【街】
それは、至って平和な日曜日のこと。
鳴子
「今日のセールは掘り出し物が多かったね」
サトコ
「そうだね。ほんと来てよかった!」
鳴子
「これからどうする?どっか寄って行く?」
サトコ
「うん、せっかくだし、駅前のカフェにでも···」
???
「···サトコ?」
サトコ
「えっ?」
???
「やっぱりサトコだ!久しぶりだな」
サトコ
「あ···!?もしかして、ハジメ!?」
ハジメ
「ああ!まさかこんなところで会えるなんて、すごい偶然だな」
それは、高校の頃に付き合っていた狭霧一(サギリハジメ)だった。
大学進学と同時に一緒に田舎から出てきたけど、それから連絡は取り合っていない。
ハジメ
「サトコ、警察官になって地元に戻ったんじゃなかったのか?」
サトコ
「それが···いろいろあって今はこっちで刑事を目指してるんだ」
ハジメ
「へぇ、すごいな!夢に向かって頑張ってるんだな」
「ってことは···今は警察官なのか?」
サトコ
「う、うん!そんなところかな?警察学校に通ってるの」
「ハジメは?あれ以来会ってなかったけど···」
ハジメ
「今は、大学病院の外科医をしてる」
「俺も、なんとか夢が叶いそうだよ」
サトコ
「すごいね!病院がない市町村に行って、いろんな人を助けたいって言ってたもんね!」
鳴子
「あのー···」
ハッと振り返ると、鳴子が呆気にとられていた。
サトコ
「あ···ごめん!実はこの人、地元の先輩で」
ハジメ
「初めまして、狭霧一です」
鳴子
「佐々木鳴子です。サトコの同僚です」
ハジメが、鳴子に名刺を渡す。
そして、私にも。
ハジメ
「時間があったら連絡して。携帯のアドレスとLIDEのID書いておいたから」
サトコ
「ハジメもLIDEやってるんだね」
鳴子
「ねえねえ、なんだかすごく親密そうだけど、2人ってもしかして、付き合ってたとか?」
サトコ
「え!?」
(ま、まずい···!鳴子にハジメが元カレだって知られたら)
(もしかして、あの人の耳にも入るかもしれない‥)
慌ててハジメを見ると、私の動揺に気付いたのか、人懐っこい笑顔を浮かべる。
ハジメ
「サトコとは小学校から仲が良かった、幼馴染なんですよ」
「でも、俺の方が先に大学進学の時に上京してきて···」
サトコ
「そ、そうなの!それに、ハジメは医大だったから···」
鳴子
「なるほど、そこで泣く泣く別れたってわけか‥」
(す、鋭い···!これ絶対、私たちが付き合ってたのかもって疑ってる!)
(でも、ここで知られるわけには···!)
ハジメ
「俺もサトコも、お互い良い友達ですよ」
「まさかこんなところで幼馴染と合えると思わなくて、驚きましたけど」
(ハジメ、なんて大人のフォロー···!)
(これで、鳴子が納得してくれれば···)
鳴子は不服そうにしながらも、とりあえずうなずいてくれた。
鳴子
「ざんねーん。サトコの元カレの話が聞けると思ったのになー」
サトコ
「は、はは···ははは······」
(な、なんとか誤魔化せた···?さすがハジメ、昔からソツがないな···)
(そうだ。後でLIDEでお礼送っておこう)
【カフェテラス】
そして、翌日。
(昨日はほんとに焦った···鳴子に、ハジメが元カレだってバレなくて済んだけど)
(それにしても、ハジメは昔から変わってないな、あの人懐っこい笑顔)
サトコ
「あ、ハジメからLIDE来てる···」
「えーと···『昨日は偶然会えて嬉しかった』···」
鳴子
「『よかったら今度、飯でも行かないか?募る話もあるし』···?」
サトコ
「わー!な、鳴子!」
鳴子
「募る話、ねぇ···」
サトコ
「いや、違うよ!本当にそういうんじゃなくて!」
「高校時代のこととか、夢を語り合ったこととか···」
鳴子
「ほんとに?あんなイケメンがただの幼馴染だったなんて、そんなことあり得る?」
「あ!昔は『いいお兄ちゃん』だったけど、大学で発展して恋人になったとか?」
サトコ
「そ、そんなまさか!そもそも、ハジメが上京する前に別れたし···」
鳴子
「別れた···?」
(し、しまった···!)
鳴子
「ふふ···まんまと誘導尋問に引っ掛かったわね」
サトコ
「な、鳴子···いつからそんな策士に」
鳴子
「さあ、鳴子さんに何もかも話してもらいましょうか」
「なれそめは?どっちから告白して、どっちから別れたの?」
ぐいぐい迫ってくる鳴子から、逃げ出すことができない。
サトコ
「じ、実は···高校生の頃、付き合ってたんだけど」
「向こうに、好きな人ができて···」
鳴子
「え!?何それ、ひどくない!?浮気されたってことでしょ!?」
サトコ
「でも、私もちゃんと納得したよ」
「だから、お互いの夢を追いかける仲間として、今は···」
鳴子
「元カレが仲間になんてなるはずないでしょ!!」
「男と女の友情なんて、絶対成立しないんだから!」
サトコ
「でも、千葉さんとは成立してるし···」
石神
「元···カレ···?」
ハッと振り返ると、すぐ近くに石神教官が座っていた。
サトコ
「石神教官、いつの間に···!」
加賀
「駄犬に飼い主がいたとは驚きだな」
サトコ
「かかか、加賀教官···!」
石神
「···どこで会ったんだ?」
(しかも、なんで今日に限って、2人仲良くカレーランチを···!?)
サトコ
「か、カレーなんて食べて···『甘いもの同好会』の名がすたりますよ···」
石神
「そんなものを設立した覚えはない」
クイッと、石神教官がメガネを押し上げる。
その際に、加賀教官が2人の間に置いてあったラッキョウに箸を伸ばした。
石神
「これは俺のものだ。勝手に手を出さないでもらおう」
加賀
「テメェは福神漬けでも食ってろ」
サトコ
「お、お二人とも···それは甘くもなく柔らかくもないですよ」
石神
「そんなことは分かっている」
加賀
「テメェは黙ってろ、クズが」
(な、なんでこんなに殺気立ってるの···!?)
鳴子
「他の教官がいなくてよかったね···」
「特に黒澤さんがいたら、大変なことになってたよ」
サトコ
「た、確かに···」
(とにかく、教官たちに気付かれないうちに教場に戻ろう)
(どうか、何事もなく今日が終わりますように···)
【教場】
今日の講義や実習も終わり、業務日誌を書き終えた私は、教官室をノックした。
サトコ
「失礼します。業務日誌を持って来ました」
黒澤
「あっ、サトコさーん!いいところに!」
サトコ
「黒澤さん···!?」
(なんか···嫌な予感がする!)
サトコ
「すみません!私、これからちょっと用事が」
黒澤
「あ、もしかして元カレさんとデートですか!?」
サトコ
「!!!???」
(やっぱり、何事もなく今日が終わるはずがなかった···!)
(っていうか、なんで毎度学校にいるの、黒澤さんって!)
東雲
「へー元カレね。へー···へーへー」
サトコ
「何回言うんですか···!?」
颯馬
「そうですか‥サトコさんの以前の彼氏···ですか」
加賀
「···チッ」
石神
「学業よりも恋愛にうつつを抜かしていたということだな」
後藤
「恋愛にうつつを抜かす···」
「くっ···」
加賀
「テメェで言ってダメージ受けてんじゃねぇ」
(怖い···教官たち、かなりイライラしてる···)
(も、もしかして黒澤さんがいるから···?)
チラリと黒澤さんを見ると、明らかに不満そうな顔をされた。
黒澤
「何ですか?みなさんが機嫌悪いのは、オレのせいじゃないですよ!」
サトコ
「私の心を読むのはやめてください!」
黒澤
「それで、告白したのはサトコさんの方からだったそうですね」
(なんでそこまで知ってるの···!?)
黒澤
「手を繋いだ場所は?初めてのデートは?」
「そしてなにより気になるのは!初めてのチュー!」
東雲
「透、気色悪い」
黒澤
「歩さん、知ってますか?『気色悪い』は『気持ち悪い』より傷付くんですよ」
東雲
「うん、傷つかせてるつもりなんだけど」
黒澤
「うっ、胸に突き刺さる!」
サトコ
「それじゃ私、本当にそろそろ失礼しま···」
黒澤
「そうはいきませんよ!洗いざらい、全部吐いてもらいます!」
サトコ
「いつからここが取調室に!?」
教官たちに助けを求めようと思ったけど、
いつもなら率先して黒澤さんにゲンコツを食らわせる後藤教官ですら、私が答えるのを待っている。
(は、針のむしろ···!)
結局、告白の言葉からシチュエーション、挙句の果てには、キスの状況まで吐かされた。
後藤
「······」
石神
「なるほど、な」
加賀
「くだらねぇ」
颯馬
「なかなか興味深い話ですね」
東雲
「キミのファーストキスって、何それ、新手の呪い?」
サトコ
「みなさん、パワハラって言葉、知ってますか···?」
加賀
「知らねぇ」
石神
「奇遇だな。俺もだ」
(こんな時ばっかり結託して···)
黒澤
「つまり···もしかして···要約すると···」
「その元カレさんは、サトコさんにとって、ぜ~んぶ『初めての人』ってことですか!?」
サトコ
「な···」
私が驚くより先に、ガタガタ!と、教官たちが立ち上がる!
(な、なんて答えれば···)
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