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Ishigami’s Home カレ目線

【教官室】

都内を中心に活動している薬物を取り扱う犯罪組織。

その捜査の一環で、住宅街への潜入捜査が決まった。

難波

‥というわけで、捜査を担当する者には‥

ターゲット宅の向かいの家に、夫婦として住んでもらいたいんだ

颯馬

夫婦となると‥すでに候補が限られますね

黒澤

ですね。この中で女装できると言えば、颯馬さんと歩さんくらい‥

加賀さんは年上の妖婦って設定にすれば、なんとかいけますかね?

加賀

黒澤、テメェも今日からクズの仲間に入りたいか

黒澤

じょ、冗談ですって!

もう、加賀さんはいつも目が笑ってないんですから‥

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東雲

兵吾さんが、満面の笑顔って怖いでしょ

黒澤

それは確かに‥

後藤

そもそも、どうしてお前が会議に参加してるんだ

黒澤

オレは石神班の一員として参加してるんですよ。ね?石神さん

石神

‥呼んだ覚えはない

黒澤

心で呼んだのは、分かってますよ

石神

訳の分からないことを言ってないで、話を進めるぞ

この学校に話を持ってきたということは、訓練生にやらせる任務ですか?

難波

まあ、そういうことだ。女性捜査員が出払っちゃっててね

氷川か佐々木、どっちかを使えないかと思ってな。いい訓練にもなるだろう

東雲

夫婦での捜査なら、もう決まったようなものじゃないですか

東雲がチラッとこちらに視線を送ってくる。

(こいつのこの食えない顔は‥黒澤以上に扱いづらいな)

颯馬

フフ、石神さんとサトコさんで決まりですね

石神

氷川と佐々木、どちらに適正があるか検討すべきだ

加賀

やる気満々なのに、上辺だけ冷静装ってんじゃねぇ

石神

ああ、お前が女装して潜入するなら、やる気も出るな

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加賀

人に言う前に、お前がやれ。秀子

石神

何か言ったか?兵子

加賀

‥‥‥皮肉なら、手を抜かずにちゃんと考えろ

黒澤

それじゃ、石神さんと加賀さんが姉妹ってことで潜入を‥

石神・加賀

「‥‥‥」

加賀とタイミングが合うことも珍しいが、黒澤への鉄拳が綺麗に決まる。

後藤

しかし、冷静に考えれば‥

石神さんと補佐官である氷川を組ませるのは、妥当な話じゃないですか?

颯馬

そうですね。2人での捜査にも慣れているでしょうし

石神

まあ、それはな‥

難波

それじゃあ、決まりだな

今回の潜入捜査は石神と氷川に任せる。そんなに危険な任務じゃないだろう

石神

そういうことでしたら‥承知しました

難波

氷川には、あとで俺の部屋に来てもらうとして‥

わかっているとは思うが、潜入中は本物の夫婦のように振る舞うようにな

石神

‥はい

黒澤

石神さんとサトコさんなら、簡単ですよね!

颯馬

たまには楽しい捜査もないと‥

東雲

楽しい捜査なんて経験したことないですけど

ニヤニヤと視線を向けてくる黒澤たちに背を向けて、教官室を出る。

【廊下】

(まったく‥アイツらは、どうして余計なことばかり‥)

(このままだと、お祭り課のことを笑えなくなるな)

溜息をつきながら窓の外を見ると、武道場の方に走るサトコの姿が見えた。

(相変わらず慌ただしいな‥)

そう思いながらも、自然と口元が緩みそうになり気を引き締める。

(しばらく一緒に暮らすことになるのか‥)

(まぁ‥他の誰かがサトコと組むよりは、俺でよかったんだろう)

公私は分けているつもりだが、

サトコが他の男と夫婦として暮らすことは多分、認められなかっただろう。

(室長に感謝だな‥)

【潜入 自宅】

擬態捜査が始まり、初めて迎える朝。

居間で新聞を読んでいると、キッチンから味噌汁のいい匂いがしてくる。

(こんな絵にかいたような、穏やかな朝を迎えるのは初めてかもしれない‥)

リズムよく聞こえてくる包丁の音も心地よい。

(サトコと結婚したら、毎朝こんな感じなのか?)

未来を想像しかけて、首を振る。

(いや、何を考えているんだ。これは、ただの捜査‥)

(そもそも、この仕事で未来のことを考える方が間違っている)

サトコ

「石神さん、朝ごはんの支度できました」

石神

ああ‥

考えていたことを悟られぬように、新聞を畳んでから食卓に向かう。

そして、そこに並んだ料理の数に瞳を瞬かせた。

(これで2人分の量なのか!?)

石神

随分たくさん作ったな

サトコ

「つい、張り切っちゃって‥食べきれない分は残してください」

石神

‥大丈夫だ。これくらいなら食べられる

(きっと朝早く起きて作ったんだろう)

(早起きは得意でないというのに‥)

食べてみると、それは心に沁みる美味さだった。

数日後。

ターゲット宅に頻繁に宅配業者が出入りしているという報告をサトコから受けた。

(ゴミ捨て場を確認したが、確かに段ボールのゴミが多かった)

(荷物の出所は確認中だが‥本当に、この住宅街に麻薬のディーラーがいるのか?)

石神

俺たちが夫婦で外に出るのも、これが初めてだ

本当の夫婦らしく、振る舞うことを忘れるな

サトコ

「はい!‥秀樹さん」

サトコにそう言いながらも、締め直すネクタイを少しキツくし過ぎた自分に気が付く。

(俺まで緊張してどうする。夫婦らしく振る舞うには、自然にしなくては‥)

(サトコを妻だと思えばいいだけだ)

それは自分にとって難しいことではない。

サトコを見つめて、小さく深呼吸をした。

(これから引っ越しの挨拶‥ターゲットとの初接触か‥)

(なにか手掛かりが得られればいいが‥)

俺はサトコと共にターゲット宅へと向かった。

【笹岡宅】

呼び鈴を押すと、すぐに人柄のよさそうな夫婦が出てくる。

笹岡妻

「もしかして‥新婚さんかしら」

笹岡

「おい、失礼じゃないか」

サトコ

「先月、結婚したばかりなんです」

笹岡妻

「あらあら!本当に新婚ほやほやなのね!羨ましいわ~」

(怪しいところは特にないか‥)

石神

妻はまだこの辺りのこともわからないので、教えてやってください

笹岡妻

「私でよかったら、いつでも!気軽に声をかけてね」

サトコ

「ありがとうございます」

心なしか、女性の顔色がよくないように見えた。

【帰り道】

サトコ

「ごく普通のご夫婦でしたね」

石神

傍から見れば幸せそうな家庭だったのに‥という家が事件を起こすのも少なくない

むやみに人を信じるな

お前は信じやすいからな‥

サトコ

「は、はい」

(人を信じられるのも、また強さなんだろうが‥)

(サトコの場合は、それが裏目に出やすいからな)

それは先輩捜査官として、彼女の恋人として‥一番気を付けていることでもあった。

【自宅 風呂】

その日の夜、風呂に入ろうとメガネを外し脱衣所に入ると石鹸のいい香りを感じた。

そして、目の前にいたのが‥

石神

サトコ

「!?」

(しまった!入ってたのか‥!)

慌ててドアを閉めて、廊下に出る。

石神

‥すまない

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サトコ

「い、いえ!私の方こそ、すみません‥」

(顔を見られていなくてよかった‥)

らしくもなく、顔が熱くなるのを感じる。

俺は額に手を当てると、天井を仰いだ。

翌日、ターゲット宅に入れたものの、サトコが捻挫をしてしまった。

状況を難波さんに報告しなければならない。

(何と言われるだろうか‥)

その結果がどうなるか‥予想はつくが、黙っているわけにもいかない。

サトコ

「捜査には支障のないようにしますので‥っ」

(やはり、捜査を外れろと言われたか‥)

サトコ

「ですが‥」

サトコが唇を噛みしめる。

(諦めきれないか‥)

(小さな任務だが、そこまで真剣に向き合っていたとは‥)

悔しそうなその横顔を見れば、続けさせてやりたいという気持ちが強くなる。

(走ることは無理だが、サトコにまだできることはある‥)

(それに、彼女が出来ないことは、俺がカバーすればいい)

サトコを見ると、悔しそうに俯いていた。

(いつの間にか、刑事らしい顔をするようになったな‥)

石神

貸せ

サトコ

「石神さん‥」

石神

室長、捜査は順調に進んでいます。氷川はターゲットとかなり距離を縮めました

動けないことで捜査から外すより、このままやらせた方が早期解決に繋がると思います

難波

随分彼女の肩を持つな。万が一の時はどうする?

石神

私が責任を持ちます

氷川にやらせてやってください

難波

分かった。そこまで言うなら、そのまま続けろ

石神

はい‥。ありがとうございます。では

(サトコなら必ず、この捜査をやり遂げられるはずだ)

(俺が選んだ相棒なんだからな‥)

そう信じて、難波さんとの電話を切った。

(信じて、捜査を続けさせたのは正解だった‥)

サトコの活躍もあり、捜査は無事に終了した。

一つ屋根の下で過ごす最後の夜。

サトコ

「綺麗ですね‥」

石神

こんなふうに桜を見たのは久しぶりだ

サトコを隣に酒を飲んでいると、いつもよりペースが速くなる。

(捜査が終わって気が抜けているのか)

(それとも、彼女が隣にいるからか‥)

石神

お前の頑張りは分かっているからな

サトコ

「え‥?」

薄く色づいた頬に触れたい気持ちが抑えられない。

石神

今日で二人の生活が終わってしまうのは、少し寂しいな

サトコ

「石神さんも、そう思ってくれてるんですか‥?」

石神

お前と二人きりの生活‥俺が少しも意識してないと思ったか?

(時間が過ぎるのを惜しいと思った)

(彼女と過ごす時間が、こんなにも心地いいとは‥)

(こんな時に思い知らされる‥サトコは特別な人なんだと‥)

サトコを自分だけのものにしたい‥独占欲にも似た衝動。

『桜は人を狂わせる』という言葉を聞いたことがある。

(酒に酔ったのか、桜に酔ったのか‥)

(それとも、彼女にか‥)

石神

すまん。俺が公私混同をしているな‥

サトコ

「ふふ、もう任務は終わりましたよ?」

石神

そうだな‥なら心置きなく、お前を独占できるな‥

衝動に任せるには、彼女は愛おし過ぎて。

風が吹くと桜が舞い散る。

その中で繰り返し口づけることが、俺の精一杯だった。

End

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