カテゴリー

櫻 東雲2話

1時間後。

サトコ

「ふわぁ‥よく寝たー!」

東雲

ほんとにね

『10分だけ』って言ってたくせに

(うっ‥)

サトコ

「すみません。教官の手があたたかくて、つい‥」

東雲

‥‥‥

‥ま、いいけど

寝ろって言ったの、オレだし

ついでに変顔コレクションも増えたし

(変顔?)

東雲

この寝顔とか‥

ほんと、ありえない

(なっ、目が半開き!?)

サトコ

「しょ、消去です!今度こそ消去して‥」

東雲

するわけないでしょ

ピピッ!

東雲

‥はい、送信完了

サトコ

「ヒドイ!教官の意地悪!いじめっこ!キノ‥」

東雲

何か言った?

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-205

サトコ

「い、いえ‥なにも‥」

東雲

あっそう

で、ここから先は?

どうやっていくの?

サトコ

「えっとですね‥」

「登山口まで歩きます」

東雲

‥は?

サトコ

「あ、バスの方がいいですか?」

「一応、20分に1本あるみたいですけど‥」

東雲

そうじゃなくて

登山?

サトコ

「はい!」

東雲

今から?

サトコ

「もちろんです!」

「この山の途中にある『さくら広場』が今日の目的地ですから!」

東雲

‥‥‥

そんなわけで‥

サトコ

「はぁ‥はぁ‥」

東雲

‥ねぇ、まだなの?

サトコ

「もうすぐ‥です‥」

「さっき看板で『あと300メートル』ってありましたから」

東雲

300‥

それ、登山だと1時間近くかかるはずだけど

サトコ

「えっ!?」

東雲

え、じゃないから。当然だから

ここ、平地じゃないし

(言われてみれば確かに‥)

東雲

‥ま、いいや

キミの荷物貸して

サトコ

「えっ」

東雲

オレのと交換。ほら

サトコ

「でも私のリュック、かなりパンパンで‥」

東雲

それくらい知ってる

さっさと貸して

(‥いいのかな)

申し訳なく思いつつも差し出したリュックを、教官はさっと肩にかける。

そしてもう一度「はい」と手を差し出してきた。

サトコ

「‥?」

「荷物はそのリュックだけですけど‥」

東雲

荷物じゃなくて『手』

そのほうが早いし

(教官‥)

驚く私に焦れたのか、教官はさっさと手を取って歩き出す。

(どうしよう、なんか教官がまぶしく見えてきた‥)

(これってサラサラヘアのせい?違うよね?)

(そんなことじゃなくて、本当になんていうか‥)

東雲

ニヤニヤするな

サトコ

「は、はいっ!」

こうして山を登り続けること1時間。

サトコ

「教官、あそこです!あの看板のところです!」

東雲

あっそう‥

って、なんでダッシュして‥

サトコ

「はぁ‥はぁ‥」

「着いたー!」

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-001

(これでようやく花見が‥って‥)

サトコ

「あれ?」

広場の周辺をぐるりと見回してみる。

けれども‥

東雲

大寒桜は?

サトコ

「!」

東雲

どこに咲いてるの?

サトコ

「え、えっと‥」

(場所、間違えた?)

(ううん、「さくら広場」で合っていたはず!)

(じゃあ、どうして‥)

東雲

あのさ

このあたりの木が全部そうなんじゃない?

サトコ

「え‥」

東雲

大寒桜

ほら、看板に書いてある

(ほんとだ‥でも‥)

サトコ

「葉っぱだけ‥」

東雲

葉桜すら終わったってことじゃない

サトコ

「でも、毎年この時期に花見を‥」

東雲

それは長野の話でしょ

東京の方が開花時期が早いんじゃない?

(そんな‥)

サトコ

「すみません、私‥ちゃんと調べてなくて‥」

(サイアクだ‥)

(せっかく、朝早くから付き合ってもらったのに)

(登山までしてもらったのに‥)

東雲

レジャーシートは?

サトコ

「え‥」

東雲

レジャーシート

持ってきてないの?

サトコ

「いえ、リュックの中に‥」

東雲

開けてもいい?

サトコ

「あ、はい‥」

あっけにとれれている私の前で、教官はレジャーシートを敷き始める。

サトコ

「あの、教官?」

東雲

葉っぱでもいいよ

大寒桜に変わりはないんだし

サトコ

「‥‥‥」

東雲

それよりこの弁当、本当に2人前?

さすがに多すぎない?

サトコ

「‥‥‥」

東雲

これ、全部食べたら確実に太‥

サトコ

「教官‥っ!」

感極まった私は、思わず‥

<選択してください>

A: 教官に抱きついた

サトコ

「ありがとうございます、教官‥!」

東雲

ちょ‥

なんで抱きついて‥

サトコ

「好きです‥大好き‥」

東雲

‥‥‥

サトコ

「大好き‥」

東雲

‥知ってる。それくらい

あやすように、ポンポンと背中を叩かれる。

東雲

それより手伝って

B: 涙ぐむ

サトコ

「うう‥ぐすっ‥」

「ぎょ、ぎょうがん、今日なんが優じい‥」

東雲

え、なにその顔‥

写真撮ってほしいの?

キミの変顔コレクションを増やせってこと?

サトコ

「違‥そうじゃなぐでぇ‥」

東雲

だったら手伝って

C: 思いのたけを叫んだ

私は、山の頂上に向かって思いのたけを叫んだ。

サトコ

「教官ー、好きでーす!大好きー!」

東雲

え、なにそれ‥

炭酸飲料水のCMのマネ?

ああいうの、女子高生限定で許されると思うんだけど

(うっ、ひどい‥)

東雲

ヘコんでないで、さっさと手伝って

東雲

この弁当、並べるの

ほんと、張り切り過ぎでしょ

こんなに作ってきて

サトコ

「だって、つい‥」

東雲

で、お得意のブラックタイガーは?

(うっ‥)

サトコ

「一応、この重箱の中に‥」

東雲

‥ほんと、今日も黒いね

サトコ

「く、黒いのはこれだけです!」

「あとは、それなりにうまくできましたから!」

東雲

‥‥‥

サトコ

「本当ですってば!」

「とりあえず、全部並べますんで!」

「それと、お茶‥お茶‥‥っと‥」

東雲

‥‥‥

サトコ

「では‥いただきます!」

東雲

‥いただきます

教官はお茶を飲むと、重箱の中を覗き込む。

東雲

オススメは?

サトコ

「そうですね‥ちらし寿司と生春巻きと‥」

「あ、『おはぎ』は絶対食べてほしいです!」

「この前よりもうまく作れたので‥」

東雲

これで?

形、崩れてない?

サトコ

「大丈夫です。中身は問題ありません!」

東雲

ふーん、じゃあ‥

‥‥‥

サトコ

「‥どうですか?」

東雲

‥ま、悪くないんじゃない

(よしっ!)

東雲

あとは?

<選択してください>

A: 唐揚げを

サトコ

「唐揚げを‥」

東雲

ああ、これ?自信あるの?

サトコ

「はい!前に千葉さんに差し入れた時に喜んでもらえて‥」

東雲

‥千葉に?

サトコ

「はい!隠し味にカレー粉とヨーグルトを使ってるんですけど」

「それがいい具合に効いてるって‥」

東雲

へーそう‥千葉に‥

サトコ

「あ、あの‥」

「とりあえず食べてください!自信はありますから」

東雲

‥‥‥

教官は何か言いたげな顔をしつつも、唐揚げをぱくりと食べる。

B: ブラックタイガーを

サトコ

「ブラックタイガーを」

東雲

ああ、これね

衣をはがせば、ただのエビ‥

サトコ

「どうしましたか?」

東雲

このタルタルソース、ピンクなんだけど

サトコ

「今日のはしば漬け入りですから」

「ピクルスがなかったので、かわりに‥」

東雲

‥‥‥

サトコ

「そ、そんな顔しないでください。美味しいですから!」

「さあ、どうぞ!」

東雲

‥じゃあ‥

C: 桜餅を

サトコ

「桜餅を‥」

「これも、この間のお花見では食べてませんよね?」

東雲

結局、室長が独り占めしたからね

そのせいで、兵吾さんがずっと貧乏ゆすりしてたけど

サトコ

「そうでしたっけ?」

東雲

え、キミ、気づいてなかったの?

千葉なんて、兵吾さんの隣でずっと涙目だったのに

教官は呆れた顔をしつつも、桜餅をぱくりと食べる。

サトコ

「‥どうですか?」

東雲

73点

サトコ

「よし!」

東雲

良くないから

もっと上を目指してよ

サトコ

「でも、73点ってかなりの高得点ですよ?」

東雲

この間のキミの小テストと比べればね

(うっ‥)

東雲

あれ、何点だったっけ

サトコ

「‥68点です」

東雲

ほんと、不思議だよね

どうして100点取れないんだろ

100%習ったところしか出てないのに

サトコ

「す、すみません‥」

「でも、ほら!そこはあと32点分の伸び代があるってことで‥」

東雲

なにそのポジティブシンキング

キミって、ほんとおめでたいよね

辛辣な言葉の割に、教官の眼差しは優しくて‥

(‥教官?)

目が合った瞬間、「あ‥」と思う。

カチリとなにかがハマったような不思議な感覚‥

(これって‥)

こくん、と喉が鳴って‥

(キス、するときの感じ‥)

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-002

教官の顔が近づいてきて、私はゆっくり目を閉じる。

ここ数か月間、何度も繰り返されてきたこと‥

当たり前のように、ごく自然に‥

東雲

‥っ

息を飲む気配と共に、唇の端を乱暴に拭われた。

驚いて目を開けると、教官があからさまに目を逸らしている。

東雲

あんこ‥ついてた

サトコ

「‥‥‥」

東雲

唇の端

サトコ

「あ‥はい‥」

(そうだ、キスはしないって‥)

忘れたつもりはなかった。

それなのに、一瞬だけ期待してしまった。

(バカみたい‥)

(つい、目を閉じたりして‥)

東雲

‥なんて顔してるの

サトコ

「え‥」

東雲

ほんと‥やめて、そういう顔‥

すごく心臓に来る‥

(そんなの‥)

サトコ

「教官のせいです」

「教官が、こんな顔させてるんです」

東雲

‥‥‥

サトコ

「寒桜の花言葉、知ってますか?」

「『気まぐれ』っていうです」

東雲

‥‥‥

サトコ

「なんだか最近の教官みたい‥」

「『泊まらせない』て言ったのに『泊まる?』って言いかけたり‥」

「『キスしない』って言ったのに、顔を近づけてきたりして‥」

「そういう教官の気まぐれに、私、ずっと振り回されっぱなしで‥」

東雲

気まぐれじゃない

サトコ

「‥‥‥」

東雲

そうじゃなくて‥

ただ、正解が‥

(‥正解?)

問い返そうとした私の唇を、教官の指がすべるようになぞる。

東雲

したい?

サトコ

「え‥」

東雲

‥‥‥

サトコ

「‥‥‥」

(それって‥)

東雲

‥キス

(あ‥)

サトコ

「したい‥です‥」

東雲

じゃあ‥

卒業まで我慢して、って言ったら?

サトコ

「嫌です」

東雲

‥‥‥

サトコ

「って言いたいけど‥」

「我慢、してほしいんですよね?」

私の問いかけに、教官は肯定するように視線を落とす。

サトコ

「だったら我慢します」

「ずっと卒業できないわけじゃないし」

東雲

‥‥‥

サトコ

「あ、でも落第したら‥」

東雲

バカ

いきなり鼻をつままれた。

そのせいで「ふがっ」と変な声が漏れた。

サトコ

「きょ、教官、痛‥っ」

東雲

させないから、そんなこと

それ以上は待てないし

(教官‥)

サトコ

「分かりました。私、絶対卒業できるように頑張ります」

「だから無事に卒業出来たら‥」

「そのときは『卒業キッス』をしてください」

東雲

‥え

(『え』?)

東雲

なんで『キッス』なの?

『キ』と『ス』の間に小さい『ツ』を入れるの?

(ええっ!?)

サトコ

「だ、だってそのほうが可愛いじゃないですか!」

「『卒業キス』より『卒業キッス』のほうが‥」

東雲

え、キモ‥

サトコ

「キモくても譲れません!」

「そこは『キッス』なんです」

東雲

‥‥‥

サトコ

「絶対に『卒業キッス』なんです!」

大寒桜の木の下で、私の主張がこだまする。

うららかな春の午後のことだった。

Happy   End

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする