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B:颯馬教官



黒澤さんの企画をやることが決まり、私は補佐官を務めている颯馬教官の元へと駆け寄った。

サトコ
「颯馬教官、お疲れ様です」

颯馬
お疲れ様です、サトコさん。結局黒澤の企画に決まりましたね

サトコ
「はい。面白企画って言っていましたし、どんな企画なのか楽しみです」

颯馬
フフ、本当に楽しいだけの企画ならいいんですけどね

サトコ
「え‥?」

(今、不穏な言葉が聞こえたような‥)

颯馬
いずれにせよ、すぐにわかりますよ

颯馬教官は気にするなと言わんばかりに、ニッコリと笑みを浮かべる。

颯馬
サトコさんは黒澤の企画を選んでましたね

サトコ
「はい。石神教官には忍びないですけど‥」

颯馬
つまりサトコさんは、石神さんより黒澤の方が好きということですか

サトコ
「え!?いや、好きとか嫌いとか‥そんな基準で選んでないですよ!」
「訓練も大事ですが、息抜きも必要かなって思ったから黒澤さんの企画を選んだんです」

颯馬
そんな必死にならなくても大丈夫ですよ。ちゃんとわかってますから

サトコ
「は、はい‥」

意味深な笑みを浮かべる颯馬教官に、脱力してしまう。

(このペースじゃ朝まで持たない気がする‥)

黒澤
サトコさんと周介さんは仲がいいですね!

サトコ
「く、黒澤さん‥!?」

突如現れた黒澤さんに、思わず声を上げてしまう。

黒澤
よくドラマとかであるあれですか?教官と生徒の危ない関係みたいな‥

サトコ
「な、何を言ってるんですか!?」


黒澤はそういう話好きそうだよね

サトコ
「東雲教官も‥」

黒澤さんの横から東雲教官が現れる。

(みなさん、いったいどこから現れてるんだろう‥)

黒澤
オレは面白そうなものならなんでも大好きですよ☆
ということで、サトコさん。颯馬教官とはどういう関係なんですか?

サトコ
「どうもこうも、私と颯馬教官は教官と補佐官ですよ」

黒澤
いやいや、サトコさん。オレが聞きたいのはそういうことじゃなくてですね‥

颯馬
黒澤、そこまでにしておいてもらえる?この通りサトコさんも困ってるから
それに、面白企画とやらの準備は済んでるのかな?

黒澤
ハッ!そうでした!こんなところで話してる場合じゃありません。行きましょう、歩さん!


はいはい。と言っても、残るは黒澤の準備くらいだけどね

黒澤
ということは、歩さんの準備の方は‥


もちろん、バッチリできてるよ。みんなの反応が楽しみだ

黒澤さんと東雲教官は怪しい笑みを堪えて、残りの準備に向かった。
2人の後ろ姿は、無邪気な邪気に包まれていた。

(‥やっぱり、選ぶ方間違ってたかも‥)

颯馬
さて、私たちも行きましょうか
こんな時間までサトコさんと居れるんですから、有意義に過ごしたいです

サトコ
「教官‥」

颯馬教官に促され、黒澤さんたちの後を追った。

【廊下】

颯馬教官と肩を並べながら、夜の校舎を歩く。

(私は補佐官を務めてるから、颯馬教官と一緒にいる時間は他の人と比べて多いけど‥)
(それでも、こうして夜の学校で一緒にるのって、なんだか不思議な感じがする)

チラリと颯馬教官を見上げると、視線が合った。

颯馬
どうかしましたか?

サトコ
「い、いえ‥」

颯馬
もしかして、黒澤の企画が心配ですか?

サトコ
「それも少しあります‥」

(最初は面白企画だから大丈夫かなって思ってたけど)
(あの2人の怪しい笑みを見たらなんだか不安の方が大きいかも‥)

颯馬
フフ、そんな不安そうな顔をしなくても大丈夫ですよ

サトコ
「え‥?」

颯馬教官は優しい手つきで私の頭を撫でる。

(わっ‥頭‥)

颯馬
サトコさんには私がついてますから
だから、心配なんていりません

サトコ
「きょ、教官‥」

教官から頭を撫でられたことに、戸惑ってしまう。

颯馬
ああ、すみません
サトコさんが不安そうだったので、つい

サトコ
「い、いえ‥」

(なんだか‥颯馬教官いつもの雰囲気と少し違う?)
(優しいっていうか‥オーラというか‥)

私は少し赤くなっている顔を隠すように、窓の外に視線を向けた。

【教場】

数時間後。
黒澤さんの企画である『24時間訓練記念・大肝試し大会』が終わり、
人数は結局半分ほどに減っていた。

(うぅ‥まさかいきなり覆面の男の人たちが襲ってくるなんて‥)

無事に帰ってきたのは私を含めて、教官と組んだ人たちだけだった。

(ペアが颯馬教官で本当よかった‥)

サトコ
「とんでもない肝試しでしたね‥」

颯馬
そうですか?なかなか面白かったけどな

サトコ
「教官、あれだけの人数に襲われたのに冷静に対処してましたね」

(それに、息も乱れてないし‥やっぱり、教官ってすごい)

黒澤
生き残った皆さん、おめでとうございます!
さて、ここからが本番ですよ!魔のセカンドステージにご案内します!

同期A
「せ、セカンドステージってマジかよ‥」

同期B
「オレ、もうこれ以上無理‥」

黒澤
あれ?皆さん元気ないですね
これくらいでへばってたらダメダメですよ~

石神
‥黒澤

黒澤
はい?なんですか‥って、石神さん。どうしたんですか、そんな怖い顔をして

後藤
そろそろ引き際じゃないか?

黒澤
後藤さんまで‥
皆さんも楽しんでたじゃないですか!
それに、準備をしたのはオレだけじゃないんですよ?歩さんも‥
って、あれ!?歩さんがいない!?

石神
東雲ならどこかに行ったぞ

黒澤
そ、そんな‥!相棒であるオレを置いて逃げるなんて!

石神
‥‥‥

後藤
‥‥‥

黒澤
や、やだな。2人してそんな怖い顔して‥
え、えっと‥
それじゃあ、オレもここで失礼します!

後藤
待て

黒澤
あ~れ~!お助けを~!

こうして黒澤さんは、一晩中後藤教官から怒られる身となった。

(一晩中だなんて‥黒澤さん、ご愁傷様です)

颯馬
フフ、黒澤は放っておいても平気ですよ
それよりサトコさん、今からお時間大丈夫ですか?

サトコ
「え‥?」

颯馬
よかったら、少し付き合ってください

(颯馬教官からのお誘い‥なんだろう?)

サトコ
「はい、私でよければ」

颯馬
ありがとうございます。それじゃあ、行きましょうか

私と教官はこっそり抜け出すように、教場を後にした。

【プール】

颯馬教官に連れてこられたのは、公安学校内のプールだった。

サトコ
「わ、プールなんてあったんですね」

颯馬
まだ訓練では使ってませんしね

誰もいない静かなプールに、颯馬教官は足だけ水に浸かる。

颯馬
水、気持ちいいですよ。サトコさんもどうですか?

サトコ
「それじゃあ‥」

教官に促され、私も浸かる。

サトコ
「冷たくて気持ちいい‥」

颯馬
今日はいつも以上に体力を使いましたからね。サトコさん、身体の方は大丈夫ですか?

サトコ
「はい。私なら大丈夫です。これが24時間で終わらなかったら倒れちゃうかもですけど‥」

颯馬
フフ、ちゃんと終わればいいですね

サトコ
「また、意味深なこと言わないでください‥」

こんな場所でも、颯馬教官はいつもの調子でからかってくる。

(そういえば‥)

サトコ
「颯馬教官はプールがお好きなんですか?」

なんでプールに誘ってくれたのだろうと思い、素朴な疑問を聞いてみる。

颯馬
‥そうですね。泳ぎが特別得意なわけじゃないですけど

サトコ
「教官はスポーツ得意そうですもんね。私、剣道以外はサッパリで」

颯馬
私も似たようなものですよ

それから少しの間、沈黙が続く。
静かな空間に水面を蹴る音が優しく響き、眩い月明かりが幻想的だった。

サトコ
「なんだか、夜のプールっていいですね。プール自体は昼間とかわらないのに‥」

颯馬
そうですね。今夜は月も出ていますし
それに、サトコさんと2人きり‥ということも関係しているのかもしれません

月夜の光に照らされた水がキラキラと光る。
それを見ながら優しく微笑む教官に、少し胸が跳ねる。

サトコ
「颯馬、教官‥?」

颯馬
サトコさんと居ると、なんというか‥落ち着く、そんな感じがします

サトコ
「そ、そうですか‥?」

颯馬
フフ、顔が赤くなってますよ

サトコ
「そ、それは颯馬教官が‥!」

(そんなこと言うから‥)

颯馬
フフ
私が、なんですか‥?
ちゃんと言ってくれないと分かりませんよ

颯馬教官はそう言いながら、いたずらな笑みを浮かべる。

(またからかわれてる‥)

サトコ
「‥颯馬教官、私の事、からかってますよね」

颯馬
バレてましたか。すみません、サトコさんの反応が可愛らしかったので

くすくすと笑いながら、教官は月を見上げた。

颯馬
月と言えば、夏目漱石の有名な話がありますよね
生徒の『I love you』の直訳を直したという

サトコ
「あぁ、『月が綺麗ですね』ってやつですよね」
「なんだか日本人的でいいですよね」
「でもわたしも『愛してる』って直訳しちゃいそうです」

颯馬
フフ‥奇しくも、私たちも漱石と生徒と同じ立場ですね
私はそんな詩的な返しはできないですけど

サトコ
「そうですか?教官ならそういうの得意そうですけど」

颯馬
得意、ですか‥サトコさんには、そういう風に見えるんですね

サトコ
「あっ‥」

教官はフッと笑みをこぼしながら、私の顔を覗き込む。

颯馬
サトコさん?

サトコ
「は、はい‥なんですか?」

颯馬
‥月が綺麗ですね

サトコ
「え、それって‥」

(さっきまで漱石の話をしてたから、もしかして‥)
(ううん、教官がまた調子のいいこと言ってるだけ、だよね‥そうだよね‥)

違うと思いつつも、颯馬教官の言葉に胸が高鳴り続ける。

颯馬
サトコさん‥

サトコ
「そ、颯馬教官‥あっ‥」

颯馬教官は私の手に自身の手を乗せ、優しく握った。
教官の男らしい手つきに、胸の高鳴りが強くなる。

颯馬
‥‥‥

サトコ
「え、あ‥」

ゆっくりと、颯馬教官の顔が近づいてくる。
真剣な表情をしている教官から目が逸らせない。

サトコ
「そ、颯馬教官‥っ」

(そんな、ダメ‥!)

唇が触れそうになるくらい近づいた瞬間‥‥

パシャッ!

サトコ

「え‥?」

(今のって‥?)

颯馬
‥やっぱりいましたか

颯馬教官は苦笑いしながら、私から離れる。

サトコ
「あ、あの‥今のフラッシュは‥?それに、やっぱりって‥」

颯馬
黒澤ですよ。大方、私たちのことを覗き見していんでしょう

(覗き見!?もしかして、今の見られてたの!?)

その前後のことを思い出すと、恥ずかしさがこみ上げる。

颯馬
別に後ろめたいことはしてませんでしたが、公安とはいえ盗み聞きは褒められないですね
行きますよ、サトコさん

サトコ
「そ、颯馬教官‥!?」

教官は私の手を引き、優しく引き上げる。

サトコ
「行くって‥」

颯馬
黒澤を追いかけるんです。現行犯が逃げないうちにね

(教官はもしかして、黒澤さんがいると知っててあんな行動したのかな‥?)

なんとなく、複雑な気持ちになってることに気づく。

颯馬
サトコさんほら、早く

サトコ
「は、はい!」

(教官は相変わらず掴めないけど‥)

颯馬
月が綺麗ですね

(さっきの言葉が頭から離れないよ‥)

私は胸の鼓動を押えながら、颯馬教官の後を追ったーー

Happy End

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