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出会い編 石神 GE

履き慣れないピンヒールの足元を見ながら、盛大にため息をつく。

石神

黙っていればそれなりに見える。行くぞ

サトコ

「‥‥‥」

(全然褒められた気がしない)

石神

ほら

サトコ

「え‥」

石神教官は一歩前に出て、私に手を差し出す。

石神

今日は俺がエスコート役として入る。ボロを出すなよ

サトコ

「‥!」

石神

どうした。怖気づいてる場合じゃない

サトコ

「そ、そうじゃなくてですね‥」

(いくら演技でも、石神教官にエスコートされるなんて‥!)

一切の隙もなく、きっちりと着込まれたスーツ姿。

潜入どうこう以前に、どんな顔をしていいのか分からない。

(が、頑張らなきゃ‥!)

たどたどしく教官の腕に手を添えて、煌びやかなパーティ会場へ足を踏み入れた。

【パーティ会場】

石神

あの隅で談笑している相手が、吉川会の幹部だ

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サトコ

「はい」

石神

あの2人の間にあるフロント企業について探れ。いいな

フロント企業とは、暴力団が関わっている会社を指す。

会議員との癒着があれば大問題だ。

(とにかく、肩の力を抜いて近づくところから‥)

サトコ

「行ってきます!」

石神

待て

サトコ

「へ‥」

頬と頬がくっつきそうな位置に、石神教官の顔がある。

サトコ

「な、ななななんですか!」

石神

上手くやろうと思うな。気楽に行け

(こ、こんなことされたら気楽になんて行けないよ‥)

長い指先が、私の耳にかかって完全に身体が石になる。

石神

盗聴器を付けた。耳は触るなよ

(あ、そういうことだったんだ‥)

まるで恋人にするみたいに耳元で囁かれ、コクコクと頷くことしかできない。

(もう‥心臓が爆発しそう‥)

石神教官は涼しい顔で、その場を離れていく。

まだ大きな音を立てている胸をごまかしながら、木倉議員のそばへと近づいた。

【車中】

待ち合わせていたロビーで合流し、すぐに車に乗せられる。

石神

‥‥‥

サトコ

「あの‥もしかして、ダメでしたか」

(さっきからずっと黙ったままで怖い‥)

木倉議員の女グセの悪さは有名な話だったため、

講義でもあったハニートラップ術を使うまでもなく、わりとすぐに議員に近づくことができた。

(それなりに話はできたんだけどな‥)

石神

あまり役立つ情報は引き出せていない

サトコ

「‥そうですか」

(じゃあ、任務失敗なんだ‥)

サトコ

「最初の頃と変わらないですね、私」

項垂れていると、ステアリングを握っている教官が仕方なさそうに微笑む。

石神

最初の頃に比べれば、随分と状況判断ができるようになった

あれ以上踏み込んでいれば怪しまれただろうしな。気に病むことはない

サトコ

「え‥」

石神

どうした?

サトコ

「石神教官が慰めてくれるなんて‥!」

「大雨で降るんじゃ‥」

石神

‥‥二度と言わん

サトコ

「ええっ!ウソです!」

「もっと言ってください!」

石神

調子に乗るな

サトコ

「たまには乗せてくれてもいいじゃないですか」

石神

‥‥‥

(ああ、面倒だと思われた顔‥)

(そういえば、はじめの頃は怖い顔にしか見えなかったんだっけ)

ビクビクしながらこの助手席に座った日が、なんだか懐かしい。

(懐かしいっていっても数か月の話だもんね‥)

(相変わらず厳しいけど、フォローまでしてくれるなんて嬉しいな)

サトコ

「ふふっ」

石神

めでたい奴だ

サトコ

「何とでも言ってください」

幾分柔らかになった教官の声が少しくすぐったい。

ニヤけてしまう顔を隠すように、窓の外の景色を眺めた。

【教官室】

サトコ

「失礼します!昨日の任務の反省レポートを提出しに来ました!」

石神

‥失敗したことを自信を持って発表するな

サトコ

「ほ、他に誰もいないんだからいいじゃないですか‥」

教官室には、石神教官の姿しかない。

サトコ

「あと石神教官。すっかり遅くなっちゃいましたけど」

「パティスリーコヤマのとろけるプリンを持って来ました!」

石神

‥‥‥

サトコ

「?」

石神

‥‥そこに置いておけ

眉間にシワが寄ったかと思えば、今度はほんのりと耳が赤い。

サトコ

「え、えっとあの‥私もプリン好きですし」

「全然恥ずかしいことじゃないと思います!」

石神

余計なお世話だ

サトコ

「う‥そんな怒鳴らなくても」

石神

‥‥‥

(照れてる!レア教官!)

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サトコ

「では、失礼しますね」

石神

ああ

ドアに手を掛けると、ふいに石神教官の咳払いが聞こえる。

石神

氷川

サトコ

「はい?」

石神

今日も資料室か?

サトコ

「はい、そのつもりですけど」

石神

‥なら、30分後だ

サトコ

「え‥」

(これはもしかして‥!)

(‥予習に付き合ってくれるってこと!?)

サトコ

「はい!」

(やった!)

浮き立つ心を感じながら、スキップでもしそうな足取りで資料室へと向かった。

【廊下】

教場に置いていたテキストを取りに戻って、それを抱きしめるようにウキウキと資料室へ向かう。

(査定が済んだから、もう付き合ってもらえないんだと思ってた‥)

千葉

「氷川」

サトコ

「あ、千葉さん‥」

向こうの方から、千葉さんが軽く手を挙げて声を掛けてきた。

(ちゃんと返事、しなきゃね‥)

あれから自分なりに考えた答えを、千葉さんにちゃんと伝えなければ。

私は意を決して顔を上げた。

サトコ

「あの、千葉さん‥この間のことなんだけど」

千葉

「うん」

サトコ

「私、あんまり器用じゃないし、正直なところ全然そういうことに気が回らなくて」

千葉

「‥うん。今は講義やトレーニングに一直線って感じだもんね」

サトコ

「‥うん」

「だから。千葉さんとその‥そういう仲にはきっとなれない」

言いながらだんだんと辛くなった私は、最後の言葉を言う頃には目をギュッと瞑っていた。

千葉

「そっか」

長い沈黙の後、何とも言えない声色が聞こえた。

(ごめんなさい‥じゃないよね。どう言えば‥)

応えられなくてごめんなさいだなんて、そんな言葉は千葉さんは望んでいない。

サトコ

「‥でも、嬉しかった。自分が女の子なんだって思い出せたっていうか」

「自信になったっていうか‥」

「本当にありがとう」

千葉

「ハハッ、氷川はちゃんと女の子だよ」

「好きな人を追いかける視線とか、ね?」

サトコ

「へ‥」

千葉

「え?」

お互い、ポカンという顔をして見つめ合う。

千葉

「氷川は石神教官が好きなんだと思ってたんだけど、違うの?」

サトコ

「‥‥‥」

(‥‥え?)

全く予想していなかった言葉に、頭が追い付かない。

千葉

「もしかして無自覚だった?」

サトコ

「ど、どうしてそう思ったの?私が石神教官をなんて‥」

千葉

「‥見ていれば分かるよ」

「たとえ他の奴が気付かなかったとしても、俺は氷川を見てたんだ」

「頑張れよ。応援してる」

サトコ

「‥‥‥」

いつもの笑顔でポンッと私の肩に手を置いて、教場の方へと歩いていく。

(私‥)

雪崩みたいに、いろんな感情が押し寄せる。

バカみたいに煩いこの鼓動の理由は、今度こそもうごまかしようもない。

???

「さっさと行くぞ」

サトコ

「!」

振り返ると、石神教官が立っていた。

石神

‥どうした

涙目になっている私に、ピクリと眉が動く。

サトコ

「え、えっと‥」

「あ、あくびをかみ殺したところで‥」

ごまかしになっているのかいないのか、目を押さえながら顔を背ける。

石神

資料室へ入るまでにシャキッとしろ

サトコ

「は、はい‥!」

一瞬、訝しげに私を見ると、石神教官はさっさと資料室へと足を踏み出す。

“俺はそういうことには興味などない。邪魔なだけだ”

“仕事上面倒でしかないだろう”

ひどく冷めた声で、石神教官はそう言っていた。

(好きだって自覚した瞬間、失恋決定って‥)

石神

おい。置いていくぞ

サトコ

「す、すみません!」

一度振り返ったその背中に駆け寄りながら、ドクドク脈打つ心臓を感じる。

手を伸ばせば届くこの距離が、果てしなく遠い。

(きっと、届かない‥)

肩を並べて歩くことがどうしても躊躇われて、石神教官の斜め後ろからその背中を見つめた。

Good  End

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