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櫻 東雲1話

私は、東雲教官の方をチラリと見た。

(もし、誘うなら早めに声を掛けた方がいいよね)

(じゃないと他の用事を入れられそうだし)

(例えば『髪を切りに行くから』とか‥)

東雲

‥なに、ジロジロ見て

サトコ

「い、いえ!」

(よし、帰りに誘ってみよう)

(2人きりになったときに切り出して‥)

黒澤

そう言えば、桜っていろいろな種類がありますよね

サトコさん、この桜の名前はわかりますか?

サトコ

「えっと‥ソメイヨシノですよね」

黒澤

さすがサトコさん!正解です!

東雲

それくらい常識でしょ

日本に植えられている桜の8割はソメイヨシノって言われてるし

黒澤

ああっ、それ‥今、オレが言おうと思ってたのに

東雲

だったら合コンで言えば
今度、保育士と合コン‥

黒澤

しーっ、歩さん!声が大きいですよ

オレ、今、石神さんから合コン禁止令を出されていて‥

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石神

呼んだか、黒澤

黒澤

い、いえ‥なにも!桜の話をしていただけで‥

サトコさんはどんな桜が好きなんですか?

(えっ、いきなり?)

サトコ

「そうですね‥ソメイヨシノや山桜も好きですけど‥」

「一番好きなのは『大寒桜』かなぁ」

石神

大寒桜か

黒澤

いいですよねー。オレ、埼玉まで見に行ったことがありますよ

そう言えば、花見合コンで‥

石神

‥合コン?

黒澤

あっ、いえ‥サトコさんが花見合コンをしたと‥

(ええっ!?)

石神

‥そうなのか、氷川

サトコ

「あ、え‥えっと、長野時代の話ですけど」

「うちの地元に大寒桜が咲く公園があって、この時期になるといつもお花見合コンを‥」

東雲

‥‥‥

そんなことがありつつも、お花見は楽しく終わり‥

その日の帰り道‥

サトコ

「お花見楽しかったですねー」

「桜は綺麗だったし、お弁当もおいしかったし」

東雲

おはぎは食べ損ねたけどね

サトコ

「そ、それは数が少なかったから仕方ないって言うか‥」

「でも、ほら!」

「教官には『春のピーチネクターサワー』がありましたから」

東雲

ああ、あれね

久しぶりに、キミのことを気が利く補佐官だと思ったよ

20日と4時間ぶりくらいに

(うっ、そんな久しぶりに‥)

東雲

でも、良かったの?

鳴子ちゃんたちと二次会に行かなくて

キミ、カラオケとか好きそうだし

サトコ

「好きですけど、今日は歌いたい気分じゃないので」

「それに、教官と2人きりになりたかったっていうか‥」

(春休みの予定、聞くなら今だよね)

(それに空いていたらデートに誘って、どこに行きたいか聞いて、それから‥)

東雲

『大寒桜』って綺麗なの?

サトコ

「え?」

東雲

大寒桜。キミ、好きなんでしょ

どんな花?

サトコ

「えっと‥花の大きさはソメイヨシノくらいですね」

「でも、花びらの色が濃い目のピンクで可愛くて‥」

「満開の時は、すごく華やかな雰囲気になるんです!」

東雲

‥‥‥

サトコ

「うちの地元の公園は、一角だけその大寒桜が咲いていて‥」

「だから、この時期になると‥」

東雲

花見合コンをして?

サトコ

「そ、それは嘘です!黒澤さんが突然話を振るから」

「本当は、女友達だけで集まってお花見をしたんです」

「お弁当を持ち寄って、おはぎや桜餅を食べて‥」

「みんなで遅くまでワイワイお喋りして‥」

東雲

‥‥‥

サトコ

「今頃、みんなもお花見してるかも」

「大寒桜、今年も綺麗だろうなぁ」

懐かしい故郷の地に思いを馳せる。

すると‥

東雲

その花、このへんでも咲いてるの?

サトコ

「はい、たぶん」

「上野公園や新宿御苑あたりなら‥」

東雲

ふーん‥

でも、人混みで花見するのはちょっとね

(え‥)

東雲

ま、遠出できなくもないけど

スクーターがあるわけだし

(それって‥)

<選択してください>

A: デートのお誘いですか?

サトコ

「デートのお誘いですか?」

東雲

さぁね

キミがそう思うなら、そうなんじゃない?

(うそ‥本当に?)

B: どういう意味ですか?

サトコ

「どういう意味ですか?」

東雲

サトコ

もっと分かりやすく言って欲しいなぁ‥なんて‥」

東雲

‥生意気

ギューッ!

サトコ

「痛たたたっ!」

東雲

デートの誘いでしょ。他に何があるの

サトコ

「わ、分かりました!よく分かりましたから‥っ」

(頬っぺ、つねらないで‥っ)

C: もう髪型は気にしないってこと?

サトコ

「もう髪型は気にしないってことですか?」

東雲

‥は?

サトコ

「だって前に言ってたじゃないですか。スクーターに乗ると髪が跳ねるって」

「でも、もう気にするのをやめ‥」

東雲

‥‥‥

サトコ

「‥るわけないですよね」

東雲

当然

でも、まぁ‥少しくらいなら我慢するけど

サトコ

「!」

東雲

日にちは今度の春休みね

場所は‥

サトコ

「探します!最高のお花見スポットを見つけてみせます!」

東雲

あっそう。じゃあ、それで

(‥よし!)

(よしよしよし!)

東雲

‥キモ

キミ、さっきからニヤニヤしすぎ

サトコ

「すみません。でも嬉しくて‥」

「今度の春休み、教官も一緒に過ごしたいって思ってくれてたんだなぁって」

東雲

‥バカじゃないの

サトコ

「はい、バカです!」

東雲

ウザ

教官はぼそりと呟くと、バス停の前で足を止める。

サトコ

「駅に行かないんですか?」

東雲

寮に帰るならバスの方が早いでしょ

サトコ

「そうですけど‥」

(あれ‥今日って教官の家に行かないのかな)

(明日は学校も休みなのに‥)

考えていたことが、つい顔に出てしまったのか、

東雲

当分ウチには泊めないから

サトコ

「!」

東雲

あと、キスもしない

キミが卒業するまでは

(え‥)

(ええっ!?)

帰宅後。

ベッドに寝転びながら、私は早速スマホを取り出した。

サトコ

「『都内 大寒桜』検索‥っと‥」

(あ、いくつか出てきた‥)

(でも、人混みは嫌そうだったよね。となると都心から離れた方が‥)

サトコ

「‥‥‥」

「ああーっ!」

(ダメだ、さすがにモヤモヤするんですけど!)

(お泊りはともかく、キスも?本当に卒業するまでしないの?)

(アレとかアレとか、あんなのとか‥今までさんざんしておいて?)

もちろん、そのために付き合っているわけじゃない。

それに‥

(拒否する理由も‥分からないわけじゃないけど‥)

「私が卒業するまではキスしかしない」‥

付き合い始めた頃、教官にはっきりそう告げられた。

(でも、今度はキスもなし‥か)

(なんか‥なんだかなぁ‥)

そんな悶々とした思いを抱えて過ごしているうちに‥

春休み前日が訪れた。

サトコ

「教官、頼まれていた資料です」

東雲

ありがと

来週の講義のテキストは?

サトコ

「準備できています」

東雲

わかった

教官室の机の上に置いておいて

サトコ

「了解です」

東雲

それと‥

明日の場所は?

サトコ

「ばっちりです!いい場所を見つけました!」

東雲

あっそう

集合時間と場所は?

サトコ

「駅前に朝7時でお願いします」

東雲

‥は?

(あれ、聞こえなかったのかな)

サトコ

「駅前に朝7時‥」

東雲

それは聞いた

なんでそんな時間なの

サトコ

「えっと、場所が少し遠くて‥」

東雲

‥‥‥

サトコ

「でも、空気のいい穴場スポットですから!」

「絶対に行く価値はあると思います!」

東雲

どうだか

ていうか、そんなに早いなら今晩からうちに泊まれば‥

サトコ

「えっ」

思わず聞き返すと、教官はハッとしたように口をつぐむ。

東雲

‥ごめん。なんでもない

他に質問は?

サトコ

「‥‥‥」

東雲

なければ、今日はもう帰っていいけど

いつになく早口な教官に、私は‥

サトコ

「え、えっと‥」

<選択してください>

A: お弁当のリクエストは?

サトコ

「お弁当のリクエストはありますか?」

東雲

リクエスト?

キミ、ブラックタイガー以外になにか作れるの?

サトコ

「作れます!ていうか今までいろいろ作ったじゃないですか!」

「クリスマスのおつまみとか、お正月のおせちとか‥」

東雲

ああ‥

でもキミ、ブラックタイガーの印象が強すぎて‥

(ひどっ!)

サトコ

「あ、あれはたまたま失敗しただけで‥」

B: 今日の講義で分からないところが

サトコ

「今日の講義で分からないところがあるんですけど‥」

東雲

どこ?

サトコ

「このテキストの、ここなんですけど‥」

東雲

‥これ、兵吾さんが担当してる部分じゃん

聞くなら兵吾さんに‥

サトコ

「無理です!そんなことしたら、きっと土に埋められます!」

「今日も千葉さんが質問に行ったっきり、2時間くらい教場に戻ってこなくて‥」

C: 泊まったらダメ?

サトコ

「泊まったらダメですか?」

東雲

‥‥‥

サトコ

「その方が、明日の出発時間が少し遅めに‥」

東雲

ダメ

サトコ

「‥‥‥」

東雲

キミを当分ウチに泊めない

そう決めたから

(教官‥)

コンコン!

難波

歩、少しいいか?

っと、なんだ、取り込み中か?

サトコ

「いえ、そんなことは‥」

「それじゃ、お先に失礼します」

東雲

お疲れ様‥

難波

そう言えば明日は春休みだったな

氷川はどこかに出かけたりするのか?

サトコ

「あ、その‥」

「ちょっと遠出をしようかと」

難波

なるほど、彼氏と旅行か

サトコ

「!」

難波

健全なお付き合いをしろよー

サトコ

「!!」

東雲

‥室長、親戚のおじさんみたいですよ

難波

ん、そうか?

サトコ

「‥それじゃ、失礼します」

難波

ああ、おつかれ

東雲

‥‥‥

(びっくりした‥まさか室長からあんなことを言われるなんて)

もっとも、そんなものは「よけいな心配」だ。

今となっては、キスすらしていないのだから。

サトコ

「はぁぁ‥」

(なんか‥こういうの自覚するのって、すごく恥ずかしいんだけど‥)

(教官とキスするの‥好きだったんだなぁ、私)

翌日、朝4時

ピピピピッ、ピピピピッ‥

サトコ

「うう‥」

(眠い‥あとちょっと‥5分だけ‥)

(‥ダメダメ、起きてお弁当を作らないと‥)

サトコ

「‥よし!」

(予定より30分遅れてるけど、なんとかなるよね)

まずは冷蔵庫に入れておいた惣菜を、1つずつ弁当箱に詰めていく。

(あとは、おはぎと揚げ物だよね)

(それから、実家から送られてきた「おやき」を焼いて‥)

サトコ

「ふわぁ‥」

(まずい、あくびが‥)

サトコ

「えっと‥おやきは高菜とナスとキノコと‥」

そんな状態ながらも、なんとかお弁当を作り終えて‥

(もうすぐ7時‥教官、そろそろ来るかな)

サトコ

「ふわぁ‥」

「‥‥」

「‥‥‥」

「‥っ!」

(マズい‥立ったまま寝るところだった)

(もっと、しゃきっとしないと‥)

サトコ

「‥‥」

「‥‥‥」

東雲

眠いの?

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(うわっ!)

サトコ

「お、おはようございます」

東雲

‥やっぱり眠たそうだね、キミ

サトコ

「大丈夫です、これくらい!さあ、出かけましょう!」

東雲

‥行き先は?

サトコ

「ここです!」

私は、カバンから印刷してきた地図を取り出す。

東雲

この地図‥なんかざっくりすぎない?

サトコ

「大丈夫です、まずは最寄駅に着けばいいですから」

「で、そこから先は別の地図があって‥」

東雲

ああ、なるほどね

じゃあ、やめよう

(えっ?)

(ちょっ、やめるって‥)

サトコ

「待ってください!」

私は、慌てて教官にすがりついた。

サトコ

「大丈夫です、平気です!眠たくないです!」

東雲

いや、眠たいでしょ

サトコ

「今ので目が覚めました!だから‥」

東雲

だとしても、その荷物が無理

リュック、パンパンだし

サトコ

「こ、これはお弁当がいっぱい入ってて‥」

東雲

だから電車の方がいいでしょ

(‥え?)

東雲

電車ならキミも寝られるし、荷物も置けるし

サトコ

「‥‥‥」

東雲

ここで待ってて

スクーター、停め直してくるから

サトコ

「あ‥はい‥」

(なんだ、そういうこと‥)

(びっくりしたなぁ、もう)

乗ったのが下り列車だったおかげか、幸いすぐに座席に座ることができた。

サトコ

「ふわ‥」

(まずい‥早速あくびが‥)

東雲

何時起きだったの?

サトコ

「えっと‥4時‥」

東雲

早っ!

サトコ

「でも、いろいろ準備することがあったから‥」

「そういう教官は何時起きだったんですか?」

東雲

5時

(え、それこそ早‥)

東雲

髪の毛ブローしてたから

(女子か‥)

(って‥)

心の中のツッコミも、眠気のせいかいまいち勢いがない。

東雲

‥とりあえず寝たら?

そのために電車にしたんだし

サトコ

「でも、もったいないです‥」

「せっかくのデートなのに‥」

東雲

‥‥‥

サトコ

「もっと、いろいろお喋り‥」

東雲

いいから寝ろ

教官が、私の手をギュッと握ってくる。

東雲

教官命令

サトコ

「‥‥‥」

東雲

目、閉じなよ

サトコ

「‥じゃあ、ちょっとだけ‥」

東雲

‥‥‥

サトコ

「10分‥くらい‥」

まぶたが落ちていく中、頭の片隅でぼんやりと思った。

(教官と距離が近いの‥なんだか久しぶり‥)

(こんなふうに体温を感じられるの‥やっぱりいいなぁ‥)

to be continued

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