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出会い編 石神6話

黒澤

うう‥じゃあサトコさん

オレは後藤さんのところへ行かないといけないので、これで失礼しますね

サトコ

「はい‥」

黒澤

頑張ってくださいねー!

石神

早く行けと言ってるだろう

(‥って、石神教官はこのままここに残るの?)

黒澤さんは石神教官のお説教に疲れた様子で出て行ってしまう。

サトコ

「あの‥」

石神

なんだ

目も見ずに答えながら、書棚の方に手を伸ばした。

サトコ

「‥いえ、何でもありません」

(資料室に用があったからここに来たんだ‥)

私がノートに書き込む音と、石神教官がファイルを取り出す音。

そんな些細な音がやけに大きく聞こえる。

(あれ‥この問題って先週あった公安OBの講演を聞いていないとできないやつだ)

(私この日、他の選択授業受けたんだよね‥)

ちらりと石神教官の方を窺い見る。

石神

‥‥‥

(質問したら教えてくれるかな‥)

サトコ

「あの‥」

石神

なんだ

サトコ

「ここの解説を読めばなんとなくは理解できるんですけど、実際に講演を聞いていなくて‥」

石神教官は私の手元から資料を取り上げる。

石神

選択講義の時は、SPの方に行ったのか

サトコ

「そうなんです。一柳教官の講演に」

石神

‥まぁ、アイツの話も少しはタメになる

サトコ

「少しどころか、とても興味深い話をたくさん聞けましたよ!」

(鳴子はイケメン教官~!ってはしゃいでたけど‥)

(それにしても非の打ちどころがないイケメンだったな‥)

石神

‥これについては、要は面識率を上げろという話だ

現状、過激派の構成員はたかだか数百人と言われている

構成員の顔を覚えていれば、いざという時の咄嗟の一歩に救われることがある

サトコ

「面識率‥」

石神教官は淡々と説明を終えると、すぐに自分の仕事に戻った。

(聞いてみてよかったな。自分で考えろ、とか言われるのかと思った‥)

石神

ここでどんなに知識を得ようとも、それをしかるべき時に活かせなければ無意味だ

サトコ

「はい」

(そうだよね。頭に詰め込むだけなら誰にだってできる‥)

資料に目を走らせる、端正な横顔。

(石神教官も少し怖いけど、かっこいいんだよね‥)

(大人っていうか、隙がないっていうか‥)

思わず見とれていると、石神教官がふと顔を上げた。

石神

‥まだ何か聞きたいのか?

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サトコ

「へっ‥い、いえ!」

(うっかり見とれてたなんて絶対に言えない‥!)

サトコ

「ああ、あの!ひとつお願いがあるんですけど‥」

石神

お前は俺にそんなことが言えるまで偉くなったのか

サトコ

「いえ、そういうわけじゃないんです」

「‥できれば、予習に付き合って頂けると嬉しいな‥なんて」

石神

‥は?

サトコ

「ご存じの通り私、崖っぷちですし」

「ほら、立ってる者は親でも使えって言うじゃないですか」

石神

お前‥

(うわぁ‥ものすごく嫌そうな顔してる)

(やっぱり少し調子に乗り過ぎた‥?)

でも、私だって背に腹は代えられない。

サトコ

「実は‥」

「私の友達がパティスリーコヤマでパティシエをしてるんですよ」

「よければそこのプリンを献上‥」

石神

‥賄賂のつもりか

サトコ

「はい」

石神

‥‥‥

サトコ

「そ、そんなに睨むことないじゃないですか!」

石神

君のポジティブさはある意味尊敬に値する

サトコ

「ありがとうございます!」

石神

全くもって褒めてはいない

石神教官は忌々しげにため息を吐くと、一瞬ドアの方へ視線を逃がす。

(ん?どうしたんだろう?)

私がいる場所からはよく見えない。

特に何でもなかったのか、石神教官は書棚に資料を戻しながら続けた。

石神

‥できる時だけだ

サトコ

「え‥?」

石神

俺の仕事が比較的落ち着いている時

そう長くは見てやれないが、できる日なら2時間だけだ

サトコ

「いいんですか!?」

石神

人をモノで釣るようなマネをしておいてよく言うな

<選択してください>

A: 滅相もございません

サトコ

「そ、そんな‥滅相もございません」

石神

君が黒澤とつるむとよからぬ知識しか得ない

サトコ

「黒澤さんは石神教官に対しても強気なので、ホントに尊敬‥」

石神

‥‥‥

B: でもプリン好きですよね

サトコ

「でもプリン好きですよね」

石神

‥前言撤回してもいいんだが?

C: なんだかんだで優しいですよね

サトコ

「でも、なんだかんだで優しいですよね」

石神

めでたい奴だ。そう言うなら優しくしてやってもいいが

(え、笑顔が怖い‥!)

サトコ

「う、ウソです!ありがとうございます!」

(でも、石神教官に見てもらえるなんてなんて百人力‥!)

こうしてダメ元の交渉が成功し、石神教官のマンツーマン指導権を手に入れることができた。

【食堂】

サトコ

「へぇ‥」

(この部分、行動確認体制の試験に出てきそう‥)

食堂の特製BLTサンドをかじりながら、テキストを広げる。

千葉

「最近はずっとそのスタイルだね。根詰め過ぎじゃない?」

サトコ

「千葉さん‥」

声に顔を上げると、正面に千葉さんが腰を下ろした。

サトコ

「大丈夫。最近はなんだか調子もいいし!」

千葉

「よかった。そういえば、査定まであと1週間か」

サトコ

「そうだよ!ラストスパート!」

サンドイッチを食べきって、カフェオレに手を伸ばす。

千葉

「なんか、氷川を見てると元気をもらえるよ」

サトコ

「そう?何か照れるな‥って」

「千葉さん、指‥」

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千葉

「ああ、これ?」

お箸を持つ手を見ると、指に切り傷が出来ている。

赤くなっているそこは、紙などで切るものより深そうだった。

千葉

「いつの間にか切れてたんだよね。大したことないよ」

サトコ

「見てるこっちが痛いよ」

「あ、よかったこれ、使って」

持っていた絆創膏を差し出すと、千葉さんは驚いた様子で絆創膏と私の顔を見比べる。

サトコ

「ど、どうしたの?」

千葉

「いや‥ありがとう。なんだかすごく女の子だなと思って」

サトコ

「えぇ‥」

「千葉さんってたまに毒舌だよね。勇ましいって褒めたりするし」

千葉

「ハハッ、ごめんごめん」

サトコ

「おかげでとっても話しやすいけど」

千葉

「それはよかった」

ふと時計を見ると、講義の時間に近づいていた。

サトコ

「じゃあ、私はこれで」

「次の演習の準備で教官室に呼ばれてるんだ」

千葉

「うん。頑張って」

「コレ、ありがとう」

席を立つと、千葉さんはニコニコと見送ってくれた。

【廊下】

鳴子

「秘聴演習、千葉さんすごかったねー」

サトコ

「うんうん。あの技は盗まなきゃ」

「私の場合はまず盗聴器の扱いになれるところからだけど‥」

演習後、教場に戻りながら鳴子は興奮気味に言うと、ニヤニヤ顔で私を見た。

鳴子

「そんなことより、サトコさん?」

サトコ

「サトコ‥さん?なに、どうしたのいきなり」

鳴子

「最近、千葉さんといい雰囲じゃない?何かこう、甘酸っぱい空気が漂ってるような」

サトコ

「へ‥」

「ないない!そんな空気感はない!」

石神

氷川、佐々木

サトコ

「!」

後藤

私語は慎め」

鳴子

「すみません‥」

サトコ

「気を付けます‥」

思いのほか声が大きかったらしく、石神教官と後藤教官が私たちを一瞥して追い越していく。

鳴子

「はぁ‥叱る姿もカッコいい」

「いいよねー、後藤教官」

サトコ

「また鳴子は‥」

鳴子

「そういえばサトコは石神教官にもグイグイ行くようになったよね」

「鬼教官相手にすごいよ」

サトコ

「グイグイって‥専属補佐官だし、話す機会が多いってだけだよ」

鳴子

「だって私、石神教官の前だと震えあがるもん」

サトコ

「アハハ、そんなに?」

鳴子

「普通そうなるって!私、今から緊張してるのに」

(最後は石神教官の実技だもんね‥)

【取調室】

石神

次、氷川

サトコ

「はい‥」

(うぅ‥取り調べ演習って一番苦手‥)

被疑者役の後藤教官に、事件について口を割らせなければならない。

サトコ

「あなたは山田太郎さんの自宅に侵入し、背中を刺したとされていますが」

「そろそろ話してもらえませんか?」

後藤

‥‥‥

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(腕を組んだまま目も合わせない完全黙秘‥)

(丸岡さんの時はペラペラと余計なことばかり喋ってたのに‥)

先週の講義で習った“落としのテクニック”をうまく使えなければ、石神教官は評価しない。

石神

まだやるか?

サトコ

「‥降参します。すみません」

途中までは後藤教官の口を開かせることができたものの、

結局事件のことについては聞き出せなかった。

後藤

俺たちが相手にする人間は、成り行きで事を起こすことはほとんどない

計画的な知能犯‥ずる賢いヤツが多い

サトコ

「はい」

後藤

氷川の切り口が悪いとは言わない。だが、一瞬でも隙を見せればそこに付け込まれる

石神

‥‥‥

サトコ

「‥ありがとうございました」

【教場】

サトコ

「はぁ‥」

(やっぱり取り調べって難しい‥)

教場に戻って、演習の結果発表を待つ。

石神

全体的な評価としては、思ってたよりは悪くない

秘聴術、取り調べの総合評価1位は丸岡だ。秘聴に関しては千葉がなかなかよくやっていた

同期A

「また丸岡か‥」

丸岡

「‥‥‥」

石神

氷川と佐々木に関してはまだまだ甘い

被疑者の性格に対してあの口調では緩すぎだ。女である以上もっと厳しくてもいい

確信に迫るのも早すぎる

鳴子

「なんか焦っちゃって‥」

サトコ

「うん。そうだね‥」

石神

各自、レポートを提出するように

今日はこれで終わる

(あ、昨日の分のレポートみんなの集めて持っていかなきゃ‥)

【教官室】

サトコ

「失礼します」

加賀

‥‥‥

(う‥よりによって加賀教官しかいないなんて)

教官室に入ると、加賀教官が気怠そうに書類を眺めていた。

サトコ

「あの‥石神教官はいらっしゃいますか?」

加賀

あ?

クソメガネの居場所なんて知るわけねぇだろ

サトコ

「そ、そうですか。じゃあ出直します」

(いちいち睨まないでほしい‥)

加賀

そういや、お前はアイツの犬だったな

サトコ

「‥犬はちょっと違うかと」

加賀

いつも尻尾振ってんじゃねぇか

サトコ

「しっぽ‥」

(周りの人からはそう見えてるってこと?)

(いや、でも犬じゃないし!)

加賀

忠犬に俺がイイコト教えてやろうか

サトコ

「な、なんですか‥?」

加賀教官はなぜかじりじりと私を壁際に追い詰める。

加賀

アイツのことは信用しない方が身のためだ

サトコ

「‥どういう意味ですか?」

加賀

フッ‥

サトコ

「!」

顔の横に手をつかれて、完全に退路を失った。

(教官の顔が‥目の前に‥!)

サトコ

「い、石神教官と加賀教官が仲良くないことだけは分かりますけど‥」

「私は飼われてるつもりはありません。石神教官の専属補佐官なだけです」

加賀

ほぅ、随分と可愛がられてるみてぇだな。だが‥

アイツには変に期待するなよ

(どういうこと‥?)

ガチャ‥

ドアが開く音に、思わず固まる。

石神

‥‥‥

加賀

お、噂をすれば飼い主じゃねぇか

サトコ

「石神教官‥」

石神

加賀。女を口説くのは勝手だが、時と場所と相手を選べ

候補生に手を出すと示しがつかないだろう

サトコ

「そ、そんなんじゃ‥」

加賀

こんなガキ口説くほど暇じゃねぇ

サトコ

「な‥」

加賀教官はさっさと自分のデスクへ戻ると、何事もなかったかのように仕事を再開する。

サトコ

「レポートの提出に来ただけなんです‥」

石神

丁度いい。お前には話がある

サトコ

「え‥?」

石神教官は視線だけで奥の個室を指す。

(嫌な予感しかしない‥)

【個別教官室】

石神

今日のあのザマはなんだ

総評の手前、教場ではそれなりに言いはしたが

取り調べに関して言えば、トップには程遠い点数だ

サトコ

「はい‥」

石神

頭に叩き込めと言っておいたはずだろう

<選択してください>

A: 申し訳ありません

サトコ

「申し訳ありません」

石神

得意の言い訳もないのか

サトコ

「‥‥‥」

B: 頭には入ってます!

サトコ

「頭には入ってます!」

「2日で叩き込めって言われたものは全部読み込んで‥今日も、心理操作トリックの実践をと」

石神

頭に入っていても体現できないなら入ってないのと同じだ

(ホントにその通り‥)

C: 次こそはちゃんと結果を出します

サトコ

「次こそはちゃんと結果を出します」

石神

次はもう査定期間に入る。失敗は許されない本番だ

サトコ

「う‥」

サトコ

「すみません‥」

石神

次はない。覚悟しておけ

サトコ

「はい‥」

次はない。

来週から始まる査定が本番であり、ラストチャンスだ。

【廊下】

(まだまだダメだ。これからは鳴子に手伝ってもらって実演練習も入れた方がいいかも‥)

きつくお灸を据えられた後、自習のために資料室へ向かう。

サトコ

「‥あ!」

(鳴子といえば、借りた参考書を教場に置いたままだ‥)

【階段】

教場に戻ろうと階段を上がろうとしたところで、地下から誰かがくる気配を感じた。

サトコ

「あれ?」

「丸岡さん、お疲れ様です」

丸岡

「‥‥‥」

サトコ

「今日の取り調べ、とっても勉強になりました」

「私も見習わないと‥」

丸岡

「ふん。バカがどこまでやれるのか見ものだな」

サトコ

「‥‥‥」

目も合わさずに丸岡さんは通り過ぎていく。

(やっぱり嫌われてる‥)

曖昧に笑って見せて、私は階段を一歩踏み出す。

(‥ん?)

(そういえば、この下って‥)

ここは普段、あまり使うことがない東階段だ。

生徒たちは中央階段を使って資料室へ降りている。

(ここの真下に武器庫があって、射撃場に繋がる通路に繋がるんだっけ‥?)

視界の片隅で、丸岡さんが服の中に何かを隠したように見えた。

to be contiued

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