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最愛の敵編 カレ目線 石神2話

風に舞う白い粉雪ーーならば、まだ風情があったものの。

黒澤
ぶはっ!小麦粉ばらまかれるなんてアリですか!?

後藤
犯人を確保できたんだ。文句を言うな

颯馬
ふふ、小麦粉まみれなんて、コントか唐揚げですね

銃器の密輸現場が小麦粉の倉庫だったことが、この視界の白さの原因だった。

警視庁公安部
「石神警視、助かりました。おかげで国外逃亡を防げました」

石神
いや、これまでの捜査あっての結果だ。こちらに指揮権を与えてくれたこと、感謝する

今回の捜査は警視庁の公安部との合同捜査。
どちらが主導権をとるかでもめることもあるが、今回はスムーズに事が進んだ。
今日は波が高く、暗い海の向こうはもう見えない。

(今、何時だ···?)

山場を越え、ハッと気が付く。
今日はサトコと会う日だったが、
抱えていた事件が急展開を見せ時計を確認している余裕もなかった。

(約束の時間をとっくに過ぎてる···)

携帯を取り出し、『緊急の捜査で今日は出られそうにない。すまない』と急いで連絡をする。

(この頃、上手く時間をとれていないから、今日こそはと思っていたんだが···)

彼女に会って顔を見て、繋がりを実感していなければ、何かが途切れてしまいそうな。
漠然とした不安と怖さが胸に巣くっていた。

石神
······

颯馬
石神さん、あとは私たちで進めましょうか?向こうに行く支度も···
話しておきたい人もいるのでは?

海を見ていた俺に颯馬が声をかけてくる。

(相変わらず、察しのいい男だ)

石神
いや、問題ない。この件は俺が最後まで見る

颯馬
わかりました。では事後処理と尋問と···楽しい夜を過ごしましょう

黒澤
その前に満腹軒でエネルギー補給しましょうよ···

後藤
確かに腹は減ったな

車に戻ろうと海に背を向けると、携帯が振動する。
『気を付けてください』というメッセージと共に、
ペペロンチーノ大盛りを頬張るカッパのスタンプ。

(こんなピンポイントなスタンプ、どこで見つけてくるんだ···)

ふっと笑いが零れる。

(また救われてる)

犯人を確保し、神経が擦り切れてる時でさえ。
彼女は俺に人としての感情を呼び戻してくれるーー

警視庁側での会議が終わったのは、空が白む頃だった。
颯馬たちは警察庁に戻り報告書の作成、俺は上への報告を済ませたばかりだ。

(犯人グループの残党を抑えていたら、思いの他時間がかかってしまった)
(だが、これでこの事件に関わった者は全員確保できたはず)

埠頭を出る時の犯人グループの男の会話が気になり、颯馬たちに捜査を続行させたのは深夜。
都内の雑居ビルで残党を確保したと連絡があったのは、数時間前のことだ。

石神
···今日はこのまま仮眠なしだな

神経が張り詰めているのか、眠気はない。
会議室にひとりになり、眼鏡を外すと目頭を揉む。

(ああ、そうだ。昨日の埋め合わせもしなければ···)
(午前中に警察庁での事後処理と上への報告。その後書類作成をして···)

タスクを整理し、最速で片付ければ夜8時には身体が空く。

(埋め合わせ···とは言わない方がいいか?あらためて誘うかたちで···)
(いや、昨日連絡もなく待たせたんだ。謝罪の言葉は入れるべきだろう)

『昨日、夜の件について』--と書き出し、あまりの堅さに消して書き直す。

(報告書じゃないんだ。簡潔に、だがこちらの意図が伝わるように···)

散々考えた挙句にできた文章はーー

『昨日は悪かった。今夜、あらためて食事に行かないか?』

という、何の捻りもないものだった。

(10時は家に戻る。ニューヨーク行きの準備を進めて···)

時間刻みのスケジュールを考えていると、返事が来る。

(『今夜は残業予定です』···か)

会えないことを残念に思うと同時に、心の隙間に生まれたふっと気の緩む思い。

(···今、ほっとしたのか?俺は)

それは時間的余裕が生まれたことへの安堵だったのだと思う。
会いたい気持ちに嘘はない。
それなのに、どこか気が緩んだのはーー

(ああ、そうか···)
(今、俺は彼女を想ってではなく、“埋め合わせ” という恋人の義務感の方が勝っていた)
(だから···)

会えないことに落胆するだけではなく、別の感情が生まれた。

石神
······

眉間に刻むシワが深くなる。
“会いたい” 気持ちよりも、“会わなければ” という気持ちになっていた自分に愕然とする。

( “恋人” だから “会わなければ” ···こんな思考回路、本当にサイボーグ同然だ)

会いたいーーそれは本心なのに、そこに純粋な想いで至れない。
仕事、時間、疲れ···様々な不純物で濁るこの心は···やはり人らしいものではないのかもしれない。

警察庁に戻る途中。
懐かしい道を見つけ、自然とそちらに足が向いた。

(俺は···ずっとここにいるべき子どもだったのかもしれない)

細い路地を抜けた先に見えたのは、育った施設。
ここを出て本当の家族に出会う者もいると、職員は言っていたが···

(···俺には無理だった)

石神家の人に非はない。
自分には幼少期に欠落したものがあり、だから家族を形成する能力がないのだと思う。

(このまま、サトコとの関係が深まれば···)

石神
······

将来の像が上手く浮かばない。
代わりに浮かぶのは、ひとり涙を堪えるサトコの姿。

(俺は···想像の中ですら、あいつを泣かせてやれないのか···)

思い浮かぶのが堪える姿だというのも辛い。
目の前が真っ暗になったような気持で思い出の場所に立っていると···

???
「おぢさん、うちに何か用?」

石神
うち···?

声の主は高校生。

(この施設の人間か?)

???
「こんなスーツの人、滅多に来ないんだけど。メガネだし」

石神
怪しい者では···

???
「あーっ!!もしかして、こないだ来たヤツらの仲間!?」

石神
こないだ···?

???
「トワラ、ルルナ、ナイト~!塩持ってきて!」

石神
トワラ、ルルナ、ナイト?

何かの呪文かと思っていると、施設の中から男児2人と女児1人が走ってくる。

トワラ
「ねえちゃーん!」

ルルナ
「おしお、もってきたよー!」

ナイト
「わるもの、どこー?」

???
「そこ!そこのメガネ!見るからに悪そうでしょ!」

石神
だから、俺はここの···

トワラ
「わるメガネはあっちいけー!」

ルルナ
「おにはそとー!」

ナイト
「ねーちゃんから、はなれろー!」

石神
···っ

小さな手で塩をかけられ、仕方なく退散する。

(よほど歓迎されない輩がいるようだが···いったい、何を警戒してるんだ?)

???
「二度とくんなー!」

弟を守るように仁王立ちになった彼女を視界の端に映しながら、上着についた塩をサッと払った。

to be continued

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