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書き初め 東雲2話

東雲
じゃあ、そういうわけで‥
はい‥はい‥
よろしくお願いします

通話を切ると、東雲教官は軽く肩を竦めた。

東雲
とりあえず石神さんに連絡したから
そのうち停電も解消されるでしょ

サトコ
「そうですか‥」

東雲
って言っても今日は大晦日だし
業者と連絡とれるのがいつになるかはわからないけど

サトコ
「ええっ!?」

(そ、そんなぁ‥)

サトコ
「あの‥体当たりしてドアを破るなんてことは‥」

東雲
無理。オレにもできない

サトコ
「じゃあ、裏ワザで脱出とか‥」

東雲
どんな裏ワザ?

サトコ
「え、えっと‥秘密の通路があるとか‥」

東雲
忍者屋敷かよ

サトコ
「ですよねー」

私は恨めしい気持ちで、頑丈そうなドアを見つめた。

サトコ
「でも、知りませんでした」
「停電でドアが開かなくなるなんて」

東雲
この部屋は電子ロックのみだから
教場とかは、こういう場合でも手動でドアが開くようになってるけど
機密事項を扱ってる場合はセキュリティー上どうしてもね

サトコ
「そうですか‥」

(じゃあ、あとは電気の復旧を待つしかないんだ)
(うう‥早く何とかしてくれないかな)

時間は刻々と流れていく。
けれども、電気が復旧する気配はまるでない。

(なんで私たち、ここにいるんだろ‥)
(本当なら今頃、おせちを食べながらテレビを‥)

サトコ
「くしゅんっ!」

東雲
寒いの?

サトコ
「あ、いえ‥」

東雲
本当は?

サトコ
「‥だいぶ寒いです」

東雲
しょうがないね

教官はため息をつくと、コートを脱いでかけてくれる。

サトコ
「だ、ダメですよ!これじゃ、教官が風邪を‥」

東雲
べつに
オレもあたたまるし

サトコ
「え‥」

聞き返すよりも早く、背中から抱きしめられる。

サトコ
「‥っ!」

東雲
キミ、好きでしょ。こういうの
いかにも恋愛ドラマのワンシーンみたいで

サトコ
「す、す‥」

東雲
なに?

サトコ
「好きです!大好きです!」

東雲
だったらもう少しオレに寄りかかって

サトコ
「はい‥っ」

(ちょ‥うそ‥)
(うわぁ‥っ)

触れ合った様々な部分から、教官の熱が伝わってくる。

(どうしよう‥ヘンな熱が‥)

それこそ、すぐそばに教官の顔がある。
私が少し動くだけで、頬と頬がすぐにでもぶつかりそうだ。

東雲
ん‥悪くない‥

サトコ
「‥‥‥」

東雲
ほんとあったかいんだ、人の体温って

サトコ
「‥‥‥」

東雲
‥なに無言になってんの

サトコ
「あ、その‥」

<選択してください>

A: やっぱり優しいなって

サトコ
「やっぱり教官、優しいなって」

東雲
‥‥‥

サトコ
「ジャケットも貸してくれて‥」
「こうやってあたためてくれて‥」

東雲
‥ほんと、キミ、お手軽すぎ

かすかなため息とともに、教官は私をさらにギュッと抱え直す。

(うそっ、頬!)
(頬、くっついてる‥!)

B: ドキドキしすぎて

サトコ
「ドキドキしすぎて‥」

東雲
ああ、キミ‥
さっきから呼吸浅いもんね

サトコ
「そうですか?」

東雲
うん。変質者レベル

(ええっ!?)

サトコ
「その例えはひどすぎます!」

東雲
でもわかりやすいでしょ

サトコ
「まぁ、確かにそうですけど‥」
「いや、『確かにそうです』じゃなくて!」

東雲
何、そのセルフ漫才

C: 眠くなってきて

サトコ
「なんだか眠たくなってきて‥」

東雲
ああ、寒いせいかな
寝てもいいよ

サトコ
「ほんとですか?」

東雲
うん。でも‥
キミの場合、そのまま寝過ごして翌朝になりそうだけどね

サトコ
「!?」

(それじゃ、せっかくの年越しが‥!)

東雲
‥ん?

ふいになにかに気づいたかのように、教官が私の指先を捕まえた。

東雲
なんかキミ‥
手、荒れてない?

サトコ
「えっ‥」

東雲
赤くなってる

(あ、そう言えば‥)

サトコ
「ハンドクリーム、塗るの忘れてました」

東雲
塗りなよ。仮にも女の子なんだし

サトコ
「でも、今日はタイミングがなくて‥」
「ずっと料理してましたし」

東雲
料理?

サトコ
「はい、おせちを」

東雲
作ったの!?

サトコ
「えっ?」

東雲
あんなの買うでしょ、ふつう

サトコ
「ええっ!?」

思いがけない言葉に、私は思わず身体をよじる。

サトコ
「だ、だっておせちって買うと高いし‥」

東雲
それは百貨店とかの話でしょ

サトコ
「でも、スーパーのだって‥」

東雲
それは豪華なヤツの話でしょ
そうじゃなくて、出来合いのが一品ずつ売ってるでしょ
それを重箱に詰め替えればいいじゃない

(そんなぁ‥)

東雲
ありえない
ほんと、要領悪すぎ

サトコ
「で、でも初めてのお正月だし!」
「やっぱり手作りを食べてほしいじゃないですか!」

東雲
‥‥‥

サトコ
「それに、クリスマスはあまり料理を作らなかったし」

東雲
ああ、つまみばっかりだったよね
あと、ブラックタイガーだっけ?

(う‥っ)

東雲
ま、いいけど

教官のすらりとした手が、私の両手を包み込む。

サトコ
「‥教官?」

東雲
あたたかいでしょ
こうしてると少しは

サトコ
「はい‥」

東雲
帰ったらハンドクリーム塗りなよ
あと、リップクリームも

サトコ
「え‥」

東雲
こっち向いて

言われるままに振り返ると、ちゅ、と軽くキスされる。

サトコ
「!」

東雲
やっぱり、少し荒れてる

サトコ
「‥‥‥」

東雲
リップくらい塗って‥
‥‥‥
‥なにその顔

サトコ
「だ、だっていきなりキスするから‥」

東雲
そんなの‥
キミがいけないんじゃない
そんな乾いた唇して‥

サトコ
「だ、だって‥!」

東雲
それにまだ寒そうにしてるし

教官の手が、私の頬に触れる。

東雲
あたためてほしい?

サトコ
「え‥」

東雲
うん、って言いなよ

サトコ
「う‥」
「ん‥っ」

今度は心拍数がさらにあがりそうなほど、深く甘く口づけられる。

(あ、マズイ‥なんか‥)
(本当にヘンな熱が‥)

東雲
‥どう?

サトコ
「あ‥」

東雲
あたたかい?

サトコ
「はい‥」

東雲
じゃあ、もうやめとく?

(え‥)

東雲
もっと続けたいなら手を伸ばせば?

(あ‥)

東雲
うそ‥伸ばして
オレがもう少しあたたまりたい

請われて、私はぎゅうっと教官に抱きつく。
何度も何度も繰り返すキス‥
身体はだいぶあたたまってきたのに、どうしてもまだ離れたくない。

(どうしよう‥なんかクラクラして‥)
(でも、もう少しこのままでいたい‥)
(もう少し‥教官と‥)

ゴォォォンッ‥

サトコ
「!」

ゴォォォンッ‥

サトコ
「うそっ!」

東雲
なにが‥

サトコ
「だって、これ‥除夜の‥」

東雲
ああ‥

教官は、面倒くさそうにスマホを取り出した。

東雲
あと15分で新年だね

サトコ
「!!」

東雲
なんて顔してんの

サトコ
「だ、だって初詣が‥」

東雲
え‥キミ、行く気でいたの?
こんな大雪の中で?

サトコ
「で、でもカウントダウンキッスが‥」

東雲
は?

(ああっ‥つい心の声が‥!)

東雲
‥なに?キミ、そんなことしたかったの?
大勢の人がいる前で?

サトコ
「そ、それは‥」

東雲
へー知らなかったなー
キミって見られて燃えるタイプ‥

サトコ
「ち、違います!」
「でも、その‥ちょっと憧れっていうか‥」

東雲
‥‥‥

サトコ
「そんな露骨にイヤな顔しなくても!」

(自分だって電車の中で膝枕させたことがあるくせに!)
(それに、写真を撮る時にキスとか‥!)

東雲
キスならここでもできるでしょ

サトコ
「え‥」

東雲
ま、初詣じゃないけど
それに、オレは満足してるけどね
キミとこうして過ごせているだけで

(教官‥)

東雲
‥なに、その顔!
だらしない‥

サトコ
「だ、だって‥!」
「教官、いつもよりも優しいから‥」

<選択してください>

A: その優しさを噛み締めようかと

サトコ
「この機会に、その優しさを噛み締めようかと」

東雲
なにそれ
スルメみたいに言わないでよ

(あ、テレてる‥)

B: おかげでドキドキしすぎて‥

サトコ
「おかげでドキドキしすぎて‥」

東雲
それって‥
身体のどこかが悪いんじゃないの?

サトコ
「違います!」
「ときめきです!今、教官にときめいてるんです!」

東雲
‥ふーん

C: それって大雪のせい?

サトコ
「それって大雪のせいですか?」

東雲
は?

サトコ
「それとも教官が優しいから、外が大雪に‥」

東雲
キミ‥意外と言いたい放題だね

サトコ
「えっ」

東雲
つまりこう言いたいわけ?
オレの優しさは、大雪並みに珍しいと‥

サトコ
「いえ、その‥アハハ‥」

東雲
で、どうするの?

サトコ
「?」

東雲
しないの?
カウントダウンキッス

(あ‥っ!)

東雲
もうあと2分切ってるけど‥

サトコ
「します!ぜひ‥」
「ぜひお願いします!」

東雲
いや、それでいきなり正座されても‥

そう言いつつも、教官はスマホで時間を確認してくれる。

(どうしよう‥)
(と、とりあえず深呼吸して落ち着こう‥)
(吸って‥吐いて‥吸って‥)

東雲
あと1分‥

サトコ
「!」

東雲
あと50秒‥

(おおお落ち着け、私‥!)

東雲
あと30秒‥

(い、いよいよだよね‥)

東雲
あと20秒‥

(どうしよう、もう目を閉じちゃう?)
(でも20秒って意外と長いし‥)

東雲
10、9,8‥

(き、きた‥)

東雲
5、4、3、2‥

(1‥!)

(えっ、電気が‥)

黒澤
ア‥ハッピーニューイヤー!

サトコ
「!?」

黒澤
あなたの黒澤が助けに来ましたよー!

(な、なんで黒澤さんがここに‥)

動揺する私とは対照的に、教官は軽く肩をすくめてみせる。

東雲
透さー、もう1分くらい遅れてきなよ

黒澤
1分‥?
ああ、もしかしてアレですか?カウントダウン的な?

東雲
さあ、どうだろうね
で、停電の原因は?

黒澤
そのことなんですけど‥

確認しあう2人のそばで、私は一人脱力していた。

(夢が‥憧れのカウントダウンキッスが‥)

黒澤
‥ま、そんな感じで石神さんには報告済みなんで

東雲
了解。じゃあ、行こうか
ほら、キミも立って

サトコ
「はい‥」

(ていうか教官、冷静すぎるよね)
(これって、もしかして‥)

黒澤さんの少し後ろを歩きながら、私はこっそり教官に耳打ちする。

サトコ
「教官、もしかして気づいてましたか?」
「黒澤さんが来るって‥」

東雲
ん?なんのこと?

サトコ
「とぼけてもダメです」
「黒澤さんが来ても、全然驚いてなかったじゃないですか」

東雲
ああ、だって‥
廊下から足音が聞こえてたじゃない

サトコ
「えっ」

東雲
結構はっきり聞こえてたけど
キミ、聞いてなかったの?

サトコ
「そ、それは‥」

(正直ドキドキしすぎて、そんな余裕‥)

ちゅっ!

サトコ
「!?」

東雲
これじゃダメ?
予定より10分23秒過ぎてるけど

サトコ
「は、はい‥」

東雲
ふーん‥
ほんと、お手軽

そのわりに、教官の笑顔はいつもよりずーっと甘めで‥

東雲
あけましておめでとう
今年もオレを楽しませて?

私の少し荒れた唇を撫でると、教官は黒澤さんの隣に行ってしまう。
でも、あとに残された私は、その場からすぐには動けなくて‥

(ど、どうしよう‥)
(なんか、いろんな気持ちがジワジワと‥)

黒澤
サトコさん、どうかしましたか?

サトコ
「い、いえ‥!」

不自然なくらい床ばかりを見て、私は2人を追いかける。
そうでもしなければ、頬が緩むのを隠せそうになかった。

そして翌日。

サトコ
「ふわぁ‥」

(昨日はあれからだいぶ夜更かししちゃったな)
(でも、教官とのんびりできたし‥)
(おせちも『おいしい』って言ってもらえたし)
(ただ、まさか黒豆であんな風に‥)
(ああいうの、不衛生って言ってたのに‥)

サトコ
「‥ダメダメ!」

(平常心!平常心!)

私は深呼吸をすると、教官室のドアをノックした。

サトコ
「失礼します!」
「あけましておめでとうございます!」

石神
ああ、氷川か。昨日は大変だったな

サトコ
「あ、いえ‥」

後藤
なにかあったんですか?

石神
校内の見回り中にモニタールームに閉じ込められたそうだ

後藤
えっ、どうしてまた‥

サトコ
「大雪のせいで停電になったんです」

後藤
そうか、それは確かに大変だったな
1人で閉じ込められたのか?

サトコ
「いえ、その‥東雲教官も一緒でして」

すると、そばにいた颯馬教官が割り込んでくる。

颯馬
歩が一緒だったなら心強かったでしょう
色々な意味で

サトコ
「!?」

後藤
‥色々?

颯馬
フフ、特に深い意味はありませんよ

(う、ウソだ‥今の、どう考えても意味深だったよね)

加賀
おい、クズ
なんだ、その手に持ってるものは

サトコ
「あ、おせちです」
「多めに作ったので、よろしければ皆さんでぜひ」

加賀
ほう‥クズのわりに気が利くな

石神
これは‥なかなかすごいな
全部手作りか?

サトコ
「はい、黒豆以外は」
「お口に合うといいんですけど‥」

颯馬
では、せっかくなのでみんなで分けましょうか

石神
そうだな

みんなが集まってくる中、東雲教官だけは自分の席に座ったままだ。

後藤
歩。食べないのか?

東雲
すみません。今、写真の整理で忙しくて
それに、おせちは昨日さんざん食べたんで

(ちょ‥!)

後藤
‥そうなのか?

東雲
はい、形が崩れ気味の伊達巻とか

後藤
‥‥‥

東雲
結び目が崩れ気味の昆布巻とか‥

颯馬
‥‥‥

東雲
ふつうの里芋で誤魔化してた八つ頭とか?

石神
‥‥‥

東雲
あ、でも味は悪くなかったですよ
まぁ、あくまで『オレが食べたおせち』の話ですけど

加賀
‥‥‥

教官たちの目が、私の持ってきたおせちに注がれる。
なんとなく微妙な空気が漂っているのは、たぶん気のせいではないはずだ。

東雲
さて‥と
オレ‥校内の見回りに行ってきますね
氷川さんも行く?

サトコ
「は、はい!」
「じゃあ、失礼します」

石神
ああ‥

加賀
まったく‥ガキが‥

サトコ
「もう!教官たちの前でなんてことを言うんですか!」

東雲
いいじゃない
キミが作ったおせちなんて一言も言わなかったし

サトコ
「でも、絶対にバレて‥」

東雲
ていうかさ
なにお裾分けしてんの

サトコ
「!」

東雲
あのおせち、オレのために作ったんじゃないの

(教官‥)
(こ、これはもしかして、すっごく久しぶりの‥)

東雲
妬いてないから

(うっ‥)

東雲
妬くわけないでしょ
あの程度のことで

サトコ
「そうですか‥」

(なんだ、違うんだ‥)

東雲
‥バカ

サトコ
「え?」

いきなり顎をつかまれて、素早く唇を奪われる。

サトコ
「えっ、ちょ‥今のは‥」

東雲
べつに

サトコ
「待ってください!」
「やっぱり妬いてますよね?そうですよね!」

東雲
うるさい!

ひとけのない廊下に、2人分の足音が響き渡る。
新しい年のはじまりは、なんだかくすぐったいものになりそうだった。

Happy  End

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