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合宿 東雲1話

サトコ
「東雲教官、カレーをどうぞ」

東雲
ん、ありがとう

(おいしいって言ってくれるかな)

東雲
‥‥‥
‥‥‥
‥‥‥

(‥うん、知ってた)
(東雲教官がこういう人だって)

東雲
「‥なにため息ついてんの
他に配膳は?

サトコ
「あ、教官で最後です」

東雲
あっそう
だったら座れば

(えっ)

サトコ
「いいんですか、隣に座って」

東雲
いいよ、左隣ね

(‥うん?)

東雲
そこ、座って
ああ‥もう少し離れて

サトコ
「‥こうですか?」

東雲
そう。ああ、そこ‥
うん、いい感じ

サトコ
「ま、眩しい‥」

(この場所、太陽の光が直撃するんですけど‥)
(もしかして日よけ代わりにされた?)

東雲
‥‥‥

(ま、いっか。教官の隣に座れたし)
(私もさっさと食べようっと)

黙々とカレーを食べていると、教官は「ああ」と顔を上げる。

東雲
そういえば、例のアレの準備は?

サトコ
「アレ?」

東雲
明日のレクリエーション

サトコ
「ああ、はい!まずはこれを‥」

私は、ポケットから「あるもの」を取り出した。

東雲
‥なにそれ

サトコ
「地図です!今回の肝試しに備えて作りました!」

東雲
え‥全部手書き?
なにこれ、ヒマなの?
まさかこれのせいで、先週うちのソファで半日も爆睡してたの?

サトコ
「違‥っ」
「って、教官その発言‥っ」

東雲
どうせ誰も聞いてないよ

教官は手書きの地図を取り上げると、まじまじと見つめる。

東雲
で、肝心の肝試しは?

サトコ
「いろいろ考えたんですけど、ルートを2つ作ろうかと」
「このA地点で暗号解読してもらって‥」
「成功すればお化けが1人のルート」
「失敗すればお化けが3人のルートに行く感じで‥」

東雲
少なっ

サトコ
「し、仕方ないじゃないですか」
「裏方役は少ないし、仕込める場所も限られてるんですから」
「それで、分岐ルートはB地点で合流」
「そのあと、C地点の『ほこら』‥」
「あ、今ここから見えてるあの『ほこら』ですね」
「あそこで赤い紐を取って、こっちのルートに抜けて‥」
「ここがゴールってわけです」

東雲
‥‥‥

サトコ
「‥どうですか?」

東雲
これ、いつやるんだっけ?

サトコ
「夕食後の20時からで‥」
「全組ゴールするのは22時の予定です」

東雲
‥そう
‥‥‥

(これは‥ダメ出しされるパターンかな)

サトコ
「あの‥」

東雲
75点

(あれ、高め?)

東雲
気になる点もあるけど
キミが考えたにしてはマシなんじゃない?

サトコ
「ありがとうございます!」

(よかった、まさかの合格点!)

東雲
‥なにその顔、はんにゃ?

サトコ
「はん‥っ、ひどっ!」
「せめて『おたふく』にしてください!」

東雲
じゃあ、おたふく
はい、これ持って午後も頑張って

(え、スポーツドリンク?)

東雲
兵吾さんから伝言
午前中に標準タイムをクリアできなかったクズは午後も走り込み

サトコ
「!」

東雲
キミも該当者だから
追加の30往復頑張って

(お、鬼だ‥)
(この人こそ、はんにゃだ‥)

そんなわけで‥

東雲
そこの訓練生ー、ちんたら走らないでー
加賀教官に砂に埋められたいのかなー?
あと、そっちの訓練生ー
そんな走りだと、加賀教官に2階から吊るされるよー

(うう、暑い‥足も重い‥)
(でも、あと12往復‥)

東雲
ああ、そうだ
20往復の時点で規定タイムをクリアしてなかったら
10往復追加ねー

(ええっ!?私、絶対クリアしてないよ)
(ってことは、あと22往復‥)

サトコ
「うわっ!」
「‥っぷ!」

うかつにも、浜辺に捨ててあったゴミに足を取られて転んでしまう。

(うう、鼻ぶつけた‥)

東雲
うわ、砂まみれ‥

(教官‥)

東雲
ギブアップする?

サトコ
「え‥」

東雲
無理ならやめてもいいよ
そのかわり荷物まとめて長野に‥

サトコ
「走ります!あと22往復走り切ります!」

東雲
あっそう
じゃあ、頑張って

よろめきながらも、私はなんとか立ち上がる。

(ぜっ‥たい、意地でも走り切らないと!)

サトコ
「ファイッ、オー!ファイッ、オー!」

そして‥

東雲
ラスト1人ー!

(うう、半往復‥)
(あとちょっと‥もう少し‥)

サトコ
「‥っ」

(ゴール‥できた‥)

サトコ
「はぁ‥はぁ‥」

東雲
遅すぎ

サトコ
「す、すみま‥」

(ダメだ‥もう声が‥)
(それに、身体も‥)

ドサッ!

東雲
!?

(まずい‥意識が遠のきそう‥)

東雲
‥‥‥



数時間後‥

サトコ
「はぁぁ‥」

(まさか目が覚めたらベッドの上なんて‥)
(たぶん、走り終わった後に倒れたんだよね)
(まいったな。これからはもっと体力をつけないと‥)

鳴子
「サトコ?入るよー?」
「おつかれー」

サトコ
「鳴子!」

鳴子
「あ、起きてるじゃん」

サトコ
「うん‥さっき目が覚めたとこ」

鳴子
「そっか。じゃあ、あとで東雲教官にお礼言っときなよ」
「サトコをここまで運んでくれたんだから」

サトコ
「えっ‥」

(そ、それってもしかしてお姫様抱っこ的な感じで‥)

鳴子
「‥ぷっ」

サトコ
「え、なに?いきなり笑ったりして‥」

鳴子
「ごめんごめん。サトコが運ばれていくところ、思い出しちゃって‥」
「レアだから写真撮っちゃった!見る?」

サトコ
「うん‥」

「!?」

(な、なんで肩に担がれて‥)

鳴子
「普通ならこういうときってお姫さま抱っこでしょ?」
「それなのに東雲教官、俵みたいに運んでいくんだもん」

(俵‥そっか、俵だったんだ、私‥)

鳴子
「ところでごはんは?」

サトコ
「まだいいや。食べる気になれないし」

鳴子
「そっか。食堂の冷蔵庫におにぎりがあるから食べるといいよ」
「じゃあ、私は部屋戻るね!しっかり休みなよ?」

サトコ
「うん、ありがとう」

(とりあえず、もう一眠りしよう。なんだかまだ眠たいし‥)
(それにしても俵‥俵かぁ‥)



サトコ
「う‥ん‥」

(あれ‥ここは‥)

石神
なんだ、この俵は

後藤
どこから来たんでしょうね

(石神教官と後藤教官‥?)

颯馬
ふふ、ずいぶんと邪魔ですね
難波さん、どうしましょう

(颯馬教官と‥難波室長まで‥?)

難波
ん?あー‥
俺、今カレー食ってる最中だから
お前らに任せるわ

颯馬
だそうですよ、加賀さん

加賀
俵なんて知ったこっちゃねぇ
こんなの、砂に埋めるか海に放り投げて‥

東雲
だったらオレが引き受けます

(この声は‥)
(教官‥!)

東雲
俵を運ぶのはオレの役目です
さあ、俵ちゃん‥オレがベッドまで運ぶからね

(優しい‥俵相手に優しい‥)
(っていうか、なんで俵なのにベッド?)

東雲
ん?『お姫さま抱っこ』してほしい?
わかってるよ。しっかりつかまって‥

(えっ、俵なのに?)

東雲
ダメだよ、もっと遠慮なくつかまって
ほら‥

(よくわからないけど、この際だから思い切って‥)

東雲
‥あ
日焼け止め塗るの、忘れた

(え‥)
(ちょ‥手離さないでーっ)

ゴトゴトンッ!

サトコ
「痛ぁ‥っ!」

間抜けな悲鳴が、深夜の室内に響き渡る。

サトコ
「‥‥‥」

(‥うん、わかってた。夢オチだって)
(っていうか、夢の中まで『俵』‥)
(時刻は‥午前1時か)
(なんか目が冴えちゃったし、シャワーでも浴びてこようかな)



サトコ
「はぁ、さっぱりした‥」

(それにしても涼しいな)
(昼間はめちゃくちゃ暑かったのに、夜になるとこんなに冷え込むなんて‥)

???
「ねぇ‥」

(え‥)

(な、生首‥っ!)

サトコ
「きゃあっ!」

驚きのあまり、私はその場にへたりこんでしまう。
けれども、よく見てみると、それは懐中電灯を持った教官で‥

東雲
大きな声出さないでよ
今、何時だと思ってるの

サトコ
「す、すみません‥」

(っていうか今のは教官のせいなんじゃ‥)

理不尽に思いつつも、私は立ち上がろうとする。

ところが‥

東雲
なに?さっさと立ちなよ

サトコ
「あ、その‥」

(まずい、腰が抜けたっぽい‥)

東雲
‥どうしたの?

サトコ
「え、ええっとですね‥」

<選択してください>

A:腰が抜けました

サトコ
「腰が抜けました」

東雲
え‥あの程度で?

サトコ
「だ、だってさっきの教官、『笑般若』みたいで‥」

東雲
なにそれ

サトコ
「長野に伝わる妖怪です」
「子どもの頃、祖母から聞いて以来、怖くて眠れなくて‥」

東雲
そう、つまり‥
オレは妖怪みたいだと?

サトコ
「違っ、いえ、違わないですけど違‥っ」

B:ストレッチをしようかと

サトコ
「ストレッチでもしようかと」

東雲
ふーん、じゃあ‥
まずは腰を捻ろうか

サトコ
「そ、それはちょっと‥」

東雲
なんで?
ストレッチするんじゃないの?

(近っ!)
(しかも腰触って‥っ)

C:もう少し涼んでから‥

サトコ
「もう少し涼んでから‥」

東雲
へぇ、『涼む』‥ね
だったら、オレも手伝おうか

サトコ
「え‥」

東雲
知ってた?この建物ってさー
もともとは古い病院を改築したものだから、あちこちに人魂が‥

サトコ
「わーわーわー」

東雲
‥キミ、耳連打しすぎ

サトコ
「だ、だって教官が‥」

(って、あれ‥?)
(教官‥一緒に座り込んでる‥)

サトコ
「部屋に戻らないんですか?」

東雲
戻ってほしいの?
もしかして放置プレイ好き?

サトコ
「違います!」

東雲
だったらいいじゃない

(‥いいのかな、明日も朝から早いのに)

ちらりと隣を見たけれど、教官が立ちあがる気配はない。
それどころかスマホを取り出して、どこかのサイトを確認している。

サトコ
「あの‥」

<選択してください>

A:ありがとうございます

サトコ
「ありがとうございます」
「付き合ってくれて」

東雲
‥‥‥

サトコ
「それに、倒れた時も部屋まで運んでくれて‥」

東雲
ああ‥おかげで肩凝ったけど

サトコ
「うっ」

東雲
だから肩揉んで
今度の土曜日、ウチにきたときに‥

サトコ
「はい!」

(よし、土曜日の約束ゲット!)

小さくガッツポーズをして、隣を見る。

B:冷えますね

サトコ
「冷えますね‥」

東雲
そう?
オレより体脂肪多いくせに

サトコ
「うっ、それは‥」

(え‥)

東雲
‥‥‥

(うわ‥な、なんか腰を抱き寄せられて‥)
(たしかにこれなら温かいけど‥!)

腰に添えられた手に動揺しつつも、ちらりと隣を見る。

C:何を読んでるんですか?

サトコ
「何を見てるんですか?」

東雲
新聞の連載小説

サトコ
「へぇ、どんな‥」

東雲
『サトコは濡れた甘い声を洩らした』‥
『ダメ、先生。もうすぐみんなが』‥

(そ、それって官能小説‥っ)

東雲
‥なに赤くなってんの
ウソに決まってんでしょ

(そ、そんなさげすむような目で見なくても‥)

スマホのディスプレイが、暗闇の中で明るい光を放っている。
教官が立ちあがる気配は、まだない。

(なんか、これって‥)
(ちょっとラッキーかも‥なんて‥)

東雲
またはんにゃ顔

サトコ
「!」

東雲
ああ、『おたふく』だっけ

サトコ
「もうどっちでもいいです」
「教官と2人きりになれましたから」

東雲
‥‥‥

サトコ
「合宿中は絶対無理だと思ってたけど‥」
「こういうハプニングってあるんですね」

東雲
‥‥‥
‥バカじゃないの

(うっ‥)

教官はため息をつくと、スマホをポケットの中に戻す。

東雲
あーあ‥
さすがに眠‥

(そうだよね。もう遅い時間だもんね)
(じゃあ、2人きりなのもこれまで‥)

東雲
肩貸して

(えっ‥)
(うそっ、寄りかかって‥)

サトコ
「教官‥」

東雲
‥‥‥

サトコ
「教官、誰かに見られたら‥」

東雲
‥すぅ‥

(早っ!やっぱり疲れてるのかな)
(‥そうだよね。教官たちもずっと炎天下にいたんだもんね)

男の人にしては長めのまつ毛が、寝息と一緒に震えている。
サラサラとした髪の毛が、頬に当たってくすぐったい。

(とりあえず10分だけ‥)
(その間に誰かが来そうになったら、急いで起こせば‥)

サトコ
「ふわぁ‥」

(まずい‥私まで眠たくなってきた‥)
(左肩が、あったかすぎて‥)

サトコ
「すぅ‥」
「‥っ」

(ダメダメ、起きてないと!)
(でも‥)

サトコ
「すぅ‥」

東雲
‥‥‥

サトコ
「すぅ‥すぅ‥」

東雲
‥‥‥
‥お疲れ

ちゅっ‥



翌朝、私はロビーのソファで爆睡しているところをみんなに発見された。

おかけでしばらくの間「氷川は夢遊病らしい」と噂されるはめになったのだった。

to be continued

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