹のところが紐っぽいのとか!」

東雲
···怖っ
見すぎじゃん。女子大生の水着姿···

サトコ
「私は!エッチな理由じゃないから!いいんです!」
「あくまで!ファッション研究として!見ていたんです!」

東雲
へぇ、研究···
着られないくせに?

(ひど···っ)

サトコ
「そ、そりゃ、私じゃ着られませんけど···」

(ああいうの、スタイルに自信っていうか···)
(鎖骨とか、ウエストとか、とにかくアピールポイントがないと無理で···)

東雲
いいけど。そのほうが
へんなのが寄ってこなくて

(······え?)

東雲
『蓼食う虫も好き好き』っていうし
どんなに貧相でも、惑わされる奴は惑わされるだろうし

(これは、もしかして···)
(ううん、もしかしなくても···)

サトコ
「歩さーーん!」

東雲
ぐっ···
ちょ···なに、タックルして···

サトコ
「知ってます!わかってます!」
「『好き好き』の筆頭が歩さんですよね?」
「私の『魅惑のボディ』に惑わされてくれる···」

東雲
······

サトコ
「そうですよね?」
「ね、ね?」

東雲
······キモ

(ぎゃっ)

サトコ
「なんで突き飛ばすんですか!」

東雲
汗くさい
それに煙くさい

サトコ
「そんなの、歩さんも一緒じゃないですか!」

東雲
煙くさくないけど。オレは

サトコ
「汗くさいのは一緒です!おそろいです!」

東雲
キモ

サトコ
「いいじゃないですか、おそろいですよ?」
「今日はずーっとおそろいでいましょうよ!」

けれども、綺麗好きな歩さんがいつまでも汗くさいわけがなくて···



東雲
ん···っ

サトコ
「······」

東雲
バカ···なにして···

(···うーん、ダメか)

東雲
なんなの、キミ···
いきなり、そんなこと···

(だったら、こっち···)

東雲
待っ···

サトコ
「······」

東雲
バカ···なにして···っ

サトコ
「······」

東雲
ん···っ

(うーん···こっちもダメ······)

東雲
いい加減にしろ!

(うわっ)

東雲
なんなの、キミ!
嗅ぎすぎだから!オレのにおい···

サトコ
「だって、せっかくおそろいだったんですよ!?」
「ふたり揃って汗くさかったのに···」
「首筋も耳の裏も、今はすっかりいい香りで···」

東雲
当然。風呂に入ったし
そもそも、キミだってもう汗くさくないじゃん

(···あ、たしかに)

サトコ
「じゃあ、私からもいい香りしますか?」

東雲
全然

(即答!?)

サトコ
「そんなはずないです!」
「歩さんと同じ石鹸を使ってるのに···」

東雲
低いからじゃん。女子力が

サトコ
「女子力は関係ありません!」
「それより、ちゃんと嗅いでください」
「首筋とか、このへんとか、絶対いい香りがするは···」
「ん···っ」

(ちょ···)

サトコ
「キッスじゃなくて、にお···」
「んん···っ」

東雲
どうでもいい。においとか
むしろ、他を気にすれば?
この脇腹とか

サトコ
「ひゃっ」

東雲
食べすぎじゃない?肉とか···

サトコ
「食べてません!」
「今日はずっとキノコだけ···」
「痛···っ」

思わず漏れた声に、歩さんは驚いたように身体を起こした。

東雲
···なに
痛いの?どこが?

サトコ
「いえ、痛いって程じゃ···」
「ちょっと背中がピリッとしただけで」

東雲
見せて

サトコ
「大丈夫です。ちょっとだけですから」

東雲
······

サトコ
「ほんとです」
「ほんとに、ちょっとだけですってば」

東雲
······だったらいいけど

ささやかな痛みは、すぐ消えた。
いっぱいキスして、いっぱい触ってもらったから。

(私って、幸せだな)

今日も、いろんなことがあったけど···

(1日の最後を、こうして大好きな人と過ごせるんだから)
(ほんと、幸せ···)

ーーもっとも、この幸せは数時間後に霧散するわけだけど。

翌朝···

サトコ
「痛っ···」

東雲
······

サトコ
「痛っ···痛いです、教官!」

東雲
だろうね
肩も背中も真っ赤

(うっ)

東雲
一部、水膨れになってるし

(ううっ)

東雲
いちおう聞くけど
昨日、日焼け止めは?

サトコ
「塗りましたよ!もちろん」

東雲
······

サトコ
「その···顔だけですけど······」

東雲
バカ
ほんとバカ!
女子力低すぎ!

サトコ
「だって、長野にいたころは、ずっと屋外にいても平気で···」

東雲
地域差。もしくは···
加齢のせいじゃない?

(か、加齢···)
(これでも、歩さんよりちょっぴり若いのに···)

東雲
···そういえば
キミ、首筋の匂い、嗅いでほしいって言ってたっけ?

サトコ
「!」

東雲
いいよ。嗅いでも
間違って、背中に触るかもしれないけど

サトコ
「いりません···」
「ていうか、近づかないで···」

東雲
いいじゃん
ほら、遠慮しないで···

(お···お······)

サトコ
「鬼!意地悪!キノコー!!」

それでも、やっぱり幸せなのだ。
今日も大好きな人と一緒にいられるのだから。

Happy End

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