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石神 恋の行方編 5話

石神

‥‥‥

サトコ

「‥‥‥」

核心に触れるのが怖くて、沈黙の中で目を泳がせる。

(どうしよう‥)

石神

君は‥

(ダメだ。覚悟を決めなきゃ‥)

肩に添えられて手をそのままに、おずおずと顔を上げる。

東雲

過去の売買記録を全部見るって?

透、そういうの好きだよね

黒澤

歩さんもでしょー

ここの資料室、実は豊富な品揃えなんで助かるんですよ

東雲

ん?

黒澤

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サトコ

「!」

(こんなタイミングで‥!)

傍から見れば誤解されかねない状態に、

思わず石神教官で視線で訴えるものの、体勢を崩さない。

黒澤

歩さんどうしましょう。あの石神さんがついに生徒と禁断の愛を‥!

東雲

へぇ、ついにサトコちゃんが突撃しちゃったんだ

それとも‥逆かな?

サトコ

「な‥!」

石神

‥‥‥

東雲

透、出直した方がいいかも

黒澤

そうしましょう

お邪魔しました!

石神

‥俺が外す

用があってきたんだろう

黒澤

え、でも‥

石神

くだらない勘違いで楽しむな

肩にあった手が、離れていく。

石神

‥‥‥

(え‥)

一瞬、見下ろした目が、尖った氷みたいに冷たい。

出合った頃の‥いや、出会ったばかりの頃よりも、ずっと冷え切った瞳で射抜かれる。

石神

‥勘違いならそれでいい

サトコ

「‥‥‥」

石神

自習中だ。黒澤、長居はするな

黒澤

はい‥

石神教官は、そのまま資料室を出て行った。

(バレちゃったんだ‥)

それだけならまだマシだ。

(完全に拒絶された‥)

鼻先をぶつけたからなのか、ショックをからなのか、鼻の奥がツンと痛む。

黒澤

サトコさん‥

東雲

さっきの、もしかして冗談にならなかった?

(ダメだ‥泣きそう‥)

サトコ

「いえ‥なんでもないんです」

「私が躓いたところを受け止めてくれただけなので‥」

「あ、私ももう行きますから、お二人ともゆっくりここ使ってください」

黒澤

あ、サトコさん‥

早口でそう言い切って、逃げるようにその場を後にした。

【屋上】

(この時間はもう誰もいないよね)

階段を駆け上がり、ひっそりとした屋上庭園に来た。

(きっと、バレちゃったんだ‥)

(そうでなきゃ、あんな目で見る理由がない‥)

“勘違いならそれでいい”

じゃあ、勘違いじゃなかったら‥

(迷惑にしかならないってことなんだ‥)

サトコ

「はぁ‥」

千葉

「随分と盛大なため息だね」

サトコ

「!」

「千葉さん‥」

誰もいないと思っていたのに、休憩に来ていたらしい千葉さんに声を掛けられる。

千葉

「どうしたの?」

サトコ

「‥‥‥」

たまらなくなって、涙目の顔を背けた。

千葉

「‥石神教官と何かあった?」

サトコ

「!」

「そ、そんなんじゃないよ」

千葉

「ウソつくなって。そうじゃなかったら、氷川はそんな顔しないよ」

サトコ

「う‥」

千葉

「学校じゃ1人で溜め込んでるんだろ?」

ふっと優しい笑みで言われると、堪えていた涙が溢れそうだった。

千葉

「今から1時間ほどの記憶は明日には忘れることにするから」

「好きに吐き出してみたらどうかな」

そう言ってのんびり隣に腰を下ろす。

サトコ

「‥千葉さん、いい人すぎるって言われない?」

千葉

「よく言われる」

「で、“千葉くんっていい人だよね”で終わるタイプ」

サトコ

「ふふっ‥」

千葉

「あ、笑ったな?」

千葉さんがわざとらしくおどけてみせるから、思わず笑みが零れる。

何度も資料室で自習に付き合ってくれたこととか、さっき玉砕したかもしれないとか‥

グズグズとした話を、千葉さんは何も言わずに聞いてくれた。

【学食】

翌日。

(マズイなぁ‥これじゃホントに恋煩いだって笑われるかも‥)

午前は剣道場で道着着用だったから、面のおかげで目の下のクマは誤魔化せたけど、

ランチとなるとそういうわけにもいかない。

鳴子

「サトコ、お待たせ」

「千葉さんとそこでバッタリ会ったんだけど、一緒にいいでしょ?」

サトコ

「うん、もちろん」

千葉

「‥寝不足?」

サトコ

「う、うん‥」

(さっそく言われちゃった‥)

テーブルに着きながら、鳴子が顔を覗き込んでくる。

鳴子

「あのさ、サトコ何かあった?」

サトコ

「ど、どうして?」

鳴子

「得意の剣道だったのになんだかキレがなかったし、肌荒れも気になるところ」

サトコ

「う‥」

(さすが鋭い‥)

鳴子

「‥で?何かあったの?」

サトコ

「‥‥‥」

有無を言わさず、鳴子はニッコリと微笑む。

(これは話すまで離してくれないな‥)

(でも、こんな場所で全部は言えないし‥)

サトコ

「実は‥好きな人がいるんだけどね‥」

「私はずっと隠しておきたかったのに、好きだってバレちゃったみたいで‥」

鳴子

「恋煩いなの?」

サトコ

「‥うん。そうみたい」

鳴子

「過ぎちゃったことはもう変えられないんだから、この際ガンガン押しちゃえばいいじゃん」

「そういう時は駆け引きの“引き”は要らないんだって」

千葉

「ハハ‥佐々木らしい」

サトコ

「うーん‥」

鳴子

「ま、悩みなさいよ。話はいくらでも聞いてあげるから」

千葉

「そうだね。俺も話聞くし」

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サトコ

「ありがと‥よし、とりあえず食べる!」

鳴子

「悩める乙女が餃子定食か」

「サトコのそういうところ、好きよ」

サトコ

「ありがとう!」

(うじうじしてても仕方ないよね‥!)

少し強引に気持ちを上げて、食堂の特製餃子にかじりついた。

【寮 自室】

自室に帰り着き、すぐに机に向かう。

(どうしても資料室には行けなかった‥)

毎日じゃないにしろ、石神教官は時間を作って資料室に来てくれていたのに。

ただでさえ多忙な教官がそうまでして見てくれた、その気持ちが分からないほど子どもじゃない。

(1人でも、頑張らなきゃ)

(次の査定で脱落しないように、頑張らなきゃ‥)

それさえもできないで、なにも恋愛だろうと喝を入れる。

ポッカリと開いた心の穴を埋めるように、勉強に没頭するしかなかった。

【教場】

サトコ

「おはよう」

男性同期A

「氷川!これ見ろ!」

サトコ

「な、何‥?」

教場はなぜだかざわついていて、みんなが注目している掲示板に目を向ける。

(変更指示‥?何の‥?)

貼り出された文書を上から読んでいく。

サトコ

「え‥」

(全教官の専属補佐官‥!?)

男性同期A

「見事にシャッフルされてるよな」

サトコ

「‥‥‥」

(私は後藤教官の専属補佐官になってる‥)

(石神教官は‥?)

同じように、石神教官にも別の候補生の名前が専属補佐官として挙がっていた。

【教官室】

コンコン

サトコ

「失礼します」

後藤

ああ

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サトコ

「‥レポート、持って来ました」

後藤

預かる

放課後に教官室に行くが、石神教官の姿はなく‥

そのまま後藤教官の個室へ来たものの、いつもより少しよそよそしい。

サトコ

「あの‥1ついいですか?」

後藤

なんだ

<選択してください>

A: デスク周りの乱れが気になります

サトコ

「‥デスク周りの乱れが気になります」

後藤

気にするな

サトコ

「今日とは言いませんけど、そのうち片付けさせてください」

後藤

‥他に聞きたいことがあるんじゃないのか

サトコ

「‥‥‥」

後藤

何もないならいいんだが

サトコ

「‥やっぱり私のせいで専属補佐官が変更になったんですか?」

後藤

氷川‥

サトコ

「‥‥‥」

B: 専属補佐官の変更についてなんですが

サトコ

「専属補佐官の変更になんですが‥どうしてこんなに急なんですか?」

後藤

‥決定事項だ

サトコ

「‥石神教官が決めたんじゃないんですか」

後藤

‥‥‥

氷川‥

サトコ

「‥‥‥」

C: 石神教官と話がしたいです

サトコ

「‥石神教官と話がしたいです」

後藤

俺の補佐官では不服か

サトコ

「そうことではありません。だって、こんな急に‥」

後藤

‥‥‥

氷川‥

サトコ

「‥‥‥」

後藤

決定事項だ

これ以上は何も言うな‥‥そんな言い方だった。

サトコ

「‥分かりました。失礼します」

(こんなことって‥)

悶々としながら教官室を出る。

石神

‥‥‥

サトコ

「石神教官‥!」

ちょうど入れ替わるように、石神教官が教官室へ戻ってきた。

(何をどう言えばいいんだろう‥?)

こんな変更になったのは私のせいですか?

やっぱり、気付かれてしまいましたか?

だとしたら、迷惑だってことですか?

(ダメだ‥どれも、候補生としての言葉じゃない)

女としての気持ちが含まれては、返される言葉は予想がつく。

石神

後藤の元でも、学ぶことは山ほどある

サトコ

「‥はい」

感情の乗らない声に、そう返事をするのがやっとだ。

(線を引かれたみたい‥)

(ここから先には入ってくるな。もっと後ろへ下がれって‥)

突き放されたことを理解して、何か熱い塊が胸からせり上がってくる。

石神教官はそのままドアを開けて、中へ入って行った。

【教場】

それから数日。

教場に残って自習をしていると、通りかかった後藤教官が入口から顔を出す。

後藤

石神さんほどマメについてうあれなくて悪いな

サトコ

「いえ、大丈夫です。自習ですしね」

(後藤教官は優しいな。嫌味のひとつも飛んでこないし‥)

後藤

最後、窓は閉めて帰れ

サトコ

「はい」

そう言って、後藤教官はすぐに去って行った。

(嫌味を言われないことが寂しいって、それもまたおかしな話だよね‥)

(もう、あんな風に一緒に予習してくれることなんてないのかな‥)

石神教官とは、講義の時以外に会話はない。

話せたとしても事務的なもので、ただの生徒以下のような気さえする。

サトコ

「‥って、もうこんな時間」

広げたテキストに視線を落として、おもむろに片付ける。

(何もしないうちからウジウジするくらいなら、せめて自習は資料室でしよう‥)

(あわよくば、来てくれるかもしれないし)

(そしたら、せめてこの気まずい感じでも、何とかできるかもしれないし‥)

来ないかもしれないけど、という可能性はよそにやって、荷物をまとめた。

【廊下】

(あれ‥)

誰もいないと思っていた資料室の中から、黒澤さんの声が聞こえてくる。

黒澤

でも、警備計画上にそんな記載はありませんでしたよ?

石神

だから問題なんだろう

サトコ

「!」

(石神教官と話してるんだ‥)

(どうしよう‥あれだけ意気込んで出てきたのに、入っていく勇気がない‥)

明らかに仕事の話をしているため、さらに気が引ける。

<選択してください>

A: 思い切って入る

(でも、ここまで来たんだから‥!)

思い切って一歩踏み出すと、石神教官の背中が見える。

B: 様子を窺う

(仕事の話してるし、今は入りにくいな‥)

静かに深呼吸しながら様子を窺うと、石神教官の声にギュッと胸が詰まる。

C: やっぱりまた今度にする

(立ち聞きなんて忍びないし‥)

(やっぱりまた今度にしよう)

石神教官の後ろ姿を見られただけで、今日はもういい気がする。

黒澤

‥公安が動いてるって、SPの方たちは知ってるんですか?

石神

察してはいるだろうが、連携を取ることは出来ない

黒澤

‥了解です

(完全に極秘情報な気がする‥)

(やっぱり早く離れなきゃ)

黒澤

あとサトコさんのことなんですけど

(‥わ、私の話‥?)

自分の名前が出たことで、その場から動けなくなる。

石神

‥なんだ

黒澤

専属補佐官変更したそうじゃないですか。どうしてなんですか?

サトコ

「‥‥‥」

(な、なんて答えるんだろう‥)

背中を壁に付けて、固唾を飲んで次の言葉を待つ。

石神

お前には関係ない

黒澤

関係なくはないですよ

オレ、サトコさんとは将来的に同僚になったらいいなって思ってます

石神

‥‥‥

黒澤

あんな顔させて、気付いてないわけないですよね?

彼女、絶対石神さんのこと好きなんですよ

いつも一生懸命で、あんな素直な子が尽くしてくれるってそう‥

石神

そんなものが何になる

黒澤さんの言葉を遮った声には、まるで温度が感じられない。

黒澤

‥‥‥

石神

迷惑なだけだ

サトコ

「‥‥‥」

(‥そっか。やっぱりそうだったんだ)

自分の足が、自分のものじゃないみたいに勝手に走り出す。

早くここから離れないと、もっと傷付く。

一刻も早く、どこか遠くへ行ってしまいたかった。

サトコ

「‥っ」

走りながら視界がぼやけて、全てが歪んで見える。

(最初から分かってたことなのに、なんで泣くの‥)

恋愛なんて邪魔なだけだと言っていた。

教官として、厳しく指導してくれていた。

こんな感情を勝手に抱いたのは自分で、勝手に傷ついているだけだ。

ドン‥!

突然開いたドアから出てきた人影にぶつかる。

サトコ

「!」

千葉

「わ‥」

「ごめん、氷川」

サトコ

「こ、こっちこそゴメ‥」

千葉

「え、泣くほど痛かった!?ホントごめん」

こっちが走ってたのが悪いのに、千葉さんが慌てて顔を覗き込む。

サトコ

「‥ごめん。何でもないから」

千葉

「‥‥‥」

「氷川、上行こうか」

サトコ

「え‥?」

千葉さんは、困ったように微笑みながら指で階段を指さした。

【屋上】

千葉

「落ち着いた?」

サトコ

「うん。ありがとう‥」

自販機で買ってくれたカフェオレを飲みながら、コクリと頷く。

この前と同じように、千葉さんは隣に並んで腰を下ろした。

サトコ

「なんかさ、聞きたかったことを盗み聞きして落ち込むって‥どうしようもないよね」

千葉

「どうしようもないの?」

サトコ

「うん。バカみたい」

千葉

「‥相手が石神教官だもんなぁ」

サトコ

「大人しくこっそり片思いしてるだけで良かったのにな‥」

千葉

「うーん‥それでも、やっぱり辛くなる時は来たんだと思うよ?」

サトコ

「そうなのかな‥」

千葉

「それに‥相手に迷惑だって言われたところで」

「“迷惑なんだ。じゃあ止めないと”って‥そんなアッサリ切り替えられるこもでもないだろ?」

「本心に逆らうと余計に辛くなるから‥」

サトコ

「‥‥‥」

千葉

「あっ‥」

「これはその、オレの話じゃなくて一般論の話だよ」

サトコ

「う、うん‥」

(千葉さん、告白のあとも普通に接してくれるけど‥)

(私が知らないだけで、いろんな葛藤があったんだろうな‥)

(‥って、私なんかを相手にものすごく恐れ多いけど)

自分が好きな人が、自分を好きになってくれるだなんて、どんな奇跡だろう。

サトコ

「はぁ‥人の気持ちって難しいね」

「でも、ありがとう。千葉さんと話せて少し楽になった気がする」

膝を抱えて、ぼんやりと空を見上げる。

千葉

「‥落ち着いたみたいだし、そろそろ行こうか」

「泣きたくなったらまたいつでも話聞いてやるからさ」

サトコ

「‥聞いた泣き言は忘れてくれる感じで?」

千葉

「いや‥今日のこの1時間は、忘れてあげない」

サトコ

「え‥」

意味深に微笑んで、千葉さんは先に階段へ向かう。

千葉

「今の氷川の気持ちを忘れたら、次に落ち込んだ時に励ましてやれないだろ?」

サトコ

「‥ふふっ、やっぱり千葉さん、いい人すぎるね」

千葉

「あ、刺さるなぁその言葉」

さっきまではこの世の終わりかっていうくらい悲しかったはずなのに、もう笑っている。

(千葉さんのおかげだよね‥)

(石神教官のことは、落ち着いて考えてみよう‥)

千葉

「ほら、置いてくよ」

サトコ

「今行く!」

お礼を言う代わりに、笑顔で千葉さんの後を追いかけた。

to be continued

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