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石神 恋の行方編 1話

【寮 自室】

ピピピピ‥ピピピピ‥

サトコ

「‥‥‥」

アラームの音に無意識に手が反応して、音を止める。

(もう朝‥)

寮の宿直が石神教官で、昨夜遅くに廊下でバッタリ会ってしまってからというもの‥

(全っ然、眠れなかった‥)

(重症だよ‥)

眠る前に聞いた声が、耳からも頭からも離れずに、なかなか寝付けなかった。

サトコ

「‥用意しなきゃ」

もぞもぞとベッドを抜け出して、身支度を始める。

この部屋から出るまでには、このふわふわとした思考を停止させなければ。

(私はここに恋愛しに来たんじゃない!)

(刑事になるために集中‥!)

サトコ

「よし」

自分に喝を入れながら、いつものバッグの中にテキストを放り込んだ。

【学校 廊下】

鳴子

「今日からだよね。職質訓練‥」

サトコ

「うん‥」

鳴子

「職務質問って他の何よりも苦手なんだよー!どうしよう!」

サトコ

「私もそうかも‥」

鳴子と一緒に教場へ向かいながら、訓練の苦手意識からかズーンと空気が重くなる。

今日から、警察庁から来る技能指導官を交えて本格始動が始まることになっていた。

(でも、交番勤務の時は先輩や上司から技を盗むばかりだったけど)

(技能指導官に直接教われるなんていいチャンスだよね)

サトコ

「よし、頑張ろう!」

鳴子

「さすがサトコ、その調子だよ」

サトコ

「いや、鳴子も頑張るんだって」

鳴子

「そ、そうだよね」

「うん。頑張る!」

サトコ

「あ‥」

鳴子

「?」

廊下の向こう側から、石神教官がこっちに向かってくるのが見える。

(本部からそのまま来たのかな‥スーツ姿だ)

(やっぱりカッコイ‥って、違う!学校!シャキッとしなきゃ!)

鳴子

「はぁ~やっぱりスーツだと、さらにエリート感が増すっていうか」

「カッコイイよねー、石神教官」

サトコ

「へ‥」

(もしかして鳴子も石神教官のこと‥)

鳴子

「ま、私は断然、颯馬教官が好みだけどねー」

(‥なんだ)

どこかホッとしている自分がいる。

鳴子

「おはようございます」

サトコ

「‥おはようございます」

石神

ああ

すぐに多目的訓練だ。分かってるな?

サトコ

「はい」

さほど表情は変えないまま、その目だけで頷くと、教官は足早に通り過ぎて行った。

鳴子

「石神教官って、素っ気ないよね」

サトコ

「え、そう?」

鳴子

「専属補佐官なんて、普段どうやってコミュニケーション取ってるのかすごく謎‥」

サトコ

「ええ‥結構普通にしゃべってくれるよ?」

鳴子

「でも優しくはないでしょ?」

サトコ

「それは‥」

(基本的には鬼スタイルだけど‥)

鳴子

「ま、厳しいけどちゃんと見てくれてるのは伝わるし、良い教官だよね」

サトコ

「うん。そうだね」

学校生活が始まって数か月。

候補生たちの間でも、石神教官に対する信頼は大きくなっていた。

【訓練棟】

2人1組で、制限時間内に模擬犯人を現行犯逮捕できるか、という訓練。

男子訓練生A

「やっぱり格が違うよな」

サトコ

「うん‥」

ペアになった相手と一緒に、呆然と石神教官を見つめる。

石神教官は刃物所持の模擬犯人相手に職質をかけ、見本とはいえ鮮やかなまでに男を確保した。

(当たり前だけど、マニュアル通りなだけじゃダメなんだ‥)

(交番勤務の時も腰が引けてたけど、率先して場数踏まなきゃ‥!)

石神

1組ずつやるわけだが‥

教官の話しも途中に、私は勢いよく手を挙げた。

サトコ

「はい!やります!」

男子同期A

「え、マジかよ」

サトコ

「どうせやるんだから、先でも後でも一緒だよ」

男子訓練生A

「‥それもそうだな。よし」

石神

いい度胸だ

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サトコ

「う‥」

(お、鬼の微笑み‥!)

指導官

「じゃ、私が犯人役やりますので頑張って逮捕してくださいね」

サトコ

「はい!」

(本番で失敗なんてできないんだから、失敗するならこういう時にやっておかないと‥!)

石神

失敗するなよ

サトコ

「えっ」

石神

魂胆が見え見えだ。まぁ、心意気は認めるが

サトコ

「‥‥‥」

結局、この訓練で3度のチャンスがあったけれど、成功したのは最後の1回だけだった。

【資料室】

(全然ダメだったなぁ‥)

サトコ

「はぁ‥」

(ここが一番落ち着く‥)

職質訓練、組織犯罪学、剣道、鑑識‥と1日の講義を終え、いつものように資料室へやってきた。

(中間査定が終わってから、前よりもハードになった気がする‥)

(私、やっていけるのかな‥)

私なんかよりずっと体調管理に気を配っていた鳴子でさえ、

今日は熱を出してすぐに寮へと帰って行った。

男性でさえ、体力的にもツライという話を聞くだけに、女性であることのハンデは大きい。

(やっていけるのかな、じゃなくて、やるしかないよね‥)

サトコ

「でも、5分だけ‥」

そう決めて、机に突っ伏した。

石神

お前は先に行け!

サトコ

『ダメです!私も‥!』

爆弾テロか化学テロか‥

石神教官が焦った様子で声を荒げている。

石神

犯人を追え!

サトコ

『でも‥!』

逃げる犯人と、テロの中心地にいる要救護者の女性。

二手に分かれるしかない状況で、私は即座に指示に従うことができない。

サトコ

『‥死ぬかもしれないんですよ!』

石神

悪運は強い方だ。さっさと行け

ドンッと背中を押されて、泣きながら走り出す。

サトコ

『石神教官!』

何度も振り返って教官を呼ぶのに、声にならずに、

その背中は怒号飛び交う人混みの中に消えていく。

‥‥悪夢だ。

(犯人を捕まえなきゃ。でも、教官と二度と会えなかったらどうしよう‥)

暗闇の中、犯人を追ってがむしゃらに走った。

サトコ

「‥っ」

ハッとして目が覚める。

(夢か‥なんて後味の悪い‥)

妙にリアルな設定に、額を机に付けたまま起き上がれない。

パシッ

サトコ

「いた!」

石神

何を呑気に寝ている

頭を押さえながら顔を上げると、丸めたプリントを手に持った石神教官の姿があった。

石神

そんなに痛がるほどの力は入れてないが

サトコ

「精神的な力のせいですね。きっと」

「って、ああっ!」

(5分だけのはずが‥30分も寝てた!)

壁の時計を見て血の気が引く。

石神

何だ

<選択してください>

A: なんでもありません!

サトコ

「い、いえ!なんでもありません!」

(本当のこと言ったらもっと怒られる‥!)

石神

大方、寝過ごしたんだろ

サトコ

「う‥」

B: 少し寝すぎました‥

サトコ

「す、少し寝すぎました‥30分ほど」

石神

‥‥‥

サトコ

「すみません!」

石神

‥自己申告するだけ可愛げはあるが

C: もう少し早く起こしてくれても!

サトコ

「もっと早く起こしてくれても!」

石神

俺のせいにするな

サトコ

「ですよね‥すみません。反省します」

石神

まったく‥さっさと始めるぞ

サトコ

「はい!」

石神

今日の職質はなかなか見物だったな

サトコ

「すみません。どうしても苦手意識が抜けなくて‥」

石神

基本にして一番難しいとも言えることだからな

サトコ

「はい‥」

相手にもよるけれど、声掛けはなるべくフレンドリーに。

話を聞き出すには聞き役に徹すること。

引くところは引かない。

いくら基本が頭にあったところで、応用できなければ成功しない。

サトコ

「あ‥」

ふと、石神教官が演じてくれた見本を思い出す。

石神

どうした

サトコ

「‥いえ、やっぱりいいです」

石神

言いかけたなら言え

サトコ

「‥怒りませんか?」

石神

怒られるようなことを考えていた時点で何とも言えないな

サトコ

「やっぱり聞かなかったことに‥!」

石神

怒らない努力はしよう

(絶対怒るだろうけど、この雰囲気はもうごまかせない‥)

せめてもの抵抗に、教本で顔を隠しながら口を開く。

サトコ

「フレンドリーに近づくって‥石神教官はしないだろうなって思っただけです」

「‥すみません!」

石神

くだらない

サトコ

「実際、有無を言わせない鬼の視線で犯人が折れてましたもんね‥」

石神

相手にもよるが、本人にもよるということだ

だいたい、俺が微笑みながら近づいて来たら、かえって相手が驚くだろう

(石神教官がニコニコと笑って‥)

その言葉につい想像してしまう。

サトコ

「‥ふっ」

石神

‥‥‥

サトコ

「笑ってません!すみません!」

石神

はぁ‥それで、今日はどこを詰め込むんだ

諦めた様子で、隣のイスに腰を下ろす。

サトコ

「今日の講義で少し理解が足りないところがあって‥」

石神

どこだ

すぐにONのスイッチに切り替えて、同じテキストを覗き込む。

いつものように、石神教官は丁寧に質問に答えてくれた。

【教官室】

翌日。

サトコ

「失礼します」

石神

いいところに来た

サトコ

「はい‥?」

講義終了後、教官室のドアを開けた瞬間に石神教官が席を立つ。

石神

科捜研へこれを届けて欲しい

サトコ

「?」

(科捜研‥?)

東雲

はじめてのおつかい、頑張ってね

颯馬

フフ‥さすがに迷子にはならないでしょう

警視庁の隣の、警察総合庁舎です

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加賀

行ってからの方が大変だろうがな

サトコ

「え、それってどういう‥」

心配してくれているのかいないのか、3人は口を開く。

東雲

行って大変なのは兵吾さんの話だから、サトコちゃんは気にしなくていいよ

加賀

俺だけの話じゃねぇだろ。そこのクソメガネもだ

石神

いいかげんにその呼び名はどうにかならないのか

加賀

あ?イヤミメガネプリン野郎にしてやろうか

石神

‥‥‥

加賀

時代はコンタクトだろ。そのメガネのせいでますますイヤミじゃねぇか

石神

時代遅れな力任せの取り調べしかできな奴に言われたくはない

加賀

いつもの説教か?

石神

説教する意味を成すならな

<選択してください>

A: 傍観する

(石神教官とそれなりに話せるようになったと思ってたけど‥)

(加賀教官を見ると、私ってまだまだだな‥)

そんなことを考えていると、2人はバチバチと火花が飛びそうな言い合いを続けている。

石神

最終的には、俺が勝つんだがな

加賀

バカ言え。お前が先に逃げるんだろうが

サトコ

「あ、あのぅ‥」

B: 仲裁に入ってみる

サトコ

「あ、あの‥!」

石神

なんだ

サトコ

「喧嘩はよろしくないかと‥」

我ながら見事なへっぴり腰で意見してみる。

加賀

さすがクソメガネの犬は、飼い主に似てなかなか言うじゃねぇか

(やっぱり言うんじゃなかった‥!)

東雲

はいはい、サトコちゃんはこっちにおいで

C: 他の教官に助けを求める

舌戦が繰り広げられる中、他の教官に目を向ける。

サトコ

「あの、これ放っておいていいんですか‥?」

後藤

構わない

東雲

いつものことだからね

颯馬

触らぬ神に祟りなしですよ。それに、楽しめますし

(確かに、見てる分には楽しいかも‥)

颯馬

付き合っていると時間が勿体ないので、サトコさんはもう行っていいですよ

このメモを見れば大丈夫ですから

サトコ

「はい‥」

手渡された封筒とメモを手に、教官室を後にした。

【警察総合庁舎】

各省庁が立ち並ぶ霞ヶ関。

警視庁に隣接している警察総合庁舎にやってきた。

(警視庁刑事部科学捜査研究所・第一法医科‥)

(って漢字ばっかり‥)

取り次いでもらい、エレベーターに乗り込む。

(科捜研の木下さん、か‥)

(どんな人なんだろう‥)

【研究室】

サトコ

「失礼します。石神警視の代理で来ました、氷川と‥」

???

「あら、ホントに女の子が来たのね」

サトコ

「!」

ドアを開けると、挨拶し終わる前に両手を握られる。

(何‥!?誰‥!?)

目の前で、直視するのがドキドキするくらいの眩しい美女が微笑んでいた。

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サトコ

「あ、あの‥」

???

「お使いできたんでしょ?私が木下よ」

「木下莉子。よろしくね」

サトコ

「へ‥」

(木下さんって‥お、女の人だったんだ‥!)

サトコ

「い、石神教官から書類を預かってきました。氷川サトコと申します!」

莉子

「秀っちから電話で女の子に行かせるって聞いて、楽しみに待ってたのよ」

「さっき別件で兵吾ちゃんに連絡したら、あなたが秀っちの専属補佐官だって言うじゃない」

サトコ

「!!」

(ひ、秀っち‥兵吾ちゃん‥)

(あの2人をそんな風に呼べるなんて‥)

強者だ。

なんとなく‥だけど、加賀教官の“行ってからの方が大変だ”という言葉の意味を理解する。

莉子

「あ、そうそう。先に中身を確認しなきゃね」

「サトコちゃん、ちょっとそこに座って待っててくれる?」

サトコ

「はい‥」

カサカサと音を立てて、預かってきた封筒の中身を確かめる。

長い髪を掻き上げながらキュッと口元を引き結び、真剣な目で文章を追って‥

小さく息を吐くと、デスクの方へ歩いていく。

(素敵‥デキる女って感じ)

少しすると、両手にマグを抱えて木下さんが戻ってきた。

サトコ

「あ、コーヒーまで‥ありがとうございます」

「あの、木下さんは‥」

莉子

「それやめて」

サトコ

「えっ」

莉子

「莉子でいいわ」

サトコ

「は、はい‥」

ニコッと微笑んで、木下さん‥ではなく、莉子さんは私の正面に腰を下ろす。

莉子

「話の腰折っちゃってごめんなさいね。それで、何かしら?」

サトコ

「あ、書類は大丈夫ですか?」

莉子

「大丈夫よ、ありがとう」

「それはそうと、秀っちの専属補佐官なんて大変じゃない?会話、成り立ってる?」

サトコ

「最初はビクビクしてたんですけど、一応成り立って来ました」

「私が図々しいだけな気もするんですけどね‥」

莉子

「へぇ」

どういうわけか、試すような微笑みで見られて、思わず目を泳がせてしまう。

莉子

「それじゃあ、秀っちのことが色々と分かってきたところ?」

サトコ

「え‥いえ、分からないことの方が多いです」

「むしろ分からないことだらけです‥」

莉子

「ふーん?」

「私は隅々まで知ってるわよ。秀っちのこと」

「教えてあげましょうか」

サトコ

「え‥」

(隅々までって‥)

よく考えてみれば、石神教官のことをほとんど何も知らない。

自信ありげに微笑む莉子さんを前に、ズキッと胸が痛むのを感じた。

to be continued

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