カテゴリー

加賀 続編 1話

【教官室】

加賀教官とお付き合いするようになって、早3ヶ月。
私は相変わらず、教官の手となり足となり動いていた。

サトコ
「失礼します。加賀教官に言われた書類‥」

加賀
遅ぇ

教官室に足を踏み入れる前に、低い声が飛んできた。

サトコ
「す、すみません‥書庫の奥の奥にあったので」

加賀
言い訳なんざ聞いてねぇ

途中で言葉を遮られ、思わず肩をすくめる。
いつものことだからか、他の教官たちは気にも留めていない。

加賀
さっさとよこせ

サトコ
「は、はい!これです!」

慌てて持っていくと、そのうちのひとつのファイルで、教官が視線を止めた。

加賀
これは?

サトコ
「え、えっと‥いただいたリストの中には入ってなかったんですけど」
「時期も似てて、関連がありそうだったので、念のため」

加賀
‥‥‥

サトコ
「必要なければ戻してきます。余計なことをして‥」

すみません、と謝る前に、教官が私の手からそのファイルを持っていく。

加賀
命拾いしたな

サトコ
「え?」

加賀
このファイルも必要だった。リスト漏れだ
しょうがねぇから、遅れた分の罰は軽減してやる

(軽減なんだ‥チャラにはならないんだ‥)

加賀
なんだ?

サトコ
「い、いえ‥なんでもないです」

加賀
ボケッとすんな。手伝え

サトコ
「はい」

(相変わらず仕事中や講義中は厳しいし‥恋人らしさの欠片もない)
(付き合ってることは他の教官たちには内緒だし、仕事だから当然なんだけど‥)

チラリと加賀教官を見ると、思いがけず目が合う。
睨まれた気がして、慌てて目的の資料を探す方へと集中した。

【加賀マンション 寝室】

その夜、私はベッドで教官に組み敷かれていた。

サトコ
「んっ‥教官‥お願いですから、もう‥」

加賀
その顔、たまんねぇな

口の端を持ち上げながら、教官が私に覆い被さる。

サトコ
「ま、待って‥んんっ!」

加賀
俺がまだ満足できてねぇ
じっくり付き合ってもらう、朝までな

サトコ
「あ、朝まで‥!?」

(そんなの身が持たない‥!)

慌ててその腕から逃げ出そうとしても、教官は離してくれない。

加賀
お前の啼き声も聞き足りねぇしな

サトコ
「そんな‥!」

必死の抗議は、教官の唇と触れ合うことで拒絶された。

(学校では、あんなに厳しくて怖かったのに‥)

教官の愛し方は、アメとムチを上手に使いすぎて、恋愛経験の浅い私には卑怯とさえ思えてくる。

(この温かさは、ズルいよ‥)

そのまま、教官に攻め立てられ、何度も意識を飛ばした。

翌朝。

(ん‥あれ?ここ、私の部屋じゃない‥)

肌の温もりを感じて顔を上げると、加賀教官の寝顔がすぐ目の前にあった。

(そうだ、昨日は教官の部屋に泊まって‥)
(教官って、絶対こうやって抱きしめて寝るんだよね‥寝返り打とうとしても、絶対離してくれないし)

昨日の夜のことを思い出して、一人で照れる。

(あんなに『もうダメです』って言ったのに‥)
(‥‥ほんとに、意地悪なんだから)

ジッと睨んでみるけど、当の本人はもちろん気づく気配もなく、穏やかな寝息を立てている。

(それにしても、ちょっと喉乾いたな‥確か冷蔵庫にペットボトルがあったはず)

起き上がろうとベッドで身じろぎすると、体に絡まった腕に力がこもった。

加賀
‥どこに行く

かすれた声が、耳元で聞こえる。

サトコ
「起きてたんですか?」

加賀
お前のせいで目が覚めた

サトコ
「ちょっと喉が渇いたので、キッチンに‥」

加賀
クズ

低くそう言うと、教官が枕元に手を伸ばす。
そこに置いてあったペットボトルのスポーツドリンクを口に含むと、そのまま私に口づけた。

サトコ
「!?」

加賀
もっといるか?

サトコ
「っ‥‥」

突然のことに、ただ顔が熱くなるばかりで答えられない。

加賀
素直だな

サトコ
「!?」

慌てて首を振ろうとする前に、もう一度、教官に深く口づけられる。
微かな甘さが喉を通り過ぎたけど、味はよくわからなかった。

加賀
酒飲んだわけでもねぇのに、なんて顔してやがる

サトコ
「だって、教官が‥!」

(ダメだ‥教官に何を言い返しても、あとでそれ以上のお仕置きが待ってる‥)

サトコ
「そ、そうだ‥そろそろ起きて、学校に行く準備をしないと」

加賀
まだいいだろ

<選択してください>

A:遅刻しますよ

サトコ
「でも、遅刻しちゃいますよ」

加賀
いま何時だと思ってんだ。余裕だろ

サトコ
「だけど、朝ごはん食べ損ねちゃいますから」

加賀
色気より食い気かよ
メシはいらねぇ。かわりに‥

B:あとちょっとだけ‥

サトコ
「じゃあ、あとちょっとだけ」

加賀
ちょっと、でいいのか?

サトコ
「え?」

加賀
お前も、まだ満足してねぇだろ

(まさか‥)

C:おなか空いてない?

サトコ
「でも教官、おなか空いてないですか?朝ごはんを食べるなら、そろそろ‥」

加賀
メシなんざいらねぇ

サトコ
「食べないで行くんですか?」

加賀
車の中でも食える

意味深に笑うと、教官がその大きな手で私の肌をゆっくり撫で始める。

サトコ
「ちょ、まっ!?朝ですよ!?」

加賀
喚くな
俺はお前が欲しい

サトコ
「教官‥んっ!」

必死の訴えは、教官のキスに消えていく。
甘く舌を絡められ、身体をなぞる指に体の力が抜け‥

(‥ほんとに、ズルい)

教官に促され、そのまま身を委ねた。



【警察庁】

その日、公安から警察へと転出した刑事の書類を運ぶため、警察署にやってきた。

公安課刑事
「氷川さん、ごめんね。荷物運びなんてさせちゃって」

サトコ
「いえ、大丈夫です。台車も借りられましたし」

公安課刑事
「でも、講義を抜け出して来てくれたんでしょ?」

サトコ
「はい。加賀教官の命令ですから」

加賀
無駄口叩いてねぇで、さっさと行け

後ろから鋭い声が飛んできて、慌てて振り返る。
加賀教官がこちらに歩いてきながら、意地悪く笑っているのが見えた。

加賀
ずいぶんと余裕だな?今朝、遅刻しそうになったわりには

サトコ
「そ、それは‥教官が」

加賀
俺が、なんだ?

(ぐっ‥今朝のコト‥なんて、言えるわけないのにっ!)

サトコ
「速やかに荷物を運びます‥」

加賀
わかりゃいい

すごすごと台車を押し始めると、奥の方からざわめきが聞こえてきた。

サトコ
「何かあったんですか?」

公安課刑事
「ああ、そういえば今日は、都立高校の社会科見学があるって言ってたっけ」
「新しくできた警察署だから、設備も最新だしね」

サトコ
「へえ‥警察署に社会科見学に来られるなんて、いいですね」

加賀
どこがだ
遊びたい盛りのガキに、こんな堅苦しいところなんざ地獄だろ

サトコ
「でも、あの中に将来の警察官がいるかもしれませんよ」

奥の部屋から出てきた子たちが、初々しく見える。

サトコ
「私も、つい数年前まではあんな‥」

加賀
何十年前の話してやがる

サトコ
「そ、そこまで昔じゃないですよ!」

慌てて加賀教官を振り返った時、向こうから歩いてきた高校生の一人と肩がぶつかった。

男子生徒
「あ‥すみません」

サトコ
「ううん、こちらこそ、よそ見してて」

加賀
トロくせぇ

サトコ
「すみません、台車が思うように動かなくて」

男子生徒
「昭夫、何やってんだよ。早くしろって」

昭夫
「あ、ごめん、いま行くよ」

私にぶつかった子は、ペコリと頭を下げ、慌てた様子で他の子たちを追いかけて行った。

公安課刑事
「なんか‥草食系って感じだね」

加賀
あれが将来の警察官か‥

サトコ
「もしかしたら現場では豹変するタイプかも‥!」

3人で荷物を運びながら、高校生たちを眺めていた。



【廊下】

学校に戻ると、鳴子が教場から戻ってきたところだった。

鳴子
「サトコ!お疲れ」

サトコ
「鳴子もお疲れ。講義どうだった?」

鳴子
「成田教官だったから、サトコ出なくてよかったよ~。相変わらずネチネチ講義だった」

サトコ
「そ、そうなんだ‥」

鳴子
「それよりサトコ、LIDEやってる?」

サトコ
「え?らいど?何?」

鳴子
「知らない?」
「無料で使えるSNSなんだけど、みんなやってるみたい」
「携帯持ってる?アドレス送るよ」

鳴子に急かされて、ポケットから携帯を取り出す。

鳴子
「これで、私の番号を使えば無料でメールとか送れるから」

サトコ
「お金かからないの?」

鳴子
「うん、かわいいスタンプとかもあるし、結構楽しいよ」

サトコ
「そうなんだ。今ってなんでもできるんだね」

画面を見ると、すでに鳴子がマイリストに入っていた。

(なるほど‥これでメッセージを打てばいいのか)
(うちの弟もやってるのかな‥あとでメールして聞いてみようかな)

サトコ
「これって、グループの設定とかできるんだね」

鳴子
「うん、千葉さんもやってるって言ってたから、あとで同じグループに追加しようよ」
「そうしたら3人でメッセージを共有することもできるし」

サトコ
「へえ、おもしろいね」

(これ、連絡事項を伝えるのに便利かも。あとで千葉さんにも聞いてみようっと)

【教場】

数日後、加賀教官の講義中、私は激しい睡魔に襲われていた。

(昨日遅くまで課題やってたから眠い‥でも寝たら、教官から恐ろしいお仕置きが)
(頑張れ私‥あと少し‥あと5分‥)

スコーン!

サトコ
「痛っ!!」

おでこに痛みを感じ、思わず両手で押さえる。
見ると、私の目の前にホワイトボードのマーカーが転がっていた。

(これが当たった‥?)

加賀
眠気は冷めたか?

サトコ
「!?」

加賀
「俺の授業で居眠りとは‥クズが随分と偉くなったもんだな?」

(私、教官の恋人だよね‥!?容赦なさすぎる‥!)

おでこを押さえる私と、それを見て意地悪に笑う加賀教官に、みんながざわつく。

男子訓練生1
「おい‥あのマーカー、氷川に命中したぞ」

男子訓練生2
「しかも、絶対おでこ狙ってたよな。すげぇ‥」

加賀
おい、クズ

サトコ
「は、はい!」

ゆっくりと私の方へ歩いてくると、教官がマーカーを拾い上げながら耳元に唇を寄せた。

加賀
あとで、仕置きだ

(ひぃぃっ!!)

加賀
なんだ?居眠りの言い訳でもしてみるか?

<選択してください>

A:言い訳なんてしません

サトコ
「い、言い訳なんてしません。居眠りしてすみませんでした」

加賀
‥チッ

舌打ちして、教官がホワイトボードの方へと戻って行く。

(おもしろくねぇ、とか思われてそう‥)

B:教官のせいです

サトコ
「きょ、教官のせいですよ‥」

加賀
ほう?それをここにいる全員に言ってみろ

さらに私の耳元に顔を近づけて、教官がささやく。

加賀
毎晩、どうしているのか‥言えるモンならな

サトコ
「う‥っ」

慌てる私を鼻で笑いながら、教官がホワイトボードの方へと戻って行った。

C:課題が‥

サトコ
「あの‥昨日の夜中まで、ずっと課題をやってて‥」

加賀
それがどうした

サトコ
「そ、それで寝不足で‥すみません!」

加賀
言い訳にもなんねぇな

吐き捨てるように言って、教官がホワイトボードの方へ戻る。

(それにしても、頑張って起きてられなかった自分が情けない‥)
(お仕置きって何されるんだろう‥どうか、書類整理くらいで終わりますように‥)

ポイントサイトのポイントインカム

【廊下】

(はぁ、気が重い‥お仕置きって言葉を聞いただけで震えが走る‥)
(でも、ここでこうしてても仕方ないし、とにかく行くしかない)

【教官室】

そっと教官室のドアを開けると、今の私以上に暗く沈んだ雰囲気が漂っていた。

サトコ
「失礼します‥ど、どうしたんですか?」

東雲
あぁ、キミか‥お疲れ様

颯馬
大臣が斬りつけられる事件が発生しました

サトコ
「斬り‥っ!?」

石神
被害者は現財務大臣。極秘の視察中、突如現れた男に斬りつけられた
幸い、男はすぐに取り押さえられ、大臣の怪我も大事には至らなかった

石神教官の言葉にホッと胸を撫で下ろすと共に、妙な違和感が過る。

サトコ
「待ってください。視察中を、ですか?」

颯馬
ええ

後藤
斬りつけ事件自体に関しては、警視庁が動いてる
問題は‥今、氷川が言った“なぜ、視察中”を狙われたのか
大臣は、他国の大使館を訪れる予定だったんだ

颯馬
大臣の命が目的なら、この時期、予算委員会で中継も行われてるぐらいですから
国会で張りついている方が確実なんですけどね
普通に考えて、SPに囲まれながら歩く視察中を狙うという考えはあまり一般的ではありません

東雲
ま、これから調べてみないことには、なんとも言えないけど‥
現行犯で捕まえた奴は、少なくともデータバンクのリストにはひっかからなかったよ
政治的な活動をしてたり、裏で誰かとつながってる可能性は低いね

サトコ
「じゃあ、一体どうして‥」

加賀
クズ。財務大臣の移動ルートが漏れてたってことだろうが

加賀教官の言葉に、全員が押し黙った。

サトコ
「大臣の移動ルートが漏れてた!?一般市民にですか!?」

加賀
喚くな、今言っただろ

サトコ
「で、でも‥そんな情報って簡単に手に入れられませんよね」
「財務大臣ですから警視庁から情報が漏れるわけではなさそうですし‥」
「民間のセキュリティ会社とか」

東雲
ま、彼のスケジュールを知ってる人なら、誰でも可能性はあるわけ
秘書かもしれないし、家族かもしれない。もしくは本人がネットで呟いたり
‥あとは公安課から情報が漏れてたりね

サトコ
「まさか‥!」

加賀
‥‥‥

内部からの情報漏洩。
その場にいた誰もが、信じたくない、という気持ちだったに違いない。
でも教官室は、重い空気が漂うばかりだった‥。

【食堂】

大臣が斬りつけられたという一件は、あっという間に学校内にも広まった。

男子訓練生
「視察中に斬りつけられたんだろ?つまり、視察ルートが漏れてたってことだよな」
「誰かが犯人をそそのかしてやらせたんじゃないか?副大臣とか」

鳴子
「なんか、すごい騒ぎになってるね」

サトコ
「うん‥公安の誰かが裏切った、なんて言ってる人もいるし」

鳴子
「私はさっき、スパイが侵入したんじゃ、って話を聞いたよ」
「いくらスパイだって、あの教官たちを欺けるとは思えないけどね」

(確かに‥それに難波室長だって、普段はぼんやりしてるけど実はすごく勘の鋭い人みたいだし)
(スパイが入り込めば、絶対に気づくんじゃないかな‥)

難波
いたいた、氷川

サトコ
「し、室長!?」

ぼんやりと考えていた人が突然食堂に顔を出して、思わず焦る。

サトコ
「ぼ、ぼんやりしてるなんて思ってないです!」

難波
何を言ってるんだ?

サトコ
「い、いえ‥でも、室長が寮にいらっしゃるなんて、珍しいですね」

難波
ああ、お前に話があって来た

サトコ
「話‥?」

他の人たちに聞こえないように、室長が声を潜めた。

難波
見合いをしてみる気はないか?

サトコ
「‥はい?」

突然の言葉に、私はただ、その場に立ち尽くすばかりだった‥

to be continued

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする