多数決の結果、夜間訓練が行われることが決まり、補佐官を務める東雲教官に声を掛けようと近づく。
歩
「あ、サトコちゃん」
サトコ
「東雲教官、お疲れ様です」
歩
「東雲教官の夜間訓練を選ぶなんて、サトコちゃんは相変わらず真面目だね」
サトコ
「いえ、せっかくの特別訓練ですし、学べるものは学んでおきたいと思って‥」
歩
「そんな肩ひじ張ってたら疲れない?」
サトコ
「特に肩ひじ張ってないと思うんですけど‥」
歩
「あれ、自覚なし?」
「まぁ、それもそれでサトコちゃんらしいと思うけど」
私の返答に、東雲教官は肩を竦める。
サトコ
「東雲教官、何か手伝えることはありますか?」
歩
「オレの方は特にないかな。どうしてもって言うんだったら、石神さんの手伝いでもしたら?」
「夜間訓練に関して、オレはノータッチだからね」
サトコ
「はぁ‥」
(東雲教官、もしかしてやる気ないのかな‥)
サトコ
「教官は、黒澤さんの企画派でしたもんね」
歩
「夜間訓練なんかより、透の企画の方が断然面白いだろうし」
「でも、いつかまたやればいいよ。透ヒマだから、呼べばいつでも来るし」
「自分だけ教官じゃないから、寂しがってるだろうしね」
サトコ
「ヒマだなんて、黒澤さんも忙しんじゃ‥」
黒澤
「歩さん!今、オレのこと呼びました?」
サトコ
「黒澤さん」
(神出鬼没とはこのことを言うんだろうな‥)
歩
「呼ばなくてもこうして来てるしね」
黒澤
「なになに、お二人でオレの話でもしていたんですか?いや~人気者は困りますね!」
歩
「そうやって前向きに捉えられる黒澤は本当に尊敬するよ」
黒澤
「お褒めに預かり、光栄です!」
(2人の会話、どっちも含みがありそうでなんだか怖いな‥)
黒澤
「あ、そういえば歩さん、加賀さんが呼んでましたよ」
歩
「わかった。それじゃあね、サトコちゃん」
東雲教官は軽く手を振りながら、その場を去って行った。
【廊下】
夜間訓練の持ち場に着くため、私は廊下を歩いていた。
キョロキョロと周りを見ながら歩いていると、曲がり角のあたりに東雲教官の姿を見つけた。
歩
「‥‥‥」
(辺りを窺っているようだけど、どうしたんだろう?)
(それに、東雲教官の持ち場はこっちじゃないよね)
歩
「‥‥‥」
(教官はまだ私に気づいていないみたい)
普段とは逆の、私が一方的に教官の姿を捉えている状況に、思わず好奇心が疼いた。
(訓練が始まるまで、まだ時間がある‥)
(尾行の訓練にもなるし、教官の後をつけてみようかな)
悪戯心が勝り、教官に気づかれないように後をつけはじめた。
歩
「‥‥‥」
サトコ
「‥‥‥」
(教官にはまだ気づかれてない、よね‥)
(ここまで教官に気づかれないなんて、私も少しは成長したってことかな)
(それにしても、どこに行くんだろう?)
教官は校舎から出ようとしているのか、玄関に向かっているようだった。
(もう少ししたら訓練が始まるし、声を掛けてみよう)
教官に気づかれないように、そっと近づく。
サトコ
「東雲教官、何をしているんですか?」
歩
「っ、サトコちゃん!?」
東雲教官は振り返り、小さく声を上げる。
歩
「なんでこんなところにいるの?訓練は?」
サトコ
「訓練が始まるまで少し時間があったので、教官の後を尾行させてもらいました」
「こうやっていきなり声を掛けるの、いつもと逆ですね」
冗談っぽく教官に話しかける。
歩
「‥まさか、サトコちゃんにやられるとは思ってなかった」
「尾行にも気づかなかったし‥なんか悔しいんだけど」
いつもの飄々とした顔とは違い、本当に悔しがっている東雲教官に小さく笑う。
歩
「何笑ってるの」
サトコ
「す、すみません、なんか新鮮で」
「ただボーっとしてただけですよきっと!」
歩
「そのフォローも嫌だな」
(本当、いつもと逆で、なんかおかしい)
サトコ
「そう言えば、教官の持ち場ってこっちじゃないですよね」
少し伺うように聞いてみる。
歩
「あ、バレた?」
「まずいな、これが知られちゃ‥」
サトコ
「え?教官!?」
教官はそう言いながらもジリジリと距離を詰めてくる。
歩
「サトコちゃんがそう言うんじゃ仕方ないか」
「じゃあ、口止め料としていいとこ連れてってあげるよ」
教官は私の腕を引き、歩き始める。
サトコ
「きょ、教官!?もうすぐ訓練始まりますよ!?」
歩
「いいから、いいから。それに、訓練よりも大事なことってあるでしょ」
サトコ
「え、え?」
歩
「あ、制服じゃダメだから着替えてから行くよ」
サトコ
「東雲教官~!」
(もしかして、最初からこれを狙ってた!?)
(やっぱり東雲教官にはかなわない‥)
教官はニッコリと笑みを浮かべたまま、私を連れて校舎を後にした。
【警察署】
スーツに身を包んだ私たちは、警察署の外にいた。
サトコ
「はぁ‥」
警察署から出た私は、思わず深いため息をつく。
歩
「ため息をつくと、幸せが逃げるよ?」
サトコ
「‥教官はそんな言い伝え信じているんですか?」
歩
「いや、言ってみただけ」
「それにしても、サトコちゃんがいてくれて助かった。あの人、女好きでさ~」
サトコ
「はは‥そうなんですね‥」
(どこに行くのかと思ったら、まさか警察署で接待をさせられるとは思わなかった‥)
歩
「サトコちゃんのおかげで、話がスムーズに進んだよ」
「予定していた時間よりも大分早く終わったしね」
「サトコちゃんがオレのこと尾行してくれてよかった」
サトコ
「ソウデスカ‥」
(私は教官の補佐官だし、仕事についていくのは全然かまわないんだけど‥)
変に期待していただけに、少しだけ残念な気持ちになる。
(ん?期待ってなんだ‥?)
歩
「サトコちゃん、もっといいこと期待してたんだ」
サトコ
「えっ!?」
歩
「『いいとこ』って聞いてたのに、連れて行かれた場所が警察署だったから残念なんだね」
サトコ
「そ、そんなことは‥というかなんで私の考えてること‥」
歩
「わかりやすいから」
スパッと言い切られ、何も言えなくなる。
(‥なんかそこまできっぱり言われると‥)
歩
「ま、サトコちゃんのおかげで早く終わったし、早速『いいとこ』いこっか」
サトコ
「‥もうその手には乗りませんよ」
歩
「あれ、教官のこと疑うの?」
「今度は本当にいいところだからさ。ほら、行くよ」
東雲教官は私を車に乗せ、夜の街を走らせた。
【バー】
やってきたのは、東雲教官お勧めのオシャレなバーだった。
歩
「たまにはいいでしょ?こんなところも」
サトコ
「はい‥ほぼ初めてですけど‥」
歩
「サトコちゃん、昔は東京にいたんだっけ?こういうところには来なかったの?」
サトコ
「大学までは東京でしたけど、こんな所と無縁でしたよ」
歩
「ふーん、そうなんだ。意外と似合ってるけどね」
サトコ
「え‥?」
歩
「スーツ着て、おしゃれなバーで飲むサトコちゃん」
サトコ
「そ、そうですか‥?」
(東雲教官のことだから、調子のいいこと言ってるだけかもしれないけど‥)
(こんな場所とは無縁だと思ってから、ちょっと嬉しいかも)
サトコ
「東雲教官はこういう場所はよく来るんですか?」
歩
「時間がある時はね」
「最近はあまり来れなかったけど‥」
教官はそう言いながら、どこか遠い目をする。
(公安の仕事も教官の仕事もあるし、きっと私たちとも比べられないほど忙しいんだよね)
歩
「‥‥‥」
サトコ
「あの、教官‥?」
歩
「んー、少し考え事してた」
「ねぇ、サトコちゃん。これからもっと『イイトコロ』、行かない?」
東雲教官は私の手を取り、甘く囁くように言う。
サトコ
「きょ、教官‥」
(なんだかいつもより色っぽい‥)
お酒が入ってるせいか、触れている手が熱く感じる。
サトコ
「でも、まだ訓練が‥」
歩
「ここまでついてきたのに、まだ訓練なんて野暮なことを言うんだ?いいから、行こう」
私の手を取ったまま、東雲教官は立ち上がった。
私も黙って、教官に導かれるままついて行った‥
【展望台】
高層ビル展望台にやってきた私たちは、ゆっくり歩きながら夜景を楽しむ。
サトコ
「わぁ、綺麗‥」
歩
「喜んでもらえた?」
サトコ
「はい!こんな素敵な場所に連れてきていただき、ありがとうございます」
歩
「そっか。そう言ってもらえてよかったよ」
夜景に照らされた教官の顔は少し儚げで、優しかった。
歩
「でもこうして歩いていると、なんだかデートみたいだね」
サトコ
「そ、そうですね‥」
(東京に来てから訓練漬けの毎日だったから)
(いざこうやってエスコートされるとちょっと照れちゃうな‥)
(でも、うれしい‥)
そんな話をしていると、いつの間にか展望台の端の方にいた。
東雲教官はピタリと足を止め、私の手を取る。
歩
「サトコちゃん‥」
サトコ
「‥教官?」
教官は私に身体を近づけ、耳元に唇を寄せる。
歩
「もっと楽しいこと、しよっか」
サトコ
「ど、どういうこと、ですか‥」
歩
「おとなしくしてて。周りに気づかれちゃうよ」
じっと私を見つめたかと思うと、ゆっくりと顔を近づけてくる。
そして、触れそうになるくらい唇が近づいてきて‥
(教官、それって‥でも、私たちはそんな関係じゃ‥!)
歩
「今日はこんなもんかな」
サトコ
「え‥?」
教官はそう言って、私から身体を離した。
サトコ
「教、官‥?」
戸惑う私に、教官は声を潜めながら話す。
歩
「ちょっと対象の行動確認しててね。服に仕込んでたカメラで撮影してたんだよ」
サトコ
「そ、そうだったんですか‥」
(いきなりあんなことされるから、ドキドキしちゃったし‥)
(っていうより、教官わざとやってたような‥)
歩
「わ、顔真っ赤だけど」
「もしかして、期待しちゃったとか?」
東雲教官は口角を上げ、ニヤリと笑う。
サトコ
「わ、分かってますよ!」
「捜査のために、女の人が必要だったんですよね」
歩
「その通り。捜査にどうしても必要なの」
「オレに従順な子が、ね」
サトコ
「!」
ニッコリと笑顔を見せる東雲教官に、私は何も言い返せなかった。
【学校 廊下】
展望台を出た私たちは、まっすぐ学校に戻ってきた。
歩
「今日はサトコちゃんのおかげで、いろいろスムーズに進んだよ」
サトコ
「いえ‥どういたしまして、です」
(今思うと、最初にした尾行も教官の思惑だったんじゃないかって疑っちゃうな‥)
歩
「サトコちゃんはこの後どうするの?」
サトコ
「訓練の時間も過ぎてますし、このまま戻ります」
歩
「そっか、お疲れ様。今日はキミと一緒で楽しかったよ」
サトコ
「は、はぁ‥」
歩
「次はちゃんと続きしようね?」
サトコ
「!」
東雲教官は、意味深な笑みを浮かべる。
(わ、私はもう騙されないんだから‥!)
???
「お前たち‥」
声がする方に振り返ると、そこには石神教官と颯馬教官がいた。
サトコ
「きょ、教官‥」
石神
「訓練にも出ないで、どこに行ってた」
歩
「ちょっと野暮用ですよ。オレもサトコちゃんも、ね」
東雲教官はそう言いながら歩き出す。
サトコ
「あ‥」
石神教官たちの横を通り過ぎようとすると、東雲教官のポケットから何か落ちた。
サトコ
「教官、何か落ちましたよ」
私は落ちたものを拾うと、思わず目を見張った。
サトコ
「こ、これは‥」
石神
「!」
石神教官も見たのか、眉間に皺を寄せる。
(ら、ラブホのライター!?)
颯馬
「フフ‥」
颯馬教官は、面白いものでも見たというように笑った。
サトコ
「し、東雲教官!」
歩
「それ、サトコちゃんにあげるよ。また行こうね」
サトコ
「いりませんよ、こんなもの!」
石神
「‥氷川」
サトコ
「い、石神教官、違うんです!」
颯馬
「サトコさん、頑張ってくださいね」
サトコ
「颯馬教官待ってください!見捨てないでください!」
(私、どうあがいても東雲教官に敵いそうもないよ‥)
(でも、今回一緒に出掛けたのは‥嫌じゃなかった、かも)
神出鬼没でマイペースだけど、ふと見せる表情に含まれる意味を私はまだ知らない。
今は鬼のような形相を浮かべる石神教官に、必死に弁明するのだったーー
Happy End
※飲酒運転はだめだよ、あゆむん‥‥