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加賀 続編 6話



教官と電話してすぐ、私は新幹線に飛び乗った。

【学校 廊下】

その日のうちに東京へと戻ってくると、寮に荷物を置いて学校へとやってきた。

(まずは、室長に挨拶‥いや、その前に加賀教官に会わなきゃ)
(でも、どんな顔して教官室に行けば‥それに、他の教官にはどう伝わってるんだろう)

あれこれ考えながら廊下を歩いていると、前方から誰かが歩いてくるのが見えた。

加賀
‥‥‥

私の顔を見ると、教官は驚きもせず口の端を持ち上げて少し顔をしかめながら笑った。

加賀
ずいぶんと‥長い家出だったな

サトコ
「家出!?」

(どっちかっていうと帰省のはずなんだけど‥)

加賀
LIDEだかってクソみてぇなツールは、いま歩が捜査中だ

サトコ
「何かわかりましたか?」

加賀
「さあな。だが、歩なら問題ねぇ」
‥鎖外して勝手にいなくなった駄犬には、今すぐ仕置きしてやりてぇところだが

(駄犬‥!でもネックレスも切れちゃったし、何も言い返せない‥)

うつむく私の顎を持ち上げて、教官が上を向かせる。
そして、ギュッと私の鼻をつまんだ。

サトコ
「い‥っ!?」

加賀
あとでたっぷり、躾てやる

(し、躾!?)

加賀
何されるか、知りてぇか?

頬に添えられた手が、後頭部へと滑り‥グッと引き寄せられた。

(キ、キス‥!)

衝撃に備えて、目を閉じる。
しかし‥

(あ、あれ?)

加賀
‥クズが
今は事件が先だ

慌てて首を振ると、教官が意地悪に口の端を持ち上げながら、手を離す。

加賀
機密情報漏洩の手掛かりを見つけたことと
黙って、飼い主から逃げ出したこと‥
どっちの方が、重要だろうな?

サトコ
「て、手がかり!手がかり一択です!」

焦った私の様子を見て、教官は鼻で笑い、上等だと呟いた。

加賀
行くぞ。さっさとしろ

サトコ
「は、はい!」

(この事件が解決したら、教官からどんなお仕置きが待ってるか‥)
(ああ、明日なんて来なければいいのに‥!)



【モニタールーム】

加賀教官と一緒にモニター室へ向かうと、
そこでは東雲教官がメインPCに向かって作業していた。

東雲
サトコちゃん、おかえり

サトコ
「た、ただいま帰りました」

東雲
家出はもういいの?気は済んだ?

(東雲教官まで‥)

<選択してください>

A:帰省です

サトコ
「い、家出じゃなくて帰省ですから‥」

東雲
あ、そうなの?てっきり兵吾さんから逃げ出したのかと思った

加賀
余計なこと言ってねぇで、さっさと割り出せ

東雲
はいはい。サトコちゃんが関わると、いつも以上に怖いんだから

B;まだわかりません

サトコ
「まだ、わかりません。答えは出てないんです」

東雲
ふーん。ま、急ぐこともないんじゃない?
別に無理にここに染まることもないし、ゆっくり時間をかけて答えを出せば?

加賀
無駄口叩いてねぇで、さっさとしろ

東雲
了解

C:それよりLIDEは?

サトコ
「そ、それより‥LIDEで、何かわかりました?」

東雲
質問に質問で返すの?
小学校からやり直してきたら?

サトコ
「!?」

東雲
ああ‥幼稚園からか

サトコ
「!!?」

東雲
実際のところ、ものすごく足取りを追いづらいんだよね

サトコ
「あのスレッド主ですか?もしかして、ハッカーとか‥」

東雲
それはないね。むしろ、その逆。素人だと思う

サトコ
「素人?でも、追いづらいって‥」

東雲
そう。素人すぎて、次の行動が読めない。何をしでかすかわからないっていうか
普通、常識があって先を見越せる人間なら、すぐ足がつきそうなLIDEなんて使わないでしょ

サトコ
「でも弟は、本名登録をしてる人なんていないって言ってましたよ」

東雲
当然そうだろうね。でも、登録名なんて何の意味もないよ
経由してるプロシキサーバも海外‥
ちょっとネットワークに詳しければこのくらい、誰でもできる

加賀
何がネックだ?

東雲
こっちの常識が、向こうには通じないところですね

小さく、東雲教官がため息をついた。

東雲
当然やるはずの対策をしてない、ずさんすぎる‥
だから、次の行動がつかめなくて追いにくいんです

サトコ
「なるほど‥そういうこともあるんですね」

東雲
ビギナーズラックっていうの?ほんと、めんどくさ

(めんどくさいって言いながらも、東雲教官ならきっと、犯人までたどり着いてくれる)
(でも‥里田が捕まったあとも、こうして更新されてるってことは)

サトコ
「里田さんは、犯人じゃなかったってことでしょうか‥?」

加賀
まだわからねぇ
少なくとも、あいつは何か知ってて隠してる

サトコ
「隠してる‥?」

加賀
今も、『何も知らない』の一点張りだ
ここまで来りゃ、『犯人につながる何かを知ってる』の裏返しだな

東雲
おもしろいくらい、何もしゃべらないですからね

サトコ
「知ってるのに喋らないってことは、犯人をかばってるんでしょうか?」

東雲
または、喋れない状況か‥

加賀
人質を取られてる可能性もある

(人質‥?)
(それって、もしかして‥)

サトコ
「あの‥私、昭夫くんの様子を見てきます!」

加賀
昭夫‥?息子か

サトコ
「もし、里田さんが喋れない理由があるとしたら‥昭夫くんが関わってるかもしれません!」
「真犯人が昭夫くんに何かしたら‥里田さんは、ずっと真相を喋らないかも‥」

東雲
兵吾さん、ここは彼女に任せるのはどうですか?
オレらが行くより、話しやすそうですけど

加賀
‥‥
行けるか?

サトコ
「はい!」

加賀
なら、ぐずぐずしてんな。さっさと行って来い

メモしてきた里田の自宅住所を頼りに、閑静な住宅街へとやってきた。

(今は、昭夫くんと‥再婚した奥さんと3人暮らしか‥)
(実のお母さんはどこにいるかわからないって言ってた‥この上、お父さんまで‥なんて)

サトコ
「昭夫くん、つらいだろうな‥」

その時、ドアの開閉する音が聞こえてメモから顔を上げる。
少し先の一軒家から出てきた人を見て、思わず駆け寄った。

サトコ
「昭夫くん!」

昭夫
「!」

少しぎょっとしたような表情になりながら、昭夫くんが立ち止まった。

昭夫
「お姉さん‥どうして」

サトコ
「昭夫くんが心配で‥」
「大丈夫?この間はせっかく学校まで来てくれたのに、力になれなくてごめんね」

私の言葉にどこかホッとした表情を浮かべながらも、昭夫くんは目を伏せた。

昭夫
「父は、どうなるんでしょうか?」

サトコ
「まだわからないけど‥でも、もしかしたら釈放されるかもしれないの」

昭夫
「え?」

サトコ
「お父さんが捕まった後も、まだ情報漏洩の犯行が続いてるのを見つけたの」
「拘置所にいるお父さんには、それができるはずがないから‥」

昭夫
「‥そうですか」

サトコ
「私も、何とか早く帰れるように掛け合ってみるから、元気出して‥」

昭夫
「‥LIDEの非公式サイトの書き込みを見つけたのは、もしかしてお姉さん?」

サトコ
「え?そうだけど‥」

(昭夫くん、どうしてLIDEの非公式サイトのこと‥)
(もしかして、お父さんが捕まった後も情報が漏洩されてるって知ってた?でもそれなら‥)

里田さんが釈放されるチャンスなのに、どうして訴えてこなかったのだろう?
そう尋ねようと顔を上げた時‥昭夫くんのほの暗い笑顔が目の前にあって、凍りついた。

昭夫
「余計なことしてくれたね」
「全部、あんたのせいだよ」

頭に鈍い痛みを感じたと思った時には、私の意識は急激に薄れて行った‥

うっすらと目を覚ますと、硬い床の上に身を投げ出すように横になっていた。

(頭が痛い‥ここ、どこ‥?)

波の音が聞こえる気がして、必死に考えを巡らせる。
足元で何かが動く気配に身を起こそうとすると、両手首を縄で縛られていることに気づいた。

サトコ
「な‥!?」

昭夫
「あれ?起きちゃった?」

鼻歌を歌いながら私の足におもりらしきものをつけていた昭夫くんが、顔をあげる。

サトコ
「昭夫くん‥何してるの?」

昭夫
「見てわからない?あんたを殺そうとしてるんだよ」

サトコ
「え‥!?」

昭夫
「いくら公安で訓練を受けてるって言っても」
「さすがに、この状態で海に捨てられたら助からないよね?」

サトコ
「昭夫くん‥冗談はやめて」

昭夫
「冗談で、こんなことすると思う?」

冷たい笑顔に、背筋が冷たくなった。

昭夫
「なんかおかしいと思ったんだよね。あいつが捕まったあとも、なぜかボクがマークされてるし」

サトコ
「あいつって‥お父さんのこと?」

昭夫
「公安って、キャリア組なんでしょ?でも、頭悪い奴らばっかりだね」
「父さんレベルの人間が、機密情報のファイルにアクセスできちゃうし」
「それをボクが垂れ流しても、父さんばっかりに目が行って、ボクは全然疑われないし」

サトコ
「昭夫くんが‥!?」

昭夫
「でも、最近になってボクがマークされ始めたのは、やっぱりあんたのせいだったんだね」

その言葉に、必死に首を振る。

サトコ
「違う‥公安は、昭夫くんを捜査対象にはしてない‥」
「仲間がいるかもしれないから、家族に接触してくると思って気をつけてはいたけど」

昭夫
「なんだ、じゃああんた、ボクを疑って家まで来たんじゃないんだ」
「なら、殺さなくてもよかったのかな‥でも、もう遅いよね」

無邪気な子供のような笑顔に、頭が麻痺しそうだった。

サトコ
「じゃあ、全部昭夫くんが‥?」
「お父さんが手に入れた機密情報をLIDEに流して、財務大臣を斬りつけ事件を起こしたり」

昭夫
「あいつが機密情報を手に入れたのは、本当にただの間違いだったみたいだけど」
「それを不用心に家の中に置いておくんだから、ほんと、大人ってバカだよね」
「ネットだとすぐ炎上するだろうから、LIDEを使ったんだけど‥正解だったな」

<選択してください>

A:どうしてそんなこと

サトコ
「どうして、こんなこと‥何が目的なの?」

昭夫
「目的なんてないよ。誰が死のうが捕まろうがボクには関係ないからね」

サトコ
「じゃあ、なんの意味もなくやったの?そのために、日本中を混乱に陥れたの‥!?」

昭夫
「ああ、いいね、その響き」

B:自首して

サトコ
「昭夫くん‥お願い、自首して」

昭夫
「自首?」

サトコ
「幸い、今回はまだ誰も命を失っていない‥昭夫くんは未成年だし」
「まだ、これからだってある‥」

昭夫
「やっぱり、あんたもバカだったんだな」

C:お父さんの気持ちは?

サトコ
「お父さんの気持ちは?昭夫くんがこんなことしたって知ったら‥」

昭夫
「あいつのことなんでどうでもいいよ」
「そもそも、あいつがちゃんとファイルを管理しておけば、ボクに情報を奪われることもなかった」

サトコ
「それは、確かにそうだけど‥」

昭夫
「知ってる?LIDEに公安の情報を流した時、ものすごい反応だったんだ」
「挙句、本気で財務大臣を斬りつけるくだらない大人まで現れた」
「ボクがしたことが、日本中で話題になった。ニュースで流れて、犯人捜しが始まって」

恍惚とした表情で、昭夫くんが語りだす。

昭夫
「みんな、ボクの手の平で転がされてることも知らずにね」
「すべてボクが仕組んだ。機密情報を手に入れたのは偶然だけど‥」
「ボクはあの情報ひとつで、日本を動かすことができるんだよ」

あまりにも稚拙な主張に、言葉が出てこない。

(この子‥自分が英雄にでもなったと思ってる?)
(注目されることが楽しくて、ただそれだけのために‥自分が何をしたのか、わかってないんだ)

昭夫
「父さんはただ、『自分が誤ってアクセスしたことがバレないか』って震えてるだけだった」
「バカだろ?自分の息子がこんなすごいことをしてるとも知らずに」

サトコ
「昭夫くん‥あなたは何ひとつ、自分の力で成し遂げてない」

昭夫
「何?」

サトコ
「機密情報を手に入れたのは、お父さん」
「少ない情報からお父さんまでたどり着いたのは、公安の職員」
「昭夫くんは?ただ、情報をLIDEに流しただけだよね」

昭夫
「もっとも効果的な方法でね」

私の言葉など、昭夫くんの心には届いていないようだった。

サトコ
「昭夫くんが大変なことをしたせいで、お父さんは捕まったんだよ」
「それは、なんとも思わないの?」

昭夫
「あんたもしかして、ボクが本気であいつの心配をしてあんたの学校まで行ったと思ってる?」
「あれはね、あいつがしばらく釈放されないか確認しに行ったんだ」

サトコ
「え‥?」

昭夫
「帰ってこないなら、ボクが何してもあいつにとやく言われることはないだろ?」
「まあ、そもそもボクが犯人だなんて、あいつは思ってもみないだろうけどね」

私の足におもりをつけ終わり、昭夫くんが立ち上がった。
そして、冷たい目で私を見下ろす。

昭夫
「お姉さん、正義の味方‥だっけ」
「戦隊もののヒーローじゃあるまいし、そんなもの、この世には存在しないんだよ」

サトコ
「そんなことない‥」

昭夫
「この期に及んで、まだそんなこと言うわけ?」

さっきから、必死に手を動かして縄を解こうと試みているけど、
成田教官に教えてもらった縄抜けをまだ習得していない私には、到底無理だった。

(ダメだ‥!さっき教官に『あとで躾けてやる』って言われた時)
(明日が来なければいいのに、なんて思わなきゃよかった‥!)

昭夫
「ほら、立ってよ。それで、自分から海に飛び込んでくれる?」
「これで、ボクが犯人だってことは誰もわからない」

サトコ
「昭夫くん‥あなたは間違ってる」

昭夫
「もういいよ。聞き飽きた」

サトコ
「さっき、お父さんは昭夫くんが犯人だとは気付いていないって言ってたけど」
「お父さん‥きっと、とっくに気づいてるよ」

その言葉を聞いた瞬間、昭夫くんの表情が変わった。

昭夫
「‥デタラメ言うな」

サトコ
「デタラメじゃない‥お父さんは、ずっと誰かをかばってるみたいだった」
「きっと、昭夫くんが機密情報を持って行ったって気づいて‥」
「でもそれを言えば昭夫くんが捕まるから、ずっと黙秘してるんだよ」

昭夫
「‥‥‥」
「‥もう黙ってくれる?」

少し青ざめながら、昭夫くんがポケットからナイフを取り出した。

昭夫
「面倒だし、頸動脈切ってやるよ」
「そうしたら、あとは沈むだけだよね」

サトコ
「やめて‥」

必死に首を振っても、昭夫くんはまったく動じない。
しゃがみ込み、横たわる私の手をつかんだ。

サトコ
「嫌‥!誰か‥っ!」

昭夫
「いくら叫んでも、誰も来ないよ」
「あんたは冷たい海の底で、一人寂しく死んでいくんだ」

サトコ
「教官‥加賀教官っ!」

昭夫
「これでわかっただろ?あんたのガキみたいな正義なんて、誰も必要としない」
「結局、この世に本当の正義なんて‥」

加賀
クズが

バン!とドアが弾けたかと思うと、聞き慣れた言葉が耳に届いた。

昭夫
「!?」

加賀
世話焼かせやがって

呆然とする昭夫くんの手に握られたナイフを蹴落とすと、
教官が、昭夫くんに銃を向けながら私の前に立ちはだかる。

加賀
ガキが他人のもんに手を出すとは、親の躾が足りねぇな
悪いが、返してもらうぞ

to be continued

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