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石神 恋の行方編 シークレット3

エピソード 10.5

「恋人は専属教官」

【資料室】

(ちょっと冷静になってきたのはいいけど、どうしよう‥)

あんなに遠かったはずの石神教官の腕の中にいる。

それはいい。

(不細工な泣きっ面をしちゃったし、いつも通り可愛くない受け答えしちゃったし‥)

(ああ、もう‥顔見せられないよ‥)

石神

そろそろ落ち着いたか?

サトコ

「‥落ち着いてきて、後悔してるところです」

石神

は?

サトコ

「だって、まさかこんなことになるとは思わないじゃないですか」

「どうせならもっと、しおらしく伝えたかった‥」

石神

‥お前らしくていいんじゃないか?

腕が緩められて、観念して顔を上げる。

石神

フッ‥酷い顔だな

サトコ

「やっぱり‥!」

(もう嫌だ‥!)

サトコ

「‥石神教官はどうしてそんなに余裕なんですか」

石神

それは年の功だろう

サトコ

「それはつまり、余裕気に見せてるだけってことですか?」

石神

さぁな

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サトコ

「あ、ズルい‥!」

話していることは色気づいた内容のはずなのに、どうしていつも通りの会話になってしまう。

石神

落ち着いたなら、続きをやるか

サトコ

「え!?」

(続きって‥も、もしかして‥)

石神

ノートのまとめ方は上手い

お前のレポートは読みやすいしな

中身を実践できるかどうかは別として

(あ、続きって予習のことなんだ‥)

(ものすごく恥ずかしい勘違いをするところだった‥)

サトコ

「続き、します」

「それこそ頭に入るかは謎ですけど」

石神

どういう意味だ

サトコ

「こ、こんな‥人生の一大イベントみたいなことがあった直後ですよ?」

「さすがに脳みそも舞い上がります」

石神

‥‥‥

言っておくが、抜き打ちテストは定期的に行う

俺の講義でろくでもない成績を残したら‥

サトコ

「!」

「やります!もう全力で!」

石神

ならいい

いつも通りの鬼教官に戻った石神教官は、今度こそ本当に私の身体を離す。

(わ‥)

いつも通りのはずなのに、ふわりと微笑んだ目尻が、今までとは違うことを否応なく感じさせた。

【バー】

サトコ

「莉子さん、すみません!遅くなっちゃって‥!」

莉子

「いいのよ、お疲れ様」

石神

‥‥‥

付き合い始めて数日後、莉子さんに誘われて、石神教官と一緒にお店にやってきた。

(絵になるなぁ‥)

カウンターに1人でいた莉子さんが色っぽくて、女の私でもドキドキしてしまう。

莉子

「‥‥‥」

石神

なんだ。珍しく大人しいな

莉子

「なんだか感動しちゃって‥」

サトコ

「え‥?」

莉子

「秀っちが恋人連れでこうして飲みに来てくれるなんて、今まであった?」

「奇跡だわ‥」

石神教官はため息を吐きながら、莉子さんの隣の席を1つ空けて腰を下ろす。

(わ、私が真ん中でいいんだ‥)

申し訳ないような嬉しいような。

おずおずと腰かけると、莉子さんがニッコリ微笑んだ。

莉子

「それで?冷徹教官はデートのひとつもしてくれないんじゃないの?」

サトコ

「‥‥?」

石神

氷川、余計な情報は与えなくていい

莉子

「何よ。教えてくれてもいいじゃない」

サトコ

「えっと‥」

(水族館の話はしない方がいいのかな‥)

石神

30過ぎてどこの子どもだ

莉子

「前にも言ったじゃない。女の子は恋バナが好きなの」

「‥ねぇ、サトコちゃん。本当にこんな嫌味な男でいいの?」

サトコ

「あ‥その‥良いも悪いも、私にはもったいないくらいなんですけど‥」

(本当夢みたいなことだし‥)

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そんなことを思っていると、スッと目の前にグラスが置かれた。

バーテンダー

「どうぞ」

サトコ

「?」

続けて石神教官も受け取る。

莉子

「スプモーニって‥また全力で過保護ね」

(あ‥教官が頼んでくれてたんだ。いつの間に‥)

石神

お前がいるとバカみたいに飲ませるからな

莉子

「あのねぇ、秀っちや兵吾ちゃん相手じゃないんだからそんなことしないわよ」

「私は可愛い女の子には優しいんだから」

石神

どうだかな

サトコ

「わ、美味しいです!飲みやすいですね。これならいくらでも飲めちゃいそう‥」

石神

あまり酒に強くないと言っていただろう。程ほどにしておけ

サトコ

「強くはないけど、好きなんです」

石神

‥今日のところは俺がいるから構わないが

サトコ

「控えめに楽しみますね」

莉子

「もう‥どうしようかしら。甘酸っぱくて見てられないんだけど」

サトコ

「はっ‥!す、すみません‥」

莉子

「いいのいいの、続けててちょうだい」

「丁度電話だわ」

莉子さんは携帯片手に席を立つと、店の外へと出て行った。

サトコ

「あの‥石神さんって意外と過保護なんですか?」

石神

意外と、とは少し頂けないが

お前が危なっかしいからだろう

サトコ

「‥そう言われると返す言葉がないです」

「いつか私も莉子さんみたいな大人の女性に‥!」

石神

やめておけ

サトコ

「‥私には無理ですけど、そんなに否定しなくても‥」

石神

そういうわけではない。アイツみたいなのが身近にまた1人増えると収拾がつかなくなる

サトコ

「でも‥仕事ができてあんなに美人なんて最高じゃないですか」

「ものすごく憧れます!」

石神

‥そういうものか

サトコ

「そういうものなんです!」

こんな場所で、肩を並べて微笑みあうのがなんだか少しくすぐったい。

莉子

「ごめんなさいね。ちょっと呼び出されちゃった」

サトコ

「いえ!お仕事忙しいのに‥」

莉子

「また今度付き合ってくれる?」

サトコ

「はい、もちろんです!」

莉子

「うふふ。じゃ、今日のところは2人でごゆっくり」

石神

「バックは開けなくていい」

莉子

「‥そう?」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

莉子さんはバッグを持ち直して、颯爽とお店を後にした。

(やっぱり、かっこいいな‥)

石神

そんな羨望の眼差しで見るほどか

苦笑いしながら石神教官はグラスに口をつける。

サトコ

「そうですね。石神さんと同じくらい尊敬してます」

石神

‥‥‥

‥素直すぎるのも考えものだな

(もしかして照れてる‥?気のせいかな)

(石神教官、あんまり顔に出さないし‥)

いつも顔を合わせているのに、いつもと違う場所というだけでこっちの方が照れてしまう。

教官が選んでくれたお酒を飲みながら、嬉しい緊張感を隣に感じていた。

【教官室】

バーを出て寮へ帰る途中、黒澤さんから連絡が入り、資料を確認するために教官室へ立ち寄った。

サトコ

「大丈夫でしたか?」

石神

ああ、問題ない。突き合わせて悪かったな

サトコ

「いえ、私はその‥もう少し一緒に居たかったので」

石神

‥‥‥

いつでも会えるだろう。嫌でもな

サトコ

「それはそうですけど‥」

(やっぱりプライベートで会ったあとって、特に離れ難いし‥)

石神

お前は‥

そっと腰を引き寄せられて、呆れたような声に見上げると、殊のほか優しい瞳と出会う。

サトコ

「すみません。子どもみたいですね」

石神

謝らなくていい。どうやら俺もそうらしいからな

サトコ

「え‥」

そっと唇が重なって、触れるだけのキスを何度か繰り返す。

(石神教官も、同じ気持ちでいてくれてるんだ‥)

漏れ出た吐息を絡め取るように、少しずつ熱を帯びていく唇。

明日になったらまた、1週間の講義が始まる。

今だけは‥と、温もりを刻み込むように、そっと瞼を下ろした。

End

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