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最愛の敵編 カレ目線 石神3話



警察庁に戻り銀室長への報告を済ませると、津軽を呼ぶように言われた。

(津軽班は朝イチで会議という話だったが···)

会議室に向かっていると、百瀬が向こうから歩いてくる。

百瀬
「お疲れさまです」

石神
ああ。津軽はまだ会議室か?

百瀬
「はい」

(サトコは、もう先に行ったのか?)

すれ違う中にその姿は見えず、会議室のドアを開けると···

津軽
······

サトコ
「······」

(津軽にサトコ···?)

こちらから見えるのは津軽の背中。
津軽は屈んでいて、その肩越しに少しだけ彼女の顔が見える。

(目が赤い···泣いたのか?)

妙な空気だが黙っているわけにもいかず、津軽の背中に声をかける。

石神
津軽

サトコ
「!?」

ハッと顔を上げたサトコが気まずそうな顔をするのが分かった。

石神
······

津軽
秀樹くん

サトコ
「これは、その、目にゴミが入って···っ」

石神
銀室長が呼んでいる

津軽
ん、すぐに行く

津軽がこちらに来て、俺はサトコとは目を合わせずに背を向けた。

(こちらを見て気まずい顔をするということは···泣いた原因は俺だろうか)

自意識過剰なのかもしれないが、それが事実なら他の男の前で泣かせたことになる。

石神
······

(甘え下手な奴だということは、よくよく知っている)
(そんなお前が、津軽の前で泣いた···か)

原因が何であれ、それは俺に大きな出来事だった。

石神
······

津軽
眉間がいつもより2ミリ近い。苛々してるね

石神
その小姑のような性格は少しは改まらないのか

津軽
ごめんね。これが俺だから。人って、なかなか変われないよ

ポンッと親し気に津軽の手が肩に置かれる。
立ち止まれば、表情の薄い不気味な笑みが至近距離に迫っていた。

津軽
---

耳元でぼそっと囁かれた言葉。

石神
······

津軽
じゃ、お疲れ

薄い笑みを深くして津軽は去っていく。

(···そんなこと言わずとも、わかっている)

けれど声に出されると、それは呪いのようで。
足元から侵食し、身も心も固まりそうだった。



【石神マンション】

久しぶりの休日。
今日はサトコと会う約束をしている。

石神
······

服を着替え、鏡の前に立つ。

(···ひどい顔だな)

精彩を欠くとは、こういう表情を言うのだろう。
感情を殺すと決めたせいか、目に表情がない。

石神
今日が最後になるなら···少しでも良い1日に···

したいと思うのは、ただの自己満足にすぎないだろうか。

石神
······

髪を整え、基本的には仕事に出る時と変わりはない。
ディスカスにエサを与え、ふとここでよく笑っていた彼女を思い出す。

(この部屋のディスカスになりたいと···そんなことを言っていたな、あいつは)

こちらが考えもしないことを言う奴だった。
その言葉に、表情に、価値観に···何度目を拓かされたことだろうか。

(刑事としては俺が教える側だったが、“人” としては教えられることの方が多かった)

いつの間にか部屋に馴染んだペアのカップ。
サトコが好きだと言った飲み物が冷蔵庫に常備されるようになったり···
彼女の影はそこかしこにある。

(ニューヨークに発つ前に、全て片付けて行けばいい)

この部屋には思い出がありすぎる。
けれど、そのひとつひとつを消して部屋を離れれば···長い夢を見ていたと思えるはずだ。

石神
時計は···

無意識に水槽の横に置いたそれに手を伸ばし···触れずに下ろす。

(今日は···着けていかない方がいいだろう)

共に時を刻もうと決め、購入したペアウォッチ。
だが明日からはもう、同じ時を共有することはできないのだから。

靴を履き、開けるドアがひどく重い。
このまま会いに行かなかったら、どうなるかーーそうしたところで時間は止まってくれはしない。

石神
眩しいな···

ドアを開ければ、差し込む日差し。
眩し過ぎて、周りが見えない。

(彼女の隣にいる、今の俺と同じだ···)

その存在が眩し過ぎて、周りが見えなくなる。
それはきっと寄り添う者として不適格だという証なのだろう。

石神
······

次にここへ帰ってくるときは、おそらく人生が変わっている。
もう眩しいなんて思わない。
自分は居るべき場所に帰るのだからーー

全ての話が終わった帰り。

石神
······

サトコ
「······」

サトコは何も言わずに別れを受け入れた。
今も泣きそうな瞳をそれでもグッと堪えているのが、また彼女らしい。

(最後の最後まで、我慢させたな···)

彼女にとって自分は我慢を強いる存在なのだと証明しているようで、胸が苦しくなる。

アナウンス
『次はーーに停車します』

電車の到着駅はこちらの方が早い。

(先に降りていいのか?それとも···)

送ろうかーーそんな迷いを敏感に感じ取ったようだった。

サトコ
「送らなくていいです」
「これ以上一緒にいると、私···困らせることしか言えないから···」

石神
···そうか

(俺と居る方が辛いということか)

それも当然だ。
どこまでも身勝手なことを言ったという自覚は充分にある。

石神
···気を付けて帰れ

サトコ
「···はい」

当たり前のように出てきそうだった『帰ったら連絡をくれ』という言葉を静かに飲み込んだ。

先にホームに降り立ち、車内に残る彼女を見つめる。
サトコの視線はちょうど俺の足元の辺りを見ていた。

(お前はきっと幸せになる···ならなければいけない人間だ)

発射のアナウンスが流れる。
顔を上げたサトコと目が合ってーー

石神
···幸せになれ

声はベルにかき消された。
サトコが問うように一瞬口を開いたけれど、閉じたドアですぐに見えなくなる。
彼女を幸せにするーーこの手で叶えられないのは、情けないけれど。
仕方がない···俺は幸せにはなれない、出来ない人間だから。

あの日から人生が変わったのは事実だった。
目の前の出来事がまるで映像のように流れ、砂を噛むような時間が流れている。

黒澤
さっき石神さん、お見合い話持ちかけられてましたね

石神
出世の道具にしたいだけだろう

木下莉子
「将来有望な秀っちのもとに娘を嫁がせたいって官僚はいくらでもいるものね」
「さっさと、サトコちゃんとのこと公にしちゃえばいいのに」

石神
氷川とは何もない

その言葉は今は真実だ。

木下莉子
「···ふーん?そういうことなら···今夜の合コン、誘っておくわ」

黒澤
あ、それオレも行くやつですよね。サトコさんも呼ぶなら、張り切ります☆

石神
······

(合コン···)

石神
黒澤

黒澤
はい?

木下が先に行き、黒澤を呼び止める。

(余計なことだろうが···)

それでも、黙っていられなかった。

石神
氷川が来るなら···頼む

人らしい感情なんて、ロクに持っていないくせに。
つくづく、本当にーー諦めが悪い。

to be continued

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