白熱の勝負を見せた徒競走。
最初にゴールテープを切ったのは、黒澤さんだった。
黒澤
「やりましたー!」
後藤
「くっ‥」
後藤さんは膝に手をつき、悔しそうな表情をしている。
(やる気があった分、余計に悔しそう‥)
私はタオルを持って、後藤さんに駆け寄った。
サトコ
「後藤教官、お疲れ様でした!タオルどうぞ」
後藤
「ああ、悪いな‥」
後藤さんはタオルを受け取ると、乱暴に汗をぬぐう。
サトコ
「やっぱり教官たちの競技は迫力がありますね!」
「皆さん、とても足が速くて驚いちゃいました」
後藤
「そうか‥」
サトコ
「今は紅組が優勢ですけど‥」
「まだまだ競技はありますし、挽回のチャンスはありますよ!」
「私もたくさん応援するので、頑張ってください!」
後藤
「フッ‥」
サトコ
「後藤教官‥?」
悔しそうな表情から一変、笑みを浮かべる後藤さんに首を傾げる。
後藤
「いや、まさかアンタに慰められるとはな」
サトコ
「だ、だって、教官が落ち込んでいるように見えたので‥」
(もしかして‥教官を励まそうだなんて、生意気だったかな?)
後藤
「アンタのおかげで、やる気が出た」
「‥ありがとな」
後藤さんは頬を緩め、私の頭をポンポンと撫でた。
???
「ったく、黒澤に負けるなんて、情けない奴だな」
後藤
「なっ‥!?」
声のする方に振り返ると、一柳教官がいた。
サトコ
「お疲れ様です。一柳教官もいらしてたんですね」
昴
「まぁな。助っ人として難波さんに呼ばれたんだよ」
後藤
「お前を助っ人に呼ぶなんて、難波さんは何を考えてるんだ」
昴
「お前らより遥かに優秀だからに決まってるだろ?」
「つーか、なんだよさっきのリレーは。昨日まで捜査だったから、疲れてんのか?」
後藤
「そんなわけないだろう」
後藤さんは、鋭い視線で一柳教官を睨みつける。
後藤
「お前こそ、わざわざ醜態を晒しに来るなんて、SPは暇なんだな」
昴
「忙しい中、時間を見つけて来てやったんだよ。お前らと違って、俺たちは忙しいからな」
「むしろ、感謝してほしいくらいだぜ」
後藤
「‥‥‥」
昴
「‥‥‥」
後藤さんと一柳教官は、顔を突き付け睨み合う。
後藤
「‥次の競技は、棒倒しだったな」
昴
「ああ。俺は紅組の助っ人だから、お前とは敵同士だ」
後藤
「お前など、白組には必要ない」
昴
「デカい口を叩くじゃねーか」
「どうせ、圧勝するのはこっちなんだ。吠え面をかくんじゃねーぞ」
一柳教官はニヤリと笑みを浮かべ、背中を向けた。
サトコ
「一柳教官、行っちゃいましたね」
後藤
「アイツのことなんか放っておけ」
「どうせ今回来たのだって、暇つぶしくらいにしか思ってないんだろう」
後藤さんは一柳教官の背中を一瞥し、私に向き直る。
後藤
「‥サトコ」
サトコ
「はい?」
後藤
「次はいいところを見せられるように頑張るから‥見ててくれ」
因縁のライバルである一柳教官が参加するせいか、今までで一番気合いが入っているように見える。
(後藤さんにとっては、大事な試合なんだ‥)
真剣な表情で言う後藤さんに、満面の笑みを浮かべる。
サトコ
「はい!私も精一杯応援するので、頑張ってくださいね!」
後藤
「ああ」
後藤さんはフッと笑みを浮かべると、アナウンスが入る。
鳴子
『棒倒しに出場する選手は、それぞれの集合場所に集まってください』
後藤
「それじゃ、行ってくる」
サトコ
「はい、行ってらっしゃい!」
私は、棒倒しに向かう後藤さんの背中を見送った。
観客席に着くと、鳴子たちの実況が始まる。
鳴子
『次の競技は棒倒しです!両者、準備ができた模様です』
訓練生たちが棒を支え、後藤さんと一柳教官は棒の前に立ち対峙している。
鳴子
『この競技は、石神教官と加賀教官は参加しないため』
『それぞれの司令塔は後藤教官と一柳教官になります』
『関わる任務は華麗に解決するイケメン公安でかる後藤教官と』
『エリートイケメンSPである一柳教官!』
千葉
『佐々木、今イケメンを強調していただろ』
鳴子
『千葉さん、イケメンなのは大事なんだからね!』
『っていうか、マイク入ってるんだから!静かに!』
『えーっと、気を取り直して‥』
『後藤教官VS一柳教官の戦いの火蓋が切って落とされます!』
千葉
『教官たちだけでなく、参加する訓練生のみなさんも、頑張ってください!』
(鳴子、こんな時でも相変わらずなんだから‥)
鳴子と千葉さんのやり取りに、気が緩みそうになる。
しかし、競技場を見ると、後藤さんと一柳教官の間には火花が散っていた。
昴
「あっさり負けるなんて、情けない姿見せるんじゃねーぞ?」
後藤
「誰にものを言ってるんだ‥絶対に、俺たちが勝つ」
二人の間に、一陣の風が吹き抜ける。
そして‥
鳴子
「試合スタートです!」
戦いの幕が、切って落とされた。
男子訓練生
「うおおおぉぉぉぉ!!!」
激しい唸り声をあげ、白組の訓練生たちが相手の棒に向かっていく!
昴
「なんの策もなしに一直線に突っ込んで来るなんて、バカの考えることだな。お前ら、行け!」
男子訓練生
「はい!」
紅組の訓練生たちは、左右から挟み込むように攻め込んでいく。
後藤
「お前の考えは、お見通しだ!」
後藤さんが合図を送る。
すると、一直線に突っ込んでいた白組の訓練生たちの半数が、自身の陣地へ戻ってきた。
(挟み込みだ!)
男子訓練生A
「棒は倒させないぜ!」
男子訓練生B
「うわっ!」
両者、激しくもつれ合い、中には取っ組み合いになっているところもある。
今まで見てきた棒倒しとは比べ物にならないほど、迫力のあるものだった。
サトコ
「す、すごい‥!」
激しいぶつかり合いに、手に汗を握る。
(後藤さんは‥)
後藤
「裏手の守りが薄い!固まらずに散らばって攻めろ!」
男子訓練生C
「教官、覚悟ー!」
(あっ、後藤さんが危ない‥‥)
後藤
「動きが見え見えだ。お前は今まで、何を習ってきたんだ?」
男子訓練生C
「うわあっ!」
そう言うと、後藤さんはあっさりと訓練生の攻撃をかわす。
(かっこいい‥)
普段とは違う猛々しい後藤さんの姿に、思わず見惚れてしまう。
サトコ
「後藤教官、頑張ってくださーい!」
後藤
「‥‥‥」
声援が届いたのか、一瞬だけ後藤さんと視線がぶつかる。
後藤さんはフッと笑みを浮かべると、続けて訓練生たちに指示を出していく。
後藤
「形勢はこちらが有利だ!気を抜かず、攻め込んでいくぞ!」
男子訓練生
「おおっ!!」
昴
「くっ‥予想以上に、やるじゃねぇか」
一柳教官率いる紅組は、やや劣勢ながらも白組と互角に渡り合っていた。
それからも試合は白熱し、勝負も佳境に入る。
鳴子
「脱落者が増え、両者の人数もかなり少なくなってきました!」
千葉
「依然、白組が優勢のままですが、ここで一気に決めたいところです」
後藤教官は額に大粒の汗を浮かべ、疲弊しているように見えた。
それは一柳教官も同じなのか、焦りの表情を浮かべている。
(後藤さん‥)
私は声を出すのも忘れ、試合運びを見守っていた。
後藤
「くっ、もっと早く勝負を決めるつもりだったが‥」
後藤さんは覚悟を決めて、一柳教官を見る。
後藤
「ここはお前らに任せる!残りの遊撃部隊で、一気に攻めて‥」
男子訓練生E
「うぐっ!」
男子訓練生F
「もらったー!」
後藤
「っ!?」
訓練生が倒れたかと思うと、白組の棒が一気に傾く。
男子訓練生E
「う、うわあぁぁぁっ!」
倒れた訓練生に向かって棒が倒れ込み、そして‥
後藤
「危ないっ!」
間一髪のところで、後藤さんが棒を支えた。
後藤
「くっ‥」
どこか痛めたのか、後藤さんの表情が苦痛にゆがむ。
後藤
「お前らっ!」
男子訓練生
「は、はいっ!」
訓練生は棒を支え直し、なんとかこの場を切り抜けることに成功した。
サトコ
「あ、危なかった‥」
ほっと息をついたのもつかの間、後藤さんの様子が気になる。
(後藤さん、もしかして怪我をしたんじゃ‥)
しかし後藤さんはそんなそぶりも見せず、すぐに体勢を立て直すと、競技に復帰する。
後藤
「ここで勝負を決めるぞ!」
男子訓練生
「はいっ!」
後藤さんは遊撃部隊を引き連れ、一気に攻め込んだ。
試合は怒涛の展開を見せる。
そして激戦の末、勝利を収めたのは‥‥
鳴子
『勝者、紅組!』
男子訓練生
「うおお!!」
見事勝利を決めた紅組の面々は、諸手を挙げて喜びを見せる。
後藤
「くそっ‥」
棒倒しが終わり、私は後藤さんに駆け寄った。
サトコ
「後藤教官、お疲れ様で‥」
後藤さんの腕に流れる血を見て、言葉が途切れる。
サトコ
「教官!その腕は‥」
後藤
「これくらい、どうってことない」
サトコ
「ダメですよ。ばい菌が入ったらどうするんですか?」
後藤
「ばい菌って‥」
後藤さんは私の言葉に苦笑いする。
サトコ
「だ、だって、万が一ということもありますし‥小さい怪我だって、甘く見たらダメなんですよ?」
「念のため、消毒をしましょう」
後藤
「ああ」
私は後藤さんと一緒に、保健室に向かった。
保健室にやってくると、後藤さんの腕を治療する。
サトコ
「これでよし‥大丈夫ですか?」
後藤
「ああ、悪いな」
手当てが終わり、救急箱を片付ける。
サトコ
「それにしても、警察官の棒倒しってあんなに迫力があるんですね」
後藤
「それに棒倒しは運動会の花形みたいなものだからな。みんな、気合い入るんだろう」
サトコ
「ふふっ、後藤さんもかなり気合入ってましたよね」
後藤
「ああ。アイツには負けたが‥」
「応援してくれて嬉しかった。ありがとう」
「ただ、全然いいところなかったな」
<選択してください>
サトコ
「確かに試合は負けてしまいましたが‥後藤さんが一番かっこよかったです!」
後藤
「慰めてくれるのか?」
サトコ
「慰めなんかじゃありません」
「後藤さんはいつもかっこいいですけど、今日はいつも以上に雄々しかったといいますか‥」
「見ていて、ドキドキしちゃいました」
後藤
「そうか‥」
後藤さんは、恥ずかしそうに視線を逸らした。
私は後藤さんの手を、両手で包み込んだ。
後藤
「サトコ‥?」
サトコ
「いいところがなかったなんて、そんなことありません」
「みんなに指示を出して、後藤さん自身も果敢に攻め込んで‥すごくかっこよかったです」
後藤
「サトコ‥」
サトコ
「あっ‥」
後藤さんは空いている方の手で私を引き寄せると、耳元に唇を寄せる。
後藤
「‥ありがとな」
(こういう時は‥そうだ!)
私は、後藤さんの頭をポンポンっと撫でた。
後藤
「‥何をしているんだ?」
サトコ
「何って、頭を撫でているんですよ?後藤さん、いつも私にしてくれるじゃないですか」
「頭を撫でられるのって、嬉しくないですか?」
後藤
「ガキじゃないんだ。嬉しいわけないだろう」
後藤さんはそう言って、私から視線を逸らす。
後藤
「‥まぁ、アンタにやられるのは悪くないけど、な」
私は後藤さんに向かって、ニッコリと笑みを浮かべる。
サトコ
「それに後藤さん、大きな事件を未然に防いだじゃないですか」
「もし後藤さんがいなかったら、訓練生が棒の下敷きになっていたかもしれませんし‥」
考えるだけでも、ぞっとする。
サトコ
「事件を未然に防ぐのは、公安の大事な仕事ですよね?」
「試合では負けたかもしれませんが‥私にとっては後藤さんが一位です」
後藤
「そうか‥」
ありったけの想いを込めて伝えると、後藤さんはほのかに微笑んだ。
そしてふと、一柳教官の言葉を思い出す。
サトコ
「あの、後藤さん‥昨日まで捜査だったんですよね?お疲れなんじゃ‥」
後藤
「関係ない‥サトコの笑顔が、一番の癒しなんだ。その顔が見たくて今日も‥」
後藤さんは愛おしげな眼差しで、私の頬を優しく撫でる。
後藤
「サトコ‥」
そして私を、腕の中に閉じ込めた。
後藤
「いつも、ありがとな‥」
普段からは考えられない、甘えた声。
私を抱きしめる腕の力が強くなり、鼓動が早鐘を打った。
(後藤さん、疲れているのかな‥?)
いつもとは違う様子に、彼の顔を覗き込む。
少しばかり、疲れの様子が見えていた。
サトコ
「後藤さん、少し休みましょう?」
後藤
「だが‥」
サトコ
「次の競技まで、まだありますし‥時間が来たら、起こしますから」
後藤
「‥分かった」
後藤さんをベッドに連れて行き、横たわらせる。
そして後藤さんが目を閉じると、数分もしないうちに寝息が聞こえ始めた。
(寝ちゃった‥本当に、疲れていたんだな‥)
私は後藤さんを起こさないよう、ベッドから離れようとする。
後藤
「サトコ‥」
サトコ
「え‥」
後藤
「‥‥‥」
(寝言、かな?)
自分の夢を見てくれているのかと思うだけで、胸がきゅっと締め付けられる。
サトコ
「おやすみなさい」
後藤さんの頬に小さなキスを落とし、ベッドの傍らで彼の横顔を眺めた。
それからしばらくすると、段々と私の瞼も落ちてきて‥
私も後藤さんと一緒に、眠りに落ちた。
サトコ
「ん‥」
ゆっくり目を開けると、目の前には後藤さんの顔があった。
外からは、スピーカーを通じて鳴子の声が聞こえてくる。
鳴子
『これから、閉会式を行います』
サトコ
「閉会式って‥」
後藤
「‥寝ているうちに、終わったみたいだな」
後藤さんは目を覚まし、私の顔を覗き込む。
後藤
「アンタも寝てたんだな」
サトコ
「す、すみません。起こすって言ったのに‥」
後藤
「いや、いい‥いい夢も見れたしな」
後藤さんはそう言いながら、私の髪を梳く。
後藤
「なぁ‥もうちょっと、このままじゃダメか?」
サトコ
「後藤さん‥」
静かな空気の中、私たちは見つめ合う。
そして、どちらともなく顔が近づき‥
ガラッ!
サトコ
「!?」
男子訓練生
「あの‥後藤教官、いらっしゃいますか?」
(この声は‥後藤さんが助けた訓練生!?)
私たちは慌てて、パッと顔を離す。
幸い、私たちの姿はカーテンに仕切られ見えていない。
(ど、どうしよう!もし、この状況がバレたら‥)
後藤
「落ち着け」
後藤さんは小さな声でいい、人差し指を口に当てた。
男子訓練生
「先ほどは、本当にすみませんでした‥」
その声と共に、おずおずとこちらに向かってくる足音が聞こえてくる。
サトコ
「っ!」
そして、カーテンに手を掛けられた、瞬間‥
昴
「どうした?」
(一柳教官の声‥?)
男子訓練生
「後藤教官に、先ほどのお礼を‥」
昴
「後藤‥?」
(お願い!どうか、バレませんように!)
昴
「‥アイツなら、教官室の方へ向かったぞ」
男子訓練生
「えっ、本当ですか!?ありがとうございます!」
男子訓練生はお礼を言うと、保健室から去って行ったようだった。
昴
「‥ったく、世話掛けさせるんじゃねーよ」
ボソリとそんな言葉が聞こえ、やがて保健室は私と後藤さんの二人だけになった。
サトコ
「はぁ‥どうなるかと思いました。一柳教官のおかげですね」
後藤
「借りを作ったのが気がかりだがな」
後藤さんはそう悪態をつくも、どこかホッとしているように見える。
(ふふっ、素直じゃないんだから)
私たちは顔を見合わせ、クスクスと声を小さく笑い合った。
後藤
「サトコ」
サトコ
「はい?」
後藤
「‥今度は、起きているときにしてくれ」
サトコ
「えっ!?」
(もしかして‥)
先ほどのキスが蘇る。
<選択してください>
サトコ
「もしかして‥起きていたんですか!?」
後藤
「その反応‥やっぱり、そうだったんだな。‥頬に感触がすると思ったんだ」
サトコ
「!?」
(バレてたんだ‥)
恥ずかしさが、一気にこみ上げてくる。
私は後藤さんから、視線を逸らした。
(もしかしなくても、バレてたんだ‥)
(寝ているときに不意打ちなんて、良くないよね‥)
私は覚悟を決め、後藤さんを真っ直ぐに見据える。
サトコ
「ご、後藤さん!」
そして、後藤さんの頬に唇を近づけ‥
チュッ
後藤
「なっ‥!」
後藤さんは唇が触れた場所に手を当て、頬を赤くした。
サトコ
「‥なんで後藤さんが照れるんですか」
後藤
「いや‥まさか、本当にやるとは思わなかったからな」
そう言いながら、恥ずかしそうに視線を逸らした。
サトコ
「な、なんのことですか!?」
後藤
「隠さなくていい‥バレバレなんだよ」
後藤さんは微笑みながら、私の手をそっと取る。
そして、私の手の甲にキスを落とした。
後藤
「‥アンタからのキスも、悪くないな」
サトコ
「あっ‥」
後藤さんが私を引き寄せ、抱きすくめる。
後藤
「サトコ‥」
愛しそうな声で名前を呼び、私の頬にそっと手を添える。
ゆっくりと顔が近づき‥
サトコ
「ん‥」
私たち以外誰もいない保健室で、長くて甘い口づけを交わした‥
Happy End