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加賀 出会い編 6話

【モニタールーム】

加賀教官が一人で組織と交渉しに行った数日後。
以前打ち合わせしていた、大規模捜査訓練が始まった。
私は教官たちに囲まれながら捜査会議に参加していた。

颯馬
では、作戦の最終確認です
加賀教官と氷川さんは、恋人のフリをしながら政治家の竹田を尾行してもらいます
竹田の現在地については、情報収集担当の東雲教官から


はい、竹田の携帯のGPS機能をハッキングして調べたところ
ターゲットは現在、大通りを南下中
石神教官が集めてくれた情報によると、今日はこのあと高級スイーツバーに行く模様です

(スイーツバー?なんでそんなところに‥)

石神
カップルばかりの場所だ。男女で行けばまったく目立たないだろう
竹田の、お気に入りの隠れ家だ


つまり、向こうも誰かと待ち合わせってことだろうね

(なるほど‥そういう場所にも使われるんだ)

加賀
概要はわかった。行くぞ、“サトコ”

サトコ

「!?」

名前を呼ばれた直後、ぐっと私の肩を抱き寄せた。
至近距離で、いつものように口元を持ち上げて笑われる。

(そ、そうか‥今から私は、教官と恋人同士なんだ)


氷川さん、頑張ってね

颯馬
健闘を祈ります

石神
加賀、何度も言うが一人で勝手な行動は‥‥

加賀
百も承知だ。言わなくてもわかってる

石神教官の言葉をあしらい、加賀教官は私を抱き寄せたままモニタールームを出た。

【スイーツバー】

向かったスイーツバーは薄暗く高級感漂う内装だった。

サトコ
「ここが、竹田たちの密会場所ですか?」

加賀
今からその名前は口にするな

サトコ
「は、はい」

あまりキョロキョロしないように心掛け、店内をゆっくりと見渡す。
すると、奥の席に写真で見せられた竹田の姿があった。

サトコ
「教官、あそこです」

加賀
教官じゃねぇ。打ち合わせ通りにしろ

サトコ
「あ、はい」

(打ち合わせって‥下の名前で呼び合うってことだよね)
(で、でも、じゃあ‥ひょ、兵吾さん‥って呼べばいいの!?)

サトコ
「ひょ‥」

加賀
‥‥‥

サトコ
「ひょ、ひょひょひょ」

加賀
もういい

私の腰を抱き寄せたまま、加賀教官は竹田の後ろを通りすぎる。
チラリと様子を窺い、向こうからは死角になる席についた。

加賀
それらしく振る舞えよ。少しでも挙動不審な様子を見せたらすぐバレるからな

サトコ
「は、はい」

(周りは大人のカップルばっかり‥なんだかちょっと、気後れしそう)

場の雰囲気に慣れずそわそわしていると、加賀教官が私に耳打ちしてきた。

加賀
作戦実行だ。店に電話して奴を呼び出せ

サトコ
「はい」

作戦は店に電話をして竹田を呼び出し、席を立たせる。
後は加賀教官たちに任せるというものだった。

(よし‥‥)

言われた通り、携帯から店に電話をかける。
竹田を呼び出すと、店員が竹田のテーブルへと向かうのが見えた。

加賀
できるだけ電話を引き延ばせ。ゴシップ誌の記者のフリをしろよ

サトコ
「わ、わかりました」

やがて竹田が、カウンターそばの電話のところまでやってくる。

竹田
『もしもし、竹田だが』

サトコ
「突然のお電話申し訳ありません、私、東邦スポーツの記者をしております‥」

私と竹田が話している間に、後藤教官のチーム員がカウンターの近くで店員に話しかけた。
竹田の死角に入ったところを狙って、加賀教官が動き出す。

(すごい‥!あっという間に竹田のテーブルの裏に盗聴器を仕掛けちゃった)
(後藤教官のチームの人たちも、店員がテーブルに行かないようにうまく足止めしてるし)

加賀教官が戻ってくると、私に向かって小さくうなずいた。

サトコ
「ええ、それでですね。某大女優と不倫のご関係にあるという噂は」

竹田
『くだらない。私は忙しいんだ、切るぞ』

苛立ったように、竹田が受話器を置くのが見えた。

サトコ
「き、緊張した‥」

加賀
お前にしては上出来だ

<選択してください>

A:役に立てましたか?

サトコ
「私、お役に立てましたか?」

加賀
調子に乗るな
曲がりなりにも俺の奴隷だからな。しっかり働け

(初めて褒められたと思ったのに、やっぱり奴隷扱い‥)

B:すごい早さでしたね

サトコ
「ここから見てましたけど、みなさんすごい早さですね」

加賀
当然だ。こういうのは時間との勝負だからな
ひとつでも連携が崩れたら成り立たない

(確かに‥普段は険悪な雰囲気でも、こういう時に一致団結するのっていいな)

C:褒め言葉ですか?

サトコ
「あの‥それ、褒め言葉ですか?」

加賀
さあな。そのくらい、自分で考えろ
調子に乗って、次でヘマするんじゃねぇぞ

サトコ
「き、気を付けます」

小型のイヤホンを耳に入れて、加賀教官が私の隣に座る。
顔は私の方を向いているけど、意識は確実に竹田のテーブルに注がれていた。

(私は何をしたらいいんだろう‥余計ことは話さない方がいいよね)

加賀
このチーズケーキなら、白ワインが合うな‥
いや、こっちのジュレが添えられたフルーツにするか
お前のは適当に選ぶぞ

サトコ
「は、はい。甘いものならなんでも好きなので大丈夫です」

メニューを見て店員にいくつかスイーツを頼むと、加賀教官がそっと私の頬を撫でる。

サトコ
「!?」

加賀
表情が硬い

サトコ
「すみません‥こういう捜査は初めてなので」

加賀
見るからに恋愛の経験値低そうだしな

サトコ
「‥別にいいじゃないですか」

加賀
悔しいなら周りを見て研究しろ。見本なら腐るほどいる

店内は体を寄せ合ってスイーツを楽しむカップルばかりで、
言われてみれば、そこに比べて私たちはどこかよそよそしいかもしれない。

(だけど、周りと同じようになんて‥絶対無理!)

やがてスイーツが運ばれてくると、加賀教官が目を細めて私を見る。

加賀
口開けろ

サトコ
「え!?」

フォークにケーキを刺すと、生クリームをつけて私の口元に運んでくる。

サトコ
「いや、ちょっと待っ‥」

加賀
俺からのケーキが食えねぇってのか

サトコ
「そんな、脅されても‥!」

結局逆らえずに口を開けると、教官が優しくケーキを食べさせてくれた。

(もっと強引に押し込まれるかと思った‥)
(そして緊張で味なんてわからない‥)

加賀
おい

サトコ
「え?」

顔を上げると、すぐ目の前に加賀教官の顔があった。
身を乗り出して、ゆっくりと唇を寄せてくる。

サトコ
「な!?ま、待ってください‥」

加賀
うるせぇ。いちいち本気にするな

上から見下ろすように言うと、指で口元のクリームを拭ってくれる。
そして指についたクリームを、そのまま舐めた。

(な、舐めた‥!)

サトコ
「っ!?」

加賀
なかなかうまいな。甘さもちょうどいい

サトコ
「い、い、今‥今!」

加賀
お前が食わねぇなら、全部俺がもらう

目の前で、教官が次々にスイーツを平らげていく。

(そ、そういえばこの前夜食を持って行った時も、2人分のムースを食べてたっけ)
(教官ってもしかして、甘党?)

ふとフォークを置くと、教官が耳に手を当てた。

加賀
来たな

サトコ
「え?」

加賀
相手の女だ

咄嗟に振り返ろうとした私の腰を、教官が優しく抱き寄せた。

サトコ
「なっ‥‥」

加賀
見るなよ

腰の手はそのままに、もう片方の手を私の手に重ねた。

加賀
声は問題なく拾えてる。焦るな

サトコ
「‥っ」

耳たぶに唇が触れそうな距離で、低く囁かれる。
何度もうなずいたけど、教官は手を離してくれない。

(確かにこれなら、恋人に見えるかも‥でも、心臓が‥‥!)

加賀
普通の女に見えるが、仲介人らしいな

サトコ
「仲介人?」

加賀
奴と相手の間に入ってるらしい

(奴、って‥竹田のことだよね)

サトコ
「相手って‥?」

加賀
奴は近々、総理大臣も招いた会合を秘密裏に行うらしい
ってことは、まさか総理大臣も一枚噛んでるのか‥

サトコ
「あの、あの人はいったい何をしようとしているんですか?」

加賀
あいつは表向きにはクリーンな政治家で通ってるが、最近は不審な金の動きが報告されてる
その金で、国家機密を売買しようとしてるらしい

サトコ
「国家機密‥!?じゃあ、総理大臣からそのネタを仕入れようとしてるんじゃ」

加賀
だろうな。大臣が噛んでるってのは考えにくい。いくらなんでもそんな危険は橋は渡んねぇだろ
総理大臣じゃなくて、また別にいんのか。悪巧みしてる相手が

(総理大臣‥国家機密‥そんなすごい事件の捜査だったんだ)

加賀
「‥待ち合わせ場所と相手は、暗号使ってやがんな

サトコ
「じゃあ、その暗号を東雲教官に報告して探ってもらいますか?」

加賀
ああ‥いや

盗聴していた加賀教官が、言葉を止める。

加賀
「‥今夜、相手と事前に落ち合うらしい

サトコ
「じゃあ‥」

加賀
竹田を追って、相手を突き止めるぞ

竹田が立ち上がり、仲介役の女性と別れる。
加賀教官は電話で東雲教官に連絡して、竹田をGPSで追うよう指示した。

(こうして目の当たりにすると、教官のすごさがわかる)
(私の早く刑事になって、教官みたいに人の役に立ちたい)

加賀
行くぞ

サトコ
「は、はい」

慌てて立ち上がると、教官が再び私の腰を抱き寄せた。
一段落はしたものの、怪しまれては困るのでまだ恋人のフリは続くらしい。

(だけど、せっかく収まりかけた心臓が、また‥!)
(教官は平気そう‥こんなのは慣れてるのかな)

再び激しく脈打ち始めた鼓動を自覚しながら、私はそっと、教官の横顔を見つめた。

ポイントサイトのポイントインカム

【外】

バーを出ると、東雲教官の指示で竹田を追う。
やがて少し前に竹田の後ろ姿が見えて、私たちは歩調を緩めた。

サトコ
「バレないでしょうか」

加賀
そのために2人で来てんだろうが

サトコ
「え?」

その時何かを感じ取ったのか、少し前を行く竹田がパッと振り返った。

加賀
おい

サトコ
「わっ」

竹田がこちらに気づく直前、加賀教官が私の腕を引っ張り抱き寄せる。
そのまま、力強い腕の中に閉じ込められた。

サトコ
「っ‥‥」

加賀
動きが硬い

サトコ
「いや、だって‥」

加賀
自然に振る舞え。ここでバレたらなんの意味もねぇだろ

(そ、そうだけど‥)

恋人らしく見せようと、教官の手が私の頭を優しく撫で、髪を梳いていく。
その柔らかい唇が、こめかみに触れた。

サトコ
「!?」

加賀
静かにしてろ

サトコ
「っ!」

教官の手が、頬から首筋、胸元へと下りてくる。
そのまま、私のブラウスのボタンに手をかけた。

(ちょっと待って‥さすがにこれは‥!)

加賀
お前は竹田から目を離すな

低い教官の声に、ハッとした。

(そうだ‥今は調査中)
(集中して‥竹田に気づかれないように、どこに行くのか見届けなきゃ)

教官の腕の間から、必死に竹田の背中を追う。
私たちをただのカップルだと思ったのか、竹田は2つ先の路地の角を曲がって消えた。

加賀
行ったな

サトコ
「は、はい‥あの角を曲がりました」

パッと離れた教官にほっと溜息をつく。

(や、やっと解放してもらえた‥緊張した‥!)

加賀
安心してる場合じゃねぇだろ。早くしろ

サトコ
「はい!」

急いで、曲がり角の先へ消えた竹田を追う。
でも途中で加賀教官が不意に立ち止まった。

加賀
「‥待て

サトコ
「え?」

加賀
嫌な予感がする。ルートを変えるぞ

サトコ
「でも、そっちは遠回り‥」

「‥っ!」

急に道を変えた加賀教官を追いかけたことで、足元に転がっていた瓶につまずいた。
けたたましい音を立てて、瓶が転がっていく。

加賀
何やってんだ、クズが

サトコ
「す、すみません」

舌打ちしながら、加賀教官が手を差し伸べてくれる。
その手を取って立ち上がった時、突如すぐそばの物陰から誰かが飛び出してきた。

怪しい男
「死ねええぇ!加賀あぁ!」

サトコ
「っ!教官!」

男の手に光るナイフが見えた瞬間、私の体は教官を突き飛ばしていた。
ナイフが目の前に迫り、思わずぎゅっと目を閉じる。

加賀
チッ

バランスを崩しながらも、教官が私の腕を引っ張る。
その拍子に転んでしまったけど、ナイフは私の鼻先スレスレを通り過ぎていった。

加賀
どこのどいつだ!

怪しい男
「ぐっ‥‥」

加賀教官がナイフを蹴りあげると、男は一瞬困惑したような表情を浮かべてすぐに走り去った。
それを追いかけようとして、教官は思い直したように竹田が消えた角へ走っていく。

加賀
見失ったか‥

小さな声が、私の耳に届いた気がした。

<選択してください>

A:加賀のところまで行く

加賀教官のところまで行こうと立ち上がりかけた時、脚に痛みを感じた。

(血が出てる‥さっき転んだときに、怪我したんだ)
(でも、こんな怪我なんて‥犯人を逃がしたことに比べたら)

加賀
何バカみてぇに座り込んでんだ

B:さっきの男を追いかける

さっきの男を追いかけようと立ち上がると、脚が微かに痛んだ。

サトコ
「あ‥‥」

(血が出てる‥)
(さっき転んだときに怪我したんだ)

加賀
何やってんだ

サトコ
「あ‥あの男を追いかけようと思って」

加賀
とっくに逃げられた

C:公安課に連絡する

(そうだ!東雲教官に連絡して、追ってもらえば‥)

慌てて携帯を取り出そうとすると、加賀教官が戻ってきた。

加賀
何やってる

サトコ
「東雲教官に報告して、竹田の足取りを‥」

加賀
もう遅い。尾行に気づかれたかもしれねぇ

サトコ
「申し訳ありません‥‥私のせいで」

加賀
んな謝罪はいらねぇ

サトコ
「だけど、竹田を見失って‥捜査も失敗で」

(せっかく、会合場所と相手を突き止めるチャンスだったのに‥)

深く頭を下げる私を、教官は黙って見つめていた。
時計を見ると、もうとっくに終電の時間を過ぎている。

(このまま、ここに置いて行かれても仕方ない)
(私は、そのくらいのミスをしたんだ‥)

サトコ
「私は大丈夫です。教官は報告に‥」

加賀

サトコ
「え?」

加賀
そのままにしとけねぇだろ

サトコ
「あ‥でも大丈夫ですこれくらい」

加賀
帰るぞ

ぐいっと、私の肩を持ち上げるようにして歩き出す。

サトコ
「あの‥帰るって、寮に‥?」

加賀
ここからなら、俺のマンションの方が近い

サトコ
「か、加賀教官のマンションですか!?」

加賀
耳元で喚くな

サトコ
「す、すみません‥」

強引に引っ張られながら、私は隣を歩く加賀教官の横顔を眺めていた。

to be continued

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