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Ishigami’s Home 2話

【家】

翌日、石神さんは潜入先の近所を捜査するために、夕刻には帰ってきた。

サトコ

「こんな明るい時間に帰ってくると、不思議な気分になりますね」

石神

日が暮れる前に帰るのは、夜勤明けくらいだからな

とはいえ、これで仕事が終わったわけじゃない。これからが本番だ

サトコ

「はい!この引っ越しの挨拶のタオルを渡して、ターゲット夫婦の様子を探るんですね!」

石神

水曜日は笹岡の帰宅も早い。夫婦に接触するなら、今日を逃すわけにはいかないからな

(奥さんはいい人そうだったけど‥旦那さんはどんな感じなんだろう)

石神

俺たちが夫婦で外に出るのも、これが初めてだ

本当の夫婦らしく、振る舞うことを忘れるな

サトコ

「はい!‥秀樹さん」

心の中で照れながらも名前を呼ぶと、石神さんが小さく頷く。

石神

行くぞ

サトコ

「はい!」

近くのデパートで買ったタオルを手に、私たちはターゲットの家に向かった。

【笹岡家 玄関】

ピンポーン‥と、石神さんがチャイムを鳴らしてすぐに、女性の声が聞こえてくる。

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笹岡妻

『はい』

石神

向かいに越してきた“佐藤”です。引っ越しのご挨拶に‥

笹岡妻

『あらあら、わざわざありがとうございます。お待ちくださいね!』

(明るい奥さんみたい‥)

歳の頃は30代後半に見える女性が、旦那さんと一緒に玄関から出てきた。

笹岡

「お待たせして、すみません」

石神

こちらこそ、突然お伺いして申し訳ありません

向かいに越してきた“佐藤”です。よろしくお願いします

笹岡

「こちらこそ。ご丁寧にありがとうございます」

(旦那さんも30代か40代前半くらいかな‥穏やかそうな人‥)

笹岡妻

「もしかして‥新婚さんかしら」

笹岡

「おい、失礼じゃないか」

サトコ

「先月、結婚したばかりなんです」

笹岡妻

「あらあら!本当に新婚ほやほやなのね!羨ましいわ~」

石神

妻はまだこの辺りのことも分からないので、教えてやってください

笹岡妻

「私でよかったら、いつでも!気軽に声をかけてね」

サトコ

「ありがとうございます」

会釈を交わして、私たちはターゲットの家から離れた。

サトコ

「ごく普通のご夫婦でしたね」

石神

傍から見れば幸せそうな家庭だったのに‥という家が事件を起こすのも少なくない

(親切で愛想もいいし、感じのいいご夫婦に見えたけど‥)

石神

むやみに人を信じるな

お前は信じやすいからな‥

サトコ

「は、はい‥」

石神さんからの厳しい声に気を引き締める。

(いけない、いけない!外見で信用しそうになるのは、私の悪いクセ!)

(先入観なしで捜査をしないと!)

石神

外に出たついでだ‥周囲の様子を見ながら、買い物も済ませて帰ろう

サトコ

「はい。夕飯は‥」

<選択してください>

A: なにが食べたいですか?

サトコ

「今日はなににしましょうか‥食べたいものありますか?」

石神

そうだな‥豆腐の味噌汁が飲みたい

サトコ

「豆腐のお味噌汁ですね!それじゃ、メインはそれに合うものがいいですよね‥」

(今日は魚にしようかなぁ‥)

B: 2人で作りたいです

サトコ

「もしよかったらなんですけど‥2人で作りませんか?」

石神

‥‥‥

サトコ

「あ、もちろん、お疲れなら私がひとりで!」

石神

疲れているのは、お前も同じだろう。2人で作ろう

サトコ

「はい‥!」

(石神さんとご飯作れるなんて‥行ってみてよかった!)

C: 外で食べますか?

サトコ

「たまには外で食べますか?」

石神

それでも構わないが‥できたら、お前が作った味噌汁が飲みたいんだが‥

サトコ

「え‥本当ですか?」

石神

ああ‥豆腐の味噌汁がいい

サトコ

「わかりました!そういうことでしたら、任せてください!」

(石神さんからリクエスト貰えるなんて、嬉しい!)

並んで夕暮れの道を歩いていると、いつもより石神さんとの距離が近いことに気が付く。

手が触れ合いそうで触れない距離がもどかしい。

(夫婦なら、手を繋いでもいいよね‥?)

その手を取ろうかと悩んでいると‥‥

石神

サトコ

サトコ

「は、はい!」

突然立ち止まった石神さんに飛び上がりそうになる。

(手を繋ごうとしたのがバレた!?)

サトコ

「す、すみません!夫婦らしく見えた方がいいかと思って‥!」

石神

あの横断歩道にいる老夫婦‥危ないな

サトコ

「え?横断歩道?」

石神さんの視線の先を追うと、なかなか横断歩道を渡れずにいるおばあさんを見つけた。

サトコ

「あ、ここの横断歩道、信号が変わるのすごく早いんですよね」

石神

重そうな荷物も持っているしな

サトコ

「私、ちょっと行ってきます!」

小走りでおばあさんに駆け寄ると、声を掛ける。

サトコ

「あの‥よろしければ、一緒に渡りませんか?私も向こうに行きますので」

老婦人

「あら‥ありがとうございます。ここの横断歩道、渡りづらくてねぇ」

石神

荷物、私が持ちましょう

老夫婦

「あらあら‥ありがとうございます」

石神さんが荷物を持って、私がおばあさんの手を引いて横断歩道を渡った。

老婦人

「ありがとうございました。素敵なご夫婦ね」

サトコ

「えっ‥」

石神

はい。ありがとうございます

老婦人

「ふふっ、お幸せに」

(ちゃんと、夫婦に見られたんだ‥)

安心しつつも嬉しい気持ちになっていると、石神さんに手を取られた。

サトコ

「え‥」

石神

新婚なら、手ぐらい繋ぐだろ?

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驚いて顔を上げると、優しく微笑む石神さんと目が合った。

見つめ合ったのは一瞬だったけど、甘酸っぱい感覚が広がる。

石神

日が暮れる前に、買い物をして帰ろう

サトコ

「は、はい‥」

(石神さん、さっきの気づいてくれてたんだ)

ほんのりと石神さんの頬が赤く見えるのは、夕日のせいなのか。

捜査中ながらも、私には幸せなひと時だった。

【風呂】

(ふぅ‥シャワー浴びてサッパリした‥)

夕食後、お向かいの家の電気が消えるのを確認して、私たちもひと息入れることになった。

(夜は動きがないから、こっちも割と休めて有難いな)

【脱衣所】

サトコ

「ああ‥気持ちよかった~」

シャワーを止めて脱衣所に出ると‥

石神

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サトコ

「!?」

(い、石神さん!?)

誰もいないと思っていたために、ろくにタオルで隠してもいない。

石神

‥っ

<選択してください>

A: 見ないで!

サトコ

「み、見ないでください!」

(と、とにかく身体を隠さないと!)

その場にうずくまると、手近にあったバスタオルを石神さんがかけてくれる。

そしてすぐに、ドアの外に出る音がした。

B: きゃー!

サトコ

「きゃ、きゃー!」

石神

ち、違うんだ!すまん

石神さんは急いで脱衣所から出てドアを閉めた。

C: ごめんなさい!

サトコ

「ご、ごめんなさい!」

石神

いや、謝るのは俺だ

私を見てから、ハッと顔を背けると、石神さんは急いで脱衣所を出て行った。

そして、ドア越しに聞こえてくる声。

石神

すまない‥

サトコ

「い、いえ!私の方こそ、すみません‥」

(は、恥ずかしい‥っ)

その日はいつもより口数が少ないまま、夜が更けていった。

【ベランダ】

翌日、石神さんは現状報告をしに公安学校に向かった。

私は、昨夜の恥ずかしいハプニングを思い出しながら、洗濯物を干しにベランダに向かう。

(お向かいさんはまだ干さないのかな‥いつも、このくらいの時間なんだけど‥)

(洗濯物を干しながら、世間話も少しずつできるようになったんだけどな)

向かいの家の様子を、さりげなく窺っていると‥

笹岡妻

「きゃー!」

(笹岡さんの悲鳴!まさか‥!)

事件発生かと、私は洗濯物をベランダに置いたままお向かいへと走った。

【笹岡邸】

サトコ

「笹岡さん!笹岡さん、大丈夫ですか!?」

インターフォンを押しながらドアを叩くと、笹岡さんの奥さんが顔を見せた。

笹岡妻

「佐藤さん!ナ、ナメクジ!」

サトコ

「へっ‥?」

笹岡妻

「ナメクジが!」

サトコ

「ナメクジ!?」

笹岡妻

「ナメクジが出たんです!どうしましょう!」

(事件じゃなくて、ナメクジか‥)

サトコ

「ナメクジだったら、私でもなんとかなりますけど‥」

笹岡妻

「本当ですか!?取ってください!」

サトコ

「とりあえず、一旦落ち着きましょう」

笹岡さんの奥さんの手を引き、私はついにターゲット宅への潜入に成功した。

【リビング】

笹岡妻

「佐藤さんが来てくださって、本当に助かったわ」

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サトコ

「洗濯物を干してたら悲鳴が聞こえてきたので、ビックリしました」

お風呂にいたナメクジを割り箸で外に放り出すと、お茶を頂く流れになってしまった。

(まぁ、家の中を見るにはいい機会だよね)

(オシャレだけど、特にあやしそうなところは‥)

笹岡妻

「ゆっくりお話ししたいと思ってたの。お時間大丈夫?」

サトコ

「はい。主人が帰ってくるまでは、結構暇なので」

笹岡妻

「そうなのよね。お昼ご飯もひとりだと作る気しなくなるし‥」

サトコ

「そうですよね。私なんか、ふりかけご飯で済ませちゃうこともあります」

笹岡妻

「私もよ!」

笹岡さんの奥さんと顔を見合わせて笑うと、ズキッと足首が痛んだ。

サトコ

「いっ‥!?」

笹岡妻

「佐藤さんっ!?大丈夫?」

サトコ

「はい‥さっき、階段を駆け下りた時に油断して‥」

転びかけたことを思い出して足を見ると、ぷっくりと腫れている。

笹岡妻

「あらあら!大丈夫!?」

サトコ

「ちょっと捻っちゃったみたいです」

笹岡妻

「捻挫かしら‥油断しない方がいいわ。ご主人に連絡しましょう!」

サトコ

「い、いえ!このくらいのことで‥!」

(あ、でもこれを口実にすれば、石神さんも家の中に入れる!)

家の中の様子を探りたがっていたことを思い出し、私は笹岡の奥さんを止めるのをやめる。

サトコ

「それじゃあ‥ちょっと連絡してみますね」

笹岡妻

「すぐに帰ってきてくれるように、私からも事情を説明するわ!」

石神さんに電話するとすぐに、ターゲットの家に迎えに来てくれることになった。

【自宅 リビング】

石神

家の中の様子を見られたのはよかったが‥本当に捻挫したのか

サトコ

「お向かいから悲鳴が聞こえてきて、急いで階段を駆け下りたので‥」

「でも、これくらい大丈夫です!」

石神

結構腫れてるだろう。‥とりあえず、室長に報告する

石神さんは携帯を取り出すと、難波室長に電話を掛けた。

石神

ええ‥本人は傍にいますが‥わかりました。代わります

(私に直接‥?)

サトコ

「氷川です」

難波

捻挫、腫れてるんだって?

サトコ

「はい。ですが、一晩も経てば大丈夫だと思います。痛みも引いてきてるので‥」

難波

いや、氷川には捜査を外れてもらう。その足じゃ、いざって時に何もできないだろう

サトコ

「捜査には支障のないようにしますので‥っ」

難波

悪化したら困る。無理はするな

サトコ

「ですが‥」

(ここまできて、捻挫ぐらいで捜査を外れるなんて‥!)

万全でなければ捜査の邪魔になるだけ‥それはわかっているけれど、悔しい。

石神

貸せ

サトコ

「石神さん‥」

石神

室長、捜査は順調に進んでいます。氷川はターゲットとかなり距離を縮めました

動けないことで捜査から外すより、このままやらせた方が早期解決につながると思います

(石神さん‥!)

石神

私が責任を持ちます

氷川にやらせてやってください

はい、ありがとうございます。‥では

サトコ

「あの、私は‥」

石神

捜査続行だ

サトコ

「ありがとうございます!」

石神

さっき室長に言った通りだ。ここでお前が外れたら、振り出しに戻ってしまう

引き続き、ターゲットとの接触を続けろ

サトコ

「はい!」

石神

捜査を続けたいという気持ちは、何よりも力になる

お前なら、この任務をやり遂げられるはずだ

サトコ

「はい‥!」

(石神さんは私を信じてくれたんだ‥期待に応えられるように頑張らないと‥!)

それから笹岡家の様子を探ること数日。

(ここ2、3日、宅配業者の出入りがやけに頻繁になってる‥)

(1日に3回も荷物が届く日が続くなんて、あんまりないよね?)

夕方になり、今日も3回目の宅配便が届いて、私は石神さんに連絡を入れた。

石神

確かに多いな。だが、それだけでは証拠にならない

サトコ

「はい!もう少し他の手掛かりが得られるように粘ります!」

石神

無茶をして、警戒されないようにな

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サトコ

「重々、気を付けるようにします」

(一旦、外に出てみよう‥)

私は電話を切ると、玄関へと向かった。

【玄関】

(よかった、ちょうど向こうの奥さんも出てきたところみたい‥!)

サトコ

「こんにちは、随分日が長くなりましたね」

笹岡妻

「ええ、本当に‥その後、足の具合はいかが?」

サトコ

「だいぶよくなりました」

笹岡妻

「私のせいで、ごめんなさいね」

「せめてものお詫びに‥今週末、ご主人とランチにいらっしゃらない?」

「ささやかだけど、ウチで‥主人も休みなのよ」

サトコ

「ご迷惑でなければ、ぜひ‥!」

(石神さんと一緒に潜入するチャンス!ご主人も一緒なら、いろいろ話を聞けるかも‥!)

【自宅】

石神

よくやった。週末、ターゲット宅で食事か‥

いい機会を作ったな。お前を捜査に残した判断に間違いはなかった

サトコ

「ありがとうございます!」

石神

よくやった

石神さんが力強く私の肩に手を置いて、私はそれに大きく頷いて答える。

(諦めないでよかった!石神さんの役に立てたんだ‥!)

サトコ

「直接、本人たちから話を聞けますね」

石神

ああ、決定的なものは得られなくとも、糸口ぐらいは見つけたいものだ

ただ、家に招かれるとなると、これまで以上に注意が必要になる

サトコ

「注意‥?」

石神

夫婦らしく見えるように‥な

サトコ

「は、はい!」

石神

笹岡夫妻の前では敬語は禁止。より妻らしく振る舞え

(敬語禁止‥!)

今回の捜査で、最大の山場が訪れようとしていた。

to be continued

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