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加賀 続編 4話



加賀
何シケたツラしてんだ

車から降りて来たのは、加賀教官だった。

サトコ
「ど、どうして‥」

加賀
さっさと乗れ

サトコ
「は、はい!!」

運転席に乗り込んだ加賀教官を追いかけて、慌てて助手席に乗り込んだ。

【車】

教官が車を発進させても、しばらくの間、私たちは無言だった。

(教官、今日がお見合いの日だって知ってたはずだよね)
(ってことは、迎えに来てくれたのかな‥それとも、偶然通りかかったとか‥?いや、まさか)

加賀
どうだった?

サトコ
「は、はい!」

加賀
どうだったか聞いてる

サトコ
「な、何がですか?」

加賀
見合いだ

その言葉に、思わず教官を凝視してしまう。

加賀
‥なんだ

サトコ
「い、いえ‥あの」

加賀
言えねぇことでもあったのか?

サトコ
「そうじゃないんですけど」

加賀
それにしちゃ、ずいぶんとめかしこんでんじゃねぇか

教官は運転席から私を一瞥し、再び前に向き直る。

(これってもしかして、心配してくれてる‥?)

思わず口元が緩むと、教官が私の頭を小突いた。

サトコ
「普通に、世間話をして終わりましたよ」

加賀
もう、返事はしたのか?

サトコ
「お断りしようと思ったんですけど、タイミングを逃して‥」
「でも難波室長は、私に任せるって言ってくれたので‥」
「室長を通して、お断りしようかなって」

加賀
ふん

(ホッとしてるように見える‥のは、絶対気のせいだよね)

でも、気にかけてくれていただけで充分嬉しかった。

加賀
まあ、見合いにうつつ抜かしてる場合じゃねぇんだがな

サトコ
「そうですよね」
「あの事件だって、まだ何も解決してないし‥」

話しながら、気付くと、ずっと前から気になっていたことを口にしていた。

サトコ
「あの‥」

加賀
ん?

サトコ
「教官は‥どうして、公安刑事になったんですか?」

加賀
なんだ、急に

サトコ
「いえ、ずっと気になってて‥事件を解決するなら、刑事警察の方がいいですよね?」

加賀
‥‥‥

赤信号を前にゆっくりとスピードを落としながら、教官がつぶやくように言う。

加賀
唯一、事件を未然に防げる仕事だからだ

サトコ
「事件を、未然に‥?」

加賀
公安事件の仕事は知ってるな

サトコ
「えっと‥国家に対するテロやスパイ行為を取り締まること‥ですよね」

加賀
そうだ。刑事ってのは、基本的に事件が起きてからしか動けねぇ
だが公安は、危険思想の人間がいればマークして、未然に防ぐことができる

(確かに、今回は大臣が斬りつけられたり情報が漏洩したりしたけど)
(今まで、犠牲者を出さずに解決した事件だってあった‥)

加賀
起きる前に防ぐことが多いから、派手な事件はねぇ
‥仲間との、つらい別れもある

サトコ
「あ‥」

一瞬、教官が昔を思い出すように目を細めた。

加賀
それでも‥

サトコ
「教官‥」

ほんの少しの間、普段の加賀教官とは違う表情を浮かべていたけど、
不意に、私が隣にいることを思い出したようで、

加賀
いや‥話し過ぎたな

珍しく苦笑いしながら、教官が青になった信号を確認して再び車を出す。
教官が、その後に何を紡ごうとしていたのかはわからなかった。

(未然に防げる、か‥)
(確かに長野の交番で勤務してた頃は、未然に防ぐなんていうのは難しかった)

もちろん、見回りや不審者情報などには気をつけていたけど、
実際に取り締まることができるのは、教官が言ったように事件が『起きてから』。

<選択してください>

A:手柄はいいの?

サトコ
「教官、いつも手柄手柄って言ってるのに」

加賀
未然に防げる事件の中でも、でかいのがあるだろ
雑魚には興味ねぇからな

(これって、教官の口癖だよね‥でも実は、手柄が本当の目的じゃないことは、もう知ってるけど)

B:私にもなれる?

サトコ
「私も、そういう刑事になれるでしょうか」

加賀
なれるもなれないもねぇ
公安はそういう組織だ。無理なら他に行くことだな

サトコ
「いえ‥なります!」

C:私には向いてないかも

サトコ
「ずっと、地元で交番勤務でしたから‥私には向いてないかもしれません」

加賀
そう思うなら、とっとと辞めろ
向いてねぇと自覚のある人間がいても、学ぶことはひとつもねぇ

(そうだよね‥自分で可能性を否定しちゃ、ダメだ‥)

いつもの教官に戻り、久しぶりに和やかな雰囲気のまま、寮まで送ってもらった。



【教官室】

数日経っても、里田さん以外の有力な被疑者は現れなかった。

(でも、もう里田さんは釈放されたし‥結局、事件はあれから何も進展してないってことなのかな)

東雲
兵吾さん、今日も動きはなしです

加賀
「マークされてることに気づいてるな」
‥やり方を変えるか

サトコ
「なんの話ですか?」

ちょうどお茶の準備をして戻ってくると、2人が難しい顔をして話してるところだった。

東雲
里田の話だよ
やっぱり、なかなか尻尾を出さないね

サトコ
「え?里田さんは釈放されたんじゃ」

加賀
証拠不十分でな
だが、それなら十分な証拠をみつけるまでだ

サトコ
「じゃあ、あれからもずっとマークしてたんですか?」

加賀
当然だ

東雲
もちろん、他のセンも当たってるけどね
でも、里田の仕事のパソコンからこっちにアクセスした形跡がある以上
疑うのは当たり前のことだよ

(確かにそうだけど、まだマークしてたなんて‥全然知らなかった)

なんとなく胸がもやもやする私には構わず、東雲教官が時計を見る。

東雲
そろそろ尾行交代の時間ですね。オレ、行ってきます

加賀
ああ

サトコ
「尾行までしてるんですか?」

東雲
さっさと観念してくれれば、こんな面倒なことからも解放されるんだけどね

大げさにため息を吐きながら、東雲教官は部屋を出て行った。

後藤
加賀さん、やり方を変えるって言っても、どうします?

加賀
盗聴器をつける

サトコ
「盗聴器って‥里田さんのご自宅にですか?」

颯馬
尾行には気づいてないでしょうけど、マークされてる自覚があるなら
外では目立った行動はしないでしょうからね。何か事を起こすとしたら、自宅でしょう

加賀
せいぜい、何してんのかさらけ出してもらうか

石神
だが、加賀と東雲は向こうに顔が割れてるな。では、盗聴器を仕掛けるのは‥

後藤
俺が行きます

颯馬
では、私も

サトコ
「あ、あの‥」

気がついた時には、思わず口を挟んでいた。

加賀
クズは黙ってろ

サトコ
「でも‥盗聴器って、違法行為なんじゃないんですか?」

石神
当然、公には認められていない

加賀
んなこと言ってたら、防げるもんも防げねぇ

颯馬
もちろん、盗聴器から得た情報は証拠にはなりませんけどね

サトコ
「だったら‥」

後藤
後付けすればいい

後藤教官が、静かに言う。

後藤
盗聴器で得た情報をもとに、証拠を探せばいいだけの話だ

サトコ
「でもそれって、プライバシーが‥」

加賀
プライバシーが大事なら、後ろ暗いことをしなきゃいいだけの話だ

教官の言葉に、反論できない。

(教官たちの言うことはもっともだ‥)
(不正行為を不正行為で暴く)
(でも、本当にこれでいいの‥?)

石神
規律違反も違法行為も、容認はできない
だが、公安の機密情報がこれ以上、漏洩すれば
下手をすれば、総理大臣にまで犯人の手が及ぶことになる

加賀
総理大臣がどうなろうが、知ったこっちゃねぇけどな
事件を未然に防ぐ方法があるのに、規律だなんだって言ってられるかよ

サトコ
「そ、それが上に知られたら、みなさん処分されることになるんじゃ」

私の言葉に、教官が鼻で笑う。

加賀
処分なんざクソ食らえだ

後藤
俺たちの仕事は、事件を起こさせないことだ
やれることがあるのにやらないのは、逃げてるのと同じだと思う

(逃げてるのと同じこと‥)
(本当に?犯人の人権よりも、逮捕を優先する‥?)

目の前が、再び黒い色で塗られていくようだった。

(どっちが正しいの‥?わからない‥答えなんて‥)

【廊下】

数日後、事態は動いた。
公安が身柄を確保したのは‥再び、里田恒彦だった。

(理由は、後藤教官たちが仕掛けた盗聴器から聞こえた、里田さんの言葉‥)

公安しか知り得ない、『国内におけるテロリスト予備軍』に記載された組織名をつぶやいたのだ。
その瞬間、教官たちが一斉に里田さんの家に突入し、
彼が見ていたパソコンから、公安の機密情報のデータファイルを見つけたのだった。

鳴子
「犯人も捕まったし、これで漏洩はなくなるよね」

サトコ
「うん‥」

千葉
「でも、まさか警視庁の人間が警察庁の公安の機密情報にアクセスしてたなんてね」
「さすがに東雲教官でも、足取りをつかむのは難しかっただろうな」

(だけど、それは盗聴器っていう違法行為によって得られた情報‥)
(証拠は証拠なんだから問題ない、って割り切るべきなのかな‥公安刑事なら)

でもどうしてもそんなことはできず、私は一人、浮かない気持ちを抱え続けたままだった。

【校門】

数日後の朝、学校へ向かうと、校門で見慣れない男性がウロウロしているのを見つけた。

サトコ
「あの、何かご用ですか?」

昭夫
「あ‥あなたは」

(この子、里田さんの息子の‥)

サトコ
「昭夫くん、だよね」

昭夫
「はい、よかったです。ここに来れば、お姉さんに会えると思って」

サトコ
「私に‥?」

昭夫
「父が‥捕まってしまって」
「でも、公安の機密情報を漏洩なんて、そんなことできる人じゃないんです」

サトコ
「‥‥‥」

昭夫
「家のパソコンからデータが見つかったって言われて‥でも、ボク、信じられなくて‥」
「きっと、何かの間違いで手に入れちゃったんだと思います」
「もちろん、いけないことだけど‥なんとか父を釈放してもらうことはできないんですか?」

(昭夫くんの気持ちはわかる‥でも、私にはどうしようもない)

昭夫
「ボクにとっては、たった一人の家族なんです」

サトコ
「え?」

昭夫
「うち、再婚だから‥本当の母親じゃないんです」
「実の母親は、今どこにいるのかわかりません。だから、ボクにとっては‥」

サトコ
「昭夫くん‥」

黙り込んだ私を見て、昭夫くんがうなだれる。

昭夫
「釈放されるのは‥無理なんですね」
「お父さんは、帰ってこないんだ‥」

サトコ
「ま、まだわからないよ」
「でも、お父さんが機密情報にアクセスしたことは間違いないから‥」

昭夫
「わかってます。それは、罰を受けなくちゃいけないって」
「でも、ボクは‥」

悲しそうな昭夫くんを、私はただ、慰めることしかできなかった‥

【教官室】

教官室へ向かう私の足取りは、重かった。
ドアを開けると、中には教官たちみんなが揃っていた。

東雲
サトコちゃん、おはよう

サトコ
「おはようございます‥」

加賀
朝っぱらからシケたツラ見せんじゃねぇ

サトコ
「今‥昭夫くんに会ってきたんです」

私の言葉に、教官たちが一斉にこちらを見る。

石神
里田昭夫か?

サトコ
「はい。学校も前にいて‥お父さんは釈放されないのかって」

颯馬
現段階では無理でしょうね。物的証拠があがっていますから

<選択してください>

A:それは証拠になるの?

サトコ
「でも‥それって証拠になるんでしょうか?」

東雲
なるでしょ。プライベートのパソコンに機密情報が入ってたんだから

サトコ
「でも、盗聴して得た情報をもとに手に入れた証拠ですよね?」

加賀
んなもん、どうとでもなる

B:私たちは正しいの?

サトコ
「私たちがしてることは、正しいんでしょうか?」
「規律に反して手に入れた証拠で、犯人を追いつめるなんて」

加賀
それの何が問題だ

C:納得できない

サトコ
「私‥やっぱり、納得できません」

加賀
てめぇの言い分なんざ聞いてねぇ
お前が納得しようがしまいが、現実は変わらねぇんだ

サトコ
「そうですけど、不正行為を不正行為によって暴くなんて‥」

加賀
里田恒彦が機密情報を盗んでたってのは、動かぬ事実だ
それに勝るものがあるか?

教官の言葉に、ぐっと言葉に詰まる。
でも、手を握り締めて、思い切って口にした。

サトコ
「里田さんがデータを持ち出したのは、もちろん許されることじゃないってわかってます」
「それ相応の罰を受けるのも、当然です。でも‥」
「こんなやり方じゃ、誰も幸せになれない‥一歩間違えれば教官たちだって」

加賀
言いたいのはそれだけか

冷たい声が、教官室に響き渡った。

加賀
てめぇの理想の正義はなんだ?犯人も被疑者もみんなが仲良しこよしの世界を作ることか?

サトコ
「それは‥」

加賀
そんなクズみてぇな理想なんざ、所轄にくれてやれ

鋭い言葉が、容赦なく胸を奥深くまでえぐっていく。

サトコ
「それでも‥目の前にある事件を解決するには、やっぱりきちんとした捜査が」

東雲
サトコちゃんが言う『きちんとした捜査』って?
ちゃんと手順を踏んで、許可を取って、正しいと胸を張れる行動?

サトコ
「私たちは刑事です。刑事が、ルールを破るのを良しとするのは」

私の言葉をさえぎるように、加賀教官がバン!とデスクを叩いて立ち上がった。

加賀
てめぇの理想論は、どれも現実には通用しねぇ

サトコ
「‥‥‥」

加賀
‥公安刑事には向いてねぇな

その言葉に、息が止まりそうだった。
教官は、うつむく私を残して教官室を出て行った。

(向いてない‥)

加賀教官を追いかけることもできず、私はただ、じっとうつむいたまま動かなかった。

【寮自室】

寮に戻ってからも、気持ちは重いままだった。

(私は、公安刑事に向いてない‥それは、甘すぎるから?)
(グレーゾーンを許容できなければ、公安にいてもつらいだけなのかな‥)

ぼんやりしながら、着替えるために服を脱ぐ。
何か服に引っ掛かった、と思った時には、嫌な感触とともに、胸元のネックレスが弾けていた。

サトコ
「やだ‥っ!どうしよう‥」

慌てて止めようとしたけど、ちぎれたネックレスのチェーンはバラバラと床に落ちる。

(‥甘いこと言ってるのはわかってる)
(加賀教官が言うように、私は公安に向いてないのかもしれない‥)

でも、自分が間違ってるとはどうしても思えない。

(だけど‥教官たちが間違ってるとも思えない)
(加賀教官が言ったことは正しい。事件を解決するためには、綺麗事だけじゃすまない‥)

床に散らばるネックレスを眺めながら、私は心が空っぽになっていくのを感じた。

to be continued

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