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バレンタイン 加賀2話

バレンタインの数日前から、加賀教官にあげるチョコの練習を始めた。

(やっぱり、気持ちを伝えるためにはシンプルなハート型のチョコが一番だよね)
(でもそれだけじゃ物足りないし、チョコの下にクランチを敷いて‥)

冷やして固めたものを冷蔵庫から取り出すと、なかなかの出来栄えだった。

(よし‥ごめんなさいも兼ねてのチョコだから)
(本番ではチョコに『ごめんなさい』ってメッセージも書いておこう)

サトコ
「ん?『ごめんなさい』は微妙かな?」
「『大好きです』とか?」
「やだー!もう!」

(って、違う!これを渡して、ちゃんと謝るんだから‥)

サトコ
「やっぱり『ごめんなさい』だよね」
「さてと‥次は、ラッピングの準備をしなきゃ」

駅前にある雑貨屋に来ると、早速ラッピングを選び始めた。

<選択してください>

A: シンプルイズベスト!

(ついつい派手なラッピングを選びたくなるけど‥)
(意外性があった方がいいよね!)
(ここはあえてシンプルなラッピングにしようかな‥)

B: ハートモチーフの可愛いラッピング

(ハートにふわふわリボン‥!かわいい‥!)
(でもあんまりキャッキャウフフ浮かれたラッピングだと)
(受け取ってもらい得ない可能性があるから)
(やっぱりシンプルな方がいいかな‥)

C: ド派手!原色系ラッピング

(ショッキングピンク!!これなら目立ちそう!)
(何事もインパクトって大事だよね!)
(‥‥‥でも、あんまり派手だと受け取ってもらえないかも)
(やっぱりシンプルな方がいいかな‥)

サトコ
「よし、これなら落ち着いてるデザインだし‥リボンじゃなくてシールにすれば」

黒澤
ややっ!?これはこれはサトコさん!

サトコ
「く、黒澤さん!?」

(なんでこんなファンシーなお店に‥し、神出鬼没すぎる!)

黒澤
もしかしてもしかしなくても、それはバレンタインのご準備!?
しかもその落ち着いた色合い‥
この黒澤にぴったりじゃないですか!

サトコ
「い、いや、あの‥」

黒澤
加賀さんに処分しろって言われたチョコじゃなくて
そろそろ、オレ自身に誰かくれないかなーって思ってたところだったんですよ!
奇遇ですね!

(何が奇遇なのか全然わからない‥!)

サトコ
「そ、その話はまた今度!」

黒澤
わかりました!お待ちしてます!

(へ、変な誤解された‥!?)

慌ててレジで会計を済ませると、黒澤さんから逃げるようにお店を飛び出した。

バレンタイン前日、寮の部屋でチョコ作りに精を出す。

サトコ
「できた‥これで完成!」

(ちゃんとハートの形になったし、『ごめんなさい』のメッセージも書いたし!)
(味見したけど、レシピ通りだからおいしかったし‥)

サトコ
「あとはラッピングして渡すだけ‥だけど」

携帯を取り出すと、思い切って教官に電話をかける。
何度か呼び出し音が続いた後、ふっと途切れた。

加賀
‥なんだ

サトコ
「こここ、こんばんは!あの、今お仕事中ですか!?」

加賀
だったら出ねぇ

サトコ
「ですよねー」

(教官、警視庁に召還されて以来、ずっと学校に戻って来てないから、あれから会ってないけど)
(でも、電話に出てくれた‥ちゃんと話してくれてる)

サトコ
「あの‥明日は学校に来ますか?」

加賀
‥ああ

電話越しに、いつもの低い声が響く。
少しだけくすぐったい気持ちになる。

サトコ
「じゃあ‥待ってます」
「遅い時間にすみませんでした。おやすみなさい」

加賀
‥おやすみ

(か、加賀教官が『おやすみ』って言ってくれた‥!)

サトコ
「‥‥‥」

加賀
‥‥‥

サトコ
「‥‥‥」

加賀
‥おい

サトコ
「えっ!?」

加賀
早く切れ

サトコ
「す、すみません!びっくりして放心しちゃって」
「それじゃ、あの‥本当に、おやすみなさい」

加賀
ああ

電話の向こうで、いつものように口の端を持ち上げて笑っているような気がした。
電話を切ってもしばらく、携帯を見つめたままぼんやりする。

(チョコレート‥喜んでくれるといいな)
(『おやすみ』も聞けたし、思い切って電話してよかった)

そして迎えたバレンタイン当日。
加賀教官を探して学校を歩き回る。

(学校に来るとは言ってたけど、何時なのか聞かなかった‥)
(諦めて個別教官室に置いてこようかな‥でも、直接渡して謝りたいし)

カフェテラスを通りかかった時、休憩中らしい莉子さんと目が合った。

莉子
「あら、サトコちゃん」

サトコ
「莉子さん!お疲れ様です」

莉子
「お疲れ様。それもしかして、兵ちゃんへのチョコレート?」

サトコ
「うっ‥そ、そうです」

莉子
「あの兵ちゃんでも、サトコちゃんからのだったら受け取るのかしらね」

サトコ
「え?」

莉子
「兵ちゃんに、毎年すごい数のチョコが届けられてるの、知ってる?」

サトコ
「あ、はい‥先日、私が運んじゃいまして‥」

莉子
「あははっ!兵ちゃん、怒りそー!」

(その通りです‥)

莉子
「兵ちゃんね、あんなに甘いものは好きなくせに、バレンタインのチョコだけはダメなのよ」

莉子さんの言葉に、思わず向かいの席に座る。

サトコ
「どういうことですか?」

莉子
「昔ね、兵ちゃんに入れ込んでる刑事課の子がいたんだけど」
「どうしても兵ちゃんの目に留まりたくて、おいしさよりもインパクトで勝負しようとしたのね」
「その‥チョコレートに、ちょっと‥異物をね」

サトコ
「こ、混入したんですか!?」

莉子
「ええ‥生牡蠣を」

サトコ
「生牡蠣入りチョコレート!?」

(なんでよりにもよってナマモノ‥!?)

莉子
「兵ちゃん、その時に入院するレベルで盛大におなかを壊してね‥」
「それ以来、バレンタインのチョコレートは絶対に食べないみたい」

サトコ
「そんなつらい過去が‥」

莉子
「ええ‥あれは悲しい事件だったわ‥」

(じゃあ、私のこのチョコも‥)
(手作りだから‥ダメ?)

サトコ
「‥‥」

莉子
「え、ちょっと‥サトコちゃん?」

莉子さんと話し終えると、トボトボと教官室へ向かった。

思った通り、教官室には今日の分のチョコレートが届けられていた。

(せっかく作ったけど‥あんな事情があるのに、渡したりできないよ)
(そうだ!ここに入れていけば‥)

<選択してください>

A: 颯馬の段ボール

(颯馬教官宛のチョコレート‥)
(有名ブランドや高級そうなのばっかり!)
(悪目立ちしちゃいそうだけど‥えい!)

B: 東雲の段ボール

(東雲教官の段ボール‥)
(うわ、すごい数のチョコレート!)
(普段意地悪ばっかりされるから忘れてたけど)
(東雲教官もやっぱりモテるんだ‥)
(この中に紛れ込ませれば‥)

C: 黒澤の段ボール

(黒澤さん用の段ボールに‥)
(って、あれ?黒澤さん宛のチョコも教官室に届くの?)
(まぁ、黒澤さん神出鬼没だし‥)
(ここに入れておけば、黒澤さんが食べてくれるよね)

大量のチョコレートが入っている段ボールの中に、そっと自分のチョコを入れた。

(でも‥そうなると、教官に渡すチョコがないんだよね)

(今から買いに行かなきゃ‥!急ごう!)

バレンタイン当日とあって、チョコレートはどこも売り切れだった。

(走り回って、なんとかゴレィバのチョコをゲットできた‥)
(高かったけど、市販のチョコなら変なものも入ってないし、きっと受け取ってくれるよね)

サトコ
「って、その前に教官を探さなきゃ‥とりあえず教官室!」

廊下を走って教官室に向かったけど、ドアの窓から明かりは漏れていない。

(いない‥もう帰っちゃった?)

加賀
グズ過ぎだ

サトコ
「ぎゃーっ」

加賀
‥なんだその色気のねぇ声は

サトコ
「か、かか、加賀教官!」

振り返ると、暗がりに加賀教官が立っている。

サトコ
「な、なんでそんなところにいるんですか‥」

加賀
どっかのグズがさっさと来ねぇからだ

サトコ
「‥‥」

加賀
なんだ

サトコ
「待っててくれたんですか‥」

加賀
‥やる

持っていた缶コーヒーを手渡されて、ハッとなった。

サトコ
「ありがとうございます!あの、私も渡すものがありまして‥!」

加賀
‥‥‥‥

サトコ
「こ、これなんですけど!受け取ってください!」

買ってきたチョコの包みを差し出したけど、加賀さんは腕組みしたまま微動だにしない。

サトコ
「あの‥」

加賀
んなもん、いらねぇ

(そんな‥買ってきたものもダメなの?)

加賀
‥間違えてねぇか

サトコ
「え?」

顔を上げると、いつの間にか加賀教官が見覚えのある包みを持っている。

サトコ
「そ、それ!私のチョコ‥!?」

それは間違いなく、さっき段ボールに入れたはずの私のチョコレートだった。

サトコ
「どうして‥」

加賀
ほら

ぽいっと投げられ、慌てて包みを受け取る。

加賀
テメェでよこせ

(なんで‥?どうしてこれが私のだってわかったの?)
(メッセージカードも添えてないし、私だって分かるものは何もないのに)

加賀
どうした

サトコ
「加賀教官‥」

謝らなければならないのに、言葉が出てこない。

(他の人のチョコを受け取れって言ってごめんなさい‥)
(本当はちょっとヤキモチ妬いてたけど、正直に言えなくてごめんなさい)

私が何か言うのを、加賀教官が黙って待ってくれる。
自分への情けなさと同時に、チョコに気づいてもらえた嬉しさに、視界がぼやける。

サトコ
「‥好きです」

加賀
‥‥‥

サトコ
「大好きです」

加賀
‥クズが。知ってる

満足そうに笑うと、加賀教官はチョコごと、私を抱きしめた。

サトコ
「ううっ‥ごめんなさい!意地張ってごめんなさい~」

加賀
ったく‥面倒かけやがって

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泣きじゃくる私を、加賀教官が優しく何度も撫でてくれる。
いつもにはないその優しさに、しばらく身を任せていた。

加賀
なんであんな真似した?

サトコ
「だって莉子さんが‥加賀教官はバレンタインチョコにトラウマがあるって」
「だから、手作りじゃなければ受け取ってもらえると思って」

加賀
‥あのクソ女、余計なことを
どこの誰が作ったのかもわからねぇもんは、食う気がしねぇだけだ
‥テメェは違うだろ

サトコ
「そ、そうだったんですか‥」

加賀
わかるだろ、普通

サトコ
「加賀教官はわかりにくいです‥」

ジロリと睨まれて、慌てて口をつぐむ。

(でも、よかった‥てっきり、バレンタインのチョコ自体がダメなのかと思った」

サトコ
「それじゃ‥これ、受け取ってもらえますか?」

加賀
世話焼かせやがって

包みを渡すと、その場で加賀教官がラッピングを開ける。
中から出てきたのは‥真っ二つになったハートのチョコレートだった。

サトコ
「え!?な、なんで!?」

加賀
‥‥‥

サトコ
「すみません!もっと頑丈だと思ってたんですけど‥!」

しかも、チョコレートの上に書いた『ごめんなさい』が
『ごめんな』『さい』に分かれてしまっている。

サトコ
「か、重ね重ねすみません‥!」

加賀
‥ほら

『ごめんな』の方をかじり、『さい』と書かれたチョコを私のくわえさせる。

サトコ
「んっ‥ど、どうして」

加賀
‥俺の‥を、テメェに半分くれてやる

サトコ
「‥え?」

(今、『俺の心を』って言った‥!?聞き違い!?)

サトコ
「加賀教官!もう一回!今の、もう一回言ってください!」

加賀
クズが。言うかよ

サトコ
「そこをなんとか!」

加賀
‥女はめんどくせぇな

聞かれたことが気まずかったのか、加賀教官が私を黙らせるように唇を合わせる。

サトコ
「‥甘い、です」

加賀
そりゃそうだろ

サトコ
「加賀教官‥」

加賀
なんだ

サトコ
「‥もう少し、甘いの、ください」

照れながらそう告げる私に、加賀教官が不敵に笑う。

加賀
‥上等だ

サトコ
「んっ‥」

加賀
「‥サトコ」

加賀教官の口から紡がれる自分の名前は、驚くほど甘く響く。

何度も啄まれるうちに、いつしかチョコの味がするキスに夢中になっていった。

End

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