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合宿 加賀1話

カレーを持って行くと、
加賀さんは砂浜に設置された簡単なテーブルと椅子のところで書類を見ていた。

サトコ
「教官、食事を持って来ました」

加賀
そこ置いとけ

サトコ
「はい、では失礼しま‥」

加賀
おい

戻ろうとすると、加賀さんに呼び止められた。

加賀
テメェのメシは

サトコ
「向こうのテーブルに置いてあります」

加賀
今すぐ持って来い

サトコ
「えっ?」

加賀
ここで食え

(そ、それはもしかして、厳しい合宿中に訪れる、ひと時の恋人同士の時間‥!?)

加賀
ほら

すっと束ねられた書類を差し出される。

加賀
クズが。書類を照らし合わせるのを手伝えっつってんだ

サトコ
「‥‥ですよね」

加賀
なんでもいい。さっさとしろ

サトコ
「は、はい!」

慌てて自分のカレー皿を持ってくると、加賀さんと向き合って食べる。

サトコ
「おいしいですか?」

加賀
普通だ

サトコ
「そういえば、加賀さんって甘いものが好きなのに、辛いカレーも食べれるんですね」

加賀
甘いカレーなんざ気色悪ぃ

サトコ
「スイーツと食事は別なんですね‥」

加賀
それより、テメェはへばりすぎだ

サトコ
「えっ?」

加賀
あの程度の走り込みで音を上げるなんざ、話にもならねぇ

サトコ
「す、すみません‥あれでも頑張った方なんですけど」

加賀
テメェだけ特別メニューにしてやろうか

その言葉に、思わずスプーンを落としそうになった。

サトコ
「と、特別メニュー‥!?」

加賀
他のやつの3倍の量の訓練だ

サトコ
「無理です!死んじゃいます!」

加賀
テメェはペース配分もなってねぇ
初っ端から張り切り過ぎだ

(ペース配分かあ‥確かにまさかこんなキツイと思わなくて、最初は調子に乗って走ってたかも‥)
(明日はもうちょっとスローペースにした方がいいのかな‥)
(でもそれだと、みんなから遅れちゃうし)

どうしようか悩んでいると、加賀さんが眉をひそめる。

加賀
不満か?

サトコ
「へ?」

加賀
なんなら‥昼間だけじゃなくて、一晩中指導してやろうか

サトコ
「!?」

食べ終わった加賀さんが、立ち上がりながら耳元に唇を寄せてくる。

加賀
あんまり早くへばられても、こっちの愉しみが減る

<選択してください>

A:合宿の話ですよね?

サトコ
「そ、そそ、それって‥合宿の話ですよね!?訓練のことですよね!?」

加賀
さあな

(ま、まさか‥っ!?)

慌てる私を置いて、加賀さんは合宿所に戻ってしまった。

サトコ
「どうしよう‥」

(次の夜が怖い‥)

B:だ、誰かに聞かれたら‥

サトコ
「だ、誰かに聞かれたら大変ですから‥!」

加賀
聞かせてやりゃいい

サトコ
「な!?」

加賀
口封じすりゃいいだけのことだ

(今、なんか恐ろしい言葉が‥!)

C:これでも頑張ってます

サトコ
「こ、これでも頑張ってます‥!」

加賀
あれでか

サトコ
「あれで、って‥!」

加賀
手加減してやってんのに、すぐ眠りこけやがって

(あれ!?合宿のお話ではないっ!?)

東雲
あーあ、なんか暑いなー

慌てて食器を片付けていると、木陰の方から声が聞こえてきた。
食事を終えて読書をしていたらしい東雲教官が、本でパタパタとあおいでいる。

サトコ
「し、東雲教官!いつから‥」

東雲
夏でもないのに、なーんか暑いよねー
どこかのバカップルが熱気を放ってるとしか思えないんだけどー

(なんたる棒読み‥!)
(マズイ‥色々ツッコまれる前に早く戻ろう!)

食器を持って、逃げるようにその場を後にした。

ようやく初日の合宿が終わった頃には、みんな喋ることもできないほど疲れ果てていた。

鳴子
「サトコ‥大丈夫‥?」

サトコ
「う、うん‥公安刑事になるって、やっぱり生半可な訓練じゃないんだね‥」

鳴子
「みんな戻っちゃったし、私たちも行こうか」

鳴子に促されて合宿所に戻ろうとすると、浜辺にポツンと座り込む小さな影を見つけた。

サトコ
「あの子‥」

鳴子
「サトコ?どうしたの?」

サトコ
「こんな時間なのに、一人で遊んでる子がいる‥」

鳴子
「ほんとだ、幼稚園くらいかな。近所の子かもね」

サトコ
「私、ちょっと声かけてくるね」

男の子の方へ歩いていくと、一人で砂遊びをしている。

サトコ
「こんばんは」

男の子
「‥誰?怪しい人?」

サトコ
「ち、違うよ。キミおうちは?もう暗くなるから、帰った方がいいよ」

男の子の目線に合わせてしゃがみこんだ瞬間、男の子の両手が伸びてきた。

男の子
「イエーイ!おっぱーい!」

がばっと、小さな両手でわしづかみにされる。

サトコ
「!?」

(ちょっ‥えええ!?)

鳴子
「コラー!何やってるの!」

男の子
「やったー!おっぱい!おっぱい!」

サトコ
「あ、あんまり叫ばないで‥!」

男の子
「あっかんべー!」

サトコ
「な‥っ!?」

(か、かわいくない!)

鳴子が駆けつける前に、男の子は走っていなくなってしまった。

鳴子
「サトコ、大丈夫!?」

サトコ
「わ、わしづかみにされた‥」

鳴子
「あの子、何!?どこの子!?」

サトコ
「わしづかみ‥」
「‥わしづかまれるだけ胸があって、よかった、かな」

鳴子
「何言ってんのよ、サトコ」

合宿所に戻ると、鳴子が管理人さんをつかまえて話を聞き始める。

管理人
「浜辺で遊んでた悪ガキ?」

鳴子
「そうなんです!ちょっと悪戯が過ぎるっていうか‥」

管理人
「ああ、それならこの辺一帯の地主の孫じゃないかねぇ」

鳴子
「地主の孫!だからあんなワガママなのね!」

管理人さんが言ってしまうと、鳴子が私の背中を慰めるように撫でた。

鳴子
「サトコ、大丈夫?つらい事件だったね‥」

サトコ
「いや、でも子どもがしたことだし‥」

鳴子
「何言ってるの、相手は男よ!」
「おっぱいをわしづかみにされるなんて‥」
「ほんとにあり得ない!!!」

サトコ
「鳴子、声が大き‥」

加賀
ほう‥?

サトコ
「!?」

振り返ると、加賀さんがものすごいオーラを放ちながら歩いてきた。

(き、聞かれた‥!?)

加賀
わしづかみ、か‥

(聞かれた‥!)

慌ててサッと目を逸らすと、加賀さんが追い詰めるように私の方へ歩いてきた。
そしてすれ違いざま、鳴子には聞こえないほどの声で低く言う。

加賀
あとで部屋に来い

サトコ
「!」

(いい、一体、どこから聞かれたんだろう‥!?相手は子どもだってわかってるよね‥?)

夕食を終えてお風呂から上がると、恐る恐る加賀さんの部屋を訪れる。

サトコ
「失礼します‥氷川です」

加賀
入れ

死刑宣告のような短い声が聞こえ、覚悟を決めて戸を開ける‥
部屋に足を踏み入れた途端、グイッと引っ張られて乱暴に戸を閉められる。

サトコ
「ぎゃっ!?」

加賀
テメェ

(ま、またアイアンクロー!?)

サトコ
「いだだだだっ‥加賀さん!ギブ!ギブ!」

加賀
この程度で情けねぇ声出してんじゃねぇ

サトコ
「この程度じゃないです!痛い!歪むっ!!」

(何この仕打ち!?っていうかいつもいつも乱暴に扱われ過ぎな気が‥!)

サトコ
「加賀さん!せめてもうちょっとカノジョ扱いしてください!」

加賀
他の男に尻尾振るような駄犬の飼い主になった覚えはねぇ
合宿中になに他の男とイチャついてんだコラ

サトコ
「ち、ちがっ‥」
「あれは‥違うんです!相手は子どもですから!」

加賀
‥‥?

サトコ
「この辺一帯の地主のお孫さんらしくてっ‥」
「ご、五歳くらいの!花ちゃんよりちょっと年上くらいの!」

加賀
‥ガキか

ようやく手を離されて、深くため息をつく。

サトコ
「あの‥今のってもしかして、嫉妬」

加賀
あ゛?

サトコ
「なんでもないです‥」

(とりあえずこれで、誤解は解けたかな‥)

サトコ
「結構遅い時間まで一人で遊んでいたので、声を掛けたら‥」
「その、急に胸をガッとつかまれて‥」

加賀
ガキにすら隙を突かれる奴が、公安刑事になれるとは思えねぇな

サトコ
「すみません‥完全に油断してました」

加賀
覚えとけ。二度は許さねぇ

サトコ
「子どもでもですか?」

加賀
テメェの柔らかさは誰のもんだ?

サトコ
「‥加賀さんの、です‥」

加賀
わかりゃいい

ようやく表情が緩んだのを見て、ほっと息をつく。

サトコ
「それじゃ、私はこれで‥」

加賀
バカが。このまま帰すわけねぇだろ

サトコ
「え?」

振り返る前に腕を引っ張られ、強引に口づけられた。

サトコ
「っ‥‥!かっ‥‥」

加賀
黙ってろ

慌てて逃げ出そうとする私を無理矢理抱きしめて、言葉通り黙らせるようなキスをくれる。

サトコ
「待っ‥」

加賀
行儀の悪ぃ犬には、ここまでだ

身体を離されて、帰るように言われる。

サトコ
「え‥」

加賀
おあずけだ

サトコ
「‥‥!」

(あ、あんなキスされて‥あとは放置プレイ!?)

サトコ
「鬼‥」

加賀
上等だ

ニヤリと返され、私はすごすごと部屋を出た。



翌日も鬼合宿は続き、休憩時間になった時には昨日以上にヘロヘロだった。

(でも、加賀さんに『体力がない』って言われたし、もうちょっと自主トレしよう)

一人で体力作りに励んでいると、子どもたちの声が聞こえてきた。

子ども
「知ってるか~?こいつ、家で『坊ちゃん』って呼ばれてるんだぜ!」
「や~い、坊ちゃん、坊ちゃん!」

男の子
「違うもん!やめてよ!」

(あの子‥昨日の男の子だ)

子ども
「ほら、オレのカバン持てよ!」

子ども
「オレのも~!持ってよ~坊ちゃん!」

サトコ
「コラ!何してるの!」

駆け寄ると、男の子をいじめていた子たちが慌てだす。

子ども
「ヤベー!きっと坊ちゃんの家のやつだぜ!」

子ども
「早く逃げろ逃げろ~!」

男の子を置いて、子どもたちが逃げていく。

サトコ
「キミ、昨日の子だよね?大丈夫?」

男の子
「べ、別に、助けてくれなくたって平気だったし!」

(うう、かわいくない‥けど、さっきのはちょっとかわいそうだったよね‥)

サトコ
「おうちどこ?送っていくよ」

男の子
「‥いらない」

男の子の前まで行くと、昨日のようにバッと両手が伸びてきた。

(‥来る!)

男の子
「やったー!おっぱ‥」

サトコ
「残念でした~」

一歩引いて男の子の手をかわすと、悔しそうに頬を膨らませた。

サトコ
「そう何度も触らせません!」

男の子
「ケチ!」

サトコ
「ケチとかそういう問題じゃないよ」
「大体、あんなふうに女の人の胸触っちゃダメだよ」

鳴子
「サトコ~!何やってんの~」

振り返ると、鳴子が向こうで手を振っていた。

サトコ
「それじゃ、私行くね。ちゃんと家に帰るんだよ」

男の子
「‥‥‥」

視線を感じつつ鳴子のところへ戻ると、まだあの子がこちらを見ていることに気づいた。

サトコ
「なんか睨まれてる‥」

鳴子
「あれって、サトコのおっぱいわしづかみ事件の犯人じゃないの?」

サトコ
「う、うん‥まあ、そうなんだけど」

鳴子
「睨んでるっていうか‥なんか、遊んでほしそうに見てるよ」

サトコ
「うーん‥さっき、他の子にいじめられてるのを助けてあげたんだけど」

鳴子
「それで懐かれちゃったんじゃない?」

(そうなのかな‥そう言われると、なんか放っておけない気持ちになる‥)

もう一度男の子の方へ戻ると、パッと笑顔になった。

男の子
「何しに戻ってきたんだよ~!」

サトコ
「そんな、満面の笑顔で言われても‥」

男の子
「しょうがねーから遊んでやるよ!オレ、砂で城作るのうまいからなー」

サトコ
「砂の城かー。私、作ったことないかも」
「キミ、お名前は?私、氷川サトコ」

男の子
「ユウタ!5歳!」

なぜか一緒に遊ぶ流れになり、波打ち際でユウタくんとお城を作る。

ユウタ
「サトコ、下手だな!不器用だな!」

サトコ
「うっ‥その通りだけど、難しい言葉知ってるね」

ユウタ
「だってオレ、家庭教師ついてるもん」

サトコ
「え!?まだ幼稚園だよね!?」

ユウタ
「毎日来るんだ、英語とかバイオリンの先生」

(す、すごい‥本当にお金持ちなんだな)

サトコ
「ところでユウタくんって、いつもこの辺で‥」

加賀
何してやがる

低い声が聞こえて、冷や汗と同時に言葉に詰まった。

(こっ、このドスの効いた声は‥)

振り返ると、腕組みをして眉間に深い皺を寄せた加賀さんが立っていた。

加賀
‥そのガキか?

サトコ
「は、はい‥?」

加賀
そのガキかって聞いてんだ

(きっと、胸を触られた話だよね)

<選択してください>

A:なんのことでしょう

サトコ
「な、な、なんのことことでしょう‥」

加賀
言っていいのか?テメェの‥

サトコ
「い、言わないでください!この子です!この子がやりました!」

加賀
‥そうか

男の子
「なにー?何の話?」

(ううっ‥ユウタくん、ごめん!逃げて!)

B:その通りです

サトコ
「そ、その通りです‥」

加賀
‥なるほどな

サトコ
「あの‥子どものしたことですから」

加賀
ガキのうちに、他人のもんに手を出したらどうなるか、じっくり教えてやらねぇとな

(加賀さん、本気だ‥!ユウタくんは私が守らないと‥!)

C:もう触られてませんから

サトコ
「も、もう触られてませんから‥!」

加賀
クズが。当たり前だ
二度目があったら、ただじゃおかねぇ

(ただじゃおかないのはどっち‥!?私!?ユウタくん!?)

加賀
とっくに休憩は終わってるが

サトコ
「は、はい!すぐに戻ります!」

ユウタ
「やだー!サトコはオレと遊ぶの!」

加賀
ぁあ?テメェ、誰を呼び捨てにしてやがんだ

サトコ
「加賀さ‥きょ、教官!相手は子どもですから!」

ユウタ
「サトコはオレのものなの!オジサンはあっち行けよー!」

加賀
お‥

(ああっ‥ユウタくん、それ禁句!)

サトコ
「と、とにかくすぐ戻りますから!ユウタくんも家に帰った方がいいよ!」

ユウタ
「ちぇーっ」

慌ててその場を収めて、急いで合宿に戻った。



サトコ
「はあ、はあ‥つ、疲れた‥やっと5分間の休憩か‥」

(東雲教官も、相変わらずひどい‥あれだけ走り込みして休憩5分って)
(そういえばユウタくん、あれからちゃんと家に帰ったかな‥)

ユウタ
「サトコ‥!サトコ、助けて‥!」

サトコ
「え?」

バシャバシャと水の音に振り返ると、ユウタくんが海でおぼれている!

ユウタ
「サトコ!苦しい‥!」

サトコ
「ユウタくん!」

何か考える前に、気が付いた時には海に向かって走り出し、そのまま泳いでいた。

(くっ‥でも、服が重くてうまく泳げない‥!)

鳴子
「サトコ!?何してるの!?」
「誰か!誰か来て!」

ユウタ
「サトコ‥!」

サトコ
「ユウタくん‥!」

(もう少し‥あと少しで、ユウタくんに手が届っ‥)

ピキッと右足に痛みが走る!!

サトコ
「!?」

昼間の訓練の影響で、右足が攣ってしまった。

(やだ、こんな時に‥!)

必死にユウタくんに手を伸ばしながら、その手をつかむことができず‥
服の重さと波に、私は身体が沈んでいくのを感じた‥

to be continued

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