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バレンタイン 加賀 彼目線

廊下を歩いていると、ニヤニヤ顔の歩が向こうからやってきた。

加賀
‥なんだ

東雲
いや~、今年も兵吾さんは大変だな~と思って
今日で段ボール何箱目ですか?バレンタインのチョコ

加賀
知らねぇ。どうでもいい

東雲
でしょうね
兵吾さんに憧れるお姉さんたちが
サトコちゃんの存在を知ったら、大変なことになりそうですね

加賀
そんなもんでどうにかなるタマじゃねぇよ

東雲
わ~、信頼し合ってるっていいですね

相変わらず人をおちょくるような歩の言い方にも、もう慣れた。

東雲
でも、サトコちゃんがあの大量のチョコの存在を知ったら大変じゃないですか?

加賀
その前に黒澤に片付けさせてる

東雲
でもさっき、でっかい段ボールを教官室に運んでたみたいですけど

加賀
‥‥‥‥

(‥それを早く言え)

舌打ちして、軽く歩を睨む。
だがいつものようにニヤニヤしているだけで、素知らぬ顔だった。

(どうせ、落ち込むアイツを見て楽しんでたんだろ)

加賀
テメェも大概だな

東雲
さあ?なんのことでしょう?

加賀
‥ほどほどにしねぇと、俺も何するかわかんねぇぞ?

東雲
気を付けますよ。兵吾さんに嫌われたくありませんから

(食えねぇ奴だ‥ったく)

軽い舌打ちをして、仕方なく教官室へ向かった。

教官室に入った途端、段ボールの前でため息をつくサトコを見つけた。

加賀
邪魔だ

サトコが泣きそうな顔で振り返る。

加賀
邪魔だ

サトコ
「そんな、2回も言わなくても‥」

(そんなところで落ち込んでるテメェのツラなんざ、見たくねぇ)

サトコ
「校務員さんに頼まれたんです。教官にチョコレートの配達です」

(校務員‥あのタヌキじじぃか)
(余計なことしやがって‥人の駒を勝手に使ってんじゃねぇ)

バレンタインだなんだと、周りが浮き足立ってるのは気づいていた。
そしてサトコも例外ではなく、
こちらを見てはそわそわしたり何か言いたそうにしていることも。

(14日か‥多分その辺で、警視庁から呼び出しがあるな)
(丸一日空けるのは難しい‥が)

でも、できることなら一緒に過ごしてやりたいと思う。
それに‥
過ごしたい、とも思う。

(まさか俺が、こんなことを考えるとはな‥)

自嘲気味にサトコを見ると、
チョコレートの段ボールの前で恨めしそうにこちらを睨んでいる。
その顔すら可愛いと感じるのは、もう重症としか思えない。

加賀
なんだ?クズがいっちょ前に嫉妬か

サトコ
「ち、違います!」

悔しそうな顔を見ると、口元が緩みそうになる。

加賀
反抗期か

サトコ
「反抗です!期じゃないです!」

(ったく‥仕方ねぇな)
(こんなガキを喜ばせてやりたいと思うとは‥俺もヤキが回ったか)

ちょいちょいと指でサトコを呼び寄せると、
抵抗されるのも構わず、壁に背中を押しつけて強引に口づける。
何度も何度も貪って舌を絡めると、ようやく抵抗の力が緩んだ。
キスをすると、静かになることはわかっている。
でも‥
このキスに夢中になっているのは、こいつか‥
それとも‥
不意にサトコがこちらと距離を取る。
それから、段ボールをチラリと見て不安げな顔をした。

サトコ
「このチョコ、全部食べるんですか?」

加賀
食うわけねぇだろ。黒澤に言って処分しとけ

納得いかない様子だったが、サトコは段ボールを抱えて出て行った。

部屋を出ると、教官室でサトコと黒澤が話をしている。
自分が指示したことではあるが、サトコが他の男と話しているのを見るのは気に入らない。

(ガキかよ、俺は‥!)

黒澤
今年はどんなチョコかな~
結構高いチョコをくれる人もいるんですよね

加賀
余計なこと言うな

サトコと黒澤の話を終らせるために、段ボールを黒澤に押し付ける。
黒澤は嬉々として段ボールを抱えて出て行った。

サトコ
「メッセージカードとかもありましたよ。せめて手紙だけでも読んだ方が」

その言葉に、思わずサトコを睨みつけた。

(他の女からのプレゼントを大事にしろなんざ、どういうつもりだ)
(テメェは、それでいいってのか‥?)

サトコ
「余計なことですけど、でも‥気持ちがこもったものですから」

加賀
‥それで構わねぇんだな

気が付くと、らしくない言葉がこぼれていた。

加賀
俺は‥テメェが他の男といるだけで
‥たまんねぇのにな

まるで、自分ばかりがサトコを大事にしているように感じる。

(俺が他の女とよろしくやっても、平気ってわけか)
(俺が‥)
(俺だけがのめり込んでるっていうのかよ)

苛立ちにひとつ舌打ちをして、サトコを残して教官室を出た。

夜、一人で飲んでいると、いつの間にか莉子が隣にやって来ていた。

加賀
‥なんだ

莉子
「やーね。男の自棄酒はみっともないんじゃない?」

加賀
うるせぇ

莉子
「機嫌悪いわねぇ‥どうせ『かわいい子』とケンカでもしたんでしょ」

加賀
頭の良すぎる女は、モテねぇぜ?

莉子
「お生憎様。そちらの方面で困ったことはないわよ」

(ったく‥どいつもこいつも、俺の周りのやつはワケのわかんねぇヤツばっかりだ)

莉子
「で?珍しく、アンタが拗ねてる原因は?」

加賀
女の気持ちなんて、わかんねぇよ‥

莉子
「あの子、兵ちゃんにそんなこと言わせるなんて、さすがね~」

加賀
あ?

莉子
「今までは、女の気持ちなんてわからなくてもどうでもよかったはずなのに」

(そうだ‥あのガキが、いつの間にか俺の中に入り込んできやがった)
(引っ掻き回して、夢中にさせて‥人を散々振り回して)

加賀
‥他の女からのプレゼントを大事にしろなんざ、理解できるかよ

莉子
「や~ね~。そんなサトコちゃんだから、好き‥なんでしょ?」

加賀
‥‥

莉子
「彼女だから、他の女の気持ちも汲んでくれるのよ」
「そういう優しいところにだって、惚れてるくせに」

加賀
‥勘の良すぎる女は、嫌われるぜ?

莉子
「あら‥それは困るわね。仕事に支障が出るもの」

悠然と微笑む隣の女は、どこまでも赤い口紅が似合う。
俺の心を代弁するような莉子に、思わず苦笑いした。

(俺の周りには、いい女がそろってる)
(ったく、女ってのは面倒な生き物だな‥)

莉子
「で?あの件は話したの?」

加賀
あ?

莉子
「ほら、兵ちゃんがお腹壊した、あの‥」

加賀
‥言えるわけねぇだろ

目を逸らすと、途端に莉子が笑い出した。

莉子
「なんで言ってないの?カッコ悪いから?」
「アンタがカッコつけるとか、ウケるー!」

加賀
‥‥‥

莉子
「あー笑った笑った。楽しいお酒だったわ」

加賀
‥チッ

莉子
「じゃあね、サトコちゃんと仲良くしなきゃダメよ」

(‥なにが『ダメよ』だ)
(やっぱり、俺の中のいい女は‥)

バレンタイン前日、警視庁から直帰すると黒澤からメールが届いた。

(なんだこりゃ‥写真が添付されてんな)

開いてみると、それは遠くから隠し撮りされたようなサトコの写真。

(あいつ‥)

『サトコさんを激写しました!真剣な顔でしたよ~』
『誰に何を贈るんでしょうか!プププ!』

(このクソ黒澤が‥何してやがんだ)

思わず黒澤に電話して脅してやろうかと思ったが、その前に写真が目につく。
サトコが手に持っているのは、どうやらラッピングの材料らしかった。

(‥ふん)

その真剣な横顔に、思わず口元が緩む。
まるでそれを見越したかのように、サトコから着信が入った。

(‥振り回されてんな、この俺が)

通話ボタンを押すと、動揺したようなサトコの声が聞こえてきた。

サトコ
『あの、今お仕事ですか?』

加賀
だったら出てねぇ

サトコ
『で、ですよね‥』

思い切ってかけてきたのだろう。真っ赤になっているサトコが目に浮かぶ。

サトコ
『‥明日は、学校に来ますか?』

加賀
ああ‥

サトコ
『よかった‥じゃあ、待ってます』

優しく響くサトコの声が心地いい。

(俺が勝手にキレて、勝手に距離とって‥なのにいつも、歩み寄ってくるのはお前からだ)
(どっちが年上だ‥クズは俺だな)

サトコ
『それじゃ、おやすみなさい』

加賀
‥おやすみ

嬉しそうな声に、電話越しの笑顔のサトコが目に浮かんで悪くない気分だった。

(‥会いたい)

(俺にそう思わせるのは、テメェくらいなもんだ)

バレンタイン当日。
教官室へ行くと、処分予定の段ボールの中に、見覚えのあるラッピングを見つけた。

(‥あの時、サトコが選んでた包みじゃねぇか)
(どういうつもりだ‥?)

一瞬のうちに色々なことが頭に浮かび、微かな不安が過る。
そのあとサトコを待ったが、結局来ないまま夜になった。

血相を変えたサトコが渡してきたのは、市販のチョコレートだった。

加賀
‥いらねぇ

サトコ
「え‥」

加賀
間違えてねぇか?

持っていたチョコを投げて渡すと、サトコが驚く。

加賀
テメェでよこせ

みるみるうちにサトコの目に涙がたまり、その口から一番聞きたかった言葉がもれた。

サトコ
「好きです」
「加賀さん‥大好きです」

加賀
知ってる

衝動を抑えきれず、そのままきつく抱きしめる。
手間をかけさせられた苛立ちよりも、サトコが腕の中にいることの安心感が強かった。

サトコ
「加賀さんは、バレンタインにトラウマがあるって莉子さんが」

(あのクソ女‥余計なこと言いやがって)

加賀
「どこの誰が作ったのかわからねぇもんは、気味が悪くて口にしねぇだけだ」
‥テメェのは、違うだろ

サトコ
「そうだったんですか‥」

加賀
わかるだろ、普通

サトコ
「加賀さんは、わからないです‥」

(結局、俺の言葉が足りなかっただけか‥いつもこれだな)
(ったく‥これだから女はめんどくせぇ)

なのに、サトコだと愛おしく感じる。
軽くキスをすると、サトコが物欲しそうに上目使いになった。

サトコ
「もう少し‥甘いの、ください」

(上出来だ)

サトコの言動ひとつひとつに、満たされていく。
何度もキスを繰り返しながら、その身体を抱きしめた。

End

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