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石神 恋の行方編 HE

(‥ん?)

サトコ

「‥‥‥」

(寝てた‥!)

【資料室】

予習中、机に突っ伏してそのまま寝てしまっていたらしい。

ぼんやりと身体を起こすと、肩からスルリと教官服が落ちた。

サトコ

「え‥」

(石神教官、上着掛けてくれてたんだ‥)

(どこに行ったんだろ‥?)

上着を羽織り直して席を立つ。

(いた‥)

可動式の棚が動いていて、そこを覗くと石神教官が資料を読んでいた。

何も言わずに、つつつと隣に立ってみる。

石神

‥起きたのか

サトコ

「すみません‥でも、起こしてくれてもよかったんですけど」

石神

随分と気持ちよさそうに寝ていたからな

サトコ

「え‥」

(いつもはたたき起こされるのに‥)

教官らしからぬ言葉に隣を見上げると、大きな手がスッと伸びてくる。

サトコ

「!」

(な、なな‥)

頬に添えられた指先は、思っていたよりも温かい。

石神

口を開けて寝ていたんだろう

サトコ

「え‥」

石神

痕がついてる

サトコ

「えっ!?」

(ヨダレ垂らしてた‥!?)

即座に口元を隠すと、教官は意地悪そうに口角を上げる。

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サトコ

「そ、そんなに垂らしてないです!たぶん!」

石神

何の話だ

サトコ

「ヨダレの痕なんてないですって話ですよ」

石神

ああ、それはないな

俺が言っているのはこっちだ

額に触れられて、今度はそこを両手で抑え込む。

(女としてどうなんだろう、これ‥)

サトコ

「口開けて寝てたなんて言われたら、口元気にするじゃないですか」

石神

フッ、予想通りの反応だったな

サトコ

「遊ばないでくださいよ‥」

突っ伏していたせいで赤くなっているらしい額を、教官が優しく撫でる。

サトコ

「‥っ」

「ど、どうせアレですよ。クラウンローチですよ」

「死んだように寝落ちしてましたよ‥」

前に水族館で、私みたいな魚だと教えてくれたクラウンローチを思い出す。

石神

‥よく覚えていたな

サトコ

「それは、その‥インパクトがありましたから」

(理由はどうあれ、私に似てるって言われた魚だし‥)

石神

また行くか

サトコ

「え‥?」

石神

水族館だ。今度はもう少し遠出してもいい

サトコ

「‥‥‥」

なんだかにわかに信じがたい。

(だって石神教官だよ‥?)

(またこうやって上げて落とす寸法かもしれないし‥いや、それよりも!)

(こ、こんなのデートの誘いみたいじゃん!)

一緒にいる時間の意味が、以前と変わったと思っているのは自分だけじゃなくて‥

石神教官も、同じように思ってくれているのだろうか。

(いや、莉子さんには付き合ってる宣言してくれたらしいし、付き合ってるんだろうけど‥)

ハッキリした言葉を求めるわけではないけれど、どこかあやふやで‥

それなのに、ちゃんと安心感もあるのだから不思議だ。

石神

行くのか行かないのかハッキリしろ

サトコ

「行きます!行きますけど‥」

石神

けど、何だ

サトコ

「いえ、その‥デートみたいだなぁと思いまして」

石神

‥そのつもりだが

サトコ

「ええっ」

石神

お前は一体、俺を何だと思ってる

サトコ

「だってそういう公私混同みたいなの一番嫌いそうじゃないですか!」

石神

休日くらいは好きにさせろ

前にも言ったが、恋愛禁止をしているわけではない

(確かにそう言ってたけど‥)

サトコ

「じゃあ‥今度の週末、連れて行ってくれますか?」

石神

今度は腹の虫が騒がないようにしてくれ

サトコ

「‥それはできれば忘れてください」

石神

‥フッ

サトコ

「ふふ」

2人きりの時だけの、柔らかな微笑みが向けられる。

声のトーンだとか、こうして上着を貸してくれたりだとか‥

そんな些細なことに否応なく安心させられる。

(私ばっかりって思ってたけど、そうじゃないんだ‥)

サトコ

「楽しみにしてます!」

石神

いきなり元気になったな

サトコ

「目の前にデート権がぶら下げられましたからね」

「予習のご指導、お願いします!」

石神

ああ

借りていた上着を手渡すと、教官はそれをサラリと羽織り直す。

(か、カッコい‥って違う!切り替え!)

サトコ

「予習、予習‥」

そう言い聞かせながら、いつもの机まで戻った。

【水族館】

寮から車で1時間半ほど。

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石神教官は、この前はサングラスをしていたけれど、今日は素顔のままで隣を歩く。

サトコ

「石神さん!イルカショーがありますよ!」

石神

ふっ‥

サトコ

「あ、子どもみたいだって思ってますね」

「水族館といえばイルカショーは外せないんですよ。前に行ったところにはなかったですし」

石神

そうだな

サトコ

「今日も保護者役みたいですね」

石神

‥‥‥

一応、恋人役のつもりなんだが

サトコ

「!」

すっと右手を掴まれて、石神教官は何でもないような顔でエントランスを抜けていく。

(どうしよう‥手が‥)

すっぽりと包みこまれる手のひらに、思わず隣を見上げる。

サトコ

「‥へへ」

石神

‥‥‥

呆れたような微笑みを向けられているのに、なんだかこそばゆい。

歩く速さまで私仕様になっていることに気付いて、幸せに胸がキュッと絞られた。

早速、熱帯魚のいる水槽へやってきた。

サトコ

「あ、いましたよ。クラウンローチ!」

石神

残念だな。お前がいると共食いが成立するのに食べられないとは

サトコ

「なんてこと言うんですか‥」

「確かにちょっと、仲間意識はありますけど」

(死んだように横になって寝るから私に似てるって失礼だけど‥)

(でも、ホント可愛いな)

黒とオレンジの縞模様が、口をパクパク動かしている。

サトコ

「あ‥石神さん、この子はなんていう魚ですか?」

「深い青の‥」

石神

タイガーオスカー

サトコ

「勇ましい名前ですね‥」

(カツラでも被せたら、成田教官になりそう‥)

相変わらず、教官は魚のことに関しては即答してくれる。

サトコ

「これはよく見ますよね。えっと‥」

石神

‥ディスカス

サトコ

「それです。ディスカス!」

「いろんな色の子がいるんですね。綺麗‥」

大きめのヒレを動かして、間接照明の中に鮮やかな色が浮かぶ。

サトコ

「それにしても、教か‥じゃなかった、石神さんは本当に魚好きなんですね」

「1人でも水族館に来るって相当‥」

石神

‥つい、な

足が向いてしまう

水槽に近づけていた身体を離して見上げると、

教官は何か遠いものでも見るように、ディスカスを見つめている。

石神

子どもの頃、家にあった水槽にコイツが泳いでいた

おそらく両親が好きだったんだろう

(好きだった‥?過去形?)

石神

数少ない両親との思い出の中で、水族館へ連れて行ってもらったことだけは妙に鮮明に残っていてな

サトコ

「あの‥石神さんのご両親って‥」

石神

幼少時に交通事故で死別している

サトコ

「‥そう‥だったんですか」

咄嗟に返せる言葉がなくて、教官と同じようにディスカスに視線を向ける。

(教官は水族館に、大事な思い出が詰まってるんだ‥)

石神

随分と長い間、水族館は1人で来る場所になっていたが‥

こうしてお前と来るのもいいものだな

サトコ

「ほ、本当ですか?」

石神

ああ。落ち着く

サトコ

「‥‥‥」

返事の代わりに、繋いだ手にギュッと力を込めると、

水槽のガラス越しに教官が小さく微笑むのが見えた。

サトコ

「ディスカスの中では、この子が一番好きです」

ヒレが、青にも緑にも見える‥鮮やかで一際目立つ。

石神

ブルーダイヤモンドだ。俺の家にもいる

サトコ

「ええっ!?飼ってるんですか?」

石神

そう頻繁に水族館に来られるわけでもないからな

サトコ

「今度見せてください!」

石神

‥‥‥

何の気なしにそう言うと、教官が驚いた様子で私を見下ろす。

サトコ

「?」

(‥ああっ!)

(私、今とんでもないこと言っちゃったかも‥!)

今度見せてください、だなんて、家に行きたいと言ってるようなものだ。

サトコ

「す、すすすすみません‥」

「こう‥考えなしというか、全く他意はなくてですね‥」

恥ずかしくて顔を手でパタパタと扇ぎながら、かなり苦しい弁明をする。

石神

‥構わないが、男の部屋に来るということがどういう意味になるのか

分かってるんだろうな?

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サトコ

「!」

余裕気に言ってのける教官とは対照的に、もう瞬きしかできない。

石神

‥冗談だ

からかうように笑って、教官は1人でスタスタと次の水槽に向かう。

(ど、どっちが冗談なんだろう‥)

部屋に来てもいいということか‥

はたまた“そういう意味”を指すところなのか‥

サトコ

「待ってください‥!」

慌てて追いかけて隣に並ぶ。

(‥って変に追及してもおかしいし!)

石神

来るのは構わないが‥ディスカス以外に楽しいものなど何も置いていない

石神教官がポツリと呟く。

サトコ

「え‥」

(行ってもいいんだ‥)

石神

まぁ、お前の場合はどこにいても楽しめそうだな

サトコ

「も‥もちろんです!」

「あ、でも石神さんがいるなら、それこそ何もなくたって楽しいです」

石神

‥‥‥

サトコ

「って言っても、なかなか休みもないだろうし‥」

「いつか石神さんの部屋のディスカスに会えるの楽しみにしてますね」

石神

‥‥‥

サトコ

「あれ?」

また何か変なことでも言ったか‥と考える間もなく、そっと頬に触れられる。

石神

お前は‥

サトコ

「‥?」

石神

本当のところをちゃんと分かってないだろう

サトコ

「何の話ですか?」

石神

俺も男だという話だ

サトコ

「そ、それくらい分かってます」

石神

いきなり女みたいな顔をするな

サトコ

「はい!?私、いつでも女なはずなんですけど‥」

スマホ 007

瞳に浮かぶ熱が真っ直ぐに伝わって、射竦められたように逸らせない。

自分と同じように、触れたいと思ってくれているだろうか‥

自分と同じように、言葉にならないものを抱えてくれているだろうか‥

(そうだったらいいのに‥)

傾いた顔が近づいて、当たり前のように瞼が下りた。

私を上向かせる手のひらも、優しく重なる唇も、ただただ熱い。

そうだったらいいのに‥と思っていたことが、そのまま注ぎ込まれるようで、

どういうわけか切ないくらいに胸が締め付けられる。

石神

‥こういう時は大人しいんだな

サトコ

「!」

(く、悔しい‥大人の余裕が‥)

サトコ

「普通、好きな人にこういうことをされると大人しくもなります‥」

「心臓は激しくうるさいですけどね」

石神

そうだな。俺もだ

サトコ

「へ‥」

石神

好きな女に触れる時くらい、心拍数も上がる

サトコ

「‥っ」

(ズルい‥!)

みるみるうちに顔が火照って、教官は可笑しそうに微笑んだ。

石神

お前を見てると飽きなくていい

サトコ

「それって褒めてませんよね」

石神

どうだろうな

サトコ

「‥‥‥」

教官はむくれる私の手を取って、のんびりとした足取りで歩き出す。

(でも、ちゃんと言葉にしてくれて嬉しいな‥)

水槽のガラスに映り込む身長差と、ゆらゆらと泳ぐディスカス。

この光景は、きっといつまでも忘れない‥

そんなことを思いながら、大切なぬくもりにそっと寄り添ったーー

Happy  End

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