合宿　石神１話

 

 

公安合宿の冒頭で始まったレクリエーション『２人でタッチ』
私は石神教官と組んで、レクリエーションが終わる頃にはかなり体力を使ってしまっていた。

 

（石神教官が捕まったりしたら申し訳ないと思って、つい張り切っちゃった‥）

 

石神
「では、本題の演習に移る」
「今のレクリエーションがパートナー力なら今回の演習ではチーム力を養ってもらう」
「各チームに分かれ、鬼泣山の捜索をしてくるように」

 

黒澤
「チーム分けはこちらでしてありますから、これから発表しますね」

 

黒澤さんの発表を待っていると、石神さんに名前を呼ばれた。

 

石神
「氷川は別訓練だ」

 

サトコ
「え‥私だけですか？」

 

石神
「お前はタイムテーブルを組む作業で鬼泣山下調べは済んでいるだろう」
「その条件で他の者と演習をするのはフェアではないからな」

 

サトコ
「わかりました。私はどんな訓練をすればいいんでしょうか？」

 

石神
「後藤、颯馬、来い」

 

後藤・颯馬
「はい」

 

石神
「氷川は俺と後藤、颯馬と共に山中に入り地形把握の訓練をする」

 

サトコ
「地形把握‥ですか？」

 

石神
「具体的には、自分の足で地図を作っていく作業だ」
「実際に山中で犯人を追うときは地形を制した者が場を制するとも言われている」

 

後藤
「‥‥‥」

 

颯馬
「その通りですね」

 

サトコ
「？」

 

（なんかやけに颯馬教官がニコニコしてるような‥）
（反対に後藤教官は落ち着かないような顔してるけど、どうしたんだろう）

 

石神教官の説明が一通り終わって口を開いたのは後藤教官だった。

 

後藤
「石神さん、手が‥」

 

石神
「手がどうかしたのか？」

 

後藤
「その‥氷川と手をつないだままです」

 

サトコ
「！」

 

（ほ、本当だ！『２人でタッチ』から、ずっとつないだままだった！？）

 

サトコ
「し、失礼しました！」

 

慌ててパッと手を離すものの、頬が熱くなるのを感じる。

 

石神
「ああ‥すまなかった。それで、今回想定している事件についてだが‥」

 

（表情一つ変えずに説明を続けてる‥）

 

教官らしい反応だけど、ひとり慌てた自分が恥ずかしくなってしまう。

 

（たまたま‥手を離すのを忘れただけなんだよね）
（石神教官が私と手をつないでたいなんて思うわけ‥）

 

石神
「氷川、お前の任務はこのファイルにマッピングをしていくことだ」
「お前の地図次第では遭難の可能性もある」
「演習だからといって気を抜かずに任務に当たれ」

 

サトコ
「はい！」

 

（他の事に気を取られている場合じゃない）
（教官たちと一緒の演習なんだから気を引き締めて必死についていかないと！）

 

石神
「では、行くぞ」

 

私は石神教官と後藤教官、颯馬教官と一緒に鬼泣山の中へと入って行った。

 

 

 

 

山に入り、細い山道を登り続けること小一時間。

 

サトコ
「はっ‥」

 

（鬼も泣くってだけあって、急な道ばっかり‥）

 

マッピングをしながら登る私の息はすでに上がっていた。

 

後藤
「もう少しで見通しのいい道に出そうですね」

 

石神
「ああ。氷川、現在地を確認するのに最適の場所だ。チェックを忘れるな」

 

サトコ
「はい！」

 

（教官たちは息ひとつ乱れてない。さすが‥）

 

颯馬
「石神さん。もう少しゆっくり行きましょう。このペースだと彼女が持ちません」

 

サトコ
「だ、大丈夫です！ちゃんと遅れずついて行きますので！」

 

石神
「‥無理をするな」
「まだ先は長い。後々動けなくなったら、どうする」

 

サトコ
「でも、皆さんに迷惑をかけるわけにはいきません」

 

石神
「今回の演習ではチーム力を養うと言ったのを忘れたのか？」
「お前ひとりを残していくことはできない。ここからはペースを落としていく」

 

サトコ
「石神教官‥すみません‥」

 

石神
「今回はチームを重要視した演習だからな」
「別のケースでは、そう甘いことばかりではない」
「自分の状況を的確に判断し、時には自分から任務を外れるという判断も忘れるな」

 

サトコ
「‥わかりました！」

 

（やっぱり石神教官は厳しいな‥）

 

 

歩調を緩めてくれた教官たちに、私も少し楽になる。
ようやく呼吸を整えて山を登れるようになると、川が流れる音が聞こえてきた。

 

サトコ
「見通しのいい道って河原だったんですね」

 

颯馬
「鬱蒼とした森に比べれば、随分と視界が良くなりましたね」

 

石神
「川は捜索の上でも大きなポイントになる。しっかりと記録しておけ」

 

サトコ
「はい！」

 

石神
「山中に入って一時間か‥」
「そろそろ根を上げる奴らが出てくる頃だな」

 

後藤
「山の中は想像より厳しいですからね。地味な作業が続きますし‥」
「忍耐力を鍛えるにはちょうどいい演習なんじゃないですか？」

 

石神
「ああ‥」
「とはいえ、結果的にリタイアでは演習の意味もなくなる」
「今回の合宿は結果よりも過程を重視しているからな‥」
「全員、無事に捜索を終えさせるのが俺たちの目的だ」

 

（石神教官は教官として、先輩の刑事としていろいろなことを考えて私たちを指導してくれてる‥）
（こんなに立派な教官の補佐官になれたんだから、もっと私も勉強しないと‥！）

 

颯馬
「この先、河原の面積が狭まって川幅が広がっています」
「足を滑らせないように、くれぐれも気を付けてください」

 

サトコ
「はい。この河原の狭さじゃ足が滑ったら、そのまま川に流されそうですね‥」

 

颯馬
「いざとなったら、私たちが支えます」

 

優しい笑みを浮かべてくれる颯馬教官にほっと心が和む。

 

（でも気を緩めず、教官たちの手を煩わせることのないように‥）

 

後藤
「俺が先頭で行きます」

 

石神
「ああ」

 

川幅が広くなってきて、少し川の水が足にかかる。
一歩一歩を踏みしめて歩いていると、いつの間にか石神教官の背が目の前にあった。

 

石神
「‥‥‥」

 

（随分ゆっくり進んでいるような‥私を待っててくれたのかな）
（ん？でも、何だかあんまり顔色がよくないような‥）

 

その眉間にはシワが寄っているのが見える。

 

サトコ
「石神教官‥大丈夫ですか？顔色がよくないように見えるんですが‥」
「もしかして気分でも悪いんじゃ‥」

 

石神
「川の匂いが気になっただけだ。問題ない」

 

（川の匂いって‥変わった匂いは感じられない気がするけど‥）

 

少し前を歩く石神教官の顔色が優れないのは確かで、誤魔化されたのかなと思う。

 

＜選択してください＞

 

結局、石神教官の調子が悪いのかどうかはわからなかった。

 

（今は演習中だし教官と生徒だから‥頼ってほしいなんて簡単に言えないけど‥）
（でも、もし気分が悪いなら言ってほしい‥）
（いや、そう思うなら、私がそれだけの存在にならないと！）

 

颯馬
「誰にでも秘密はあるものですよ」

 

サトコ
「颯馬教官‥」

 

（それって、どういう意味だろう‥）

 

一番後ろを歩く颯馬教官の意味深な言葉に耳に残った。

 

 

 

 

川縁を抜けると、高台のような場所に出た。

 

石神
「ここからなら遠くまで見渡せるな‥」
「市街地の方向や空からの捜索なども視野に入れるのを忘れるな」

 

サトコ
「はい」

 

（山の周辺情報も捜索の時には重要になってくる‥）
（ヘリが降りられる場所とかもできたら調べておかないと）

 

後藤
「俺たちは奥の様子を見てきます」

 

石神
「ああ、気を付けていけ」

 

後藤教官と颯馬教官が森に入って、私が地図を書き込んでいると急に空が暗くなった。

 

サトコ
「え‥」

 

ポツっと紙の上に大きなシミができる。

 

サトコ
「雨！？急にこんな‥っ」

 

石神
「ひどい降りだな‥」
「氷川、こっちだ」

 

サトコ
「はい！」

 

空からは大粒の雨が一気に降ってきて、今にも視界を覆いそうだ。
石神教官は私の手をつかむと、森の中にある大木の陰へと隠れた。

 

サトコ
「ゲリラ豪雨ですね」

 

石神
「山の天気は変わやすいからな‥後藤と颯馬と合流できればいいが‥」
「これだけ降ってきたら、演習は中止した方がいいかもしれない」

 

地面が雨を吸ってぬかるんでくるのがわかる。

 

サトコ
「確かに、このまま振り続けたら危険ですね」

 

石神
「‥難波さんから電話だ」

 

石神教官が携帯に出る。

 

石神
「ええ‥わかりました。こちらは氷川と一緒にＣ地点の近くにいます」
「後藤と颯馬は別行動ですが、あいつらなら心配いらないでしょう」
「状況を確認しつつ下山します。では‥」

 

サトコ
「何か問題でも？」

 

石神
「いや、この雨で演習は中止だ」
「安全を確認しつつ下山し宿に戻るよう指示が出た。雨が弱まったら、俺たちも山を下りる」

 

サトコ
「後藤教官と颯馬教官は‥」

 

石神
「あいつらにも難波さんから連絡がいってるだろうから心配はいらない」
「‥お前がひとりにならなくてよかった」

 

サトコ
「教官‥」

 

雨の様子を見ていた教官が振り返り、私の頬に手を伸ばす。

 

（え‥）

 

近づいてくる石神教官に胸を高鳴らせると‥

 

石神
「頬に落ち葉がついてる」

 

サトコ
「え！？あ！ありがとうございます‥」

 

石神教官がその手で落ち葉を払って、ハンカチで濡れた頬を拭いてくれた。

 

（もしかしてキスかと‥は、恥ずかしい‥！）

 

石神
「こんなところで降られるとはツイてないな」

 

＜選択してください＞

 

石神
「雷が鳴らないのがせめてもの救いだ」

 

石神教官が雨露に濡れたメガネを外し、拭こうとした時だった。

 

サル
「キキッ！」

 

サトコ
「サルが教官のメガネを！」

 

石神
「お、おい！待て！」

 

サトコ
「教官、いま飛び出したら、びしょ濡れになっちゃいます！」

 

飛び出していきそうな石神教官の手をつかんで止める。
その間にサルは木から木へと飛び移って行ってしまった。

 

石神
「仕方がない‥」

 

サトコ
「すみません、引き止めちゃって‥」

 

石神
「いや、ここで濡れるのは得策じゃない。止めてくれてよかった」

 

サトコ
「少し弱まらないと動くに動けませんね」

 

石神
「そんなに長くは降らないと思うが‥」

 

２人で空を見ていると、少しずつ雨が弱くなってきた。

 

石神
「今のうちに動くぞ」

 

サトコ
「はい！」

 

小降りになってきた雨に木の下を出る。

 

サトコ
「雨が弱いうちに急ぎましょう」

 

石神
「‥待て」

 

木の下から出て一歩踏み出したとき、教官にぎゅっと手を握られた。

 

サトコ
「きょ、教官？」

 

石神
「‥メガネがないと周りが良く見えないんだ」

 

サトコ
「あ‥私でよかったら、いくらでも教官の目になります！」

 

石神
「メガネがなくても‥お前のことなら迷わず見つけられるのにな」

 

サトコ
「え？」

 

ふっと微苦笑した教官に私は聞き返してしまう。

 

石神
「‥いや、また雨が強くなる前に下山しよう」

 

（石神教官‥）

 

メガネのない素顔が少し照れているように見えて、私は自分から手を強く握りなおした。

 

to be continued