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加賀 続編 5話

【自宅】

サトコの母
「サトコ!サトコってば」

サトコ
「なに~?」

サトコの母
「暇なら買い物にでも行ってきてよ」
「いきなり帰ってくるから‥晩ごはんのもの、何もないでしょ」

サトコ
「適当でいいよ」

サトコの母
「久しぶりに娘が帰ってきたっていうのに、そういうわけにいかないのよ」

(久しぶりに、か‥)

週末、私は実家のリビングでぼんやりしていた。
公安学校へ入学してから、毎日学校と補佐官の仕事が忙しかったせいで、
ロクに電話もしていなかった。

サトコの母
「それで、いつまでいられるの?」

サトコ
「え?えっと‥」

サトコの母
「ここはあんたの家だからいつまでだっていてくれていいけど」
「勉強があるんじゃない?」

痛いところを突かれて、言葉に詰まる。
加賀教官に『公安刑事に向いてない』と言われた数日後、私は難波室長に退学届を出した。

(室長は『とりあえず休学扱いにしといてやる』って、私の頭を思いっきり撫でただけだったけど‥)

加賀
クズ

(‥教官に何も言わずに来ちゃった)
(今ごろ何してるかな‥)

加賀
てめぇの理想の正義はなんだ?犯人も被害者もみんなが仲良しこよしの世界を作ることか?
そんなクズみてぇな理想なんざ、所轄にくれてやれ

あの時の言葉を思い出し、ぎゅっと目を閉じる。

サトコの母
「そうだ、サトコの部屋、軽く掃除する程度で何もいじってないから」
「もし学校に戻る前に必要なものがあれば、今からまとめておきなさいよ」

サトコ
「うん‥」

(自分の部屋か‥帰ってきて荷物を置きに行ったけど、ちゃんと見てないな)

重い腰を上げて、自分の部屋へと向かった。

【自室】

実家にいた頃には面倒で片付けていなかったクローゼットの奥の引き出しを開けると、
そこには、昔大好きだったヒーロー戦隊の変身グッズなどのおもちゃが入っていた。

サトコ
「うわ‥懐かしい!まだ捨ててなかったんだ」
「これを手首につけて‥このボタンを押すと」

軽快な効果音と共に、一般人の主人公が正義のヒーローに変身するセリフが流れるはずだった。

(でも、なんの音も聞こえない‥)

???
「なーにやってんだよ、姉ちゃん」

突然の声に振り返ると、そこには弟の翔真が携帯片手に立っていた。

サトコ
「翔真!帰ってたの?」

翔真
「それはこっちの台詞なんだけど。いま帰ってきたら姉ちゃんがいて、すげービビった」
「何?学校、休みなの?」

<選択してください>

A:休学中

サトコ
「じ、実は今、休学中で」

翔真
「‥ふーん、そんなことだろうと思った」

サトコ
「え!?気づいてたの?」

翔真
「だって、あんだけ刑事刑事言ってた姉ちゃんが、いきなり帰ってくるなんておかしいじゃん」

きっと多少は驚いているのだろうけど、無理に大人ぶっているのがなんとなくわかる。

B:ちょっと色々あって

サトコ
「ちょっと‥その、色々あって」

翔真
「どうせ、厳しい訓練に耐えられなくてギブアップ、とかそんなところだろ」

(違う‥けど、近い!)

サトコ
「い、意外とするどいね」

翔真
「でも姉ちゃん、根性だけが取り柄だったのに、それもなくなったらどうするんだよ」

サトコ
「余計なお世話だから!」

C:聞かないで

サトコ
「うっ‥そ、それは聞かないで」

翔真
「まあ、聞かなくてもなんとなくわかるけどな」
「理想と現実のギャップに苦しんでる、とか、そんなところだろ」

(あ、当たってる‥!この子、こんなに鋭かったっけ!?)

翔真
「それにしてもそのおもちゃ、懐かしいよな~。姉ちゃん、よくそれ持って」
「正義のヒーローになる!」
「とか言ってただろ」

サトコ
「うん‥」

翔真
「その言葉通り、警察官になって‥今は刑事になる学校に行ってんだもんな。すげーよ」
「大変だろうけど、簡単に諦めたりすんなよ」

加賀
てめぇの理想論は、どれも現実には通用しねぇ
‥公安刑事に向いてねぇな

翔真の言葉と、加賀教官の言葉が交互に頭に響いた。

(私だって、諦めたくない‥でも、規律違反が当然、っていう考えはどうしても納得できない)
(室長は休学扱いにしてくれる、って言ってたけど‥やっぱり、このまま‥)

翔真
「なあなあ、そういえば姉ちゃん、LIDEやってる?」

サトコ
「らいど‥?なんか聞いたことあるような」

翔真
「SNSだよ。無料で電話とかメッセージのやり取りができるやつ」

サトコ
「ああ、そういえば鳴子に教えてもらったけど、全然使ってないよ」

翔真
「インストールしてあんの?ならガンガン使えばいいのに」
「流行ものを知らないなんて、ダメだな」

サトコ
「別に、なくても困らないでしょ」

翔真
「でも、正義のヒーローならいろいろなところにアンテナ伸ばしておかなきゃだろ」
「どんなところに犯罪とか、それを解決するヒントが転がってるかわかんないじゃん」

サトコ
「あんた‥なんか、かわいげなくなったね」

翔真
「姉ちゃんは相変わらずだよなー。そのだっさい靴下!」

私の足元を見て、翔真が笑う。

翔真
「そんなんじゃ、いつまで経っても彼氏なんてできないんじゃないの?」

サトコ
「う、うるさいな!ほっといてよ!」

サトコの母
「サトコー!ちょっと買い物行ってきて~」

サトコ
「はーい」

翔真
「あ、姉ちゃん、俺のココアも買ってきて」

サトコ
「はいはい」

ため息をつきながら、翔真と一緒に部屋を出た。

【警察署】

サトコ
「久しぶりだなぁ」

(って、滅多に来たことなかったけど‥)

実家に戻ってきてから数日が経ち、昔の恩師に会うため、地元の警察署へ来ていた。
あれから‥
地元に戻ってきてから、加賀教官からの連絡はない。

(私が退学届を出したことは知ってるはずだよね)
(もう、戻ってこなくてもいいってことなのかな‥)
(懐かしい‥公安学校への入学が決まった時に挨拶に来て以来だよね。誰かいるかな)

きょろきょろしていると、後ろから声をかけられた。

???
「氷川?氷川か?」

それは、私を公安学校に推薦してくれた富岡部長だった。

サトコ
「富岡部長!お久しぶりです!」

富岡部長
「元気だったか?お前が公安学校に行って以来だから、何ヶ月ぶりだ?」
「今日はどうしたんだ?帰省か?」

サトコ
「は、はい‥ちょっと、お休みをいただけて」

(部長は、私に公安学校を紹介してくれたんだよね‥推薦状も書いてくれた)
(なのに、やり方に納得できなくて退学届を出した‥なんて、そんなこと言えないよ)

富岡部長
「どうだ?憧れの刑事への道は厳しいだろう」

サトコ
「はは‥」

富岡部長
「‥氷川?」

私の様子に気づいた部長が、首を傾ける。

富岡部長
「‥何かあったのか?」

サトコ
「いえ‥あの‥」
「その‥」
「‥犯人を逮捕するためには、不正なこともしなくてはいけないのでしょうか」

富岡部長
「‥‥‥」

サトコ
「私、公安学校に入れて嬉しかったんです」
「でも‥よくわからなくなってしまって‥」

富岡部長
「お前、今時間あるか?」

サトコ
「あ、あります」

富岡部長
「俺も丁度休憩中なんだ。休憩室へ行こう」



【休憩室】

富岡部長
「なるほどな‥」

詳細までは話せないが、自分が気にしていることを伝えると部長はうんうん、と聞いてくれた。

富岡部長
「交番勤務だと、街を守らなきゃ、っていう使命感に燃えるよな」

サトコ
「え?は、はい‥」

富岡部長
「地域とも密に連携が取れる。住民たちの反応も目の前で見れる」
「例えば引ったくりや空き巣が発生した場合、証拠をたどって犯人に行きつくことができる」
「でも‥公安警察が対峙してるのは、もっともっと大きな犯人なんだよな」

サトコ
「そうですね‥」

富岡部長
「国民が安全に暮らせるように、っていう志は変わらなくても」
「公安ともなると、ひとつの判断が国家を揺るがす事態になる場合もあるだろう」
「今のお前の上司たちは、日々すごいプレッシャーの中で生きてるんだろうな」

その時、加賀教官の言葉が蘇った。

加賀
唯一、事件を未然に防げる仕事だからだ
警察ってのは、基本的に事件が起きてからしか動けねぇ
だが公安は、危険思想の人間がいればマークして、未然に防ぐことができる

(そのために、教官たちは自分たちが処分されるリスクを冒してでも、犯人確保に翻弄してる‥)

富岡部長
「でも、もしかしてお前には合わなかったのかもしれないな」

サトコ
「え?」

富岡部長
「お前は誰よりも正義感にあるれた警察官だった」
「それを、公安でも活かせると思ったんだが‥」
「逆に、その正義感は公安の仕事をするには、邪魔になるのかもしれない」

(私の正義感は、公安では邪魔になる‥)

富岡部長
「悪かったな。結果的に、お前につらい思いをさせたんだろう」

サトコ
「そんなことないです‥あの学校に入れて」

(事件を経験して、授業も受けて‥)
(教官たちと‥加賀教官と会えて‥)

サトコ
「学べることも、たくさんありましたから」

上司にお礼を言い、帰路についた。



【自宅リビング】

家に帰ると、翔真がリビングのソファに座りながら携帯をいじっていた。

サトコ
「暇なら一緒に買い物、付き合ってくれればよかったのに」

翔真
「やだよ。姉ちゃんと買い物なんて恥ずかしい」

サトコ
「もう!重かったのに」

翔真
「それよりさー、この前、財務大臣が斬りつけられたのって」
「公安の情報が外に漏れたからだって、本当?」

サトコ
「え‥」

(なんで翔真がそれを知ってるの?)
(もしかして、ネットでそういう噂が立ってるのかな)

サトコ
「珍しいね、翔真が事件に興味を持つの」

翔真
「やっぱ気になるじゃん。姉ちゃんがいる組織だし」
「そういえば、里田って奴が捕まったのも、情報を漏洩したからなんだろ?」

サトコ
「え‥?」

(どうして‥里田さんのことを‥?)

サトコ
「ちゃ、ちゃんと新聞読んでるんだ、偉いね」

真っ青になる私に、翔真が携帯の画面を見せる。

翔真
「違う、LIDE」
「LIDEやってる奴から回って来たんだよ、この文章」

サトコ
「LIDE‥?」

画面を覗き込むと、そこには『LIDE非公式ページ』というタイトルが表示されており、
その下に、驚くほどの公安の情報がずらりと記されていた。

サトコ
「これ‥!」

翔真
「大臣の視察ルートとか、警備の仕方とかサミットの警備体制とか」
「結構前から出回ってるけど。かなり拡散されてるし」

サトコ
「か、拡散って‥」

画面をスクロールしていくと、
『財務大臣を殺したい奴、集まれ!』『公安のずさんな管理体制!』など、
驚くべき書き込みが目に付いた。

(こんなサイトにも、載ってるなんて‥)
(これが発信源ってこと?それとも‥)

翔真
「けどさ、変だよな。犯人が捕まったあとも、コメントにスレッド主から返信されてるんだよ」

<選択してください>

A:それはおかしい

サトコ
「それ、おかしいよ」
「もう捕まってるのに、コメントに返信なんてできるはずない」

翔真
「だよなー。じゃあ冤罪ってこと?」

サトコ
「冤罪だなんて‥」

(でも、おかしい‥里田さんのパソコンからは、確かな証拠も出たんだよね?)

B:里田さんは冤罪?

サトコ
「里田さんは冤罪ってこと‥?」

翔真
「それって大丈夫なの?まずいんじゃないの?」

サトコ
「でも、おかしいよ‥東雲教官が間違えるはずない」

(それに、里田さんのパソコンからは確かな証拠も出たはず‥)

C:スレッド主って誰?

サトコ
「ねえ翔真、スレッド主って誰なの?」

翔真
「さあ?こんなヤバいことに関わってる奴が、本名で登録してるわけないし」
「だいたい、知らない奴に自分の本名なんて教えるわけないだろ?」

(確かに‥だけど間違いなく、里田さんじゃない‥)

画面を見せてもらうと、ついさっきもコメントに返信があったばかりだった。

(里田さんでないとしたら、仲間がいるってこと?)
(こんな大変なこと、放っておけない‥!なんとか加賀教官に知らせないと)

急いで自分の携帯を取り出したけど、
『公安刑事には向いてない』という加賀教官の言葉が頭を過り、手が止まる。

(私、退学届まで出したんだ‥自分には公安の仕事は無理だと思って)
(教官だって、もう私を必要としてないかもしれない‥ううん、もしかして最初から‥)

でも目の前の現実を見過ごすことはできず‥

(私ができる『正義』まで、捨てちゃダメだ!)

必死の思いで加賀教官にメールを打った。

【自室】

(とりあえず、翔真のLIDEで見たことは全部書いたけど)

次の瞬間、手に持っていた電話が鳴った。

(か、加賀教官からだ‥!)

震える手で、通話ボタンを押す。

サトコ
「も、もしもし‥」

加賀
よくやった

サトコ
「え?」

加賀
さすがにそんなくだらねぇツール、歩もノーマークだった
LIDEだったな。今、歩が調べてる

サトコ
「は、はい!よろしくお願いします!」

電話越しでも久しぶりに聞く加賀教官の声に心臓が跳ね上がる。

(会いたい‥教官に会いたい)
(それに‥やり方に納得できない、なんて悩んだりしたけど)

犯罪はやっぱり許せないし、自分がどう考えようとも、体は勝手に動くものだとわかった。
でも、それを言葉にして教官に伝えることができない。

加賀
‥で?

サトコ
「で‥?」

加賀
いつまでそこにいるつもりだ

サトコ
「え?」

加賀
さっさと戻って来い

その言葉に、涙が頬を伝う。

サトコ
「戻っても、いいんですか‥」

加賀
戻らねぇで、どこ行くつもりだ
勝手にご主人様のもとを離れるようには、躾けてねぇはずだが

サトコ
「でも、私‥向いてないって」

加賀
たとえお前が公安を辞めたとしても、俺のそばを離れる理由にはならねぇ
それに‥離すつもりもねぇ

サトコ
「え?」

加賀
何をしていようが、てめぇの居場所は俺の隣だ

心なしか、教官の声がいつもより切なげに聞こえる。

サトコ
「‥戻ります」

加賀
当然だ

サトコ
「今すぐ、戻りますから!」

(教官が私を必要としてくれてる‥それだけで充分だ)
(私には、まだやることがある‥悩むのは、全部終わってからにしよう!)

to be continued

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