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加賀 続編 シークレット 1話

【寝室】

ふと物足りなさを感じて、目が覚める。

‥寒いな
俺の抱き枕はどこ行った

見ると、隣に寝ていたサトコがベッドの端にいる。

‥離れんなって言ってんのに、相変わらず寝相悪ぃ奴だな

サトコ
「んん‥」

寝返りを打とうとしたサトコの腕を引き寄せて、抱きしめる。
何も身に着けていない体に、サトコの肌の感触は気持ちいい。

サトコ
「きょーかん‥」

加賀
‥‥‥

サトコ
「かがきょーかん‥」

夢を見ているのか、サトコが俺に向かって手を伸ばした。
愛しさが増して、さらに腕の力をこめる。

サトコ
「きょーかん‥大福‥」

加賀
あ?

サトコ
「ふふっ、大福みたいな顔‥」

‥どんな夢見てんだよ
大福みてーな柔らかさは、てめぇの方だ

ぎゅっと鼻をつまむと、しばらく堪えていたサトコがガバッと起き上がる。

サトコ
「!!!???」

加賀
‥‥‥

サトコ
「‥‥‥」
「???」

ぼんやりした顔で俺を見ると、何も言わず再びベッドに横になる。
そして今度は自分から俺の胸にすり寄って、そのまま眠ってしまった。

加賀
‥なんでこんなのに捕まってんだ、俺は‥

ため息をつきながらも、その愛しい身体を抱きしめ、目を閉じた。

【教官室】

室長が持ってきた、サトコの見合い話。

今どき、見合いだラブレターだ‥フザけんな

何に対してこんなに苛立ってるのかはわかっている。

東雲
『先日の見学の際は、丁寧に対応していただきありがとうございました』

サトコ
「東雲教官、返してください!」

颯馬
えーとどれどれ。『僕にとってあの時のあなたは、天使のように見えて』

(『丁寧に対応していただき』『天使のように見えて』‥?)
(他の男への尻尾の振り方を教えた覚えはねぇぞ)

心の中で舌打ちした俺を振り返り、苛立ちが伝わったのかサトコが怯えた顔をしている。

加賀
よかったな。物好きがいて

平静を装ってそう笑ったが、手紙をよこした男にも、サトコにも腹が立っていた。

(他の男に目を向けるなんざ、ずいぶん余裕だな)
(‥少し、仕置きが必要か)



【街】

その夜、2人で出かけたはいいが、
サトコはずっとこの間の情報漏洩のことばかり気にしている。
事件を解決したい、その姿勢は空回っていた入学当初から比べたら、随分と成長したもんだ。

ただ‥

(‥おもしろくねぇ)

サトコ
「スパイが潜んでるとか、ハッカーがセキュリティを破ったとか」
「でも、東雲教官の目をかいくぐれるハッカーなんて‥」

加賀
‥お前はやっぱりクズだな

女としても頑張るから許してほしいと懇願するサトコの手を引き、近くの路地に入った。

路地に身を隠すと、壁に背中を押し付けて強引に口づけた。
ビクッと身体が強張る反応は、悪くない。
いつまでも初々しい反応は、逆に男をそそるだけだと‥コイツはいつになったら学ぶのだろうか。

加賀
何してんだ。ちゃんと応えろ

サトコからするように促してやると、さっきまでギャーギャー喚いていたのが静かになった。
自分から唇を合わせると、拙い動きで下を絡めてくる。

(‥キスすると、大人しくなる)
(‥たまんねぇ)

切なげに寄せられた眉に、時折漏れる我慢している声に、どんどん気持ちを高ぶらされる。

‥ガキはどっちだ。我慢比べにもなりゃしねぇ



【ホテル】

スーツを脱ぎ捨てて、サトコをベッドに押し倒す。

(‥このまま抱いてもいいが)

激しいキスにサトコの体の力が抜けたのを見て、ゆっくり身を起こした。

加賀
もう終わりか?
てめぇの頑張りは、この程度か

唇の端に指を差し入れて、舌を絡めてやる。

とろけたような表情のサトコが、全身で俺を誘う。

(‥自覚がねぇのが、一番厄介だな)

敏感な身体を、手と唇で刺激してやる。
サトコは必死に声を抑えるように、手で口を押えた。

加賀
我慢すんなって言ってんだろ

サトコ
「でもっ‥」

加賀
俺よりも事件の解決が大事なら、学校に戻るか?

頬を染めて潤んだ目で見上げるサトコに、口をついて出たのはそんな言葉だった。

(‥これじゃ、まるで)

嫉妬だ。

サトコもそれに気づいたらしく、戸惑いながらもどこか嬉しそうな表情を浮かべている。

加賀
‥もっと啼かせてやるよ

サトコ
「教官っ‥」

加賀
俺が、満足するまでな

観念したのか我慢できなくなったのか、次第にサトコの声に艶が増していく。
甘い声で自分を呼ぶサトコを抱きしめながら、肌の柔らかさを愉しんだ。

(‥『学校に戻るか』だと‥?くだらねぇな)
(こいつの返事なんざわかってるのに、それを聞きたいと思ってる)

自分で、自分が信じられない。
こうして抱いていなければ、たまに不安にすらなる。

(‥こいつが、俺から離れられねぇなんて知ってる)
(なのに‥たまにこうやって、翻弄してくるから)

俺に組み敷かれ揺さぶられ、それに応えようと必死のサトコを見下ろす。
普段は絶対に見せない色気のある顔に、さらに感情が昂った。

(こんなのにハマって依存して‥)

どんなに乱しても、どんなに俺だけのものにしても足りない。
この腕の中に閉じ込めておけたら‥他の何も触れさせないでいることができたら‥
ひどく壊したくなる感情は、募るばかりだ。

(もう後戻りもできねぇ)

サトコに惚れている。
その自覚は、確かに自分の中にあった。

【取調室】

情報漏洩の件は、歩が早々に犯人の尻尾をつかんでいた。

(里田恒彦‥警視庁生活安全局の職員か)

里田
「‥‥‥」

取り調べを始めてから、里田は黙秘権を行使している。

(こんな奴に、うちのセキュリティが突破されたとは考えにくいが)

歩を見ると、呆れたように小さくため息をついた。

東雲
なんかの拍子に偶然入れちゃうことは、ごくまれにですけどありますよ

加賀
なるほどな

里田
「私は‥何も知らない」

加賀
その言葉は聞き飽きた
‥てめぇ、誰かをかばってんじゃねぇか?

その言葉に、里田が一瞬、顔色を変えた。

里田
「な、なんのことだか‥」

加賀
本当に犯人じゃねぇ奴は、聞いてもいねぇことをペラペラ喋る

東雲
あとで情報整理するのが大変なくらいにね

加賀
だがてめぇは、喋らねぇどころか‥

これは、カンだ。

(里田は何か知ってる)
(だが、自分が犯人でないにしろ、それは言えない‥つまり)

誰かをかばっている‥そう考えるのが自然だった。

里田
「ぐっ‥はぁ、はぁっ‥」

さっきから、里田の呼吸が荒くなっているのを感じていた。
ヒューヒューと喉が鳴る音もする。

(そろそろタイムリミットだな)

東雲
さっさと吐けば、楽になれるのに
立場的にも、体調的にも‥ね

こちらが薬を持っていることを暗にチラつかせ、歩が笑う。
里田が喘息の持病を持っていること、それに薬が必要なこともすでに調査済みだ。

(喘息も、ひどくなれば呼吸困難に陥る‥それを、本人が知らないはずがない)

(それでも吐かねぇってことは、よっぽどの事情か)

歩がこちらを見て、肩をすくめた。

東雲
ここまでくると、かばってるのは里田にとって相当重要な人間なんでしょうか
正直、上司程度の人間のために、ここまでしなくないですか?

加賀
てめぇはいつも、そう思ってんだな

東雲
まさか。尊敬してますよ、兵吾さん

俺たちの雑談の最中も、里田は苦しそうに胸を押さえている。

(‥この辺が限界か)
(だが今後も、この程度の脅しじゃ吐かねぇことはわかった)

薬を取り出そうとしたとき、バン!と取調室のドアが開く。
飛び込んできたのは‥

(なんで、お前が‥)

一瞬呆気にとられる俺たちの横をすり抜けて、サトコが里田に寄り添う。

サトコ
「大丈夫ですか!?」

加賀
‥邪魔だ。何しに来た

サトコ
「もうやめてください!こんな取り調べは禁止されてます!」

(くだらねぇ‥)

加賀
退け

サトコ
「加賀教官‥ダメです!」

里田をかばうサトコに、苛立ちが募っていく。
その一方で、懸命に弱い者の前に立ちはだかるサトコを見ると、心に重いものが落ちてきた。

(‥お前は、そっちの人間じゃねぇ)
(お前が選んだ公安刑事ってのは、こっち側の人間だ)

加賀
‥白けた

里田から離れないサトコの腕を離し、軽く舌打ちする。

加賀
後処理頼むぞ、歩

東雲
‥了解

サトコの視線を感じながら、取調室をあとにした。

(‥あいつが公安刑事になった時、この仕事が務まんのか)
(凶悪犯相手に、取り調べができんのか‥)
(やむを得ない事情で犯罪に手を染めた人間を、自白させられんのか)

さっきのサトコの必死の表情に、胸がうずいた。

(‥この仕事に、優しさなんざ不要だ)
(あいつは‥優しすぎる)

【個別教官室】

教官室に戻ってしばらくすると、サトコが入ってきた。
邪魔した理由を尋ねると、予想通り、どれも反吐が出そうなほど生ぬるい言葉ばかりだ。

サトコ
「あれじゃ、喋ろうとしても喋れません。すごく苦しそうだったじゃないですか‥」

加賀
吐こうとしてるかどうかくらい、見ればわかる

サトコ
「でも‥規律違反で加賀教官が捕まってしまいます」

サトコは『規律』、そして被疑者の人権を、
俺は『事件の解決』を最優先にしていることは、はっきりしていた。

(刑事として誰かを守りてぇ‥コイツの考えはわかる<) (だが刑事を未然に防ぐのも、次の事件を食い止めるのも‥) (結局は『こっち側』にいねぇと無理だ)   サトコと自分、どちらの言い分も間違っていないと思う。 ただ、サトコには俺のような人間も必要だということを、理解させなければならない。   サトコ 「里田さんは、自白しなかったんですよね?」 「それはやっぱり、何も言うことがないからじゃないんですか‥?」   (‥これじゃ、堂々巡りだな) (今までのやり方を変えられるほど、俺は器用じゃねぇ)   加賀 「お前は‥許容しなくていい

自分の口から出た言葉は、それだった。

サトコ
「え‥?」

加賀
無理にこのやり方を理解する必要はねぇ
だが‥邪魔だけはするな

教官室を出る俺の背中を、サトコが呆然と見つめる。

(‥サトコには、この仕事は無理だ)
(優しい人間に務まるほど、公安の仕事は甘くねぇ)

End

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