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このドキドキはキミにだけ発動します 黒澤2話

【車内】

千葉さんの運転する車の後部座席で、透くんは爆睡している。
その隣で、私はスマホのメモアプリに必要事項をメモしていた。

(透くんが目を覚ましたら問い詰めること)
(その1・どうしてあんなに酔っ払うまで飲んだのか)
(その2・どうして川に入ったのか)

サトコ
「···これは判明してるか」

(たぶん「温泉と間違えたから」だよね)
(助けに行った時も「全然温まらない」って言ってたし)
(となると「その2」は···)

サトコ
「後藤さんとの関係性···」

(そりゃ、わかるよ?)
(後藤さんは、優しくてカッコよくて、イケメンで)
(同じノンキャリだけど、めちゃくちゃ優秀で···)
(訓練生時代から、悩み相談にはいつも丁寧に耳を傾けてくれて···)
(透くんが、実はすごく慕ってることも知っていたけど!)

サトコ
「·········納得いかない」

(透くんを川から連れ出したの、私なんですけど!)
(そもそも、ふつう間違える?)
(私と後藤さんだよ?性別も外見も違うよ?)
(しかも私···)

サトコ
「『カノジョ』なのに···」

千葉
「なんか言った?氷川」

サトコ
「う、ううん、なんでもない!ただの独り言!」
「それよりもごめんね、送ってもらって」

千葉
「いいよ、駅までだし」
「それより黒澤さん、大丈夫そう?」

サトコ
「うん、爆睡してる」

(あれだけ「車だと酔う」って言ってたのに)
(ていうか···)

黒澤さんの口元に、そっと鼻を近づけてみた。

(···やっぱり、そんなにお酒くさくないよね)
(それなのに、あんなに酔っ払っちゃうなんて···)
(誰か、ウォッカでも持ってきてたのかな)

【駅】

サトコ
「よいしょ、よいしょ···っと」

黒澤
······

サトコ
「黒澤さん!ちゃんと歩いてください!」

黒澤
んー···後藤さーん···

千葉
「ひとまず、そこのベンチに座らせようか」

サトコ
「そうだね」
「よいしょ···っと」

(はぁ···重たかった···)

サトコ
「千葉さん、送ってくれてありがとうね」

千葉
「どういたしまして」
「大変だろうけど、気を付けて帰って」

サトコ
「うん。みんなにもよろしくね」

(···さて、と)
(まずは切符を買わなくちゃ)
(電車は、たしか15分後に···)

黒澤
後藤さーん

サトコ
「ぎゃっ!」

いきなり背後から抱きつかれて、思わず財布を落としてしまった。

サトコ
「透くん!大人しくベンチに座ってて!」

黒澤
んー

サトコ
「あと私、後藤さんじゃないから···」

黒澤
知ってますよ。サトコさん

(···うん?)

黒澤
やーっと、ふたりきりになれましたね

サトコ
「······」

(これは···まさか···)

サトコ
「透くん、顔みせて」

黒澤
はい

サトコ
「『公安のニューフェイス』といえば?」

黒澤
『黒澤透・永遠の23歳☆』···
って言いたいところですけど、オレ、もう新人じゃないですよねー

(やっぱり···)

サトコ
「透くんのバカ!嘘つき!」

黒澤
えー、むしろ気付くの遅すぎですよー
サトコさんなら、もっと早く気付いてくれると思ってたのに

(うっ···)

黒澤
オレへの愛情が足りませんよね
透、なんだか悲しい···
ぐすん···すんすん······

(······そこまでしょんぼりしなくても···)

サトコ
「あの···少しは『ヘンだな』って思ってたよ?」
「透くんから、お酒のにおいがあまりしてなかったし」

黒澤
でも、気付けなかったじゃないですか

サトコ
「そうだけど···!」
「すごく心配したことだけは、わかってほしいよ」
「酔っ払って川に入るなんて、本当なら命に関わることだから」

黒澤
······

サトコ
「それに心配していたの、私だけじゃないんだよ?」
「千葉さんや鳴子や···颯馬さんだって······」

黒澤
周介さんは違うと思うけどなー

(えっ)

サトコ
「今の、どういう···」

黒澤
ナイショですよ。ただの独り言です

透くんはにっこり笑うと、私の頬に手を伸ばした。

黒澤
嘘をついたことは謝ります。ごめんなさい

サトコ
「······」

黒澤
たしかに、サトコさんや···
千葉さん、鳴子さんにも心配かけてしまいましたよね

サトコ
「······はい」

黒澤
でも、今日はどうしてもふたりきりになりたかったんです
ここのところ忙しくて、デートできなかったでしょう?
これ以上、アナタに触れられなかったら、オレ···
きっと干からびてしまいます

切なそうに目を伏せられて、言葉に詰まってしまう。
これまで、それなりに付き合ってきて···
こういうときの透くんに勝てたためしが、実は一度もないのだ。

(ずるい···)
(ほんと、ずるいんだから···)

サトコ
「もう、今日みたいな嘘はつかない?」

黒澤
······

サトコ
「私以外の···」
「みんなを巻き込むような嘘をつかない、って誓える?」

黒澤
···それって
サトコさんには嘘をついてもいい、って聞こえますけど

サトコ
「もちろん、嘘をつかれるのは好きじゃない」
「でも『ふたりきりになりたい』っていうのは嬉しいし」

黒澤
······

サトコ
「私を驚かせたかったんだろうな、って気持ちは···」
「正直、わからなくもないから」

私の言葉に、透くんは目を細めた。
ちょっといたずらっぽいような、それでいてあたたかな眼差しだ。

黒澤
だったら、もうひとつ驚いて

(もうひとつ?)

黒澤
この先のコテージ、予約しているから
一泊して帰りましょう?

返事の代わりに、透くんに抱きついた。
今日初めての、嘘のない抱擁だった。

コテージは、駅から歩いて15分ほどの場所にあった。
聞いた話だと、庭ではBBQなどもできるらしい。

サトコ
「うわぁ、結構綺麗ですね」

黒澤
そりゃ、そうですよ。『DKO黒澤』チョイスですから

サトコ
「??ディーケー??」

黒澤
『DKO』つまり···『デキる男』ってことです

(それ、余計分かりにくい気が···)

サトコ
「···うん?」
「透くん、この箱は···」

黒澤
あああっ
これは、夜のお楽しみです

サトコ
「···夜の?」

(なんか、嫌な予感が···)

黒澤
まあまあ、そう不審そうな顔をしないで
それより···
ジャーン!
DKO黒澤プレゼンツ・本日のスケジュールです!

(いつの間に、そんな模造紙を···)

黒澤
夜の部は、まだ秘密として···
ハイ、『夕方の部』はコチラ!

サトコ
「『水着でドッキリ・わくわく川遊び』?」

黒澤
今日はまだ川遊びしてないでしょう?
というわけで···

黒澤
サトコさーん、こっちこっちー

サトコ
「待ってください。ちゃんと準備体操しないと」

黒澤
······サトコさん、結構ガチですね

サトコ
「だって、泳ぎたいですから」

黒澤
えっ、泳ぐ!?

サトコ
「これでも『長野のかっぱ』って呼ばれてましたから」

(よし、そろそろ行こうかな)

サトコ
「えいっ」

(ああ、この感覚···久しぶりだなぁ···)
(それで、透くんは······)
(···いた!背後に回り込めるかな)
(うまく···流れを利用して······)

サトコ
「透くん!」

黒澤
うわあああっ!

(やった、成功!)

サトコ
「びっくりした?」

黒澤
しますよ、そりゃ!
川に飛び込んだと思ったら、途中で消えてしまうし
そうしたら、いきなり背後から現れるから···

サトコ
「そりゃ、仕返しだもん」
「今日は、透くんにいっぱい驚かされたから」

黒澤
······
そのわりに、なんだか『オレ得』な気がしてますけど

サトコ
「オレ得?」

黒澤
ええ、だって···
すごくきれいですから。今のサトコさん

サトコ
「!」

黒澤
濡れた肌や髪の毛が、日差しでキラキラしていて
頬がうっすら赤くて···
これって、オレを驚かせようとして本気で泳いだからでしょう?
いやー眼福、眼福
いいもの、みせてもらったなー

(な···な······)

サトコ
「私、そんなつもりじゃ···」

黒澤
わかってますよ?でも···
結果的には『オレ得でした』ってことで

サトコ
「!」

黒澤
いやぁ、ほんと···
サトコさんって罪作りだなー

(こ、これは、ちょっと···)

サトコ
「わ、私、もうちょっと泳いできます!」

(無理っ···いろいろ無理···っ)
(なんで透くんって、あんな恥ずかしいこと、次々言えちゃうわけ!?)
(·········でも、ちょっと···)
(「きれい」って言われたの···嬉しかったな···)

サトコ
「あー、結構泳いだねー!」
「やっぱり川はいいなぁ」

黒澤
サトコさん、スイスイ泳いでましたもんね

サトコ
「透くんも上手だったよ」
「川で泳ぐの、初めてだったよね?」

黒澤
いちおうね。オレ、『海派』だから

サトコ
「海かぁ、海もいいよね」
「今度は、みんなで海にBBQに行きたいなぁ」

すると、透くんは「えー」と不満そうな声を上げた。

黒澤
オレは、断然ふたりきり希望だけどなぁ

サトコ
「どうして?」
「ふたりだと、お肉食べきれないよ?」

黒澤
それはそうだけど···」
『海』ってことは、また『水着』でしょう?
水着姿のサトコさん、普段の10倍増しできれいだからなー

(···っ、また!?)

黒澤
きれいなサトコさん、誰にも見せたくないなー
オレが独り占めしたいなー

(ええと、これは···)

サトコ
「あの、私···もう一回泳いで···」

黒澤
行かせませんよ
まだ口説いてる途中ですから

(く···っ!?)

サトコ
「口説くって、なんで今さら···」

黒澤
だって好きですから。サトコさんのこと
何回口説いても、足りないくらい

これまでとは違う静かな口調に、心臓がとくんと音を立てる。

黒澤
自分でも、不思議なんですけどね
ぜんぜん尽きないんですよ。アナタを想う気持ちが

(透くん······)

黒澤
それに···
照れてるサトコさん、やっぱり面白くて

サトコ
「!」

黒澤
···あ、間違えた。可愛くて

サトコ
「!!」

黒澤
いやー、なかなかいないですよ。ずっと見ていても飽きない人って
ほんと、サトコさんって最高······

サトコ
「透くんのバカ!」

バシャッ!

黒澤
うわっぷ!
ちょっとーサトコさーん
今の、冗談ですってばー

(知らない!許さない!)
(ちょっとでもときめいて損した!)
(こうなったら、一度くらいギャフンと言わせないと···)

サトコ
「···そうだ」

黒澤
サトコさーん

サトコ
「······」

黒澤
サトコさーん、ごめんなさいってばー

サトコ
「······」

黒澤
愛してマース!
アイウォンチュー!アイニージュ!

(たしか、このへんだったよね。よし···)

黒澤
アイラービュ···

サトコ
「ねえ、透くん」
「なんか···肌寒くない?」

黒澤
え?

サトコ
「言うの、忘れてたけど」
「この遊歩道、有名な『心霊スポット』なんだって」

黒澤
!?

サトコ
「地元の人たちが話してたから、私も調べてみたんだけど···」
「地元では結構有名みたい。ほら、ネット上でも···」

私は、スマホのディスプレイを透くんに向けた。

黒澤
『あの遊歩道、ヤバすぎ』···
『昼間に白い人影を見た』···
『地元民は、絶対近付かない』···

(よしよし···効いてる···)
(知ってるもんね。透くんが、こういうの苦手なこと···)
(···うん?ちょっと違ったかな)
(「背中がスースーするもの」が苦手なんだっけ···)

黒澤
サトコさん···

サトコ
「はい?」

黒澤
サトコさーーん!!

サトコ
「うわっ」
「ちょっ···透くん、苦し···っ」

黒澤
無理です!
オレ、怖くて、もう一歩も進めません!

サトコ
「わかりました!わかりましたから···」
「腕、もうちょっと緩めて···」

黒澤
いやー怖かったなー
サトコさんがいなかったら、オレ、まだうずくまっていたかも

サトコ
「······」

黒澤
ありがとうございます
遊歩道を出るまで、ずーっと抱きつかせてくれて

サトコ
「······はぁ」

(へんだな···透くんを「ギャフン」と言わせるはずだったのに···)
(私の疲労度が増しただけのような気が···)

黒澤
それじゃ、ここでいろいろ買い込みましょうか
オレ、夕飯はシーフード系がいいなー

(···結局、私って透くんには適わないんだよね)
(いつも透くんの掌の上で、コロコロ転がされてるっていうか···)

黒澤
あ、トイレ発見
サトコさん、買い物すすめていてくださいね

(···ま、いっか。透くん、楽しそうだし)
(なんだかんだ言っても、私だって···)

サトコ
「···あれ?」

(あそこにいる集団って、たしか···)

ヤンキー1
「ったく、マジ今日ダメじゃん」

ヤンキー2
「それなー。心霊スポット、イケそうだったのによー」

(···マズい、逃げよう)
(下手に絡まれたら面倒なことに)

ヤンキー3
「おい、あの女、売店の···」

(やばっ)

ヤンキー1
「あいつ!」

ヤンキー2
「ババア!てめぇのせいで今日は···」

(ババアじゃないし!)
(ていうか、店内でもめるのは···)
(······よし!)

ヤンキー3
「おい、逃げたぞ!」

ヤンキー1
「追え!逃がすな!」

(ここなら万が一暴れても大丈夫だよね)
(あとは、身を守れそうなもの······)
(······あった、モップ!)

ヤンキー1
「いたぞ!」

ヤンキー2
「やべぇ、あのオバサン、モップ構えてんだけど」

サトコ
「···っ、オバサンじゃないし!」

ヤンキー2
「ハハハッ、超ウケる!!」

(···相手は4人)
(でも、こっちから攻撃するのは、職務上マズいよね)
(相手が来るのを待つ?)
(でも、さすがにひとりで4人相手にするのは···)

ヤンキー1
「よし、やれ!」

(···っ、しょうがないよ!こっちもやるしか···)

ヤンキー2
「ぎゃっ」

ヤンキー3
「ぷはっ」

ヤンキー4
「痛···っ」

突然、彼らの背後から派手な水しぶきが上がった。

ヤンキー1
「だ、誰だ!水かけやがって···」

黒澤
あーすみませーん
駐車場に、水撒きしたかっただけなんですけどー

(透くん!?)

黒澤
きゃー!こわーい!

わざとらしい悲鳴を上げて、透くんは持っていたホースの口をつまんだ。

ヤンキー1
「ぶはっ」
「や、やめ······ぶ···っ」

黒澤
あーすみませーん。顔面に直撃しちゃって···

ヤンキー2
「てめぇ、この···」

黒澤
あれ、何か聞こえませんか?

ヤンキー2
「は!?何言って···」
「!!」

(あ、パトカーのサイレン···)

黒澤
もしかして、お店の人が呼んだのかなー
ちなみに『暴行罪』が成立した場合···
『2年以下の懲役、もしくは30万円以下の罰金、または···』

ヤンキー3
「やべ、行くぞ!」

4人は、慌てふためいたように逃げていく。
あとに残されたのは、モップを持ったままの私と···

黒澤
いやー意外と使えますね。このスマホアプリ

サトコ
「?」

黒澤
ハイ、これ!『アリバイくん20XX』!

サトコ
「『100種類の効果音を収録』···」
「じゃあ、さっきのサイレンは···」

黒澤
これですね。このボタンをタップすると···

(うわ···)

黒澤
いやー相手が冷静なら、すぐにバレそうですけど
非常時って、やっぱり違うんですね

(たしかに···私も引っかかったし···)
(でも···)

サトコ
「···悔しい」

黒澤
はい?

サトコ
「私は『もうやるしかない』って思ってたのに」
「透くんは、そんなことしないで追い払っちゃうんだもん」

黒澤
······

サトコ
「自分が···警察官として未熟すぎて、なんだか悔しい」

つい、こぼれてしまった本音に、透くんは困ったような笑顔を見せた。

黒澤
経験の差ですよ
これでもオレ、サトコさんの先輩ですし

(そうだけど···)

サトコ
「いつになったら追いつけるのかな」

黒澤
ん?今、なんて?

サトコ
「······なんでもない」
「それより買い物しよう。シーフード、食べたいんだよね?」

黒澤
ええ。それと···
サトコさんを、食べたいです

(·········うっ)

サトコ
「透くん、今の世間で『おじさんジョーク』って言われてるヤツ···」

黒澤
ですよねー
オレも『室長が言いそう』って思ってました

サトコ
「それって、どっちの室長?」

黒澤
うーん···『難波さん!』って言いたいとこだけど···
案外、銀室長もありな気が···

「いつになったら透くんに追いつけるのか」--

それは、訓練生時代からずっと考えていたことだ。

(「いつか追いつく」って決めて、全然追いついていないけど···)
(それどころか、掌の上で転がされてばかりだけど···)

つないだ手に、ギュッと力を込めてみた。

黒澤
······?
どうかしましたか?

サトコ
「ううん」

(いつか、この人に追いついて···)
(転がされることなく、肩を並べられるようになれたら···)

それが「刑事1年目」の私の、ひそかな野望なのだ。

Happy End

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