カテゴリー

合宿 颯馬2話

サトコ
「ん‥」

全身が重く、何かがまとわりついているようで動きづらい。
少しずつ意識がはっきりしてきて、身体が冷たく震えそうなことに気が付く。

(私‥公安学校の合宿で山に入って‥つり橋が‥)

サトコ
「!」
「颯馬教官‥!」

ハッと目を開けると、目の前にはびしょ濡れの颯馬教官が心配そうにこちらを見ている。

颯馬
サトコ!

サトコ
「教官‥」

(颯馬教官も無事だったんだ)

私が腕を伸ばすより早く、颯馬教官に強く抱きしめられた。

颯馬
気が付いてよかった‥!

(教官の腕が震えてる‥?)

颯馬
よかった‥

(そんなに心配してくれたんだ‥)

サトコ
「すみません。心配かけてしまって‥」

颯馬
謝るのは私の方です。危険なつり橋を渡らせて、こんな目に遭わせてしまった
下が川だったからよかったようなものの、そうでなかったら‥

震える颯馬教官の背を抱きしめ返す。

サトコ
「教官が助けてくれたおかげで、どこも痛く‥っ!」

話していると唇の端に痛みが走り、そこに指を当てた。

サトコ
「‥少し唇が切れてるみたいです」

颯馬
すみません。夢中だったので‥

サトコ
「もしかして‥」

<選択してください>

A:気を失ったところを襲って‥

サトコ
「気を失ったところを襲って!?」

颯馬
そんな元気があればよかったんですけどね

サトコ
「ですよね‥すみません。冗談です」

颯馬
冗談を言うくらいの元気があれば何よりです
人工呼吸の時に傷つけてしまったんですね

B:人工呼吸をしてくれたんじゃ

サトコ
「人工呼吸をしてくれたんですか?」

颯馬
ええ。水を飲んでいたので、人工呼吸をして水を吐かせました
急いでいたので乱暴になってしまって、すみません

C:川から上げる時に石にぶつかった

サトコ
「川から引き上げる時に石にでもぶつかったんですね、きっと」

颯馬
いえ、人工呼吸の時に傷つけてしまったようです
水を飲んでいたので、こちらも焦ってしまっていて‥すみませんでした

颯馬
次は、そんな傷がつくようにはしませんから

サトコ
「え!は、はい‥」

颯馬
他に痛いところはないですか?

サトコ

「大丈夫です。あとは擦り傷程度なので大したことありません」

(崖から川に落ちて無事だったなんて‥颯馬教官が守ってくれたから‥)

颯馬
だいぶ下流まで流されてしまったようです。ここからでは、とても合流ポイントには行けない

サトコ
「携帯で連絡はとれませんか?」

颯馬
試してみたんですが、水没したせいか電源も入らずです

サトコ
「そうですか‥これからどうしましょう」

颯馬
日が落ちる前に下山して宿に戻りましょう。濡れた服のままでは体温が奪われて危険です
できるだけ急いで‥立てますか?

サトコ
「はい‥何とか‥」

(あちこち痛むけど、気にしてる場合じゃない!)

颯馬教官と一緒に立ち上がると、教官の身体がグラッと揺れた。
河原の石に血が付いていて、私は教官の足を見た。

サトコ
「教官!左足から出血しています!」

颯馬
ああ‥気が付きませんでした
怪我をしたのが私でよかった

サトコ
「よくないです!」
「颯馬教官こそ自分を大切にしてください!」

颯馬
サトコさん‥

サトコ
「清潔な包帯があればいいんですけど‥今は止血だけでも」

私はリュックから濡れた応急手当の道具を取り出す。

サトコ
「ビニールに入ったガーゼはひどく濡れてません!これで手当てしましょう」

颯馬
清潔なガーゼがあるなら、サトコさんの傷に使ってください

サトコ
「私の傷は大丈夫です!」
「私だけ無事ならいいなんて考えないでください‥私だけ助かっても意味ないです‥」

颯馬
‥‥‥

サトコ
「颯馬教官と一緒じゃないと‥もっと自分のことも大切にしてください!」

(生意気なことを言ってるのはわかってる‥)
(でも、颯馬教官にも危険なことはしてほしくないから‥)

こみ上げる思いに下を向くと、頬に暖かい手が触れた。

颯馬
‥はい、怒られちゃいましたね

顔を上げると、どこか嬉しそうな顔の颯馬教官と目が合う。

颯馬
一緒に無事に帰りましょう
肩、貸してもらっていいですか?

サトコ
「もちろんです!」

颯馬
鬼泣山の地形は大体頭に入っています。この川沿いの山道を行けば、下山口に出るはずです

サトコ
「距離は結構あるんでしょうか?」

颯馬
この足では時間がかかるかもしれませんが‥
それでも1時間も歩けば山を出られるでしょう

サトコ
「それなら日暮れには間に合いますね。行きましょう!」

私たちはお互いを支え合うようにして山道を歩き始めた。

颯馬
今回の訓練中止は私の責任です
サトコさんの評価には響かないよう、石神さんには話しますから安心してください

サトコ
「評価なんて二の次でいいです。教官と一緒に無事に山を下りられれば」

颯馬
帰ったらお腹いっぱいバーベキューを‥
あ、せっかく採った松茸も流されてしまいましたね

サトコ
「ふふっ、石神教官なら、それでいいって言いますよ」

颯馬
さりげなく味見してもらおうと思ってたので残念です

(足つらそうだけど、話す元気があるうちは大丈夫だよね)
(今のうちに山を下りないと‥)

気を抜けば痛みと疲れで動けなくなってしまうかもしれない。

サトコ
「石神教官たち、心配してるでしょうか」

颯馬
携帯が通じないから、何かあったことは察してくれるでしょう
とはいえ、実際の捜査なら急に連絡がとれなくなることはザラですからね
きっと、そのうち連絡があるだろうくらいに思ってると思います

サトコ
「こんな緊急事態にも颯馬教官は冷静ですよね。私ひとりだったらきっとパニックになって‥」
「まだまだ精神的な訓練も必要ですね」

颯馬
追々身についていきますよ。あまり過酷な環境にはさらしたくありませんが‥

やっと斜面がなだらかになって歩きやすくなると、ガサっと前方の茂みが大きく揺れた。
大きな影が横切ったように見える。

サトコ
「ま、まさかクマ!?」

颯馬
こんなところで‥

(颯馬教官の足から血の匂いがして、それを追ってきたとか?)

サトコ
「教官は下がっててください!」

颯馬
サトコ!?

手頃な枝を手に取ると、剣道の構えをとる。

サトコ
「私がなんとかします!教官は隙を見て先に進んでください!」

颯馬
!?
何をバカなことを‥っ!

(颯馬教官ほどじゃないけど、私も剣の腕には自信があるんだから‥)

サトコ
「‥‥‥」

颯馬
‥‥‥

緊迫した空気が流れ、けれどなかなかクマは姿を現さない。

(‥あ、あれ?)

颯馬
ふふっ
大丈夫みたいですね

サトコ
「き、教官!その足で茂みに近づくのは‥!」

私が止める声に颯馬教官は余裕の笑みで応える。

サトコ
「教官が行くなら、私も‥」

慌ててその背を追いかけ、その勢いのままはずみで茂みの向こうが見えた。
そこにいたのは‥

サトコ
「く、黒澤さん!?」

黒澤
え?サトコさん?

(な、なんで黒澤さんがいるの!?)
(ん?クマの着ぐるみ‥)

颯馬
正体はクマの着ぐるみに着替えようとしていた黒澤だったんですね

黒澤
ハハッ、見つかっちゃいましたね。これで皆さんを驚かせようと思ったんだけどなぁ

颯馬
レクリエーションの時に姿が見えなくなったから、何か企んでるとは思ってたけど‥
お遊びは最初だけで十分です

黒澤
そうですか?難波さんにできるだけ盛り上げてくれって言われたので‥
それにしても、お二人はどうしたんですか?随分ボロボロですね
まさか本物のクマに襲われたんじゃ‥

颯馬
つり橋が落ちて川に流されただけ。もう充分盛り上がったから‥

サトコ
「颯馬教官‥?」

颯馬
もうクマの出番はなくていい

黒澤
え‥

フッと颯馬教官が視界から消えた。
教官は足元に落ちていた長い木の棒を拾うと、それを黒澤さんに向かって振り下ろす。

黒澤
ちょ‥わ、うわああ‥!

サトコ
「教官の怪我、深くなかったみたいで本当によかったです」

颯馬
打撲と擦り傷だったので、見た目ほど大したことなかったですね

無事に下山し、旅館に戻るとすぐに石神教官たちに連絡をして手当てしてもらった。
アクシデントという扱いになり、私の課題は颯馬教官に付き添うことに変更になった。

颯馬
サトコさんの怪我も大丈夫でしたか?

サトコ
「私の怪我は湿布と絆創膏で充分でした」

颯馬
私の付き添いを課題にしてくれるなんて、石神さんも気を利かせてくれましたね
松茸をコッソリ食べさせようとしなくてよかったです

サトコ
「ふふっ、そうですね」

(バーベキューで皆出払っているせいか、旅館が静かだな‥)

私たちは特別に旅館の夕食をごちそうになった。

サトコ
「いろいろあって大変でしたけど、緊急時の対応のいい勉強になりました」

颯馬
これから‥貴女が本格的に捜査に出るようになれば、こんな危険も増えるんだな‥

サトコ
「教官?」

窓辺のイスに座っていた颯馬教官が立ち上がると、私を抱きしめる。

颯馬
クマから私を守ろうとした貴女の背中‥頼もしかった
ありがとう

サトコ
「そんな‥結局、私は何もできなくて‥」

颯馬
私を守ろうとしてくれた女性なんて貴女だけだ
覚えておいて‥

コツン‥と額が合わせられる。

颯馬
俺も貴女がいないと生きていけない‥だから、絶対に失わないように守らせてください

サトコ
「教官‥」

颯馬
今はもう教官じゃないよ

サトコ
「颯馬‥さん‥」

名前を呼ぶと、誉めるようにそっと唇が重ねられた。

颯馬
俺もサトコが守りたいってい言ってくれたこと、忘れないから

サトコ
「はい‥」

颯馬さんの手が私の両頬を包んで胸まで温かくなる。
そっと手を重ねると、クスッと颯馬さんが笑った。

颯馬
残念だな。こんな身体じゃ今日はサトコに手が出せない
代わりに‥今日の約束のキスをたくさんしてもいいですか?

<選択してください>

A:赤くなって頷く

サトコ
「はい‥」

真っ赤になって頷くと、啄むようなキスを何度もされる。

颯馬
逆効果ですね
そういう顔が、誘ってるってわからない?

サトコ
「んっ‥」

B:恥ずかしくて黙っちゃう

(そ、そんなこと聞かれても答えられないよっ)

颯馬
言わないなら‥都合がいいように解釈するけど、いい?

サトコ
「んっ‥」

颯馬さんの唇が何度も触れてくる。

颯馬
もちろん、嫌なんて言わせないですけど

サトコ
「嫌なわけ‥ないです‥」

颯馬
ふふ、それを聞いて安心した。心置きなくキスができますね

C:自分からのキスで応える

(言葉で答えるのも恥ずかしいし‥でも、自分の気持ちも伝えたいから‥)

私は背伸びをすると、自分からそっと颯馬さんに唇を重ねた。

颯馬
貴女は本当に可愛らしい人だ

サトコ
「んっ‥」

颯馬さんの優しいキスが繰り返されると‥バーベキューが行われいる中庭が騒々しくなってきた。

男子訓練生A
「お、おばけ!」

男子訓練生B
「妖怪!」

黒澤
違います~。オレですよ~
かゆい~~~

(この声、黒澤さんの声‥)

サトコ
「颯馬さん‥」

颯馬
もしかして、思ったよりも長く茂みの中で昼寝しちゃったのかもしれませんね

(ずいぶんと強引なお昼寝のさせ方だったような‥)

窓から中庭はよく見えず、声のみが聞こえてくる。

黒澤
顔も身体も蚊に刺されて痒い~!後藤さん、助けてくださいっ!

後藤
そんな腫れた顔で近づくな!

黒澤
うう、ひどいっ

(わ‥あそこに倒れてて蚊に刺されまくっちゃったんだ‥)

サトコ
「教官、黒澤さんの手当てに行きましょう!」

颯馬
優しいですね、貴女は

目を閉じて微笑むと、颯馬教官は私の身体を離す前に少しだけ長いキスをした。
そして唇はそっと耳元に寄せられる。

颯馬
ますます‥貴女のことを好きになりました

公安学校の鬼合宿は愛も育ててくれて。
私たちは中庭までの道をコッソリと手をつないで歩いて行った。

Happy End

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする