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最愛の敵編 カレ目線 石神4話

ニューヨークにサトコが来ると連絡があったのは、数日前のこと。

(もうとっくに合流していていい時間だ)
(どこにいる?)

様々な国籍の人間が溢れるニューヨークの街中。
そこでひとりの人物を見つけ出すのは奇跡に近い。
それでも、彼女を探す足を止められない。

(現地警察の情報では、空港でひったくりに遭った東洋人の女がいたらしい)
(犯人の背中に飛びかかり、スカートが派手に破けたという···)

サトコがそうしている姿を想像することは容易い。

(この辺りも夜になれば、治安は悪い)
(荷物も取り返せず、服も破けているとしたら···)

身動き取れずにいるかもしれない。
もう一度携帯を確認するが、連絡はない。

(何があった?)

黒髪の小柄な女を確認しては焦燥感ばかりが募る。

(この時間になれば、どこかで明るくなるのを待った方がいいと判断している可能性も···)

ちょうど公園の前を通りかかる。

石神
······

そこで足を止めたのは、長年培った刑事としての勘か。
心の奥底で彼女を求める想いかーー

暗闇の中で浮かび上がる小さな影を見た時、走り出していた。

石神
氷川!

サトコ···と、名前で呼ばなかったのは我ながら上出来だ。

サトコ
「この声を聞いたまま、いっそのこと寝たい···」

石神
何を言っている

サトコ
「え···」

ベンチに駆け寄ると、呆然とした顔でこちらを見上げてくる。
感動の再開とはならず、抜けた返事を返してくるのが彼女らしい。

石神
全く、お前は···

サトコ
「秀樹さん!本物!?」

ハッとその瞳に自分が映る瞬間。
闇雲に抱きしめたい衝動に駆られ、それを理性で抑えつけた。

石神
とにかく、ホテルに向かうぞ

サトコ
「は、はい···」

サトコがスカートを気にしながら立ち上がる。

(破けたという話は事実のようだな)

ジャケットを脱ぐと腰に巻いてやる。
そしてそのまま彼女を抱き上げた。

サトコ
「ど、どうして···っ」

石神
歩きづらいだろう

サトコ
「でも、あの、それくらいだったら···」

石神
この方が早いというだけだ。動くな

(少し痩せたな···)

腕の中の身体は冷えている。
抱き上げずとも移動はできただろう。
それでも口実を作って抱き上げたのは、抑えきれなかった衝動の欠片のせいだ。

(自分で手放したというのに···)

いつものように顔が見たくなる。
声が聞きたくなる。
会ってしまえば、理性が負けた。

【ホテル】

サトコ
「あの、もしかして部屋一緒なんですか?」

石神
···いや、隣だ

サトコ
「え、じゃあ、どうして、この部屋に···?」

石神
······

何も考えずに自分の部屋に連れて来たこと、この時気付かされる。

石神
···報告の電話をさせるためだ

(下手な嘘を···)

それでも疑う様子なく納得しているサトコには救われる。
今さら、何もなかったことにあんて出来るわけないとわかっているのに。

(あぁ···)

殺した慕情が胸を疼かせていた。

『グリード』の件が一段落し、サトコは帰国する···はずだった。
それが嵐のせいで飛行機が飛ばず、彼女は俺の前でハンバーガーを頬張っている。

サトコ
「こっちに来たら、本場のハンバーガーは絶対に食べたかったんです!」

石神
そうか

サトコ
「初日に公園で空腹を抱えていた時には、夢にまで見ましたよ···」

石神
···唇の端

サトコ
「え?」

石神
ここ、ケチャップがついてる

サトコ
「!···失礼しました」

慌ててナプキンで拭う姿には自然と口元が緩む。

(変わってないな)

傷つけただろうに、彼女は彼女のままだ。
自分には眩しい存在。
気を抜けば、先ほどの彼女の声が耳の奥にこだまする。

サトコ
「私、秀樹さんが好きです」

(俺には受ける資格のない言葉だ)
(だが···)

まるでその言葉を離したくないというように。
何度も何度も···それこそ10分置きという頻度で、その声を思い出している。

石神
好きなだけ食べろ。ここでの食事は経費だ

サトコ
「本当ですか?じゃあ、このチョコサンデーと···」

メニューに食いつく彼女を見つめる。
明るい笑顔、さっき再び振られたことなど、微塵も感じさせない態度。

(また俺は、お前に我慢を強いているんだろうな)

笑顔の下で傷む心に何もしてやれない。
何かしてやりたいのに。
ふっと胸に沸き上がった気持ちに内心目を見張る。

(何とかしてやりたい···そう、思ったのか、俺は)

その “何か” の正体がうっすらと見えた気がしたけれど。
それを見る勇気もなければ、覚悟もーーなかった。

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どういう因果か知らないが、ひとつのベッドに2人で横になる。
雨音だけが聞こえる部屋は静かで、衣擦れの音がやけに響いた。

サトコ
「秀樹さん···もう寝ちゃいましたか?」

石神
···ああ

サトコ
「何だか寝付けなくて···何かお話してください」

その提案は悪くはなかった。
このまま静寂に身を置いていたら、何をするか···自分でも分からない。

(何の話にするか···)

他愛のない話で良かったのに。
口から出たのは過去の話。

(最近の事件のせいか、それとも···)

手放したことへの負い目から出たのかもしれない。
抱える弱さを話すことで、少しでも彼女が隠している傷を癒すことができるだろうか。

(情けないと愛想を尽かしてくれれば、いっそ···)

心を完全に殺すことも出来るのに。

サトコ
「恋愛とか抜きにしても、人として私は秀樹さんが好きです」
「傍にいられることが嬉しいんです」

石神
全く、お前は···

(どうして、そういうことを言うんだ···)

背中に感じる小さな温もり。
押し当てられているだろう額から少しずつ熱が伝わってくる。

(そうやってお前はいつも、俺の心に火を灯してくれる)
(お前は、あの時も···)

過去の事件から俺を恨んだ藤田陸斗がオペラホールに爆弾を仕掛けたときのことだ。

サトコ
「諦められるわけない!私だって死にたくないし···」
「石神さんの人生に、そんなかたちで残るなんて冗談じゃない!」
「あんたなんかに···っ!石神さんの人生は渡さないんだから!!」

(俺の『幸せ』を願ってくれる···ただひとりの人なのかもしれない)

そう思うと、心の中の幼い自分が顔を歪めて泣いているような気がした。
ずっと欲しかったものをそうして手放すのかと、責めている。

(俺は···)

サトコ
「···寒くないですか?」

石神
······

腕に手が触れれば、気持ちが揺れる。
盃から溢れそうな想いは、少しの振動で零れてしまう。

石神
···冷たいな

サトコ
「はい···」

(縋ることが許されるなら···)

嵐が全てを覆い隠してくれるのを願いながら、彼女を抱きしめる。

サトコ
「秀樹さん···」

石神
···雨音だけを聞いていろ

彼女の匂いに包まれる。

(このまま時を止めてしまえたら、どれほどいいだろう)

何も余計なことは考えず。
狂おしいほどの愛と熱に溺れてしまいたいーー

to be continued

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