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加賀 カレ目線 2話

『連れ込んだ夜のこと』

【街】

竹田の尾行に失敗した夜。
何者かに襲われて怪我をしたサトコの肩を担ぎながら、マンションまでの道を歩いていた。

サトコ
「教官、すみません‥」

加賀
さっきから何度目だ

サトコ
「だって私、本当に‥」

加賀
済んだことをいつまでもグダグダ言ってんじゃねぇ

場所は車通りの少ない道で、タクシーも来ない。
マンションまでさほど遠くない距離とはいえ、怪我をしているサトコにはきついと思った。

(‥そんなことはどうでもいい)
(それより‥なんで俺を助けた)

そう尋ねようとしたが、思い直して口を閉ざす。
サトコは相変わらず、申し訳なさそうにうつむきながら歩いていた。

(これまで散々、奴隷だの駒だの、ひどい扱いをしてきた俺を)
(あの状況でかばうなんざ‥刑事を目指す人間のやることとは思えねぇ)

そう考えたときに浮かんできたのは、5年前に殉職したあのクズたちの顔だった。

(‥あいつらも似たようなもんか。死ぬ直前まで、他人の心配なんてしやがって)
(だが、こいつは?後先考えず計算もできないクズか、バカがつくくらいのお人好しか)
(それとも、ただのドMか‥どっちにしろ、公安刑事には向いてねぇ)

サトコ
「教官‥肩、重くないですか‥?」

(‥おまけに、こんな時まで俺の心配か)

加賀
重いに決まってんだろうが、クズ

そう答えると、慌てたように足を引きずりながら、こちらに負担をかけないように歩き出す。

加賀
‥てめぇはバカなのか

サトコ
「えっ?」

加賀
んなことやってたら、家に着くのが遅くなるだけだ

サトコ
「でも‥」

戸惑うサトコを自分の方へと抱き寄せ、有無を言わさず歩き出した。

(こいつは、何も計算してねぇ‥だから読みにくい)
(‥こんなめんどくせぇ女は久しぶりだ)

【加賀マンション リビング】

その夜、ふと気づくとソファで眠ってしまっていた。

(クズより先に寝るとはな‥)

起き上がると、サトコがかけたらしい毛布がソファから落ちる。

加賀
‥‥‥

ため息をつくと、掛け布団を持って寝室へと向かった。

【寝室】

寝室に入ると、ベッドの隅で丸くなって眠っているサトコの姿があった。
自分の掛布団を俺にかけて、自分はそのまま眠ってしまったのだろう。

加賀
だからクズだって言ってんだ

(刑事は体力勝負だろうが。風邪でもひきやがったらすぐ切り捨てるからな)

布団をかけてやると、寒かったのか寝返りをうちながらそれに包まった。

(‥余計なことしやがって)

手を伸ばして、サトコの唇に触れる。

(‥ここも柔らかいのか)
(それだけは褒めてやる)

そのまま指で唇をつまむと、微かにサトコの眉間に皺が寄った。

サトコ
「ん‥んー」

加賀
‥‥‥

不服そうな顔を見ていると、口の端が緩みそうになるのがわかった。
まるでかわいがっているペットが幸せそうに眠っている姿を見るような、穏やかな気持ちになる。

(実際はペットどころか、奴隷だが‥)

唇から指を離しても、なんとなく離れ難いような気持ちで、今度は頬を撫でる。
その柔らかい感触に、思わず目を細めた。

(‥なんで、こんなクズに気を許した?)

浮かんできたのは、部屋に帰ってきてからの今日の自分。
サトコの足の手当てをして、夜食を作らせ、ベッドで寝かせた。

(らしくねぇ‥そもそも部屋に連れてくること自体がありえねぇ)
(それも、夜食に餃子を作るような女を‥)

だが、確かに気を許したことも否めない。
今のこの穏やかな気持ちが、何よりもそれを物語っている。

(‥刑事になってから、こんな気持ちになったことはねぇ)
(いや、それよりもずっと前から‥最後に心から笑ったのがいつなのか思い出せねぇくらいだ)

平和そうな顔をして眠るサトコから視線をそらし、
ふとサイドボードに立てかけてある写真立てを見る。
そこに写っているのは、5年前の自分と、仲間たち。

(‥この時、なんで写真なんざ撮っちまったんだろうな)

普段の自分なら、仲間と写真を撮るなどといった反吐が出るような真似は決してしない。
浜口たちもそれを知っているから、この時までは写真を撮ろうと言ったことはなかった。

(‥お互い、虫の知らせってヤツか)
(バカがつくくらいお人好しで、最後まで他人の心配をしてやがったクズだ‥)

写真から視線を上げ、眠っているサトコを見る。
不意に、その姿がかつての仲間たちと重なった。

(こいつは‥あのクズどもに似てるのか)
(だから変に気を許したのかもしれねぇな‥)

軽く頬をつまむと、その感触に思わず笑みがこぼれそうになる。

(どうしようもねぇと思っていたが、使い道があったか)
(しばらくはこの感触で俺を愉しませてみろよ、サトコ)

サトコ
「ん‥教官‥」

俺の呼びかけに応答したような寝言に、少し目を見張る
頬から手を離すと、サトコが微かに身じろぎした。

(起こしたか‥?)

もぞもぞと動いただけで目を開ける様子はなく、起きる気配もない。
ただ、弱々しく首を振った。

サトコ
「野菜も‥食べないと‥」

加賀
‥‥

サトコ
「お肉と‥甘いものだけじゃ‥栄養が‥」

(夢でまで人の心配か)

呆れるような気持ちと同時に、言いようのない気持ちがこみ上げてくる。

(‥明日からも、存分にコキ使ってやる)

加賀
覚悟しとけよ

そう言い残して、寝室をあとにした。

(今までは、ただ俺に抱かれたい女ばかりが近づいてきた)
(だが、あいつは‥)

一度だけ、ベッドを振り返る。
まだ夢を見ているのか、サトコは難しい顔をしながら首を振っていた。

サトコ
「教官‥私は桜見大福じゃないです‥」

(フッ‥おもしろい女だな)
(しばらくは退屈せずにすむか)

口の端で笑いながら、ソファに戻った。

to be continued

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