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加賀 恋の行方編 8話

【取調室】

後藤教官と颯馬教官の取り計らいで取調室に向かった私は、
ドアを開けた瞬間、デスクの向こうに座る加賀教官に駆け寄りたい衝動をぐっと堪えた。

加賀
‥てめぇか

サトコ
「教官‥!その怪我‥」

加賀
かすり傷だ

唇は切れ、頬には痣がある。

(明らかに殴られた痕‥)
(まさか、教官に対しても強引な取り調べをしてるってこと‥!?)

サトコ
「どうして‥無実なのに、どうして抵抗しないんですか!」

加賀
必要ない

サトコ
「そんな‥教官はリークなんてしてないのに」

加賀
してるしてないの問題じゃねぇ

はっきりと、教官が言い放つ。

加賀
真実はどうでもいい。事実さえありゃな

サトコ
「それって、どういう‥」

(まさか‥上層部は教官が情報をリークしたっていう証拠をでっちあげようとしてる?)
(だから教官に乱暴して、ウソの証言を得ようとして‥)

サトコ
「東雲教官が戻ってきたら、加賀教官の無実を証明してもらいます!」
「東雲教官なら、できますよね!?」

加賀
‥‥

私の言葉にうなずくことなく、教官が一瞬、苦い表情を見せる。

サトコ
「教官‥?もしかして、私に何か隠してるんですか?」

デスクを挟んで、じっと教官を見つめる。

加賀
‥なんでお前にそんなこと話さなきゃなんねぇ

サトコ
「教官を信じてるからです!」

加賀
‥‥‥

サトコ
「教官がリークなんてするはずない!教官がなんて言おうと」
「たとえ自白しようと‥私は、やってないって信じてます!」

加賀
バカが。被疑者が自白したらそれまでだろうが
信じるなんてくだらねぇこと言うな。そんなもんは幻想だ

<選択してください>

A:本当にリークしたの?

サトコ
「まさか教官、本当にリークしたなんてこと‥」

加賀
お前がそう思うなら、それが事実だ
言っただろ。真実はどうでもいいってな

(そうか‥こうやって教官の無実を信じる人が減れば減るほど)
(教官の無実を証明するのは、難しくなっていくんだ)

B:教官は自白なんてしない

サトコ
「でも、教官は自白なんてしないですよね?」

加賀
今てめぇが、もし俺が自白したらって言ったんだろ

サトコ
「そうですけど‥教官がするとは、やっぱり思えません」

(もしするとしたら、何か思惑があるはず‥強引な取り調べに屈する人じゃないから)

C:幻想でも信じる

サトコ
「幻想でも‥私は、信じます」
「たとえ教官が自分のこと信じなくても、私は教官を信じますから」

加賀
‥お前は本当にクズだな
クズでバカで‥どうしようもねぇ

言葉は辛らつだけど、教官の表情は優しかった。

サトコ
「教官、何か無実を証明できるようなものはないんですか?」
「私、石神教官と東雲教官が戻ってきたら‥」

加賀
この俺が、自分の駒に取り調べされるとはな
そこまで言うなら、訓練の成果を見せてみろ

サトコ
「こんな時に、何言ってるんですか‥!?」

必死の訴えにも、教官はまったく動じていない。

(全然相手にされてない‥私には何もできないってわかってるんだ)
(何もできないのは、私が一番よくわかってる‥でも!)

サトコ
「‥駒でもいいです」

加賀
何?

サトコ
「奴隷でも使い捨てでも、なんでもいい」
「だから‥いつもみたいに私を遣ってください!教官の力になりたいんです!」

加賀
‥お前

サトコ
「私だって、こんなところで引き下がれません!」
「私は教官のお気に入りの駒なんですよね!?」

加賀
‥‥‥

サトコ
「なら、他の誰でもなく、私にやらせてください!」
「だって私は‥教官のことが」

好き、と思わず口をついて出そうになった瞬間、教官が私の腕を引っ張った。

サトコ
「!!」

そのまま、まるで口を塞ぐように深く口づけられる。

サトコ
「っ‥‥んっ」

(ど‥どうして‥)

頭の中が真っ白になり、次第に体の力が抜けていく。
感情もこもっていないような強引なキスなのに、体の芯が痺れていくようだった。

加賀
‥これで満足か

サトコ
「え‥?」

加賀
てめえの気持ちなんざ、どうでもいい
そんな言葉は聞きたくねぇ。消えろ

サトコ
「教‥官‥」

加賀
お前が俺の役に立とうなんて、千年早ぇ
やっぱりクズはいつまで経ってもクズだったな

冷たい言葉に、背筋が冷えていくのを感じる。
教官の言葉を受け入れることができずに呆然としていると、突然、部屋のドアが開いた。

松田
「そこまでにしろ」

加賀
‥‥‥

松田
「手錠をかけて、地下の拘置所に拘束しておけ」

松田の部下
「はい」

松田
「明日には証拠も出るだろう」

(頭が働かない‥どうして理事官が)
(ううん、それより‥教官の、さっきの言葉は‥)

松田の部下
「さっさと歩け」

加賀
チッ

松田理事官が入ってくることなど予想済みだったかのように、加賀教官は驚いた様子もない。
部下の人に手錠をかけられ取調室を出ていくその背中を、私はただ黙って見つめるしかなかった。

【屋上】

後藤教官と颯馬教官と別れた私は、
一人で屋上のベンチに座り、ぼんやり空を眺めていた。

サトコ
「‥‥‥」

(私‥何してるんだろう。教官のピンチに、勢いで告白しようとするなんて)
(でも自分でも、あんなこと言うつもりじゃなかった‥)

私なんてまったく相手にしていないような、
私では力になれないとわかっている教官の態度が悲しかった。

(でも、教官がそんな態度を取るのも当然だ‥ただ困らせただけなんだから)
(結局、教官の力になれない‥想いが届かなかったからって、ここでこうして落ち込んで)

莉子
「‥サトコちゃん」

サトコ
「莉子さん‥」

振り返ると、屋上の扉から莉子さんがこちらに歩いてくる。

莉子
「話、聞いたわ」

サトコ
「教官が‥無実の罪で拘置所に入れられて」

莉子
「今、警視庁もその話で持ちきりよ」
「正直警察としては、この不祥事が明るみになる前に、なんとかしたいでしょうね」

サトコ
「でも‥教官は情報のリークなんてしてません!」

莉子
「わかってる‥だから言ったのよ。明るみになる前になんとかしたいだろうって」
「兵吾が実際にやったかどうかはどうでもいい」
「大事なのは、リーク自体は本当にあったということ」

サトコ
「それは、東雲教官が調べている最中で」

莉子
「そう‥歩が」
「だからなのね、あの子が狙われたのは」

サトコ
「えっ?」

莉子
「‥歩が、何者かに襲撃されたらしいの」

(東雲教官が‥!?)

莉子
「今も行方がわからない‥歩を預かってる、っていう匿名の連絡があっただけ」
「電話しても、つながらない‥向こうの手に落ちたと思って間違いないわ」

サトコ
「そんな‥!東雲教官は無事なんですよね!?」

莉子
「それもわからないの‥ただひとつ言えることは、誰かが兵吾を陥れようとしてるってこと」
「歩の襲撃は、兵吾への脅しだと思っていいでしょうね」

サトコ
「それは、東雲教官がリークの情報をハッキングしたからですか?」

莉子
「リークしたのは、当然、警察内部の人間でしょ」
「それが表沙汰になるのは困る‥でも、兵吾たちが暴いてしまいそうになってる」
「だから歩を襲って、さっさと兵吾に自白しろって遠まわしに言ってるのよ」

(じゃあ、東雲教官を襲ったのは内部の人間‥!?)
(いったい誰が‥情報をリークして、教官を陥れて、東雲教官を襲うなんてこと)

莉子
「もしかしたら怖いのかもしれない」

サトコ
「え‥?」

莉子
「数年前の事件と同じ結果になることが」
「あの時、兵吾は仲間を失った‥今回も同じことが繰り返されようとしてる」
「せっかく再び信頼し合える仲間が見つかったのに、また失うかもしれない‥」

サトコ
「じゃあ、教官は東雲教官をかばって、自白するかもしれないってことですか!?」

莉子
「歩もそうだけど‥何より、『お気に入りの駒』は絶対に失いたくないはずよ」
「‥彼にとって、もう『駒』なんかじゃないかもしれないけどね」

莉子さんが、優しく微笑む。

(教官の行動は、私や東雲教官を守るため‥)
(そうだ‥あの取調室でだって、マジックミラー越しに、松田理事官たちに全部見られてた)

サトコ
「誰が敵かわからないから、わざと私を突き放した‥?」

莉子
「今、兵吾があなたを守るにはそれしか方法がないのよ」
「あなたは自分とは無関係で、単なる捨て駒だと敵に思わせる必要がある」

莉子さんの言葉に、胸が締め付けられるような気がした。

(私‥何してるんだろう。教官の専任補佐官は私だけなのに)
(教官を助けるのは、私の役目だ)

サトコ
「莉子さん、ありがとうございます。私‥教官の力になりたい」

莉子
「あいつを支えられるのは、サトコちゃんしかいないわ」
「技術面のサポートは歩くんができるけど、精神面は‥」

莉子さんに強くうなずき、決心を固めた。

(フラれたとか、想いが届かないとか、どうでもいい)
(何があっても教官を信じる‥どんなことをしても、助ける!)



【拘置所】

その夜、私は地下の拘置所へやってきた。
教官は個室で、立場を配慮してか、厳重な監視の下にはいない。

(ちゃんと書類で申請して許可をもらったら、あっさり差し入れの要求が通った‥)
(まだ、教官を助け出すチャンスはあるはず‥!)



【個室】

教官が留置されている個室の鍵を開けてくれると、監視員が立ち去る。
そっと中に入ると、教官が私を一瞥した。

加賀
‥‥‥

サトコ
「‥‥‥」
「あの‥食事の差し入れを持ってきました」

加賀
‥どこまでクズなんだ、お前は

<選択してください>

A:クズでもいいんです

サトコ
「‥いいんです、クズでも」

加賀
何‥?

サトコ
「教官を信じることはできますから」

加賀
‥‥‥

サトコ
「クズだって、バカだって、駒だって、それだけは譲れません」

B:教官に会いたくて

サトコ
「すみません‥どうしても教官に会いたくて」

加賀
‥くだらねぇな

サトコ
「私‥」

また気持ちがあふれそうで、思わず口をつぐんだ。

C:ごはん食べてください

サトコ
「とにかく‥ごはん、食べてください」

加賀
必要ねぇ

サトコ
「でも、いざという時に力が出ないと困りますから」
「‥ここで終わりだなんて、思ってないですよね?」

加賀
生意気な口きくんじゃねぇ

サトコ
「さっきは、自分の立場もわきまえず迂闊なことを言ってしまって申し訳ありません」
「でも‥言葉は、取り消しません」

加賀
‥‥‥

サトコ
「もし、世界中の人が教官を犯人扱いしても」
「教官が、自分を犯人だと認めたとしても、私は死ぬまで、教官を信じ続けます」

加賀
‥‥‥

サトコ
「それが、今の私にできる、唯一のことですから」

まっすぐ、教官の目を見つめて言い切る。
教官はただじっと私を見つめていた。

加賀
‥本当にその覚悟があるのか

サトコ
「え?」

加賀
お前が俺の役に立つとは到底思えねぇな
普段から人の話を最後まで聞かねぇ、人の視線の意味も理解できねぇ
そんな奴が俺の力になろうなんざ、千年早ぇっていつも言ってるだろ

その言葉に、振り絞った勇気がしぼんでいきそうになる。

(何も、こんな時にそんなこと言わなくても‥)
(‥ん?こんな時‥?)

ハッと、教官を見つめ返す。

(ここは拘置所‥さっきの取調室と同じように、どこからか監視されてるはず)
(普段は無口な教官が、どうしてこんな時にこんなおしゃべりになるの‥?)

石神
いいザマだな

低い声に振り返ると、石神教官が柵のドアをくぐって入ってくるところだった。

サトコ
「石神教官!」

石神
‥君も来ていたのか

サトコ
「よかった‥石神教官なら、加賀教官の無実を証明してくれますよね!」

石神
ふん、本当に無実ならばな

サトコ
「え?」

加賀
今はクソメガネのイヤミにつきあってる暇はねぇ

石神
無様だな、加賀

加賀
‥‥

石神
これがお前のしてきたことの結果だ。再三の忠告も聞かずに

加賀
また説教か

石神

あれほど、勘などという不確かなものに頼る捜査はやめろと言ってきたはずだ

サトコ
「石神教官!今はそんなこと言ってる場合じゃ‥」

石神
今だからだろう。こういう時でなければ、この男の耳には届くまい

加賀
あいにくだが、俺は間違ったことをしたとは思ってねぇ
てめえの言葉は、一生俺の耳には届かねぇよ

教官がいつもの不敵な微笑を浮かべた瞬間、
石神教官の拳が、加賀教官の頬めがけて振り下ろされた。

サトコ
「石神教官!」

加賀
‥‥‥

石神
警察‥そして公安の顔に泥を塗るとは、堕ちたものだ

加賀
てめぇ‥

(どうして‥石神教官なら助けてくれると思ったのに)
(なんでこんな時に喧嘩なんて‥)

見慣れた睨みあいも、このときはどこか別の物に見えた気がした。

to be continued

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