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石神 カレ目線1話

「頼りない補佐官」

【水族館】

氷川と付き合い始めてから、しばらく経ったある日。

俺たちは水族館にやってきた。

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(氷川とここに来るのも二回目、か‥)

サトコ

「あ、いましたよ。クラウンローチ!」

氷川は楽しそうに水槽を眺め、俺に話しかけてくる。

(最初は手がかかる頼りない補佐官かと思っていたが‥)

(いつの間にか、氷川が隣にいるのが当たり前になっていた)

サトコ

「あ‥石神さん、この子はなんていう魚なんですか?深い青の‥」

石神

タイガーオスカーだ

サトコ

「勇ましい名前ですね‥」

度々質問しては、興味深そうに魚を眺める氷川。

(随分と長いこと水族館は一人で来る場所になっていたが‥)

(こうして、誰かと‥氷川と一緒に来るのも悪くないと思う日が来るなんてな)

まさか自分にこのような変化が訪れる日が来るとは、微塵にも思わなかった。

(こんなふうに俺を変えたのは‥)

サトコ

「ディスカスの中ではこの子が一番好きです」

氷川はヒレが青にも緑にも見える、鮮やかで一際目立つ魚を指しながら言う。

石神

ブルーダイヤモンドだ。俺の家にもいる

サトコ

「ええっ!?飼ってるんですか?」

石神

そう頻繁に水族館に来られるわけでもないからな

サトコ

「今度見せてください!」

石神

‥‥‥

(度々思っていたが‥こいつは女としての自覚があるのだろうか?)

(‥こいつのことだ。純粋に見てみたいと思って言ってるんだろう)

サトコ

「す、すすすみません‥。こう‥考えなしというか、全く他意はなくてですね‥」

案の定、弁明を始める氷川にいたずら心が疼く。

石神

‥構わないが、男の部屋に来るということがどういう意味になるのか

分かってるんだろうな?

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サトコ

「!」

みるみるうちに顔が赤くなってくる氷川に、心の中でほくそ笑む。

(本当‥喜怒哀楽が激しい女だな)

(だが‥見ていて飽きないのも事実、か‥)

俺はコロコロと表情を変える氷川を見て、出会った頃を思い出す。

【バー】

俺は氷川を連れ、麻薬の取引が行われているという噂のクラブにやってきた。

氷川が売人に接触する手はずになっているために、俺は先に潜入して店内を窺う。

サトコ

「‥‥‥」

しばらくして、氷川はキョロキョロと辺りを見回しながら店内に入ってきた。

そしてボックス席の売人に恐る恐る声を掛ける。

サトコ

「あの‥ここ、いいですか?」

「カウンター席にいたんですけど、なんとなく居づらくなってしまって‥」

しどろもどろに話す氷川を見て、ため息が漏れた。

(それじゃあ、バレてしまうだろう‥。しかし、作戦上、俺がここで出るわけにはいかない)

一抹の不安を抱えながら見守っていると、

売人は氷川を一般客と思ったらしい素振りを見せた。

(このまま上手くいけば、麻薬の話を持ち出すだろう。その間に、少し聞き込みをしておくか)

俺は情報収集をするため、一度席を立つ。

石神

そうですか‥ありがとうございます

軽く聞き込みを終え席に戻ると、氷川たちの姿が消えていた。

(二人がいない‥?まさかもう、麻薬の話を持ち出されたのか?)

氷川につけている盗聴器を確認すると、話し声が聞こえた。

サトコ

『あの、いいものって何ですか?』

『そう焦るなよ。まずは楽しもう』

(どこか、個室に移動したのか‥?)

俺はすぐさまインカムを公安へ繋ぐ。

石神

東雲、氷川の位置確認をしてくれ

東雲

『あれ、もしかして見失いました?すぐに調べます』

イヤモニからパソコンを叩く音が聞こえたかと思うと、すぐに東雲の言葉が返ってくる。

東雲

『サトコちゃんは一番奥の個室にいます』

氷川の場所の確認をするとイヤモニを切り、個室へ急いだ。

【車】

潜入捜査を終え、氷川は申し訳なさそうに助手席で小さくなっていた。

石神

俺はあの男との関係性を築けとは言っただけだ。誰が身体の関係を築けと言った

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サトコ

「私だってそんなつもりはありませんでした」

石神

俺が行かなければあのまま情事に及んでいたんじゃないか?

作業するにはちょうどいいのかもしれないが、君がそこまで身体を張る人間だとは思えない

俺の言葉に氷川は肩を縮こまらせ、ますます小さくなった。

駅の近くで氷川を降ろすと、そのまま車を走らせる。

(捜査に入る前はあんなにおどおどしてたのに、まさか身体を張るなんてな)

(根性はあるのかもしれないが‥無鉄砲にもほどがある)

(他にも色々疑問点はあるが‥アイツは本当に主席入学なのだろうか‥)

【個別教官室】

翌日。

俺の手元には、ある書類があった。

石神

やはり、な‥」

(氷川の上申書には不審な点が多々見受けられる)

(不正入学‥か)

潜入捜査の時に感じていた違和感が、確信へと変わる。

(本人にはやる気があるようだが、不正は不正だ)

氷川の入学が不正と知り、俺は講義が終わると本人を教官室へ呼び出した。

石神

何故呼ばれたか分かるか?

サトコ

「え‥」

驚いた表情をする氷川に、不正に事実を淡々と説明していく。

石神

今なら他の人間には黙っておいてやる。直ちに自主退学しろ

サトコ

「え‥」

石神

聞こえなかったか?退学しろと言った

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氷川は退学という言葉に身を硬くし、教官室を出て行った。

(‥これでいい。どんなにやる気があっても、公安は常に死と隣り合わせ)

(アイツに公安は向かないだろう‥)

【個別教官室】

数日後。

氷川は教官室に来るなり、俺に向かって頭を下げてきた。

サトコ

「私を‥ここに居させてください!」

「無理は承知しています。でも、私は刑事になるためにここにきました」

石神

君は向いていない

サトコ

「向いてないからってやってはいけない理由にはなりません!」

氷川は頭を下げたまま、俺に訴えかける。

石神

何を言われようと許可できない

サトコ

「‥‥‥」

これだけ断言しても、氷川は頭を下げたままだった。

(あんな目に遭ったのに‥それでも刑事になりたいのか)

(根性だけは、ここの生徒の誰よりも持ち合わせているのかもしれないな)

加賀

おい

加賀はドアから顔を覗かせ、眉間にシワを寄せ俺たちを睨んでいた。

外まで声が漏れていたのか、東雲や颯馬、それに後藤もいた。

颯馬

石神さんが熱くなるなんて珍しいですね

石神

フン‥言っても聞かないからそうなっただけだ

サトコ

「‥‥‥」

氷川は他の教官が来てもなお、引く姿勢は見えない。

(上申書の改ざんはおそらく氷川の上司が行ったことだろう)

(危険を冒してまで上申書の改ざんをするとは)

(それを行うだけの理由が氷川にはあるのか?)

石神

‥講義に遅れたらペナルティだ

サトコ

「え‥」

氷川は驚いたように俺の顔を見る。

加賀

甘いな

(甘い、か‥確かにそうだな)

だけど俺は、実力もキャリアも何もない氷川がどこまで行けるのか‥

少しだけ興味を持ち始めていた。

to be continued

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