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最愛の敵編 石神9話

【公安課ルーム】

ミッチャンの取り調べは順調に進んだものの。
それでわかったのは、彼も組織の末端にしかすぎないということ。

(CIAに引き渡した男たちも下っ端だったって話だし、思ったほど大きな進展はなし)
(だけどミッチャンが逮捕されたことで、 “ハート” の拡散を防げればいい)

今回の事件の報告書を書いていると、携帯が鳴る。

(あやちゃん···)

サトコ
「はい、あやちゃん?」

南里彪
『あ、サトコっち!今、いい?』

サトコ
「大丈夫だけど、何かあった?」

南里彪
『うん。カナのことなんだけど···親と一緒に警察に行ったって』

サトコ
「そう···よかった」

南里彪
『そのこと、一応知らせたくて』

サトコ
「ありがとう。あやちゃんは大丈夫?事情聴取されるかもしれないけど」

南里彪
『アタシはダイジョーブ!いざとなったら、サトコっちの名前を出すから!』

サトコ
「はは、私の名前を出しても、意味ないと思うけど···」
「困ったことがあったら、いつでも連絡して」

南里彪
『うん、ありがとう!』

(あやちゃんの元気な声が聞けて良かった)
(解決したのが末端の事件でも、救われた人がいるならそれでいい)

黒澤
あれ、石神さん、まだ来てないんですか?帰国いつでしたっけ

後藤
今週だとは聞いてるが···

石神班の話がチラチラと聞こえてくる。

(秀樹さんが帰国するって話は聞いたけど、詳細な日程は不明···)
(あの夜から、一度も話は出来てない)

嵐の夜、感じた体温···あの夜、彼の気持ちが全くなかったとは思わない。

(私を幸せにできないと思ったら、別れを告げた···)
(そう思ったけど、本当にそうかどうかはわからない)

そうであって欲しいーー願う気持ちが目を曇らせているのではと思う気持ちもある。

颯馬
まだお見合いが残ってるから、胸を弾ませて帰ってきますよ

サトコ
「······」

(そうだ···お見合いの話も、まだあるんだった···)

結局、ニューヨークに行く前と何も変わっていない。
それを痛感しながら、席を立った。

【廊下】

(颯馬さんに聞けば、秀樹さんの帰国の日程わかるかな)
(でも、代わりに何を聞かれるかわからない怖さもあるし···)

サトコ
「はぁぁぁ···」

難波
占い、当たったか?

サトコ
「難波室長···!」

難波さんに後ろから声をかけられ、足を止める。

難波
お前はもう銀室だろ~

サトコ
「あ···難波···さん」

難波
それで、よしよし。で、占いはどうだった?

<選択してください>

当たりました

(水難は当たったって言ってもいいよね)

サトコ
「当たりました」

難波
そうか。新しい恋が始まったか

サトコ
「いえ、そっちは外れてます」

難波
そうなのか?

サトコ
「当たったのは水難の方です」

難波
そうか···

(どうしてそこで、あからさまに残念そうな顔に···)

半々ですね

サトコ
「半々ですね···」

難波
まさに当たるも八卦当たらぬも八卦だな

(水難は当たったけど、新しい恋なんて考えられないから)

当たってません

サトコ
「当たってません」

難波
そうか?全然、全く?

サトコ
「水難の方は当たりましたけど」

難波
じゃあ、当たってるじゃないか

サトコ
「偶然とも言えますよ。もうひとつは外れてますから」

難波
新しい恋の方はダメだったか~

(どうして、難波さんが残念そうな顔をするんですか···?)

秀樹さんから答えを貰っている。
まだ好きだと言ったけれど、変わらないと言われた。
それでも、私の気持ちは変わらないーー変えられない。

(自分でも、どうしてこんなに好きなんだろうと思うけど)
(仕方ないよね、好きなんだから)

人の気持ちは力業では動かせない。
私の気持ちも、秀樹さんの気持ちも。

【ホーム】

残業なしで退け、駅のホームを歩く。

(夕飯、何食べようかな···餃子?ううん···食欲ないなぁ)

仕事が終われば身体を包むのは、やるせなさや疲労感。
重い足を引きずるように歩いていると···

ドンッ!

サトコ
「!」

背後から誰かに身体を押され、線路の方に大きく身体が傾いた。

(落ちる!?)

電車が入ってくるアナウンスは流れている。
落ちたら登る時間はない。

(ホーム下の空きスペースに飛び込むしかない!)

そう覚悟した時ーー

???
「···っ!」

サトコ
「!?」

間一髪のところで誰かが私の腕を強く引いてくれた。
尻餅をつく私の視界にまず飛び込んできたのは、ホームの灯りを弾く眼鏡。
次に入ってきた電車の風が私の髪を揺らした。

サトコ
「石神さん!?」

石神
···大丈夫か

サトコ
「は、はい···」

(秀樹さんが助けてくれるなんて···)
(いや、それより私···誰かに突き飛ばされた···?)

座り込んでいる私に秀樹さんが手を差し伸べてくれる。

サトコ
「ありがとうございます···」

秀樹さんの手を取って立ち上がろうとして、初めて気が付く。

(脚、震えてる···)

石神
······

私の肩に手を置くと、彼は私を肩口に抱き寄せた。

【ファミレス】

石神
落ち着いたか

サトコ
「···はい」

駅のホームで長く立っているわけにもいかず、
秀樹さんが連れて行ってくれたのは駅前のファミレス。
プリンサンデーとフルーツパフェを注文し、コーヒーを飲むとやっと一息吐けた。

(秀樹さんだ···)

ずっと会いたかった人が今目の前にいるのが夢のようだ。

サトコ
「眼鏡に戻したんですね」

石神
ああ。この方が落ち着く

サトコ
「私も···見慣れてるせいか、落ち着きます」

石神
眼鏡が本体···か

サトコ
「え?」

石神
いや、何でもない

サトコ
「こんな再開の仕方をするとは思いませんでした。いつ日本へ?」

石神
今日の午前の便で着いた。···誰かに突き飛ばされたのか?

サトコ
「はい。後ろから···故意かどうかは、わかりません」

石神
念のため被害届を出しておけ。ホームには防犯カメラが付いている。何かわかるかもしれない

サトコ
「わかりました」

(故意だとしたら、誰かが私を殺そうとしたってこと···?)
(いったい誰が···考えられるとしたら、過去の事件の関係者···)

落ち着いていた鼓動が緊張でまた早くなり始める。

石神
今の段階で結論を急ぐな

冷静な声にハッと顔を上げれば、私の手におしぼりで作られたウサギが乗せられた。

サトコ
「これ···石神さんが作ったんですか?」

石神
以前に黒澤が作っていたのを見たことがある

<選択してください>

器用ですね

サトコ
「器用ですね」

石神
簡単だ。見ていれば覚える

サトコ
「石神さんは、そうですよね」

(大抵のことは見てるだけで要点を把握して、できるようになる)
(観察眼の鋭さの証だよね)

作り方教えてください

サトコ
「作り方、私にも教えてください」

石神
黒澤に聞いた方がいい

サトコ
「私は···」

秀樹さんに教えてもらいたいーー今は、その一言が出てこなかった。

どうして、これを?

サトコ
「可愛いです。でも、どうして···?」

石神
···ウサギ扱いされているだろう

サトコ
「ああ、津軽さんだけですけど···」

私は可愛らしい、おしぼりのウサギを見つめる。

(秀樹さんが、これを作ってくれたのは···私を元気づけるため?)

普段の彼からは想像できないことだけに、優しさが胸に染み渡る。

(やっぱり私は秀樹さんが好きだ···どうしようもないくらいに···)

サトコ
「お見合いは···どうなったんですか?」

石神
···どこで聞いた

サトコ
「ちらほら噂になってますよ」

石神
そうか

(否定しないってことは···)

サトコ
「···お見合いの話、本当なんですね」

石神
事実だが、受けるつもりはない

サトコ
「そうですか···」

お見合いがなくなったからと言って、私たちの関係に変化があるわけではないのだけれど。
ホッと身体から力が抜ける。

(ホームであったことは、今もまだ怖いけど···秀樹さんに会えたのはよかった)

石神
···もう平気だな

テーブルに置いてあった私の手に彼の手が重ねられる。
震えがないことを確認するように触れ、温もりは離れた。

石神
タクシーを呼ぶから、もう帰ったほうがいい

サトコ
「···パフェを食べ終わってからでも、いいですか?」

石神
···ああ

ほどなく運ばれてくるプリンサンデーとフルーツパフェ。

(こうして二人で話せるのも、これで最後かもしれない)
(どうすれば、秀樹さんの本当の気持ちを引き出せる?)

どうして、恋愛感情がなくなったのか。
私の幸せを思って、恋愛感情を消したのではーー

サトコ
「···この生クリーム、凄く甘いです」

石神
俺のもだ

本心を聞きたい。
けれど、聞いても彼は何も言ってくれない···そう感じさせる空気が、ここにはあった。

(秀樹さんの本心がどうであれ、彼の中では結論が出てること)
(私が納得できてないってだけで···)

これはもう私の問題なのかもしれない。

(どうすることもできない···)

残った時間を惜しむように···パフェのクリームが溶けるほど、時間をかけて食べた。

【タクシー】

石神
気を付けて帰れ

サトコ
「はい。ありがとうございました。おやすみなさい」

石神
おやすみ

タクシーの後部座席のドアが閉められ、車が走り出す。

バッグミラーに映っていた彼の姿は、すぐに見えなくなった。

(明日からは完全に敵対班のメンバー···か)

いつまでも恋人の名残を引きずれないのはわかっている。
秀樹さんが帰国し、石神班に戻るのがひとつの節目になる予感があった。

(しょうがないのかな···)

振られた翌日のような身体の重さを感じ、窓に頭を預ける。
見上げれば、広がるのは珍しい星空。

(よく晴れてる···都内で、こんなに星が見えるなんて···)
(あ、あれ···秀樹さんが言ってたスピカ!)

おとめ座の一等星スピカーーいつか、一緒に見たかったのに。

(あの時の私は、秀樹さんとの未来を信じてた)
(秀樹さんが未来を信じられなくなったからって···私まで···?)

彼との未来は確かにあった。
今は厚い雲に覆われ見えなくなっているのだとしても。
その雲を抜けた先に、まだ一等星のように輝く気持ちがあるのだとしたら。

(諦められない···この目で確かめるまで···!)

サトコ
「止めてください!」

料金を払い、タクシーを降りると駅に向かって全力で走る。

【駅】

(秀樹さん!)

横断歩道を渡ろうとしている背中が見えた。
渡ってしまったら、もう捕まえられないかもしれない···止まりそうな呼吸で、必死に腕を伸ばす。

サトコ
「秀樹···さっ···ん!」

石神
サトコ!?

後ろから抱きつくと、彼の驚いた声が聞こえた。
心臓が飛び出しそうなほど激しい鼓動と荒い呼吸の中、何とか声を絞り出す。

サトコ
「好き、です···っ」

石神

(これでダメなら···今度こそ、終わりにするから)
(だから、最後に···)

サトコ
「一生、ずっと、絶対···あながた好きです!」

彼の心にかかる厚い雲を蹴散らすように、思いの丈を叫ぶ。
その先に···光る想いがあると信じてーー

to be continued

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