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石神 エピローグ 2話

展望台の次は、恋人の丘へと向かうことになった。

木々に囲まれた道を上に行くと、「龍恋の鐘」のある頂上へとたどり着くらしい。

石神

平気か?

サトコ

「なにがですか?」

石神

‥知ってはいたが、体力だけはあるな」

(確かに思ってたよりアップダウンの激しい道だったけど、全然苦じゃないんだよね)

サトコ

「日々、鬼教官にしごかれてますから」

石神

お前の嫌味にはもう慣れた

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サトコ

「ふふ、そっくりそのままお返しします」

のんびりと歩きながら、いつも通りのやり取りをして、気付けばもう頂上だ。

【龍恋の鐘】

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サトコ

「わ‥!すごいですね!」

抜けるような大パノラマに、思わず息を飲む。

龍恋の鐘の脇から、遮るもののない海の景色を眺めた。

石神

この景色を見せてやりたかった

サトコ

「石神さん‥」

「本当にキレイです」

(吸い込まれそう‥)

遠くの海を眺めながら、右手には石神さんの体温が伝わって‥

ふと隣を見てみると、その瞳にはどこか影が差している。

石神

‥‥‥

(どうして‥)

よく分からないけれど、痛いくらいにギュッと胸を締め付けた。

サトコ

「‥石神さんは、たまに寂しそうな目をしますね」

石神

‥‥‥

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サトコ

「あ‥その‥」

「水族館でディスカスを見てた時もそうだったから‥」

(そういう目をするときは、ご両親のことを思い出してる時なのかな‥)

石神

‥女性にそんなことを言われたのは初めてだ

サトコ

「そうなんですか?」

石神

海を見るのは好きだ。両親が交通事故で亡くなって、施設で数年過ごしたが

その間も海を見ると不思議と寂しさが凪いだ気がする

サトコ

「ずっと施設にいたんですか?」

石神

いや、小学校の頃に養子としてある家族が引き取ってくれた

‥少し歳の離れた義姉がいて、温かい家庭だった

サトコ

「石神さんには、お姉さんがいるんですね」

石神

‥ああ

(普段は自分のことはあんまり話さないのに‥)

お姉さんの話をしながら浮かべる微笑みが、なんだか消え入りそうなもので、

軽々しく触れていい部分ではない気がする。

男の子

「おかあさん‥?」

サトコ

「え‥?」

突然、つんつんと服を引っ張られて見下ろすと、5歳くらいの男の子が首を傾げていた。

サトコ

「どうしたの?」

男の子

「うぅ‥っ!」

サトコ

「ええっ、泣かないで‥」

「どうしたの?」

男の子

「おかあさん‥いない‥」

サトコ

「迷子になっちゃったんだね」

男の子はしゃくりあげながら涙を流す。

サトコ

「ここまではお母さんと一緒に来たの?」

男の子

「おっ‥おとうさんも‥っ!」

(近くにはいないみたいだよね‥)

周りをさっと見渡すけれど、それらしい人は見当たらない。

サトコ

「そっか。大丈夫だよ。一緒に探しに行こう」

「君のお名前は?」

男の子

「タクミ‥」

サトコ

「タクミくんだね。よし、じゃあ泣き止むぞ!」

タクミ

「うわーん!」

サトコ

「あ、あれ‥」

(余計に泣かせちゃった‥)

サトコ

「石神さん、交番ってこの近くにありましたよね」

石神

ああ

石神さんはしゃがみこんで、男の子と目線を合わせると、グリグリと頭を撫でる。

石神

おい、泣くな

タクミ

「ふぇ‥っ‥」

石神

男だろう

タクミ

「うん‥」

(すごい!なんだか貴重な組み合わせ‥!)

子どもを泣き止ませる石神さんなんて、そうそうお目に掛かれない。

タクミ

「‥ううっ」

石神

はぁ‥仕方ない

いいか?一回だけだからな

そう言うと、軽々と男の子を抱き上げて肩車をする。

男の子は涙顔のままパッと目を輝かせる。

(石神さんが‥肩車‥!)

タクミ

「わー!たかい!」

サトコ

「ふふっ、そこからお父さんとお母さんがいるかよく見ててね」

タクミ

「うん!」

男の子はさっきまでのぐずりはあっという間に吹き飛び、

キラキラとした目で辺りを見回している。

(施設で育った時期もあるから、子どもの相手は上手なんだ‥)

サトコ

「あ‥」

(そういえば龍恋の鐘、鳴らせなかったな‥)

鐘を2人で鳴らした後、近くにある金網に2人の名前を書いた南京錠を付けると

永遠の愛が叶う‥らしい。

石神

‥またいつでも連れてきてやる

サトコ

「‥はい!」

考えていたことを見透かすように、石神さんは振り返って微笑んだ。

来た道を戻って、近くの交番へ向かう。

タクミくんは楽しそうに石神さんの髪を触って遊んでいた。

サトコ

「‥石神さん」

石神

どうした

サトコ

「さっきの話ですけど、ゆっくりでいいです」

「こう‥石神さんのことをもっと知りたいって思う気持ちはもちろんあるんですけど‥」

石神

‥‥‥

サトコ

「でも、それは急ぐことじゃないんです。これからきっといろんなタイミングがあります」

「‥って言っても、どうやったって私は石神さんよりも人生経験は浅いし」

「頼りにならないかもしれないですけど‥」

「それでも、理解したいって思う気持ちは誰にも負けません」

「だから、話したいと思える時が来て、話してくれるならちゃんと聞きます」

「その時は‥私に持てる荷物があるなら、一緒に持たせてください」

平凡だけれど、当たり前に両親がいて、仲のいい家族の元で育った私には、

石神さんの気持ちや考え方なんて想像することしかできない。

そうでなくても、人と人だ。

理解したつもりになったところで、完全に理解することなんてできるわけがない。

(それでも、気持ちだけは一番近くに居たい‥)

サトコ

「‥って、なんだか言いたいことが上手くまとまらないんですけど」

「すみません‥」

石神

いや‥

前を見たまま、石神さんの視線が宙を彷徨う。

(偉そうなこと言っちゃったよね。かえって困らせたかも‥)

そんな心配をよそに、こちらに向けられた瞳は思いのほか穏やかなものだった。

石神

‥ありがとう

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サトコ

「‥‥‥」

こんなに優しい顔は、初めて見たかもしれない。

いつもは完全無欠の教官なのに、本当の石神さんにはどこか脆さがあって‥

きっと、私が知っているよりももっとずっと、心の優しい人なのだろう。

(言って良かった‥)

“ありがとう”に込められた気持ちに、また“好き”が膨らんでいく。

タクミ

「アイス食べたい!」

サトコ

「へ‥」

脈絡のない男の子の声に力が抜ける。

石神

‥仲見世通りで売っていたな

サトコ

「そうですね」

目を見合わせて、笑いが零れて‥

肩車をしながら、仕切り直すように差し出されたその手を、私はそっと握った。

【仲見世通り】

石神

どれがいいんだ?

タクミ

「いちご!」

おばさん

「あいよ。いちご1つね」

アイスクリームを手にして、男の子はごきげんだ。

おばさん

「いい旦那さんだねぇ」

サトコ

「へ!?」

(だ、旦那さん‥!?)

石神

いえ、これくらいしかしてやれないので

(石神さんも否定せずに返してるし!)

おばさん

「十分だよ。ねーボク」

タクミ

「おとうさんはこんなことしてくれないよ?」

おばさん

「?」

サトコ

「あ、ありがとうございました!」

さすがに面倒なことになりそうで、石神さんもさっさとその場を離れた。

サトコ

「ヒヤヒヤしました‥」

タクミ

「どうしたの?」

石神

‥大人になれば分かる

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タクミ

「?」

タクミ

「あ、パトカーだ!」

無邪気に指をさす方向には、駐在所のミニパトがある。

石神

見つかるといいが‥

【交番】

サトコ

「すみません。迷子なんですけど‥」

警察官

「ああ!もしかして鈴木タクミくんかい?」

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タクミ

「はい!」

石神

いい返事だな

やれやれと男の子を下に降ろすと、男の子は行儀よく椅子に座る。

警察官

「先ほどご両親から連絡があったんですよ」

サトコ

「そうでしたか‥よかったですね。教官」

タクミ

「きょーかん?」

サトコ

「あ‥っ!」

(しまった‥警察の人がいるからついクセで‥)

タクミ

「きょーかんってなに?」

サトコ

「えっと‥」

(なんて言えば‥あっ)

サトコ

「教官っていうのは、先生のことなんだよ」

タクミ

「せんせい?」

サトコ

「そう、この人は私の先生なの」

タクミ

「ふーん」

「おねーちゃんたち、パパとママじゃないの?」

サトコ

「えっ!?」

(ど‥どう説明したらいいんだろ)

(“パパとママ”って、カップルって言いたいんだよね、きっと)

タクミ

「パパとママなのにせんせいってヘンなの~」

サトコ

「そうだね。少し難しいよね‥」

石神

‥‥‥

ちらりと石神さんを見た時、そこに慌てた様子で女性が駆け込んできた。

女性

「タクミ!」

タクミ

「おかーさん!」

女性

「もう‥!どこ行ってたの!」

タクミ

「うわーん!」

しっかりとお母さんに抱きしめられながら、やっぱり心細かったのか大声で泣き出す。

女性

「本当にお世話になりました。少し目を離したすきにいなくなってしまって‥」

警察官

「いえいえ。無事に見つかって何よりです」

大事そうに抱きしめる母親と、ギュッと抱きついて泣きじゃくるタクミくん。

その姿を見て、ふっと暖かい気持ちになった。

サトコ

「よかったですね」

石神

そうだな

女性

「ありがとうございました」

タクミ

「バイバイ!」

深々と頭を下げて、お母さんが背を向ける。

勢いよく手を振るタクミくんに、私も小さく手を振った。

(さっきの‥つい教官って呼んじゃったけど‥)

(いやでも間違ってるわけでもないし‥でも、恋人って言うのもなんか‥)

1人で悶々としていると、石神さんが一歩前に出る。

石神

タクミ

タクミ

「?」

石神さんの呼び止めにタクミくんが駆け寄る。

近寄ったタクミくんと目を合わせるようにしゃがむと、何やらヒソヒソと話し出す。

石神

俺たちは先生と生徒でも、ちゃんと好きで一緒にいる

お前のお父さん、お母さんと何も変わらない

サトコ

「!」

石神

分かったか?

タクミ

「わかった!」

(ほ、本当に分かったのかな‥)

タタタッと走って行く小さな背中を見送ったものの‥

どうにも照れてしまって石神さんの顔を見ることができない。

(ちゃんと好きで一緒にいるって‥)

サトコ

「きょ、教育上あまりよくないんじゃないですか?」

石神

そのうち分かるようになるだろ

サトコ

「それはそうですけど」

石神

間違ってはいない

(そうだけど‥改めて言われると‥)

サトコ

「‥説明してるだけだって分かってても、嬉しかったです」

石神

‥俺も、さっきのにはやられた

サトコ

「さっきの‥?」

困ったように微笑んで、石神さんは私の手を引いて歩き出した。

【仲見世通り】

(さっきのって何だろう‥)

石神

お前は本当に公安に向いてないな

サトコ

「ええっ!?」

ものすごく優しい声で、とんでもないことを言われてしまった。

サトコ

「‥学校やめろとかそういう話ならお断りですよ」

石神

そんなことは言っていない

お前の素直さは、やはり公安には不向きだというだけの話だ

向いていなくても、刑事になるんだろう?

サトコ

「もちろんです」

石神

この先‥もし本当の公安刑事になったとしたら、お前が抱えるものも増える

真っ直ぐな分、傷つくことも多いだろう

サトコ

「‥‥‥」

石神

持てる荷物は、俺にも持たせてくれ

サトコ

「あ‥」

(さっきのって、私が言ったことだったんだ‥)

石神

卒業して、公安に配属になれば守秘義務も増える

俺に言えないことも必ず出てくるだろう。それでも‥

何かを吐き出せる胸くらいは貸してやれる。覚えておけ

サトコ

「‥‥‥」

伝えたい言葉はたくさんあるのに、喉元で熱を持った塊になって上手く出てこない。

好きな人が、自分のことを想ってくれている。

自分と同じように、もしかしたらそれ以上に、歩み寄ろうとしてくれている。

(こんなに胸が痛んだことなんて、今までないよ‥)

愛おしさにも、人間の胸はこんなにも反応するのだと、そんなことを思う。

石神

‥分かったのか?

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サトコ

「‥っ」

覗き込むように見つめられて、もうコクコクと頷くしかできない。

(頼まれたって忘れない‥)

“何かを吐き出せる胸くらいは貸してやれる。覚えておけ”

心の真ん中にあれば、この先どれだけでも強くなれる。

サトコ

「‥ありがとうございます」

石神

まぁ、卒業できるのかがまず問題だが

サトコ

「う‥」

石神さんは、やっぱり仕方なさそうに微笑んで、繋いだ手に力を込めた。

【車】

助手席のシートに座ると、車は緩やかに発進した。

(この場所にも、少しずつ慣れていくのかな‥)

何度目かの助手席だけど、もしかしたら今日が一番ドキドキしているのかもしれない。

想いが通じてからしばらく経って‥でも今日は、もっと本当の意味で通じ合えた気がしたから。

(一方通行じゃないんだよね‥)

サトコ

「そういえば、ものすごく今さらなんですけど‥」

石神

なんだ

サトコ

「石神さん、非番だしほとんど寝てませんよね?」

(宿直明けで、お昼には出て来ちゃったし‥)

石神

宿直といっても本部にいるのとはわけが違う。寮だとわりと好きにできるからな

サトコ

「少しは休めたんですか?」

石神

ああ

サトコ

「なら良かったです」

(それでも日頃の激務を思うと、たまには休んで欲しい‥)

離れがたいけれど、今日こそはすんなり見送ってゆっくり休んでもらおうと決心する。

石神

お前こそ寝てないんじゃないのか?

サトコ

「いえ、私は‥」

石神

なんだ

サトコ

「その‥今日が楽しみすぎて寝つきが悪かっただけで」

(どうせ眠れないなら復習でもしようって机には向かったけれど)

(でも、その後はぐっすり眠れたし‥)

石神

手に取るように行動が見えるな

サトコ

「遠足の前とか眠れないじゃないですか。それと同じです」

石神

遠足から帰ったらすぐに爆睡するんだろう

サトコ

「そこはもう大人なので大丈夫です」

石神

‥そうか

それならもう一か所、寄りたいところがあるんだが‥

いいか?

サトコ

「はい。もちろんです」

(どこに寄るんだろう‥?)

石神さんは行き先を告げずに、来た時と同じように江の島大橋を渡った。

to  be continued

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