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最愛の敵編 石神2話

【バー】

長野から帰ってきてすぐに、会員制のバーで私の歓迎会が開かれた。
絞られた照明の下、他のテーブルは意識しなくていいよう上手く内装が組まれている。

(いつも行ってる居酒屋とは、雰囲気が全然違う···)

サトコ
「公安の飲み会って、やっぱりこういうところを使うんですね」

津軽
いつもってわけじゃないけど、今月末に大事なヤマを抱えてるしね···

サトコ
「それって···」

(ミッチャンのこと?)

何か動きがあったのかと、緊張しながら津軽さんを見ると···

津軽
モモ、例のブツをウサちゃんにも見せて

百瀬
「はい」

サトコ
「例のブツって···」

百瀬さんが1枚の紙を私の前に出す。

(捜査資料···)

かと思いきやーー

サトコ
「···『警察大運動会のお知らせ』?」

津軽
そう!

サトコ
「これに津軽班が出るんですか?」

津軽
そうだよ

サトコ
「いいんですか?秘密主義の公安が大運動会なんて···」

津軽
大丈夫。警視庁の公安部との合同参戦だし。公安課からは任意の参加

サトコ
「任意の参加なら、出なくても···」

津軽
でも俺の権限で皆には出てもらうよ

サトコ
「どうしてですか!?」

津軽
楽しいから。それにモモが輝けるイベントだからね

百瀬
「今年もヤります」

(百瀬さんも参加する気満々?運動神経抜群なのかな)

運動会参加はすでに決定事項のようで、それなら···と、私もやる気が出てくる。

サトコ
「出るからには、優勝目指しましょう!」

津軽
やる気があっていいね。秀樹くんの壮行会も兼ねて派手にやろう

サトコ
「え?石神さんの壮行会?」

津軽
秀樹くん、来月からニューヨークだから

サトコ
「え!?」

津軽
この間殉職した同期の代わりに、向こうでの潜入捜査に加わるんだよ

サトコ
「ニューヨーク···」

(来月から、秀樹さんはニューヨークに行っちゃうの!?)

歓迎会翌日の夜。

(昨日は結局、ニューヨーク行きのこと聞けなかった···)

飲み会が終わった後の頭はぼんやりしていて、大事な話をできる状況ではなかった。

(公安課では、そんな話できないし···今日、電話してみようかな)

左手の腕時計に視線を落とし、勇気をもらっていると···

石神
氷川

サトコ
「え···」

ずっと聞きたかった声に振り返ると、秀樹さんがこちらに歩いてきた。

石神
帰りか

サトコ
「はい。石神さんは?」

石神
今、張り込みから戻ってきたところだ

サトコ
「お疲れさまです」

石神
ああ···途中まで送ろう

サトコ
「え、でも···」

(まだ仕事があるみたいだったけど、いいのかな)
(直帰するにしても、秀樹さんの家は別方向···)

石神
こっちに用事がある

きっと秀樹さんも私が真に受けるとは思っていない。
それでもそういう彼からは不器用な優しさが伝わってくる。

<選択してください>

送ってもらう

(秀樹さんがこう言うなら、甘えてもいいかな···)

サトコ
「それじゃあ、お願いします」

石神
ああ

素直に頷くと、秀樹さんは微笑みを浮かべた。

休むように言う

(一緒にいられるのは嬉しいし、話したいこともあるけど)
(張り込み帰りじゃ疲れてるよね)

それがどれだけ疲弊する仕事か、よくわかっている。

サトコ
「石神さんは休んでください」

石神
お前に気遣われるほど、疲れているように見えるか

サトコ
「そういうわけじゃ···」

石神
「なら、行くぞ」

顔だけで歩くことを促され、私はその後をついて行く。

仕事の心配をする

(秀樹さんのことだから、これからも仕事するつもりだったんじゃ···)

サトコ
「仕事は大丈夫なんですか?」

石神
お前が俺の仕事の心配か?

サトコ
「···心配ないですよね」

石神
それがわかったなら、行くぞ

群青色の空が広がり、ビルに明かりが灯り始める。
その眼鏡に夜の色を反射させる秀樹さんの横を静かに歩き始めた。

寄り道をするように、秀樹さんは夜の公園に足を向けた。

(秀樹さんも私と一緒に居たいって思ってくれてるのかな)

女性1
「ねえ、キスは?」

男性1
「分かってるって」

サトコ
「······」

石神
······

(この公園、カップルのイチャつきスポットだった!)

あちこちで抱き合っている男女がいて、見ているこちらの方が恥ずかしい。

石神
長野の土産の野沢菜、美味かった

サトコ
「あれ、私のお気に入りなんです」

(秀樹さんは周り、全然気にしてないみたい···)
(そうだ、ニューヨーク行きのこと···)

話すなら今しかないと、口を開く。

サトコ
「···ニューヨークに行くんですか?」

石神
······

隣を歩く彼を見ても、表情は変わっていなかった。

石神
津軽か

サトコ
「はい。来月からと···すみません、詮索するつもりでは···」

石神
謝る必要はない。遅かれ早かれ伝えるつもりだった

サトコ
「いつまで···ですか?」

石神
事件が解決するまで···だろうな

サトコ
「そうですか···」

(期間は不明ってことか)

サトコ
「その話、いつきたんですか?」

石神
葬儀の直後だ。欠員の補充は早い方がいい

サトコ
「ということは···」

(実家に行った時には、もうニューヨーク行きがわかってたってこと!?)

サトコ
「さっき遅かれ早かれって言ってましたけど···」
「そういう大事な話は早くしてください!」

石神
正式な決定が下りるまでは口外できなかった
お前ならわかるだろう

サトコ
「公安刑事としてならわかりますけど、でも···私たち、恋人ですよね?」

(仕事で離れるってだけじゃないんだから···)
(ニューヨークと東京···これだけの遠距離になるって、大事だよね?)

石神
恋人だが、刑事だ

サトコ
「ですけど、恋人です」

石神
だが、刑事でもある

“刑事” の前に “公安” がつくのはわかっている。
···だからこそ、言えないことも多いのはわかっているけれど。

(捜査情報なら漏らせないのはわかる。でも···)
(離れるのが寂しいと思うのは、私だけ?仕事なら秀樹さんは平気なのかな···)

サトコ
「······」

石神
······

視線を合わせたまま沈黙が流れる。
先に目を伏せたのは秀樹さんの方だった。

石神
···プライベートでは、一番先に話すつもりだった

サトコ
「あ···は、はい···」

石神
戻るときは決まり次第、すぐに連絡する

サトコ
「···連絡、待ってます。すみません、責めるような言い方になってしまって···」

石神
いや、俺も悪かった

(秀樹さんが仕事の鬼なのはわかってる。だけど···)

公安刑事としての顔と、恋人としての顔。
どちらが優先されるのかーーその怜悧な面を見ても、答えは出なかった。

終末の買い物帰り。
本屋に寄ろうと思いながら歩いていると、子供の泣き声が聞こえた。

男の子
「ママーっ、ママ、どこーっ」

女子高生
「ちょっと~、泣いてるだけじゃわかんないじゃん」
「チビでも男なんだから、泣かないの。鼻水垂らしてカッコワルイし」

男の子
「おれはかっこわるくない!スーパーレッドなんだぞ!」

女子高生
「ふーん。それ、戦隊?」

男の子
「そう!」

(あ、男の子を泣き止ませた···あの子、金髪で今時の···今でも、ギャルって言うのかな?)
(そんな感じだけど、いい子なんだな)
(長野にいる頃は、東京のギャルって恐ろしいものだと思ってたっけ···)

泣き止んだ男の子が、あらためて大きな声で母親を呼ぶと無事に見つかった。
人を見た目で判断してはいけないーーと、しみじみ感じながら、本屋に入ろうとすると。

女子高生
「はあ!?あたし、なんもしてないし!」

店員
「でもね、そこにあった髪留めがなくなってるのは本当なんだよ」

女子高生
「だから、なに?あたしが盗ったって言うワケ!?」
「なんなら、ここで脱いでもいいけど!?」

(さっきの子が、万引き疑惑をかけられてる!?)

波乱万丈すぎる彼女に放っておけなくなる。

(この子はさっき迷子の面倒を見てた。万引き犯なら、そんな目立つことをしないはず···)

女子高生
「そもそも、あたしがやったって証拠があんの!?」

店員
「いや、証拠は···君、ギャルだし···」

女子高生
「はあ~~っ!?」

(見た目だけで判断したんだ···)

サトコ
「待ってください。私はそこで、彼女を見てました」

店員
「あなたは···」

サトコ
「警察です。彼女を疑う前に、お店の防犯カメラを確認してみてください」

店員
「は、はいっ」

(公安って言わないなら、警察だって名乗ってもいいよね)

防犯カメラを確認した店員は、ひどく気まずそうな顔で戻ってきた。

サトコ
「どうでしたか?」

女子高生
「どうだった?」

店員
「この子じゃありませんでした···すみません」

女子高生
「だから言ったし!」

店員
「じゃ、じゃあ、店があるので!」

女子高生
「人を見た目で判断すんな~!」

両手を腰に当てた彼女が頭から湯気を出している。

サトコ
「大変だったね」

女子高生
「おねーさん、ありがとう!」

彼女は私の両手を掴むと、ぶんぶん両手を振ってくる。

サトコ
「私はするべきことをしただけだから、気にしないで」

女子高生
「···ねえ、どうして、あたしのこと信じてくれたの?」

サトコ
「さっき迷子を助けてたでしょ?万引きしてたら、そんな面倒なことしないから」

女子高生
「ああ、さっきの···」

サトコ
「それに一番の理由は···勘、かな」

女子高生
「勘?」

サトコ
「そんなことする子には見えなかったから」

女子高生
「···おねーさん、話わかる!お礼したいんだけど、あたし、これから約束あって!」
「連絡先、教えて!」

サトコ
「お礼なんて必要ないよ。私の仕事だし」

女子高生
「遠慮は悪だよ!それに、あたしさー···こういうの、よくあって」

サトコ
「こういうのって···万引き?」

女子高生
「うん。他にはウリやってるんじゃないかとか···」
「だからさ、いざって時に、おねーさんにSOSできたらって···」

サトコ
「そういうことなら···」

直接力になれなくとも、何か助けになれることはあるかもしれない。

(LIDEの連絡先だけなら、いいよね)

女子高生
「あたしは南里彪(なんりあや)。星和高の3年!」

サトコ
「氷川サトコ。よろしくね、彪さん」

南里彪
「あやでいいって。よろしく、サトコっち!」

(サトコっち···)

年下の友人ーーあやちゃんは、私に向かって無邪気な笑顔を向けた。

あやちゃんと出会ってから、数日後の夜。
私は警察庁近くのオシャレなダイニングレストランにひとり座っていた。

店員
「ご注文はお決まりでしょうか?」

サトコ
「すみません。連れがまだなので···」

店員
「かしこまりました。また後程伺います」

(秀樹さん、遅いな···)

約束の時間を30分も過ぎているのに、秀樹さんが来る気配もなければ連絡もない。

(何か事件でも起きたのかな···)

この数十分の間に何度となく確認した携帯を見る。

(ただお店で待ってても迷惑だし、あと少し待って連絡がなかったら、食事して出よう)
(秀樹さんには、そのことを連絡しておけば···)

もし事件なら無事に戻ってくれることを願うだけ。
先のことを考えているとーーヴヴっと携帯が鳴った。

(秀樹さんから!)

石神
『緊急の捜査で今日は出られそうにない。すまない』

(やっぱり事件だったんだ···)

『気を付けてください』とだけ送り、ふーっと息を吐く。

(ニューヨーク行きの話から、何となくギクシャクしてたから···)
(今日で元通りにできるかなって思ってたけど)

サトコ
「···事件なら仕方ないよね。すみません!」

店員
「今、うかがいます」

サトコ
「ペペロンチーノ、ニンニク大盛りでお願いします」

店員
「かしこまりました」

加賀
それが女の食い物か

サトコ
「か、加賀さん!?」

突如現れた加賀さんが、秀樹さんが座るはずだった向かいの席に座る。

サトコ
「あの、そこは···」

加賀
来ねぇだろ

サトコ
「う···」

(加賀さんは、秀樹さんとの約束だってわかってる···?)

サトコ
「···加賀さんは、どうしてこのお店に?」

加賀
仕事の一環だ

詳しい事情は当然教えてもらえるはずもなく。
捜査絡みで立ち寄ったのかなと、勝手に想像を巡らせる。

加賀
バーベキューリブひとつ

店員
「かしこまりました」

サトコ
「え、待ってください!ここで注文するって···」

加賀
文句あんのか

サトコ
「い、いえ···」

(秀樹さんは来れないんだから、まあいいか···)

ひとりでいるよりは気が紛れるかもしれないと、加賀さんの向かいでペペロンチーノを頬張る。

加賀
こんくらいでショボくれた顔してりゃ世話ねぇな

バーベキューリブに食らいつきながら、加賀さんに視線を送られる。

(加賀さんには秀樹さんとのこと、隠しきれてるとは思わない)
(こういう時は···)

<選択してください>

ショボくれてません

(はぐらかしても逆効果かもしれないし)

サトコ
「別にショボくれてません」

(秀樹さんが来られないのは残念だけど、仕事なんだし)
(ショボくれてるってワケじゃない)

加賀
フン

顔を上げてはっきり答えると、鼻で笑われてしまった。

何の話ですか?

(それでも、知らない顔で通した方がいいよね)

サトコ
「何の話ですか?」

加賀
クズが俺を誤魔化せると思ってんのか

肉にかぶりつきながら睨まれると、怯みそうになる。

サトコ
「は、はは···ここの食事、美味しいですよね」

加賀
······

(加賀さん相手にシラを切るのは、あまりよくない方法だったかも···)

お肉も美味しそうですね

(全然違う話題に変えてみよう!)

サトコ
「お肉も美味しそうですね」

加賀
なら、食え

サトコ
「うぐっ」

(この方法で合ってたのかな···答えは分からないけど)
(このお肉が美味しいのは、わかる···)

加賀
ひとつだけ言っておいてやる

鋭い視線で射抜かれ、食べる手が止まった。

(まさか、顔に何かついてる···?)

加賀
お前が思ってる程、人はそう簡単に変わんねぇ

サトコ
「え···」

それだけ言うと、加賀さんは席を立つ。
向かいのバーベキューリブの皿は、いつの間にか綺麗になっていた。

(『人はそう簡単に変わらない』って···どういう意味?)
(いや、意味は分かるけど、どうして今、私にそんなことを···)

加賀さんに言われた言葉の意味を考え、それでもわからなくてーー

サトコ
「あ、加賀さんの分まで···」

私の伝票にしっかり載っていると···今、気付けるのはそんなことだけだった。

to be continued

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